原作では、八神が文化祭で退学することで、天沢が一時的にふさぎ込むような一幕があり、それに連動してオレが七瀬の謎を追及する場面がある――のだが、この世界では八神が退学していないので、そんな出来事は起きていなかった。
よって、天沢とオレの関係も特に大きな変化はなく、修学旅行の説明を受けた日の放課後にも「先輩。デートしましょうよ!」という連絡が普通に来たので、当たり前のように遊びに行く約束をしている。これから修学旅行で、しばらく他学年とは会えなくなるからな。
「やっほー!」
と、思っていると、思ったよりも早く天沢がやってきた。隣には七瀬もいるようで、「こんにちは、綾小路先輩」と丁寧に頭を下げてくる。
「珍しいな。二人一緒だったのか?」
「最近、また七瀬ちゃんが私をストーキングしてるんですよ。何もしないって言ってるのに信じてくれなくて」
「そうなのか?」
「綾小路先輩は心を許しているようですが、彼女がホワイトルームの刺客であった事実は変わりません。何かのキッカケでまた気持ちが変わる可能性もありますし、体育祭や文化祭などの外部と接触する機会では警戒すべきと判断しました」
それを言えば、七瀬もまた最初はオレに敵対していたし、現在進行形で月城の命令を受けてオレのことを見張っているだろうに――とは言わない。
原作でもこの世界でも、天沢のことを危険視する割に、文化祭や修学旅行でオレが外部の人間と接触することを特に注意してこないおっちょこちょいの七瀬だが、下手に指摘して向こうを刺激する必要もないのでここは素直に騙されたフリをしておく方が賢明だった。
そもそも原作で七瀬がオレに敵愾心のようなものを抱いているのは、オレが卒業した後にホワイトルームに戻って親父殿の駒になることを阻止したいからだ。
オレが第二の綾小路篤臣となってしまえば、また松尾栄一郎のような犠牲者が出る可能性がある。そんな悲劇は二度と起こさせないという固い意志の下、原作の七瀬はオレを改心させようといろいろ画策してくるのだが――
――オレが原作と違って自由を求めている今、敵対する意味が完全に消失していた。
この世界ではオレが月城に本心を伝えており、七瀬も卒業後にオレが親父殿の元へ戻るつもりがないことを知っている。なので、原作のように敵対する必要がなかった。
同時に、七瀬がオレの味方で居続ける以上、オレとしてもわざわざ七瀬の行動の裏を突く必要がない。そのため関係性は何も変わらず、今日も七瀬はオレのために頑張ってくれている可愛い子犬ちゃんのままだった。
「で、疑いは晴れたのか?」
「……そうですね。彼女が外部の人間と接触するようなことはありませんでした。今の所は先輩の味方――と、考えて差し支えないかと」
しかし、七瀬も文化祭でオレが撒いた宝泉が黒幕という噂は聞いているはずだが欠片も信じていない。
まぁ、こいつは宝泉や天沢と同じグループだったし、あの二人がそういう上下関係ではないというのは、二人の性格を良く知っていればわかってしまうか。
「おっ、じゃあストーキングもここまでって感じ? まぁ、今は多様性の時代だし、竿姉妹でもある七瀬ちゃんが求めるなら、深い関係になるのも吝かじゃないけど――」
「また外部との接触機会がない限りは、いつも通りに対応します」
「七瀬ちゃんキビシー! もっと楽しく行かないと損だよ。せっかくの先輩とのらぶらぶデートなんだしさー」
「デ、デートって……私は先輩にあなたのことを報告しようと思っただけで……」
「えっ、じゃあ一緒に来ないの?」
「それは……行きます……けど……」
してやったりという笑みを浮かべる天沢――だが、七瀬が同行するということは二人っきりのデートじゃなくなることにすぐに気付いたようで、「ぐあー! しっぱいしたー!」と嘆く様子を見せている。
とはいえ、天沢もあまりどうでもいいことを引きずるタイプではないようで、「ま、楽しければいっか!」と、オレとのデートを改めて楽しむことにしたらしい。時折、七瀬を揶揄いながらも、オレと一緒にいられるだけで楽しいと全身で示してくる。
また、途中でオレや雪のクラス移動についての話にもなったが、学年が違えばそこまで気になる点ではないようで、天沢も「そういえば先輩たち、クラス移動したんですねー。どんな感じですか?」くらいの軽い世間話程度にしかならなかった。
七瀬も、オレが困っていないなら特に問題はないと言うような感じでそこまで突っ込んでくることはない。実際、仮に天沢や七瀬がクラス移動した所で、オレも似たような反応を返すだけだろうし、他学年にとってクラス移動はあまり重要ではない話だった。
そんなこんなであっという間に時は過ぎ――ず、天沢や七瀬とデートした日の夜、意外にも元クラスメイトの須藤から「相談がある」という連絡が入った。
原作では、小野寺が須藤にアタックしてくるが鈴音に惚れていてどうすればいいか悩んでいる須藤だが、この世界だと須藤は鈴音に惚れていないのもあり、小野寺のアタックを素直に受けられるはずなのだが――と、考えていると、須藤が部屋にやってくる。
「クラスが変わったのに来ちまって悪ぃな。……すんすんっ……今日、カレーか?」
「ああ。須藤も食べるか?」
「いいのか――って、誰かいんのか?」
玄関先で夕飯の匂いを嗅いでいた須藤だが、すぐに見慣れぬ靴が二足あることに気付いて首を傾げる。
「ああ、天沢や七瀬と一緒にカレーを食べようと思って準備していた所だからな」
「天沢……? 七瀬は確か、無人島の時の可愛い子ちゃんだったっけか……もしかして付き合ってんのか?」
「付き合ってたら天沢がいる意味がわからないだろう。残念ながら、今の所オレはフリーだ」
と、話していると、リビングに通じる扉を開けて、当の二人がこちらに顔を出してきた。
「やっほー、須藤先輩。お久しぶりでーす!」
「お前……そっか。四月の特別試験でオレと組んでくれた……」
「改めて、天沢一夏でーす!」
「お久しぶりです、須藤先輩。無人島試験ではお世話になりました」
「七瀬か。いや……あん時も、俺ぁ別になんもしてねぇよ」
美少女二人に声をかけられて地味にたじたじになっている須藤だが、すぐに気を取り直すように咳払いをして誤魔化している。
「須藤は部活帰りか?」
「ああ。彼女もいない俺にはバスケしかねぇからよ……つか、飯の前に悪いんだけどちょっといいか? そんなに時間は取らせねぇからさ」
相談があると言っていたが、出来れば内密に話したいようだ。須藤の意を汲んで、靴を履いて外に出る準備をする。
「先に食べててもいいぞ」
「え~? ちゃんと待ってまーす! そんなに時間も取らせないってことだし」
「はい。流石に家主よりも先に食事を頂く訳にはいきません」
七瀬はともかく、天沢も待つと言って聞かない。仕方なく須藤の方に視線を向けると、少し困った様子だったが「多分、五分くらいで済むと思う」と返すと、二人は扉を閉めた。
こちらも、廊下に出て話を聞く体勢に入る。
「で、どうしたんだ?」
「いや、その……なんだ。綾小路って彼女はいないみたいだけど……そういう経験とかっていうのは?」
そういう経験と言うのは多分、告白的な意味だろう。もう一歩踏み込んだ経験なら豊富なのだが、生憎と告白的な経験はほぼないに等しい。
「ないな。だが、話を聞くことくらいは出来ると思うぞ。それで? 本題はなんだ?」
「じ、実はさ……最近ちょっと小野寺と話す機会が増えたんだけどよ。なんか、俺の自意識過剰じゃなきゃ、ちょっと距離が近い気がしてさ」
まるで、中学生のような相談だった。
「仮に、小野寺との距離が近かったとして、何か問題があるのか?」
「ね、ねぇよ。ってか、小野寺って結構可愛いし、一緒に居て楽しいし……いっそのこと付き合えれば、初めての彼女をゲットできるかも、なんてことだって思った」
「それの何が悪い?」
「だから、悪くはねぇんだって。ただ、これが俺の勝手な思い込みで、実は小野寺は俺のことなんか友達くらいの感じでしか見てないかもしれねぇだろ? それが怖いっつーか。あいつが俺のことをどう思ってるのか落ち着かないっつーか」
原作では鈴音に恋しているが故に、自分の気持ちが定まっていないという感じだったが、まさか須藤からガチの恋愛相談を受けるとは。
とはいえ、オレのように原作知識がある訳ではないのであれば、その不安は至極当然のモノと言って良い。誰だって、相手がどう思っているかなどわからないものだ。
「そう考えるのは普通だと思うぞ。池だって、今こそ篠原と付き合っているが、その前は結構落ち着いてなかっただろう?」
「まぁ、そうだな……」
去年、山内が退学したドサクサで付き合うことになった池と篠原だが、それまでは今の須藤のように気後れしている時もあった。
「オレに言えることは、オレの目から見ても小野寺はお前に好意を持っているように見えるということだ。ただ、それがオレの勘違いの可能性はある。けど、うじうじ悩んでいても先には進めないのもまた確かだ」
「……そう、だよな」
ぶっちゃけ、告白すれば即OKは貰えると思う。が、確証がある訳ではないので断言はできない。
「何なら無理に今答えを出さなくてもいいかもしれないぞ。このまま待っていれば、もしかしたら小野寺の方からお前に気持ちを伝えてくる可能性だってあるしな」
「……いや、男として、女の方から動いてくれるのを待つなんて情けねぇ真似は出来ねぇ」
一瞬迷った様子も見せたが、すぐに首を横に振ると、覚悟を決めたかのように須藤が立ち上がる。
「話を聞いてくれてありがとよ。何となく、自分の気持ちが固まったっつーか。やっぱ、俺から告白するわ。それで駄目だったらその時は目一杯笑ってくれ」
「笑わないし、オレはお前なら大丈夫だと信じている」
「……おう! 修学旅行を薔薇色にしてくるぜ!」
パン――と、自分の両手で自分の頬を叩いて気合を入れると、須藤は「ありがとよ」と、こちらにお礼を言って帰っていった。
今日中に告白するのか、はたまた明日するのか、それはわからない。が、一つ言えることは、仮に小野寺と付き合うことになっても、まだ小野寺はオレに言うことを聞く券を三つ確保されているということだ。
流石に須藤に見せつけるような真似をするつもりはないが、池同様に自分の彼女が実はオレに食べられているというNTR的な状況になってしまっているのは申し訳ないような気がした。まぁ、気がしているだけで、手を引くつもりは欠片もないんだけどな。
「お疲れ様でーす。須藤先輩の恋愛相談は終わりましたー?」
下手に戻ると、まるで話を聞いていたかのように天沢が須藤の話を的確に当ててきた。
「聞いてたのか?」
「まっさかー! 私がそんなことするはずないじゃないですかー!」
「すぐに玄関に行こうとしたのを私が止めました。人の内緒話を聞くのは良くないことなので」
どうやら室内では見えない格闘があったらしい。
「しかし、よく須藤の話が恋愛相談だってわかったな」
話を聞いてなかったとすれば、須藤の話の内容を突き止めるだけの材料は少なかったはずだ。
「須藤先輩って今、OAAでも学力の成績いいじゃないですか。なら、今更勉強のことでわざわざクラス移動した先輩を頼るとは思えないんですよね。それに、私たちに聞かれたくないって所から見ても、男女に関係する話だと推測できます。それも、修学旅行前ってことと合わせれば答えに行きつくのはそう難しくないですよ、ワトソン先輩っ」
「正確には、天沢さんが『なんの話してるのかな?』と話を振ってきたので、私が『別クラスになった先輩をわざわざ選んだのなら重要な話だと思います』と返し、『私たちに聞かれたくないってことは、色事かな?』と推測されたので、『修学旅行前と考えると、その確率は高いですね』と返事をしたことを、あたかも自分で考えたように話しているだけです」
「ばっちり相談してるのはダサいぞホームズ」
「もう! 七瀬ちゃん、ネタばらすの早すぎー!」
あっさりと七瀬にネタ晴らしされて、天沢がブーブー怒ったような真似をする。
正確には相談というよりも暇潰しの世間話だったのだろうが、確かに須藤はクラス移動して少し話にくくなった相手であるオレにわざわざ相談をしてきた。勉強やクラスのことなら、それこそ同じクラスの桔梗や洋介に相談するだろう。
それでもオレを指定してきたのは、それだけ信頼している相手に相談をしたいという証拠。その上、この部屋に来てから須藤はかなり早く人がいることに気付いた。
それが女子だとわかると気まずそうにもしていたし、話が恋愛事だと推測するのそう難しくはないのかもしれない。修学旅行前というのも、旅行を楽しむために彼女を作りたいとも考えられるしな。
「で、どうなったんです?」
「さてな。一応、告白するとは言っていたが、どうなるかはわからない」
「綾小路先輩から見て、成功率は高くないのですか?」
「いや、オレはほぼ確定で成功すると思っている。が、こればかりは推測だからな。絶対とは言い切れない」
オレに出来る言葉はかけたつもりだが、須藤の告白が成功するかどうかは須藤次第としか言いようがなかった。
とはいえ、オレとしては出来れば成功してほしい所ではある。勿論、須藤の幸せを願って――などという殊勝な考えではなく、言ってしまえばオレの夜の生活に彩を付ける一環として須藤と小野寺が付き合った方が楽しいというだけだ。
それは、何故か?
南雲や池がそうだったが、恋愛関係にある女が別の男に食べられるというのは、シチュエーションとして女性側の罪悪感を刺激する(なずなは別に南雲と付き合っていた訳ではないが、関係性は恋人に近かったので例題として名前を出した)。
特に篠原が言い訳をしながらも池に罪悪感を覚えているのは見ていてとても面白い。小野寺も同様に、須藤と関係を持った上でオレとも関係を持たなくていけないというのは、彼女の反応をこれまでとは違ったものに変えてくれるだろう。
オレはそういうスパイスを欲しているだけだ。
「まぁ、須藤先輩の恋が実ろうと散ろうとどうでもいいですけどねー」
「そうですね。それに、あまり他人のことに首を出し過ぎるのも良くありませんし、冷める前にカレーを食べてしまった方が建設的です」
「七瀬ちゃん相変わらずキビシー!」
「出歯亀をするのは趣味ではないので」
「そーんなこといって、これが先輩の色事だったら興味津々な癖にー! こーのむっつりさんめ!」
「なっ!? あなたにそんなこと言われたくありません! いっつも強気なこと言っておきながら、すぐに先輩にヒーヒー言わせられる癖に!」
と、話している内にいつの間にかキャットファイトが始まってしまい、「なにをー!?」、「なんですか!?」と、天沢と七瀬が取っ組み合いを始める。
これは、カレーを食べるのはひと段落してからだな――と、いうことで、とりあえず暴れる二人をお仕置きすることにした。このTレックスが目に入らんか!
原作との変化点。
・天沢がショックを受けていない。
本来であれば文化祭で八神が退学し、天沢もしばらくショックを受けているのだが、このSSではそんなこともなく元気に過ごしている。
・七瀬を放置している。
この頃、体育祭や文化祭で七瀬が自分を守ろうとしなかった点を追及するが、このSSでは七瀬と敵対するメリットが欠片もないので放置している。
・須藤が相談に来た。
原作では恵と一緒だが、このSSでは天沢、七瀬と一緒に居る。須藤も、原作と違って鈴音に恋をしていないから、わかりやすい中学生みたいな悩み方をしていた。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
須藤にアドバイスを送った。これで日々の彩に刺激が出来ればOKレベルの考え。
・天沢一夏
原作と違って元気。仮にもこのSSでホームズと呼ばれる(高円寺だけ)清隆をワトソン扱いしたが、ホームズを名乗るには少し抜けがありすぎた。
・七瀬翼
変わらず天沢を警戒している子犬ちゃん。自分の正体は一切バレていないと思っている可愛い子である。
・須藤健
彼女が出来ました。