修学旅行二日目。朝食を食べてお昼までのんびり部屋で過ごしていると、昨日ポーカーで負けたのが悔しかったのか、龍園が鬼頭にスキー勝負を吹っ掛けていた。
鬼頭としても、逃げるつもりはないようでその勝負を受けて立っている。まぁ、オレとしては別にどうでもいいことなのでテレビで猫の特集を見ていたのだが、何やら速報が入ったらしく、原作通り『直江元幹事長が亡くなった』というニュースが流れてきた。
原作ではあまりたいしたことない扱いだったが、地味にこの直江という男が死んだというのは、オレを取り巻く状況の中では大きな意味合いを持っている。
もしかしたら原作を読んでいても直江なんて知らんという人の方が多いかもしれないが、こいつがどういう奴かと言うと、ホワイトルームプロジェクトの発案者と言えばその重要性も伝わるだろうか。
また、うちの親父殿がまだ若い頃、政治家になる前から目をかけてくれていた上司に当たる人物で、市民党でも名の通った政治家だった。
ホワイトルームは現総理の鬼島派に対抗するため、政府直属の人材育成機関設立プロジェクトとして直江が立ち上げたもので、親父殿をその責任者に任命したのも直江だ。その上、うちの親父殿と坂柳父や月城との間をかけ持った人物も何を隠そうこの直江である。
それこそオレが生まれるずっと前から、長らく現総理の鬼島と政治的に敵対してきたのだが、年齢の衰えと共に直江は鬼島に半ば降伏する形で親父殿を裏切った。
正確には、年老いた直江が政界で生き残るには、総理の座を鬼島に譲るしかない状況に追い込まれ、鬼島派と和解。親父殿は見事に切り捨てられ、政治家としても終了した訳だ。
実際、この男はかなりの力を持っており、ホワイトルームの稼働が一時的に中断されたのだって、この直江が鬼島との和解のためにそうしろと命令したからだったりする。
勿論、親父殿がそんなことで諦めるはずもなく、裏ではホワイトルームを再稼働してオレを自分の駒として利用しようとしつつ、虎視眈々とカムバックを狙っていた訳なのだが――こうして自分を上から押さえつけていた直江という枷がなくなった以上、もう親父殿を抑えるものは何もない。
原作の二年生編の終わりでは、鬼島率いる市民党を打倒すべく共栄党の政治家として動き出していたことから見てもこの時期から――否、正確には鬼島が動けなくなってからずっと準備をしていて、直江の死をキッカケに親父殿も政治家活動を再開したのだろう。
とはいえ、鬼島が最大派閥である市民党を牛耳っている限り、親父殿に勝ち目などない。
その証拠に鬼島のバックには高円寺の親父さんも居て、原作でも高円寺の親父さんはうちの親父殿に無能の烙印を押していた。どうやっても沈む泥船なのは誰の目にも明らかだ。
そして、そんな親父殿の隠し武器はオレであり、オレがいなくなれば当然ながら親父殿の勝ちはなくなる。無論、オレは親父殿の武器として一生を終えるつもりは毛頭なかった。
原作ではホワイトルームの教育によって親父殿の意志に逆らえなかったオレだが、この世界では幼少期に俺のおかげで得た知識のおかげもあり、今のオレには親父殿の教育はほぼ無力と化している。当然ながら、裏切りも簡単に行うことが出来た。
後はどう動くかだが――と、思案していると、スキー場に移動する時間になったので、グループメンバーと共にバスに乗ってスキー場へと移動していく。
原作ではバスが渋滞に嵌ったことで雪だるまを作る一幕や、坂柳と時任(龍園クラスの方)がいちゃつく一幕があったりしたのだが、この世界では何の因果かバスは普通にやってきたのでその一幕も無くなっている。
まぁ、仮にバスが渋滞で遅れたとしても、時任はもう退学しているから坂柳といちゃつく一幕なんてないんだけどな。
◇◆
スキー場に着くと、中に入る前に少しお土産を見ていくことになった。とはいえ、オレが天沢や七瀬にお土産として所望されているチョコレートがコーティングされているポテトは置いていなかったので、当然のようにスルーしている。
また原作では、山村が手袋を忘れてオレが貸す一幕があるが、メンバーが白石なので手袋を忘れるような事態も起きておらず、普通に会話をして仲を深めさせて貰った。まぁ、白石もオレの監視者の一人なので、本格的な攻略はもっと先の話になるだろうが――
と、思いながらも、今度はスキー場で行動するための班分けをしていく。基本的に、修学旅行中はグループで行動することを義務付けられているが、流石に上級者に初心者を付き合わせたり初心者に上級者を付き合わせたりするほど自由度がない訳ではない。
仮にスキーの実力順で別れても、完全に孤立さえしなければ問題はないということだ。
原作ではオレ、桔梗、龍園、鬼頭の四人で上級者コースに行ったが、桔梗は昨日怖くて上級者コースで滑るのを断念した設定だし、オレとしても桔梗がいないのに龍園や鬼頭に付き合うつもりなどこれっぽっちもなかった。
必然的に、班分けについては、オレ、啓誠、桔梗、網倉、白石、西野の初心者組。龍園、鬼頭の上級者組に分かれる訳だが、いくら龍園と鬼頭の仲があまり良くないにしても、流石に個人行動をして問題を起こすほどの馬鹿はしないだろう。
と、いうことで、上級者コースへ向かう龍園と鬼頭を見送ると、オレたちは初心者コースで滑っていく。
どうやら啓誠はスキーに関しては完全初心者のようで、昨日少し滑るのを覚えたという感じだった。
網倉や西野、白石は初心者だけどそこそこ滑れるという感じであり、オレと桔梗についてははもはやいうまでもなく実力詐欺だ。本来なら上級者コースに行くべきレベルである。
しかし、スキーは別に実力に見合ったコースで滑らないといけないというルールがある訳ではない。上手いやつが初心者コースで遊んだって誰も文句は言わないはずだ。
むしろ、女性を口説くのであれば、ある程度の実力がある男が初心者の女を教えながら口説くというのは王道だろう。まぁ、白石は事情があるので、あまり効果があるかはわからないが、網倉の方にはこういうシチュエーションはそこそこ刺さるかもしれない。
そんなこんなで、各々がスキーをし始める。
そんな中、啓誠は「少し集中したい。何かあれば呼んでくれ」と言って一人で滑り出してしまった。勉強もそうだが、基本的に何かをする時は黙々と練習するタイプらしい。
綾小路グループでは、結構みんなでワイワイやるのにも慣れてきていた啓誠だが、流石に見知らぬ女子が多い中で努力する姿を見られるというのはあまり本意ではないのだろう。
無理に一緒に行動させるのも悪いので、ここは啓誠の意を酌んで女子の方に合流していく。しかし、女子4、男子1というのは、些かバランスが悪すぎだった。
雌ライオンの群れの中に雄が1匹だとかなり目立つが、2匹ならそこまで目立たないように、どうしても女子の集団に男一人というのは浮きやすい。これがオレだからまだマシだが、ここにいるのが龍園や鬼頭だったらもっと浮いていたはずだ。
「そういえば、綾小路くんは昨日どうだったんですか? 上級者コースにトライしてみたんですよね?」
すると、昨日のことが気になったのか、それとも浮いているオレに気をかけてくれたのか、白石の方からオレに話しかけてきてくれた。
とはいえ、素直に「滑るのはそう難しくなかった」などと言えば気取って見られる。ただでさえ男子一人なのだ、下手な自己主張は今以上にこちらが浮きかねなかった。ここは謙虚に行くべきだろう。
「ああ。怪我こそしなかったが、途中で転びそうになって結構危なかった。だから、今日は無理せずみんなと楽しもうと思ってな」
「それはそれは……私も、あまり無理はしない方がいいと思います」
「昨日の白石や桔梗の判断は英断だったな」
「ですね。無理をして怪我をするくらいなら、こうしてみんなで遊んだ方が楽しいですし」
と、言いながらも、何だかんだ白石も明確に他のメンバーとは一線を引いているように見えた。
勿論、表向きは仲良くしているように見えるが、何というか見せるべき所までしか見せないようにしている感じだ。
「それに、綾小路くんは今女の子四人を独り占めだもんねー」
そんな風に、オレが白石と少し話をしていると、タイミングを見計らって桔梗が茶々を入れてくる。
「啓誠を呼ぼうか?」
「うそうそ、幸村くんも頑張ってるし邪魔したら悪いよ」
しかし、流石の桔梗だった。現状、浮きかけていた俺を、気安い掛け合いで上手く受け入れてくれる。
白石も声をかけてくれたが、このまま白石とだけ話し続けていたら、他の3人と仲間外れになってしまう。そうなると、向こうからはあまり良い目では見られない。
オレとしては、それはそれでいいのだが、白石からすれば他3人から距離を置かれるというのは、まだ日数の残るこの修学旅行では割と致命的な状況だと言って良いだろう。
結果として、桔梗は上手くオレと白石を救って、オレをこの場に馴染ませてくれた訳だ。さすききょである。
「という訳で、悪いんだが一緒に居させてくれ。どうしても嫌なら一人で滑るが……」
「べ、別に嫌なことないから。気にしなくていいよ」
「そうね。むしろ、綾小路くんが私たちにいろいろ教えてよ。何だかんだ上級者コースを滑れたんでしょ?」
こちらが謙虚にそうお願いすると、網倉が少し慌てたように、西野の方は「別にそんなに改まることじゃないでしょ」というような雰囲気で、オレを受け入れてくれる。白石も、「そうですね。是非、ご教授お願いします」とまた一歩距離を詰めてきた。
流石は桔梗、上手く場を纏めてくれたな。
セフレの西野は問題ないとしても、まだオレと付き合いの長くない網倉や白石は、孤立している異性を簡単には受け入れにくかっただろう。白石はまだ自発的に声をかけてきてくれていたから大丈夫だとも思うが、網倉は少し緊張が顔に出過ぎだった。
勿論、網倉もクラス移動してきたオレのために、頑張って仲良くしてくれようとしているのはわかる。もう少し時間をかければもっと慣れてくれていただろう。
だが、クラス移動からまだひと月も経っていない中で、網倉に桔梗や帆波クラスのサポートを期待するのは酷な話だった。
と、オレは理解を示したが本人は違ったようで、ここは自分がフォローすべき場面だったと言わんばかりに、網倉は目に見えて失敗したという表情を作っている。
「じゃあ、軽く滑って行こうか」
とはいえ、いつまでもそのことを引き摺っても意味はないので、切り替えろという意味を込め、改めてみんなでスキーを楽しんでいく。
その場のノリとは言え、教えを求められたのだ。こちらとしても有難くその提案に乗っからせて貰う。先程も言ったが、やはりレクチャーというのは男女の距離を詰める定番だ。
とはいえ、ここで去年の体育祭のように、一からスキーの基礎を叩き込むような馬鹿な真似はしない。こういう時に求められているのは、あくまでも雰囲気だ。
それこそ仮に適当にそれっぽいアドバイスをして、向こうが上手くできていなくても、「上手くなっているな」というような言葉を送れば、相手は勝手に満足するものである。
これは相手の自己肯定感を上げてやることで信頼を稼ぐテクニックだが――問題は、西野や網倉はそれで良くても、白石にそれが通用するかが謎な所だった。
しかし、今はまだ深く踏み込む場面ではないし、他の女子と同じく褒めて嫌な顔はされまい。と、いうことで、白石にも他のメンバーと同様の指導をしていく――と、上級者コースから滑ってきた龍園と鬼頭が、何やら体をぶつけ合って揉めているのが見えた。
「死ねや鬼頭!」
「消えろ龍園!」
と、お互いに罵倒し合う声が、距離があるはずのこの場まで聞こえてくる。
どうやら、原作通りに勝負をすることになったが、ストッパーがいないことでやりたい放題しているらしい。
まぁ、怪我さえしなければ、多少の揉め事は放置で良いだろう。むしろ、これがガス抜きになって多少機嫌がよくなれば御の字だ。
と、いうことで、勝負がつかずに再びリフトで上に戻っていく二人を見送りながら、こちらも女子四人相手に基本的なレクチャーをしていく。
当然ながら、オレが教えているのでマジでアドバイスを送った。そして、意外と真面目な女子組は、嘘を吐く必要もなく初心者にしてはかなり上手くなっている。
これには一人で頑張っている啓誠が可哀想になるが、元々啓誠は自分の運動能力の低さを自任しているため、そこまで大きなショックを受けることはなかった。
とはいえ、思う所がない訳ではないようで、どうすればもっと上達するかアドバイスを求められる。啓誠の場合は時間をかけないとこれ以上の成長は難しそうとは言えず、何とかオレに出来うる限りのアドバイスを送っておいた。
原作との変化点。
・直江について少し説明した。
当然ながら、原作の清隆は知らないことであり、俺小路くんの知識である。
・初心者コースで遊んだ。
上手く女子4人と仲良くなっている。ストッパーがいないため、龍園と鬼頭の仲裁役がいなくなったが、二人とも軽い怪我をした程度で見栄を張りまくっている。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
白石や網倉含め、女子との距離を詰められて大満足。
・櫛田桔梗
上手く清隆をヨイショした。おかげで、清隆も女子からも浮くことなく馴染めている。
・西野武子
桔梗ほどではないが、私はわかってるから感を出している。
・網倉麻子
清隆のフォローに失敗して、これではまずいと気合を入れ直している。
・白石飛鳥
お前は一体どういう扱いをすればいいんだ?
・幸村輝彦
一緒に行動させてもよかったけど、地味にプライド高い系だし、不器用に連取する姿を女性に見せるのを嫌がると解釈。
・鬼頭隼人
消えろ龍園
・龍園翔
死ねや鬼頭