スキー場に着く頃にはもうお昼だったので、併設されている大型の食堂で昼食を取ると、そのまま各グループでスキーの講習を受ける。
勿論、原作知識としてスキーがどういうものでどういう動きをするものかは知っているが、実際に体験するのはこれが初めてなのでオレが初心者であることに変わりはない。
流石のホワイトルームも、スキーの滑り方――なんてものは教えてくれなかったしな。
とりあえず、指示通りにスキーウェアを着てブーツも履いていく。そのままインストラクターの指示に従っていると、普通に歩くくらいのことはすぐに出来るようになった。
準備が済むと、上級者、中級車、初心者の三つの組に分かれてレッスンを受ける。当然ながらオレは初心者講習を受けており、原作では初心者講習を受けていなかったはずの桔梗も何故かオレと一緒になって話を聞いていた。
はて? 原作では確か、桔梗は中級者以上のスキー経験者だったはずだが?
ぶっちゃけ、1から滑り方を習っても何も楽しくないだろうに、敢えて滑れないフリをして笑顔で一緒に講習を受けている。
一方で、龍園は上級者ということで、既にゲレンデに出て自由に滑り始めていた。その仕草を観察して、記憶の中の原作知識と当てはめて自分の中に落とし込んでいく。
30分もする頃には、コツを完全につかんである程度滑ることが出来るようになっていた。
「清隆? 行かないのか?」
初心者講習を終えると、各自で自由に滑るように言われたので、啓誠を始め初心者組は傾斜の緩い初心者コースに向かおうとしていたのだが――白石が鬼頭に少し遅れて上級者コースに向かったのを見て、オレの足が自然と止まる。
「……オレはちょっと別の場所で滑ろうと思う」
「中級者コースに行くつもりか? まぁ、清隆の運動能力ならいけなくもないだろうが……」
「無理そうならそっちに合流する」
「わかった。じゃあ、俺は初心者コースにいるから」
と、啓誠や網倉、西野が初心者コースに向かうのを見送り、オレは上級者コースへと向かう。すると、同じく上級者コースに向かおうとしている龍園と鉢合った。
「おい、綾小路。テメェはあっちの初心者コースだろ。こっちは上級者用だ」
「知ってる。こっちで問題ないと判断した」
「あぁ? さっきまでよちよちペンギン歩きしてやつが何言って――」
「大丈夫、綾小路くん? パッと見た感じ上級者コースは、ハードなこぶ斜面と急斜面がかなり多くて初心者には厳しそうに見えたけど……」
「……櫛田、お前。実はかなりスキーできるな?」
初心者にしては割と的確なアドバイスをする桔梗を見て、龍園も桔梗がスキー経験者だとわかったらしい。
ならば、オレなんかに構う意味はないと龍園はすぐに視線を逸らして上級者コースへ向かうためにリフトに乗っていく。
どうやら、桔梗は本心から心配してくれているようだが、多分白石は原作の山村の代わりに龍園の監視を指示されているのだろう。放置しても良いが、この機を逃すのは少し勿体ない気がした。
「オレだけなら初心者コースでもいいんだが、白石が上級者コースに行ったのが気になってな。多分、あいつは上級者コースだとわかって乗ってないと思うんだ」
と、言って、上に向かっていくリフトに乗っている白石を指さす。白石がスキー経験者かどうかは知らないが、初心者コースを選んでいたので心配だったと言えば、オレが無理して上に行きたがる理由としては十分なものだろう。
「わ、ほんとだ。確かにあれは追いかけた方が良さそうだね」
桔梗も納得してくれたようで、二人でリフトに乗り上級者コースへと向かっていく。
「なんかさ。こういうリフトに乗ってると殺人事件とか起きそうじゃない?」
桔梗はオレと一緒に居られて嬉しいのか、プラプラと足を揺らして楽しそうな笑みを浮かべている。普段よりも少し羽目を外しているようにも見えた。
「刑事ドラマの見過ぎじゃないか?」
「そうかな? スキー場の事件としては定番だと思うけど……」
「オレはスキー場と言われると、雪女とかの方が思い浮かぶ」
「それはもうミステリーじゃなくてホラーじゃん」
「間を取ってサスペンスにしておこう」
何でサスペンス――と、桔梗が笑みを浮かべる。
原作では、満場一致試験で本性がバラされ、オレとの関係性も微妙なものになっていたが、この世界では『櫛田桔梗』というキャラはまだ崩壊していない。
その上、原作と違って鈴音との関係にも適度に折り合いをつけていることから、精神的なストレスもあまり貯めておらず、今も自然体で笑みを浮かべていた。
「あー、楽しいなぁ。雪ちゃんには悪いけど、綾小路くんと一緒のグループになれて本当によかったー」
「龍園も一緒だけどな」
「それは言わないでー、頭が重くなるからー」
実際、セフレの中でオレと一緒のグループなのは桔梗と西野だけだ。その西野も、まだオレとの関係性はそこまで高くないことや、基本的に澪のように一匹狼を気取っているのであまりオレに近づいて来ない。だから、桔梗もオレを独り占めできて嬉しいのだろう。
とはいえ、楽あれば苦ありではないが、オレと一緒のグループの代わりに問題児である龍園と一緒というのは、表向きBクラスのリーダーである桔梗には重い問題のようだった。
原作では、一時期龍園と組んでいて本性がバレているのを危惧する場面もあったが、この世界では早い段階でオレのセフレになったことから龍園とは組んでおらず、あいつにも桔梗の本性はバレていないので、そういう点ではまだマシだろうが――
「ところでさ。重要なことだから今ここで確認しておきたいんだけど、もしかしなくても白石さんを狙ってるよね?」
と、考えていると、ジト目で内心を当てられた。
ここは、得意のポーカーフェイスで誤魔化そう。
「……何のことだかサッパリだ」
「こっち見て答えてね。どーも、今日合流した時からやけに白石さんのこと気にしてるなーって思ったんだよ。今だって、上級者コースに行ったのをしっかり見てるし」
「たまたま視界に入っただけだ」
「……ちなみに、白石さんって100人斬りって呼ばれてるの知ってる?」
「このオレですら一年半で斬った相手は精々30~40人が限界なのに、100人とは豪の者だな」
暗に嘘だと、桔梗にも教えてやった。
勿論、女性側がオープンに誘えば100人斬りも不可能ではないと思うが、1年が365日しかない以上、1日1人を相手にする計算でも1/3近くの日数を消費する。
1年半で約500日としても、5日に1人と関係を持つ計算だ。日数だけ見れば不可能ではないかもしれないが、人間関係というのは複雑である。基本的に男は抱いた女を自分のものと認識する生き物であり、100人斬りなんてすればどうしたって問題が起きかねない。
にもかかわらず、この一年で白石は問題らしい問題を起こしていなかった。オレ並にセフレを上手くコントロールしているという可能性もゼロではないが、100人斬りはあくまでもブラフと考えるのが一番丸いだろう。まぁ、中学から数えてだったらわからんが――
この学校でオレ以上の剣豪はいない(キリッ)。
「なにそれ、自慢のつもり?」
「すみません」
女と話している時、他の女の話題を出すのはNG――とはいえ、先に白石の名前を出したのは桔梗なので少し理不尽な気もする。
「まぁ、私だって、白石さんの噂が全部本当だなんて思ってないけどさ」
「実際、ほぼ嘘だろうな」
とはいえ、仮に白石の100人斬りの噂が本当だったとしても別に問題はなかった。
ハッキリ言うが、女に処女性を求めるのは夢見がちな童貞だけだ。俺も前世ではこの傾向の男だったが、ある程度の経験を積むと処女の相手は面倒なだけでメリットがない。
勿論、捨てるの前提で自分が楽しむだけならいいのかもしれないが、オレは基本的にセフレを大事にする派であり、関係を持つのなら相手を尊重するタイプだ。それに、Tレックスのサイズがサイズなので、どうしたって丁寧に扱わないと相手が壊れかねなかった。
なので個人的には相手に経験があった方が楽だ。
勿論、原作キャラでもメインキャラはオレが初めてを奪いたかったので、そういう意味だと全てが非処女の方がいい訳ではない。その辺の塩梅は意外と難しかったりもするのだが、白石の場合は原作の感じからしても多分処女なので、この議論もほぼ意味はなかった。
「でも、どうしてそんな噂が流れたんだろうね? 自分で流したのかな?」
「可能性はある。それこそ、男子避けとしてはかなり機能するだろうしな」
この年頃の男子高校生は、百戦錬磨の女(噂)に手を出すほど勇気はないだろう。
「一人、効いてないみたいだけど?」
再びジト目で睨まれる。まぁ、オレは例外だ。
「全く、何も知りませんみたいな顔して……」
「感情が顔に出ないタイプだからな」
「一部は凄く感情が強く出るけどね」
ご尤も。流石にもう1年半も付き合っているだけあって、桔梗も詳しい事情こそ知らずとも、オレの感情が極端に薄いことをしっかり理解している。
「……あのさ。ちょっと相談してもいい?」
と、オレが内心桔梗を褒めていると、一転して真面目な顔をした桔梗がそう声をかけてきた。
今はリフトの上で周りに人も居なく、リフトとリフトの間も比較的距離がある。
また、風もあって声も周囲には聞こえにくいこともあり、内緒話をするには地味にもってこいの場とも言えた。どうやら、白石の話はこの話を振るための前フリだったらしい。
「どうした?」
「これからの話なんだけど……私ってどうしたらいい? 綾小路くんって堀北を成長させたいんでしょ?」
確かに、鈴音の成長を促すというのは、オレがクラスを移動した要因の一つではある。
だが、それを桔梗に語って聞かせたことはなかった。それこそ雪にさえ言っていないのだ。つまり桔梗は、オレの言動から思考を予測した――ということになる。なんだかんだ、こいつも成長しているな。
「別に鈴音だけじゃない。あのクラスがオレや雪抜きで勝っていくなら、お前も含めて全員の成長が必要だとオレは思っている」
「……そういうんじゃなくてさ。この先、綾小路くんの中では、私ってどうなる予定なの? 堀北が成長したら、もうお役目御免でリーダーとしては捨てられる感じ?」
成程、本音はそっちか。鈴音が成長したら、原作のようにクラスのリーダーになって、自分のポジションが脅かされるのではないかと危惧しているらしい。
「心配しなくても、仮に鈴音が成長してもお前がクラスのリーダーであることは変わらない。お前は少し、お前自身の力を甘く見過ぎだ」
櫛田桔梗の武器と言えば、やはりその膨大な交友関係やそれらの繋がりから得られる情報が上げられる。
それは仮に鈴音が成長したとしても代わりの利くものではないし、そもそも桔梗にはこの一年間でクラスのリーダーを務めてきたという実績があった。
例え、オレの望み通りになったとしても、桔梗の危惧するように立場が逆転するようなことにはならないだろう。
「そもそも、なんでお前は自分が鈴音よりも下だと思っている? 外から見れば桔梗より鈴音の方が上なんて思う奴はいないだろう」
「それは……今までは綾小路くんがいてくれたから」
「違う。お前は元々鈴音にも負けない力を持っている。お前自身が自分は鈴音より下だと、そう思い込んでいるだけだ。確かに、学力や運動能力は鈴音の方が上かもしれない。だが、リーダーとしての資質というのはそれだけではないはずだ」
コミュニケーション能力というのは一概に馬鹿に出来る要素ではない。それこそ、無人島サバイバル試験で、各クラスでグループが出来たのは櫛田桔梗がいたからこそだった。
それだけじゃない。こいつは当たり前のように言っているが、本来オレのラジコンとして坂柳や龍園の相手をすることだって、常人に出来るようなことではなかった。櫛田桔梗には、人前に立つだけの資質を十分持っているのだ。
勿論、勉強や運動が出来るに越したことはないが、坂柳だって運動は出来ないし龍園だって勉強が出来ない。
鈴音は両方を兼ね備えていても、桔梗のようには立ち回れない――結局、人に出来ることというのは限りがある。だが、それは卑下するようなことではない。
「それはそうかもしれないけど……」
「お前はどうも本質的な部分で自分を信じてないな。謙遜は美徳とは言うが、お前はもっと自分に自信を持っていい。オレは、鈴音じゃなくてお前をリーダーに選んだんだ」
それに、本人は無自覚だろうが、オレの目的を推察できたこと――それはコミュニケーション能力や情報収集能力に続く、新しい力が目覚めつつあるということでもあった。
元来桔梗は、相手に自分を良く見られたいと思っているが故に、相手のことも深く理解しようとするタイプだ。
相手の好好みや趣味趣向を知り、その人がどういう人物かを知った上で嫌われないように立ち回っている。それがコミュニケーション能力や情報収集能力にも繋がっているが、この三つ目の力はまさにその発展形と言えた。
いわば、相手の心を見抜く力――というべきか。
今も周りの空気を読んで器用に立ち回っているが、オレの言っているのはそんなレベルではない。それこそ、先程オレの目的を見抜いたように、相手の思考をも推察できる読心能力のことを言っている。
おそらく、元々持っている相手の情報に加え、その時の表情や仕草、言葉の震え、息遣い、立ち振る舞いから指先一つの動きに至るまで――それらの違和感が、桔梗に相手の心境を教えてくれるのだろう。
坂柳の論理的な思考で相手の心理を見抜く力とは、また別ベクトルの人体把握能力。
流石にまだ完全に形にはなっていない。だが、もしこの能力が自由自在に使えるようになれば、人の心理を見抜くという一点では桔梗は坂柳を凌ぐ可能性だってあった。
「励ましてくれるのは嬉しいけど……実際、私じゃ坂柳さんや龍園くんを相手にするには力が足りてない。いくら綾小路くんが裏でサポートしてくれても、別クラスじゃ限界があるでしょ」
「オレのサポートが届かないのであれば、別のやつを利用すればいいだけの話だろう」
「は? まさか、それって堀北のこと?」
「お前も、心のどこかではわかっているはずだ。鈴音はその力を出し切れれば、十分に他のクラスとも戦える実力を持っていることを」
もしかしたら、龍園がずっと鈴音を意識しているのも、どこかでその力に期待している部分があるのかもしれない。
先程、オレや八神の中のナニかを感じ取ったように、そういう見えない何かを感じて、あいつはずっと鈴音を待っている。学年末試験の組み合わせだって、もしかしたら――
「……まさか、私にあいつと組めって言うの?」
「違うな。あいつを上手く使うんだ」
「使う……?」
「オレが普段お前たちを使っているのと一緒だ。例えば、体育祭でオレが休んで龍園の罠にハマった時、もしお前が鈴音をちゃんと使えていればあそこまでボロクソに負けることはなかった……違うか?」
鈴音も問題に気付いてからクラスを立て直そうと動き出した。しかし、相手がホワイトルーム生の八神だったことを除いても、あいつだけで対処出来なかったのは何故か。
それは、今の鈴音はまだ周囲を頼ることを知らないからだ。勿論、言葉では頼ると言っても、内心では何でも自分一人で何とかしようとしてから回っている。
あの体育祭でも、鈴音の好きにさせるのではなく、桔梗がもっと上手く鈴音を使って事に当たっていれば、八神に勝つのは不可能でももっと善戦できていただろう。
「でも……」
「お前と鈴音のわだかまりは知っている。けど、今はもう昔ほどあいつのことが憎くはないんじゃないか?」
原作でもこの世界でもそうだったが、桔梗が鈴音を嫌う一番の理由――それは、劣等感だとオレは思っている。
自分よりも勉強が出来る、運動が出来る、見た目が可愛い、そんな僻みとも言える感情が桔梗の根幹には眠っているのだろう。
だから、一緒に居てムカつくし仲良くできない。
秘密を握られているなんていうのは、言ってしまえばいい訳のようなものだ。本当は、自分が鈴音よりも劣っているのを認めたくないだけ。
しかし、この世界では違う。
ここでは、桔梗は鈴音よりも精神的に上の立場になれた。それは、あまり表では言えないような出来事の末だが、上下関係はしっかり出来ている。
だからこそ、原作よりもこの世界の桔梗は鈴音を嫌ってはいなかった。でも、完全には受け入れられないから、今までのように邪険に扱っている。無意識に自分を鈴音の下に置こうとするのも、その劣等感の名残だろう。
「別に仲良くしろと言っている訳じゃない。ただ、上手く使えと言いたいだけだ。お前も、文化祭の時、鈴音に笑顔は武器だと教えていただろう? 今度はお前が、鈴音という武器を使う時が来たというだけだ」
「でも、それで堀北がみんなに認められちゃったら……私は……」
「さっきも言ったが、お前は自分の力をもっと信じろ。仮にお前が協力して、鈴音に協調性が生まれてクラスメイトと仲良くなったとしても、それでお前の価値がなくなることは絶対にない。むしろお前という存在の大切さを、鈴音やクラスメイトは再確認するだろう」
原作でもクラスに完全に馴染むのにあれだけ時間をかけた鈴音が一朝一夕でクラスに馴染める訳がない。
おまけに、これまでクラスの橋渡しをしていたオレや雪はもういないのだ。どうしたって、鈴音は桔梗に頼らないと自分とクラスを繋ぐことはできない。その結果、鈴音は桔梗に今以上の感謝の感情を抱くことだろう。
「まぁ、少しは歩み寄ってみろ。それで変わることだってあるはずだ」
「……私は――」
それでも納得できないのか、はたまた納得したくないのか、桔梗が言葉を返そうとする――しかし、それと同時にいきなり強い風が吹き、浅く被っていた桔梗のニット帽が飛ばされそうになった。
そういえば、原作でもこんなことあったな。咄嗟に手を伸ばして、ニット帽が飛ばないように抑えてやる。桔梗も、体を預けるようにこちらにくっついてきた。
「あっ、ごめんね。ありがとう……」
「気にするな。守れる時は守ってやる」
「……その台詞、白石さんを狙ってるって事実がなければ決まってたんだけどなぁ」
再び白石の件が蒸し返されたが、それ以上話が進むことはなく、リフトが目的地に着く。
流石に付き合いが長いだけあって、桔梗はオレが本当に初心者だということをしっかり理解してくれているようで、まるでお手本を見せるかのように先にリフトを降りていった。
それをしっかりと真似て、オレも後に続く。
そのまま、上級者コースに移動すると、下から見上げた時以上の傾斜面がオレたちを迎え入れた。桔梗も、「思った以上にきついね……」と斜面の傾きを見て言葉を漏らしている。
「まぁ、今は上級者コースよりも白石だ」
「滑れないって気付いてリフトの傍にいると思ったんだけど……」
桔梗と共に白石の姿を探すも、それらしい姿を見つけることが出来ない。やはり、原作の山村の代わりに隠れて龍園のことを探っている可能性があった。
と、すると、逆にその目標である龍園を見つけた方が早い――と、再び周囲を見回してみると、Dクラスの男女複数に囲まれた人気者の姿を見つけた。
「あれって龍園くんのクラスの生徒たちだよね? 意外と人望がある……訳ないか」
「少なくとも、ワイワイ楽しく会話って雰囲気ではないな」
「だよね」
オレがCクラスの生徒に提案したことを、やはり龍園も実行しているということだろう。
実際、集まったDクラスの生徒たちは、真剣な表情で龍園に何か報告している。メンバーも、金田や石崎、真鍋や山下と、男女において龍園からよく指示を受けている奴らだ。
「何か秘密の会議かな?」
「わからないが、後で携帯を使って報告する間も惜しいくらいのことを話しているのは確かだろうな」
どうでもいい話なら、わざわざこんな所に集まらなくても、後で携帯を使って連絡し合えばいい。
「あっ、いたよ綾小路くん。白石さん」
そう桔梗が指さす方向には、確かに白石がいた。木の影に隠れて、ジッと龍園たちのことを見ている。
「あの感じ……白石さんも龍園くんを探ってるってこと?」
「の、ように見えるな……白石ってどんな生徒なんだ?」
「どんな生徒って言われても……基本的におっとりとした雰囲気で、あまり社交的なタイプじゃないけど堀北ほどすれてる訳じゃない。でも、たまに話をしてもあまり自分のことは見せない……って感じ?」
後は、100人斬りの異名があるくらいか。
「友人関係はどうだ?」
「同じクラスの西川さんと仲が良くて、よく一緒に居る姿を見るってくらいかな」
西川亮子――いずれは、白石と共に食べたいと思っているAクラスの生徒。原作では白石と同じく、3年生で大きく登場してきたが、この世界ではオレと関連性はゼロだった。
出来れば、この修学旅行を通じて白石をとっかかりにしたいが、こいつも七瀬と同じく裏に政治的な思惑を持ったバックがいるせいで下手に手出しできない存在だ。まだ何も関係ない西川の方が攻略するのが楽そうだが、迂闊に手を出すと白石がどう反応するか予測できない。
本当、ホワイトルーム関係者は面倒事が多いな。
と、考えていると、程なくして龍園の近くに集まっていたDクラスの生徒たちは、各々自分のグループに戻っていくようだった。
それを見送ると、白石も仕事は終わったと言わんばかりにゆっくりと斜面を下ろうとする――が、どうやら初心者なのは嘘ではないのか、それともあまり滑る所を見せたくないのか、傾斜のきつさを見て諦めたような様子でリフトの方へ歩き始めていた。
それはつまり、オレたちの方へ向かっているということであり、堂々と姿を晒していたオレと桔梗は、こちらに歩いてくる白石と自然と目が合ってしまう。
「あら? 綾小路くんと櫛田さん……どうしたんですか、こんな所で?」
流石にお前が龍園を見張っていたのを見ていたとは言えないので、即座に桔梗とアイコンタクトで適当な理由をでっちあげていく。
「初心者コースではそこそこ滑れたから上級者コースもいけると思ってやってきたんだ。けど、傾斜が思ったよりもきつくて、どうしようか考えていた」
「下から見るよりも凄くてちょっと初心者には危ないかなって」
この世界では、桔梗も初心者コースを研修しており、白石も同じく初心者コースにいた。
なので、彼女から見れば、オレと桔梗は少しイキって上級者コースに来てみたけどひよっているカップルくらいの感じに見えるはずだ。
勿論、オレと桔梗は付き合ってなど居ないが、元同じクラスということは白石も知っているはずだし、多少仲良くしていてもそこまで気にならないだろう。
「そうだったんですね。実は、私も初心者コースである程度滑れたので、上級者コースもいけると思ったんですけど、お二人と同じく斜面が凄くきつくて諦めてしまいました……」
白石も、多少の疑問は感じつつも、ここはオレたちの言い訳に乗った方がいいと判断したようで、「奇遇ですね」と頷きを返してくる。
多分、白石の中では、オレと桔梗は別クラスになったけど裏では繋がっていて、ここで何か秘密の会話をしていた――というような感じに変換されていると見た。少なくとも、白石の後をつけてきたことには気づかれてはいないはずだ。
「白石はリフトで降りるのか?」
「ええ。無理はしない方がいいと判断しました」
こちらとしても、出来ればここで一緒のリフトに乗って距離を詰めたい所だが、あまりがっついた雰囲気を見せても距離と取られる可能性がある。
何せ、オレと白石はまだ出会って半日も経っていないのだ。ここは変に攻めるよりも、様子を見るべき――七瀬と同様、食べるのはもう少し向こうが腹の内を曝け出してからだ。
と、いうことで、桔梗に視線で指示を出した。
「じゃあ、白石さん。良かったら私と一緒に降りない?」
オレが自発的に動こうとしない=自分が動いて情報を集めるという指示だが、流石に一年半一緒に居ただけあって、桔梗は視線の動きだけでこちらの意図を完璧に汲んでみせる。
「いいんですか? 綾小路くんと一緒に降りなくても」
「どうしようか考えているといったが、オレはチャレンジしてみたい派で桔梗は無理せずリフトから降りる派だったんだ。だからオレのことは気にしなくていい」
「私としても、一人で降りるのは少し恥ずかしいというか……出来れば誰かと一緒に降りたかったから、白石さんさえ良ければ一緒にどうかな?」
「では……せっかくのお誘いですし、櫛田さんさえよろしければ一緒に降りましょうか」
流石の白石も、ここで一人で居りるとは言えないようで、桔梗と一緒にリフトで下に降りることを選んできた。
異性のオレでは警戒される可能性が高いが、同性の桔梗なら上手く探りを入れながら、いい塩梅にオレの情報を白石に伝えてくれるはずだ。
ここは下手に介入しない方が、白石にオレがどういう人間かというのを伝えやすい。
「じゃあ、また下で会おう」
「綾小路くんも、気を付けてね。もしもの時は、板を外してから横の方を歩いて降りた方がいいよ。格好は着かないかもしれないけど、安全には変えられないから」
「ああ」
「それではまた下で会いましょう」
そのまま二人がリフトに乗るのを見送って、オレはオレで上級者コースを体験することにする。
ぶっちゃけ、実際に経験するのが何よりの上達の秘訣だ。周りにいる人間の動きを参考に斜面を滑り降りていく――とりあえず、転んで怪我をするような事態にはならなかったが、一人でスキーをしても特に面白くも何ともなかった。
原作との変化点。
・桔梗が初心者コースにいる。
清隆と一緒に居るために、わざと初心者のフリをしている。が、知識量で経験者だとすぐに龍園にバレた。
・桔梗が悩みを相談した。
何だかんだ不安を抱えていた。が、清隆も別に桔梗を使い捨てようとなどとは思っておらず、鈴音と桔梗で良い関係を築けたらと思っている。
・白石が山村の代わりをしている。
白石だったのは偶然であり、もし別の人物が龍園と同じ班だった場合、別の人物がこの役割をしていた。白石としても、坂柳から仕事を割り振られて面倒に思っている。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
白石の後を付けた。仲良くなるタイミングを伺っている。
・櫛田桔梗
清隆に本心を打ち明けた。とりあえず、捨てられる気配はなさそうでホッとしている。
・白石飛鳥
坂柳の指示で仕事中。山村ほどではないが、上手く気配を消して動いている。
・幸村輝彦
初心者コースでスキーを練習中。原作で啓誠がスキー経験者かどうかは不明だが、あの運動能力でスキーだけ上手いはないと判断して初心者にさせて貰っている。独自設定。
・龍園翔
何だかんだスキーを楽しんでいる。上級者コースで情報収集を終えた後は、普通に滑りまくっていた。