スキー場でのプログラムを無事に終えると、そのまま午後5時前には旅館へと到着した。
この旅館では基本的に各グループの男女4名ずつに分かれて一室が与えられており、当然ながらオレと啓誠、鬼頭に龍園の4人組での一室となる。
正直、個室がないと辛いのでPPで個室を買おうとしたのだが、今回の修学旅行では無人島試験のように個室をPPで買うことが出来ないらしい。おそらくだが豪華客船と違い、民間の老舗旅館ではあまり無理を利かせるのは難しいのだろう。
ぶっちゃけ旅館の雰囲気はとても良いのだが、個室がないことで気分は最低であり、おまけに原作では龍園が渡辺を荷物持ちにするくだりが、渡辺がいないことでオレが標的となってますます気分はブルーになっていった。
多分だが、啓誠は前にペーパーシャッフル等の試験で龍園と会話をしたことがあり、意外と気が強い性格をしているのを知っていたから、一番文句の言わなさそうなオレを狙ったのだろう。実際、啓誠や鬼頭は怒ってくれたが、オレはもう反論する気力もなかった。
「ちょっといいかな?」
旅館から部屋の鍵を2本受け取ると、それとほぼ同時に女子グループの方も同じく鍵を受け取ってこちらへとやって来る。おそらく、原作同様に明日からのグループ行動について話し合いをしようという提案だろう。
「あのね。明日からのグループ行動について話し合っておくべきだと思うの。せっかくの北海道だし、みんな行きたい所があるんじゃないかなって」
「まぁ、意見が纏まるかどうかは疑問だが、やらないよりはやった方がいいのは確かだな」
「なら、夜に女子みんなで男子の部屋にお邪魔しようと思うんだけど……どうかな?」
と、いう桔梗の問いに対し、オレは頷きながら視線を啓誠や鬼頭に向ける。ちなみに、龍園は原作通りにこちらに荷物を投げて風呂に行ったのでこの場にはいなかった。
啓誠も特に反論はないようで静かに頷いている。鬼頭は黙ったままだが、もし本当に嫌ならば反論してくるはずなので問題ないと判断した。龍園はもう知らん、いないのが悪い。
「問題ない」
「決まりだね。じゃあ、また後で。詳しい時間が決まったら綾小路くんに連絡するから」
流石の桔梗も、啓誠はともかく龍園や鬼頭に連絡する勇気はないようで、話を終えるとそのまま女子グループのメンバーも自室へと移動していく。
それを見送り、オレたちもまずは自分の部屋に行こうということで、荷物を持って振り分けられた自室へと足を進めた。
改めて、鍵を差し込んで中に入っていく。室内はそれなりに広く、12畳ほどの和室となっている。部屋の真ん中にはテーブルに座椅子も四つと、窓際にはミニテーブルとソファーが二脚置かれ、高校生の借りる部屋としては上等な部類と言って良かった。
ただし、個別に風呂は付いていないようで、入浴は大浴場に行く以外にないらしい。また、備え付けの冷蔵庫には飲み物も入っているが、1本当たりの値段は普通に自動販売機で購入するよりも高かった。何でもかんでも至れり尽くせりではないのだろう。
室内の確認をある程度終えると、まだ夕食が始まる7時には少し早いが啓誠と共に大浴場へ向かうことにした。鬼頭はまだ良いとのことで部屋に残っている。
去年の合同合宿では、オレのTレックス対高円寺のTレックスというイレギュラーなイベントが起きたが、今年は馬鹿みたいなそんな催し物は起きず、静かに入浴を楽しむことが出来ている。
また、旅館内では自由にしていいというのは嘘ではないようで、オレも基本的には同じグループの啓誠と共に行動していたのだが、入浴後に颯爽とCクラスの男女入り混じった生徒たちがやってきてオレの手を引いて食堂へと連れて行かれた。
どうやら雪も同様だったようで、クラスメイトたちはオレたちが必要以上にBクラスと慣れ合わないようにと警戒しているらしい。と、いうことで、入浴後はCクラスのメンバーと一緒に食堂で食事をとっていく。左右を雪と帆波で囲われ、まさに両手に花状態だ。
念のため、啓誠にはチャットで謝罪をしておいたが、こちらの事情にも理解を示してくれているようで「気にするな」という短いながらも有難い言葉が返ってきている。
だが、Cクラスのメンバーも、ただ話をするためだけに集まった訳ではないようで、世間話をするフリをしながら、今日一日で手に入れた情報をしっかりオレたちに報告してきた。
その結果、坂柳率いるAクラスや龍園率いるDクラスもまた、こちらと同様に何かを探るような行動を取っていることがわかる。勿論、原作知識で知ってはいるが、原作と今のこの世界とは流れが違っているので改めて確認が取れたのは大きかった。
あまり周りを警戒させたくないので、こちらの情報収集はあくまで世間話のついでの探り程度でしかないが、坂柳や龍園のクラスは露骨に秘密を嗅ぎまわっているらしい。
逆に何もせずに旅行を楽しんでいるのが、元オレたちのクラスであるBクラスだった。
おそらく、まだ桔梗と鈴音の仲が前進していないこともあり、この修学旅行では特に何かをするという話にはなっていないのだろう。まぁ、それはそれで学生としては正しい姿でもある。
一応、Cクラスのメンバーたちには、今まで通りこちらが探っているということを匂わせないことを徹底するように指示を出しておく。迂闊な行動を取って相手に警戒されるよりも、自然体のままで得られる情報の方が価値は高いからな。
まぁ、あまり情報収集だけに囚われずに修学旅行も楽しめよ――と、いう隠語でもあるのだが、それをちゃんと理解できたのはおそらく雪と帆波だけだろう。特に、基本的に周りとの交友関係の薄いタイプのクラスメイトたちは使命に燃えているように見える。
名指しするなら姫野みたいなタイプだ。
あいつも基本的には周りに合わせはするが、深くは踏み込まない性格をしているので、修学旅行を楽しむというよりは情報収集に励む方が苦じゃないらしい。
本人がそれでいいなら別にいいのだが、修学旅行が終わったら少し姫野はメンタルケアをしてやった方がいいかもしれないな。原作と違って神崎という同士がいないので、姫野のことを本質的に理解してやれる人間はオレしかいないのだ。
正確には、オレというかTレックスなのだが――
◇◆
――と、入浴や食事を楽しんでいると、何だかんだ時間は既に午後9時を回っていた。
しかし、オレの方にはまだ桔梗から特に連絡は来ていない。部屋に戻ると、龍園と鬼頭、啓誠の男子組はいるが、女子が一足先にやってくるということもなかった。
と、すると、もしかして原作のように桔梗が鈴音と風呂で我慢比べでもしているのだろうか? 今日はスキー場のリフトで、これからは鈴音を使うように指示を出したし、桔梗なりに鈴音に歩み寄ろうとしているなら、これだけ時間がかかっても不思議ではない。
なんて考えていると、9時半過ぎに「10時頃に行くね」という短いチャットが届いた。
しばらくすると部屋のドアが優しく二回ノックされ、オレがドアを開けると、少し顔を赤くした桔梗が「お待たせ~」と謝りながら入って来る。他の女子3名も続くように中に入ってきた。
「思ったより遅かったな」
「ごめんね。ちょっとお風呂で長湯し過ぎちゃって……」
やはり、原作通りに桔梗は湯船に入ったまま鈴音と我慢比べをしてきたらしい。
しかし、入浴後ということもあって、女子たちが部屋に入っただけで部屋中にいい匂いが広がっていく。別にオレたちが臭い訳ではないが、こればかりは人類の神秘と言って良いだろう。
ああ、なんで修学旅行は個室が買えないんだ――と、思わず気分が萎えそうになるが、オレが動かないと誰も女子をエスコートしそうになかったので、何とかやる気を搾り出して女子を室内に招待していく。
「とりあえず、布団の上にでも座ってくれ」
見慣れない男子の部屋に来たことで、女子は立ったまま動けずにいたのでそう声をかける。啓誠もすぐに、気付かなかったとばかりの表情を浮かべたが、この中でこういう女子の機微を理解出来るのはやはりオレしかいないようだ。
女子も布団の上に座るのに若干迷う素振りを見せるが、既に布団が敷かれてテーブルや座椅子も片付けられている以上、他に座る場所がなかった。
桔梗が率先して座ると、他の3人もそれぞれ腰を下ろしていく。警戒しなくても、このグループのメンバーは女子が座った程度で興奮するほど女に飢えていない。まぁ、女に困っていないというよりは興味がないというだけだろうが――
「それじゃあ、消灯も近いし早速始めちゃおうか……って龍園くんは?」
「障子の向こうだ。気にしなくていい」
ちなみに、原作では話し合いをする前に寝る場所を決めるために龍園と鬼頭が枕投げを始める一幕があるが、当然ながらオレの枕を犠牲にしたくないので先んじてトランプで勝敗を決めている。
内容はポーカーであり、龍園も意気揚々と参加してきた。オレは個室が与えられない以上、眠る場所などどこでもいいので今回はディーラーに回ったが、結果から言うと運の差で勝負は鬼頭の勝利に終わっている。
龍園の駆け引きも見事なものだったが、純粋に鬼頭の手役が強すぎた形だ。不正を疑われたが、オレは特にイカサマなどしていないので無実である。ついでに啓誠は、二人の勢いに呑まれてすぐに負けてしまっていた。
当然ながら、龍園の希望した一番奥側の布団は鬼頭に奪われており、不貞腐れて障子の向こう側から出ようとして来ない。それこそ、今日はあのままソファーの上で寝そうな雰囲気だった。
仕方ないとばかりに西野が無理やり龍園をこちらに連れてこようと立ち上がったが、オレが首を横に振ったことで渋々座っている。原作と違って機嫌が悪いので、下手に突かない方がいいだろう。声は普通に聞こえる距離だしな。
流石の鬼頭も死体蹴りはしないようで、無理に龍園を連れてこようとはしなかった。しかし、集まり自体には疑問があるようで、「ここで全員が集まる意味があるのか? 携帯で済むことだ」と、首を傾げている。
とはいえ、他のグループもこうして集まっているようだし、グループの仲を深めるという意味なら顔を突き合わせた方がいいのは確かだ。まぁ、龍園の機嫌が悪いので、それが正解かと言われると若干首を傾げる所ではあるのだが――
「じゃあ、まず明日の自由行動だけど、夕食の最終受付時間である19時までに旅館に戻ればいいんだって。そうだったよね?」
桔梗も、オレが龍園を放置していいと言った意味を何となく理解したようで、無視して話を進め出した。
「うん。だから本当に1日自由って感じだね」
網倉も、桔梗ほどの理解はないが、話を合わせた方がいいのは理解したようで、龍園には触れずに桔梗に話を合わせていく。
「電車とかバスに乗ってある程度遠出も出来そうだけど……どうしようか? 西野さんや白石さんはどこに行きたいとかある?」
「私はスキーかな。まだ練習ばっかりで滑り足りないし、せっかくの北海道だから」
「私も、もう少しスキーを楽しんでも良いと思います」
西野と白石はスキー継続希望で、無言で鬼頭も手を上げて同意を示した。これで三票だな。
「結構スキー希望者が多い感じかな? 麻子ちゃんや幸村くんはどう?」
「俺も別に問題ない。市街地には三日目にも行くし、特別行きたい所がある訳でもないしな」
「私はスキーそんなに上手じゃないから嬉しいとまではいかないけど……みんながスキーってことなら、反対はしないかな。グループだしね」
これで五票。半数を超えたなら、もうこれは決定と言って良いだろう。オレも問題ないと頷きを返す。
桔梗としても、オレがいればどこでも良いという感じであり、最後に障子の向こうでソファーに座っている龍園のシルエットに視線を向けた。
「龍園くんはー?」
「好きにしろ」
一番厄介な男も同意を示したので、明日は原作通りにスキーを楽しむことに決定する。
オレとしては北海道の上手い物を食べ歩くというのも良かったのだが、グループに波風を立てるつもりはないので特に主張するつもりもなかった。別に食いしん坊でもないしな。
話が纏まると、網倉は一之瀬が部屋で女子会をしているということで、桔梗を連れて部屋を出ていった。
西野や白石は興味がないようで、各自自由に行動するつもりらしい。オレも特に何か用事がある訳ではないので、暇潰しに啓誠とトランプをして時間を潰すことにした。
鬼頭は原作通り、趣味であるファッション雑誌に目を通しており、就寝時間になると静かに布団に入っている。龍園は結局、朝までソファーで横になったままだった。
特に何事もなく夜は過ぎていくが、やはりTレックスを持て余していて辛い。修学旅行は楽しいものだと思っていたが、自由がない修学旅行はオレにとって苦痛でしかなかった。
原作との変化点。
・渡辺がいないため、清隆が荷物持ちをさせられた。
拒否することも出来たが、その場合だと鬼頭が龍園と揉めそうだったので仕方なく運んでいる。
・枕投げをカットした。
ただでさえ個室が買えないのに枕まで犠牲するのは嫌なのでポーカーで平和的解決を狙った。結果、龍園が負けて機嫌が悪くなっている。
・龍園は結局布団で寝なかった。
窓際のソファに横になっている。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
ポーカーに関しては本当に何も不正はしなかった。
・櫛田桔梗
原作通りに遅れてきた。何をしてきたのか、清隆は知らない。
・西野武子
原作の勢いで龍園に話しかけたら喧嘩になりかねなかったので先に止めた。それだけ龍園の機嫌が悪いと西野もすぐに察している。
・網倉麻子
上手く場の空気を読んでいる。
・白石飛鳥
上手く場の空気を読んでいる。
・幸村輝彦
ポーカーでは負けたが、別に寝る場所に拘りがある訳ではないので気にしていない。
・鬼頭隼人
龍園に勝って実は少し機嫌がいい。
・龍園翔
狙っていた場所を鬼頭に取られたため、ソファの住人となった。