ようこそ俺小路くんの無念を晴らす教室へ   作:おこむね

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SIDE:27 『堀北鈴音の我慢大会』

 SIDE:堀北鈴音

 

 

 綾小路くんがクラス移動した――わかっていたことだ。最初から彼はそうするつもりと言っていたし、体育祭、文化祭と二連敗の醜態を見せた私に彼を引き留める権利などない。

 

 でも、これからは彼の代わりに、私がこのクラスを纏めていかないといけないのだ。

 

 こうして改めて本人がいなくなると、その有難みを理解できる。彼は池くんのように良く喋るタイプでもなければ、平田くんのように前に出て誰かを引っ張るタイプでもなかった。

 それでも、綾小路清隆という存在は、私たち2年Bクラスにとって無くてはならないものだったのだ。それは、文化祭の後に訪れた期末テストで即座に証明される結果となってしまった。

 

 いつもなら、裏で指示が出る。

 

 桔梗さんや平田くんにそれとなく勉強会の指示を出し、雪さんや私が特別試験の対策を一緒に考えて実行していく――そんな役割が自然と出来上がっていた。

 

 しかし、もう彼は居ない。居ないからこそ一歩目が遅れる。桔梗さんも勉強会を開きはしたが、いつもよりも元気がないように見えた。

 いえ、桔梗さんだけじゃない。

 このクラスの全員が、綾小路くんと雪さんのクラス移動でショックを受けていた。そのせいで動き出しが遅れて、期末テストも結局対策らしい対策も出来ずに終わっている。

 

 私がご主人様の代わりをする? この様で?

 

 そんな迷いを抱えたまま始まった修学旅行でも、私はぼんやりとこれからどうすればいいのか、どうすればクラスを引っ張っていけるのか――いえ、そもそも私のような負け犬にそんな資格があるのかどうか、頭の中でずっと考え続けていた。

 

 そして、2日目の夕食後、気分転換に露天巡りをしていると当の綾小路くんと雪さんと再会する。まさか、声をかけてくれると思わなかったので、咄嗟に変な声を出してしまった。

 

「あ、綾小路くん、雪さん……ひ、久しぶりね」

「こんな所で何をしてるんだ?」

「少し、一人になりたくて……」

「ふむん? まだクラスを率いて戦う覚悟が出来ない感じ?」

 

 雪さんから想像以上に遠慮のない言葉をぶつけられて、思わず言葉に詰まってしまう。昨日の露天風呂での桔梗さんもそうだけどもっと言葉をオブラートに包んで欲しい。

 

「そ、そんなことはないわ! 綾小路くんや雪さんがクラスを移動したのも、私が甘えすぎている状況を改善させて実力を付けさせるためだってわかっているもの!」

「そうして実際にクラスを率いる立場になってみて、清隆の凄さを理解した……で、自分は本当にクラスを率いてAクラスに出来るのか不安になってる。って感じ?」

 

 全てお見通しと言わんばかりに、雪さんは私の中の不安を突いてくる。もはや、強がりを言う気力すらなくなってしまった。

 

「だって……桔梗さんは相変わらずだし、私じゃクラスを動かせない……」

 

 負けたのだ。体育祭も文化祭も、私だけじゃもうどうしようもない――誰も、助けてくれない。

 

「本当に桔梗は何も変わっていないか?」

「え?」

「何か、アクションがあったはずだ。桔梗から、お前に歩み寄ろうとする何かが……」

 

 そう言われて思い出すのは、昨日の露天風呂だった。確かに、珍しく話しかけて来るなとは思ったが、あれはひょっとして本当に私のことを心配してくれていたのかもしれない。

 

「もしかして……いえ、でも、本当に?」

 

 確かに言葉は強かった。でも、よくよく思い返してみると、その言葉の真の意味が理解できる。

 

 桔梗さんは言っていた――ご主人様は私を成長させるためにクラス移動を決めたのだと。理由がわからなかったのでその時は深く考えなかったが、よく考えれば理由などどうでもいいのだ。

 彼女が言いたかったのは、私が負けることは最初から織り込み済みだったということ。

 だから、負けたのは私だけのせいじゃないと言っていたのだ。そして、私が周りを見ずに空回っているからもっと周りを見ろと忠告もしてくれて、負けよりもこれからどうするかを考えろとも伝えてくれた。

 

「鈴音。オレはお前と桔梗なら、あのクラスをAクラスに引っ張っていけると思っている。けど、お前一人では無理だ。勝ちたいなら、もっと素直に自分の気持ちを桔梗にぶつけてみろ」

「もっと、素直に……」

「桔梗ちゃんだって、このままでいいだなんて思ってないはずだよ。でも、桔梗ちゃんに歩み寄ってほしいなら、鈴音ちゃんからも歩み寄りの姿勢を見せないとね」

 

 そうだ。彼女も言っていた。私たちにはこの先、まだ1年近くの時間が残されていると――それは、今は力が足りなくとも、この1年で成長すればいいということ。

 

 今ならわかる。きっと、昨日の我慢比べも彼女なりの歩み寄りで、私はそれを受け取る準備が出来ていなかった。でも、ご主人様のおかげでようやく理解することが出来た。

 

「鈴音……オレは今、お前の隣にはいない。けど、お前がAクラスに進むための道は作ったつもりだ。契約違反だというなら、それを受け入れよう。だが、後はお前次第だ。お前がオレをあのクラスに連れ戻したいなら、それだけの力を示すしかない」

 

 いえ、きっとその桔梗さんの行動すら、もしかしたらご主人様の掌の上なのかもしれない。

 だって、彼女の性格からして、自分で進んで私を励ますなんてことは有り得ないのだから――

 

 でも、この状況をどうにかしたいと考えているのは、私も彼女も同じ。なら、仲良くはなれなくてもきっと手を取り合うことはできるはず。

 いや、そうしなければ駄目だ。

 私だけでクラスを率いるなんていうのは、ただの思い上がりだった。私は一人じゃない。私はクラスのみんなと一緒にこれから強くなっていく――今、そう決めた。

 

「……ええ、わかったわ!」

 

 そのためにも、もう一度ちゃんと私は桔梗さんと向き合わないといけない。でも、そのための勇気はご主人様が授けてくれた。

 

 何だかんだ、私はいつも彼に助けられている。

 

 でも、それでいいのだ。

 

 最初から全部できる人間など居ない。私は、周りの全部を自分の力に変えて強くなると決めた。これもその一つだ。

 

 

 

◇◆

 

 

 

「この私を呼びだすなんて、昨日までの弱気が嘘みたいだね。頭に熱を溜め込んだおかげかな?」

 

 次の日の早朝。私は誰もいない露天風呂で、再び桔梗さんと話し合いの場を設けた。

 

 流石にこの時間に風呂に入ろうという奇特な人物はいないようで、私たちはまた裸一貫で互いに向き合っている。

 

「そうね。あのおかげで、自分がどれだけくだらない悩みをしていたか分かった気がする」

 

 本当は、ご主人様に導いて貰ったのだけれど、それを言うと揉め事になるのは目に見えていたので敢えて本当のことは言わないでおく。

 

 でも、あの出来事がきっかけで負けについてそれほど深く悩まなくなったことも事実だった。

 

「桔梗さん、あなたは私が嫌いよね?」

「そうだね。綾小路くんがいなければ、あんたを退学させるために龍園や坂柳とも組んでいたかもしれない。私たちの関係がそれなりに落ち着いているのは全部、彼のおかげだよ」

「……理由を教えてはくれるかしら?」

「悪いけど、教えた所で意味はないかな。ただ、堀北さんが悪いとかじゃないよ。一方的に私が毛嫌いしているだけ」

「それは、私の方で改善できること?」

「無理だね。目の前に人間大のゴキブリがいて仲良くしたいって思える?」

「……流石にゴキブリ扱いは止めてほしいわね。せめて豚さんで……」

「ブーブー鳴くの大好きだもんね、メス豚鈴音ちゃんは」

 

 と、少し話がそれてしまったので、すぐに軌道修正していく。別に言い合いがしたい訳ではないのだ。

 

「わかったわ。仲良くなろうとするのは諦める。でも、私もあなたも、あのクラスをこれから引っ張っていかないといけない。それは同じ目的のはず……」

「それは認めるよ。私たちは仲良くは出来ないけど、クラスのために力を合わせないといけない。それは周り回ってご主人様のためになるから」

 

 この人も、口を開けばご主人様。雪さんと同じく、自分よりもご主人様を一番に考えている。私よりも先に一緒に居るからこそ、私ではまだ届かない領域に彼女は居る。

 

「では、お互いにやることを決めましょう。相手の領分を無理に侵略しても意味がない……いえ、逆に効率が悪いわ」

「それはいいアイデアかも。私も思っていたことがあるし」

「まず、リーダーは変わらずあなた」

「いいの? 堀北さんがリーダーの方がクラスを率いやすいんじゃない?」

「前も言ったけれど、私はそもそも誰かと仲良くすることが得意じゃない。勿論、あなたがそれを簡単にやっていると言うつもりはないけれど……無理に私がクラスのリーダーになった所であなたに勝てる訳がないし、反発者を抑える無駄も出る」

「で、堀北さんはどうするの?」

「今までご主人様がいた参謀のポジションに収まるつもりよ。そのまま、特別試験に関してはその時のお題に応じて得意な方が指揮を執るという形が良いと思っている」

 

 満場一致試験の時のような試験ならば桔梗さんの方がクラスを引っ張りやすいし、4月のように特殊な形の試験なら私が矢面に立てばいい。また、無人島サバイバル試験のような大規模な試験ならば、それこそ二人で協力することも視野に入れる。

 

「つまり、コミュニケーションが関係するような試験なら私。逆に、論理的に考えて答えを出す必要があるような試験なら堀北さんって感じ?」

「そう。その方がクラスにとっても有益なはず。そういう意味では体育祭の時は私が無理をするのではなく、桔梗さんに助けを求めるべきだったかもしれないわね」

 

 あの時、私はクラスメイトと一緒に団体戦ができないと思って逃げた。けど、桔梗さんを信じて平田くんを入れた本当の最強チームを作っていれば結果は変わったかもしれない。

 

「悪くない……けど、あんたに出来るの? 体育祭も負けて文化祭も負けてずっとうじうじ負け犬になっていたあんたが」

「誰かさんに喝を入れられたもの。それに、今は力が足りなくても、私たちは成長する。卒業までまだ1年以上時間があるのだから」

 

 そう断言すると、「昨日よりはマシになったか……」と小さく呟くのが聞こえる。やはり、あれは彼女なりの歩み寄りで間違いなかったらしい――けど、随分とわかりにくい歩み寄りだった。

 

「ぶっちゃけ、あのままあんたが使い物にならないようなら、あんたを駒として利用することも考慮してたけど……私じゃご主人様みたいにあんたを使えないしね」

「……随分怖いことを考えていたのね」

「ご主人様に言われたんだ。もっと鈴音を上手く使えって」

 

 それはつまり今までは自分が支えられたが、クラスが違うとできないことも多いから代わりに私を頼れという意味では?

 

 どうも桔梗さんは私を駒のように使えと捉えたようだけれど、もし私が昨日ご主人様に会えずに立ち直れていなかったら、本当に駒みたいに使われる可能性もあった。

 

「でも、本当に私がリーダーで良いの? 私を支えるよりも、自分自身で引っ張る方が堀北さんらしいと思うけど?」

「それは一方的なイメージよ。むしろ、私は去年からご主人様や雪さんのサポートをしていたから、どちらかというと誰かの補佐をする方が慣れてしまっているの。それに、今更あなたを押しのけてクラスのリーダーになんてなったって、誰も認めてくれはしないわ」

 

 曲がりなりにも、あのクラスをこの1年半率いてきたのは櫛田桔梗であって堀北鈴音ではない。私も、皆も、桔梗さんのこれまでにはそれなりのリスペクトを持っているのだ。

 

「あんたが私を支えるね……きっとご主人様は私があんたを支えるって考えていると思うよ」

「その形の方がいいならそうするけれど、クラスメイトの不信を抱えてまであなたをクラスリーダーから追い落とす意味はないわ。そもそも私じゃそれだけの信頼を得ることなど出来ないもの。苦手なものを克服するより強みを伸ばしていきたいというのが私の考えよ」

 

 今考えていることを包み隠さずに伝えていく。桔梗さんは悩んだ末に「……そういうことか」と、何やら納得するような素振りを見せた。良くわからないが納得できたらしい。

 

「じゃあ、これからはそういう風に頑張っていこう――ってことで、一つ堀北さんにしてみたかったことがあるんだけど……いいかな?」

「お願い? 別に構わないけれど、何かしら?」

「それはね――」

 

 微笑んだ彼女は、両腕をゆっくり私の方に伸ばしてきた。そのまま、指が両頬に触れたかと思うと、物凄い力で引っ張られる。

 

「なにをふるの……!?」

「ホント、気に食わない顔。大っ嫌いなんだよね、あんたのこと」

 

 そう言うと、さらに強く頬をつねってきた。

 

「ぶっちゃけ、まだうじうじしてた方が可愛げがあったかも。その自信満々な顔は見てて本当にイライラする。ご主人様の頼みじゃなきゃ絶対組もうとは思わなかったし、これからその顔毎日見ることになると思うとストレスがヤバいだろうなって」

「それれ……」

「そう、少しはこんな風に発散させて貰わないとね」

 

 込められた力はますます強くなり、頬を縦横無尽に動かしてくる。正直、かなり痛い。

 

「も、もういいかしりゃ?」

「ダメダメ。こんなんじゃ全然足りないよ」

 

 本音を言うのであれば、普段ご主人様を交えての時の方が余程凄いことをしているので、この程度ならば耐えることが出来る。しかし、調子に乗りまくってる彼女の顔をこのまま見続けるのは何となく面白くなかった。

 

 こちらも同じように両腕を伸ばし、そのまま桔梗さんの頬をつねり上げる。痛みを知れば止める、そう踏んでのことだ――

 

「そろふぉろ離してもらふぇるかしら?」

「あふぁふぁ、じょうらんはその顔らけにしてくれる?」

 

 しかし、桔梗さんは一歩も引かず、逆に引きちぎらんとばかりに力を増していく。

 

 こうなるともう、昨日の我慢大会と同じく意地の張り合いとなる。今回は審判は居らず、朝風呂に入ろうという奇特な生徒がやって来るまでの長い間、私と桔梗さんは露天風呂に仁王立ちしながら全裸で互いの頬をつねり合うという謎の戦いを繰り広げた。

 

 流石に他に誰かが来てまでやることではないので、気配を感じてからはすぐに手を離したが、桔梗さんの顔が真っ赤になっているのを見るときっと私もそうなっているのだろう。

 

「……桔梗さん」

「なに?」

「もし、私がまた迷うようなら、その時はまたお尻を叩いてくれるかしら?」

「えっ、やっぱあんたMなんだ……そう言うの好きだよね」

「ち、違うわよ! 今日や昨日のように、喝を入れて欲しいって言っているの! 別にお尻を叩かれて喜ぶなんてそんなことは……」

 

 ない――こともない。

 

 でも、それについてはお互い様だった。だって、私や桔梗さんが常識から外れてしまったのは、全て私たちをこうして悩ませるご主人様のせいなのだから――

 

 

 




 うちの鈴音は不器用というか、自分で答えに行きつけなさそうだったので少しアドバイス。結果、二人の距離はちょっと縮まった? ちなみに、前の話で桔梗の頬が赤かったのはこの我慢大会のせい。まぁ、普通にわかるかw

 北海道で朝から風呂場で全裸で頬つねり合う我慢大会をしていた女子高生がいたらしい。
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