無人島サバイバル試験が終わってから、小宮・木下を突き落とした天沢が龍園に狙われることが増えてきた。まぁ、それもこれもオレのせいなのだが、文化祭前になって動きがかなり露骨になってきている。
それこそ、無人島試験が終わってからしばらくの間は後を付けて様子を伺うだけだったようなのだが、今では天沢の噂をあることないこと風潮したり1年Aクラスの他の生徒にちょっかいをかけたりして、天沢を精神的に削ろうという動きが見えた。
当然、ホワイトルーム生であり、基本的にオレや八神以外に興味がない天沢にそんな精神攻撃は意味がないのだが、このままではろくに文化祭も楽しめないだろう。
せっかくホワイトルームから出て、普通の生活を体験できているのだ。特に天沢の感性はどちらかというとオレ側だし、貴重な文化祭という機会を無にするのは惜しい。
何より、天沢が龍園につけ狙われ続けると、いざという時に使えない恐れがあった。
と、言う訳でなんとか龍園の興味を天沢から離れさせられないか少しばかり頭を悩ませていく。
素直にオレが裏で糸を引いていたと言ってもいいのだが、それで報復としてオレがストーキングの対象になっても面倒だ。メイド喫茶を楽しめなくなる危険は遠慮したいし、秋山さんとのデートや、後々帆波クラスに移動した時にも周りに迷惑をかける可能性もある。
では、どうするか?
答えは簡単だった。真犯人を出してやればいい。
それも、龍園にとって都合のいい真犯人を――
龍園は、無人島サバイバル試験で小宮と木下を襲った犯人を天沢だと思っているのは、他に目ぼしい犯人が出てこないことや状況証拠からの推測だった。
そして、その推測は9割正しい。
実際に実行犯は天沢であり、現場の状況や目撃証言、腕時計の状態などから、これを別人のしたことだと言うのはいろいろと無理があるだろう。仮にそんなことを言った所で龍園は信じないし、信じていればそもそもこんなことになってはいない。
だからこそ、矛先を変える。
正確には、天沢はただの実行犯であり、龍園クラスを狙った真犯人が他にいる――そういう情報を流してやれば、龍園の興味は自ずとそちらに向くはずだ。勿論、実行犯である天沢も恨まれはするだろうが、それについては既に十分な罰を受けたと言って良い。
常人なら、これだけ嫌がらせを受ければ精神的にも参る。報復としても十分だろう。
筋書きはこうだ。元々、1年は綾小路清隆を退学させて2000万PPを貰う特別試験を行っていた。そのため、綾小路に関係のある各クラスにもちょっかいを出そうとしており、龍園もその一人として狙われていた――実際、オレと龍園は無人島試験前にもカフェで話し合いをしており、龍園は狙われるには十分すぎる接触をしている。
終盤での宝泉が仕掛けてきたのもその一環だと言えば、疑いはかなり少なくなるはずだ。
そして、序盤での小宮・木下への攻撃は、綾小路へ『一人で行動しろ』という忠告兼、龍園への嫌がらせとして“宝泉が考えた攻撃である”。そういうことにすれば、龍園の矛先は自然と宝泉に向くはずだ。
天沢は宝泉と小グループを組んでおり、宝泉もオレを狙っていたというのは龍園も良く知る所。そこに、おまけとして、近くにいた龍園クラスの生徒がたまたま狙われたというのは、宝泉の性格なら十分に有り得ると考えてもおかしくはなかった。
まぁ、宝泉自身が仕掛けるならもっと直接的かもしれないが、女子の天沢を実行犯にしたのなら不意打ちでも違和感はない。それに、表向き問題にしないためにも正体を隠す――くらいのことは、流石の宝泉だってするだろう。
当然ながら、宝泉には何も確認を取っていない。が、あいつは龍園にもリベンジしたがっているし、狙われることになるのは逆に喜ばしい状況のはずだ。龍園と宝泉が仮にぶつかったとしても、オレには何の被害もないしな。
と、いう訳で、そういう情報を龍園に届くように細工してやると、天沢への嫌がらせがパタリと止んだ。
勿論、何の疑いもなくなった訳ではないだろうが、これ以上天沢を追い詰めても何も出てこないのは龍園もわかりきっている。それならば、宝泉を突いて噂が本当かどうか確かめようとするのは自然なことだった。
まぁ、もしかしたら違和感を覚えてまた戻ってくるかもしれないが、少なくとも文化祭の間くらいは、天沢もつかの間の休息を与えられるだろう。
「ありがと、先輩」
ようやく面倒だった追跡の目がなくなったことで、天沢もホッと一息ついている。どうとでもない監視でも、やはりそれなりのストレスにはなっていたようだ。
例えるなら、虫が近くにいるような感じらしい。
自分の部屋に隠れているGがおり、姿は見えないがカサカサ音が聞こえる――と言われれば、生理的に気分が良くないという気持ちは良くわかる。しかしそれは、天沢からすれば、龍園たちの攻撃は虫レベルということでもあった。
流石はホワイトルーム生、メンタルが違う。
とはいえ、これで文化祭前に懸念していた問題の一つは解決したと言って良い。天沢もお礼と言わんばかりに部屋に押し掛けてきたが、いつものようにTレックスに返り討ちにされていた。
◇◆
原作では、満場一致試験で愛里が退学したことで波瑠加たちが敵に回り、神崎を始めとした数名が帆波の在り方に疑問を持つという一幕もあったが、この世界ではその手の問題が発生することなく順調に文化祭の準備が進んでいる。
本来なら文化祭で退学になってしまう八神も、今回はオレがそこまで動くつもりがないこともあって、今の所は退学の予定はなかった。
おそらく原作と違って、椿や宇都宮が自分達で八神を退学させようと息巻いているのもあるが、石上が下手にオレを利用するのを控えているのだろう。体育祭でその正体を看破してやったこともあり、オレに関わるにはリスクが高すぎると判断したようだ。
それに当の八神も、今回は普通に文化祭を楽しむつもりでいるらしい。売上勝負では、仮にオレに勝ったとしても自己の評価には繋げ辛いし、次の機会を狙っているという感じだった。
また、土曜日にノルマをクリアできなかった鈴音は、今日から毎日笑顔チャレンジに取り組んでいる。誰に対しても、いつどこでも笑顔を浮かべられるように、声をかけられれば笑顔で反応するように命令した。
今はまだぎこちない笑みだが、続けていく内に自然と笑えるようになってくれると嬉しい。お仕置きをしても喜ばせてしまうだけなので、このチャレンジに失敗した場合はしばらくTレックスの順番をお預けにする方向性で決着をつけた。
鈴音ももうすっかり開発済みということもあって、順番をお預けにされるのは嫌ならしく、真剣な顔で笑顔チャレンジに取り組んでいる。
まぁ、土曜日の練習の時から、頑張って笑顔を見せようと努力はしていたのだが――と、途中で天沢の事件も挟み、何だかんだ時は過ぎて11月9日。
文化祭4日前と、各生徒たちも各々忙しくしている中、俺と雪は朝の登校中にたまたまコンビニから出てきた高円寺と鉢合わせた。
「やぁ、ホームズ」
「早いな、高円寺。そういえば、まだお前に体育祭でのお礼を言っていなかったっけか。クラス移動チケット、助かったよ」
「別に構わないとも、あれは私にとっても有用なモノだった。それに、労働に見合った対価はちゃんと受け取っているからねぇ」
「ならよかった。そのお礼ではないが、知っての通り今回の文化祭では自由にしてくれて構わない。文化祭のメインは女子が担当するし、男手は十分足りてるからな」
「有難く自由を堪能させて貰うよ。出来ればこの首輪も、早めに外してくれると助かるんだけどねぇ……」
高円寺も馬鹿ではない。オレがクラス移動チケットを使って他クラスに移動するつもりなのはわかっているだろう。奴としては、出来るだけ早く行って欲しいということか。
「心配しなくても、この文化祭が終わったら移動する予定だ。でも、オレがいなくなったからって、あまりクラスメイトを虐めてやるなよ」
「フフ、最後まで園児の心配とは君も物好きだねぇ。しかし、その頼みは素直には頷けない。私としては、あのクラスがどうなろうと興味はないし、もう最終的にAクラスにいくだけのPPの余裕もある。後はのんびり日々を過ごさせて貰うつもりだ。では、アデュー」
手に持った豆乳1本とささみのサラダ2つを軽く振って、高円寺は颯爽と去っていった。
この世界では南雲が高円寺のリアルマネートレードを禁止していないので、高円寺もこの一年半で既にクラス移動に必要な金額を貯め終えたらしい。
原作ではまだ戦う気があった高円寺だが、オレがクラス移動をしたら、おそらく原作以上に動くことはなくなるだろう。まぁ、高円寺は過剰な戦力だし、下手に慣れ合えばクラスが高円寺をオレの代わりにしようとするかもしれないのでその態度は逆に有難いのだが。
「高円寺くんはもう自由にさせるの?」
「ああ、これ以上、高円寺を使う理由もないしな。この文化祭ではどう転んでも100PPが手に入る。それを手土産に、オレたちは帆波のクラスへ移動だ」
「今のクラスが勝っても?」
「関係ない。勿論、帆波のクラスが勝ってくれた方が移動しやすいが、そうでなくてもクラス移動はする。これはもう決めたことだ」
しかし、我ながら実に行き当たりばったりな行動だが、事実として4月の段階では特にこれといって予定を決めていた訳ではなかった。
あの時点では、漠然と新一年生やこれまで手を出せなかった女子を食べながら適当に特別試験をこなして、三年になる前くらいにAクラスに上がる――と、考えていただけ。
しかし、無人島サバイバル試験を終え、南雲が退学するという原作にないイレギュラーが、オレの中に未知への欲求という感情を生んでくれた。
別に女を食べるのに飽きた訳ではない。
だが、目標としていたメンバーをあらかた攻略し、同学年の女子も少しずつではあるが順調に食べ進めることが出来ている。あの秋山さんの攻略すら、今の所は特に大きな問題が起きることなく進んでいた。
――そう、順調すぎたのだ。
ぶっちゃけ、このクラスをAにするのは難しくない。もう南雲もいないし、帆波のいるCクラスもかなりCPを稼がせた。
本来であれば、体育祭に勝って、文化祭に勝って、その次の試験にも勝って――と、いずれはAクラスに辿り着けただろう。
けど、それの何が楽しい?
原作知識があるが故に、俺は負けないだろう。なくても負けるつもりはないが、今このままいけば仮に坂柳と龍園が組んだとしても負けることはない。
最初はそれでも自分の情欲を満たせればそれでいいと思っていた。しかし、人間は慣れる生き物だ。別にセフレたちに文句はないが、今のこの生活にも少し飽きが来ていた。
転機が訪れたのは、前にも言ったが星之宮との契約だ。佐枝よりもオレを楽しませれば、帆波クラスをAクラスにしても良いというあの契約。
最初はただマンネリ気味だった佐枝に危機感を抱かせるためのものだったが、思った以上に星之宮は献身的にオレに尽くした。そして、無人島試験を経て、ふと思ったのだ。このまま、本気で帆波クラスをAクラスにしても面白いかもしれないと。
勿論、今のクラスにいる目ぼしい女子を食べ終えたので、帆波クラスに行こうと思ったのも本音であり、何だかんだいろいろな思惑が交差している。
「高円寺の件もあったしな……」
結局、こうなるのは決まっていたのかもしれん。
だが、いくら原作知識があるとはいえ、遠隔操作では出来ることは限られていた。この策を成すのであれば、俺自身が帆波クラスに移動する必要がある。
事実、クラス移動も今ではそこまで敷居は高くない。やろうと思えばPPを貯めるのはそう難しくないし、何よりもクラス移動チケットという原作では使われなかった存在がある。
あれを使って、今居る鈴音クラスに危機感を抱かせれば、もっと面白いことが起きるかもしれない――そう考えたら、もはや今のクラスで無理にAクラスを目指す必要性を感じなくなっていた。
思えば、原作のオレが4クラスの四つ巴を考えていたのも似たような心境だったのかもしれない。
原作では1年生時に失敗を経験させることで実力を付けさせていた。だが、この世界では、俺がいるからクラスメイト達が成長する機会がなかった――けど、だからこそ、このままオレがこのクラスにいることは、このクラスの為にはならないのだ。
きっと、今のクラスは心のどこかで、いざとなればオレが何とかしてくれるという甘えがあったのだろう。
そして、それはオレがいる限り改善されない。オレがこのままあのクラスにいるならいいが、移動することを決めた以上、あいつらが自分達で努力することがこれからの成長には必要だった。
有難いことに、体育祭での敗北はキッカケとなったと言って良い。今では各々が、オレがいない程度で負けたことを悔いており、こんなことは二度と起こさないと励んでいる。後はその気持ちを継続させるだけでいい。それだけで、世界は未知へと進んでいくだろう。
やはり、既知の世界は駄目だ。
未知こそが、人類の好奇心を刺激する重要なスパイス――本来なら有り得ないオレや雪の帆波クラスへのクラス移動は、きっと退屈を紛らわせるいい暇潰しになる。
もしかしたら、そのせいでオレはAクラスでの卒業が出来ないかもしれないが、別にAクラスで卒業しようとDクラスで卒業しようと、オレの能力に問題がなければ高円寺は変わらずオレを拾ってくれるはずだ。ならば、退屈凌ぎに多少遊んでもいいだろう。
後は、鈴音や桔梗、佐枝たちが苦境の中で足掻く姿をじっくりと楽しませて貰うだけだった。
原作との変化点。
・天沢が狙われた。
龍園がしびれを切らせて狙ってきた。とはいえ、当の天沢本人は面倒に思ってはいてもそこまで気にしていなかったが、清隆が自分のために動いてくれたことに感動している。
・宝泉に罪を擦り付けた。
当然ながら龍園も素直に宝泉が真犯人だと信じ切った訳ではない。ただ、天沢を追い込んでも手応えがないので、別の取っ掛かりにしようとしているだけ。当の宝泉は、この話を聞いても全く興味なし。
・八神退学フラグ。
今の所は立っていない。原作と違って波多野退学以外の火遊びをしていないのが大きい。坂柳や龍園と絡んでいるのは、別に常識の範囲内での行動なので、石上もスルーすることにした。正確には体育祭の件から、迂闊に清隆に近づくのは危険と判断した形。
・鈴音笑顔練習中。
進捗はあまりよろしくない。このままではエロメイド行き。
・高円寺について。
原作と違ってリアルマネートレードが禁止されていないので、既に2000万を確保して後は遊ぶだけの状態。なので、早く清隆の首輪を外してほしがっている。
・清隆の狙い。
改めてまとめた。最優先が今まで関わりの薄かった女子の攻略>>>越えられない壁>>>未知の世界>>鈴音や桔梗、佐枝たちの苦境で成長する姿を眺める(愉悦)=星之宮含めたCクラスで遊ぶ(学年末試験で坂柳と対戦予定)って感じ。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
文化祭の準備を楽しむ傍ら、いろいろな問題を解決している。
・椿雪
仮に清隆がクラス移動しても一緒なので余裕。もし、置いて行かれるようなことになっていたら自殺していたかも?
・堀北鈴音
笑顔が浮かべられずに困っている。
・天沢一夏
清隆の犠牲者。ただ、今回の件で当の清隆が自分を気にしてくれたことを喜んでいる。
・高円寺六助
原作よりも楽にPPを稼げるので既に学校に飽きている。首輪が外れたらもう原作以上にクラスに協力しなくなる。