3日目の夕食――初日と2日目までは和の定食や懐石料理だったが、今日の夜からは食べ放題のビュッフェ形式に変更された。
普段は主に自炊をしており、ホワイトルームでも食事は管理されたものだったため、知識としてはあっても実際に食べ放題を経験するのはこれが初めてだ。
少しワクワクしながらトレーを持って歩き回る。
一昨日はクラスで、昨日はグループで食事をしたが、今日は珍しく誰とも約束をしていないので一人でのんびり食事をしようと思っていた。のだが、一通り食べるものを取って席を探していると、「よう、綾小路!」と、後ろから元気な声がかけられる。
「お前、もしかして一人で食べるつもりか? なら、俺と一緒に食おうぜ」
手ぶらの石崎ががっしりと肩に手をかけてきた。別に断る理由もないので頷きを返す。
「んじゃ、さっき西野のやつにも声をかけたから、近くに座って待ってくれよ。やっぱ。一人で食う飯は寂しいもんな」
「ん? いや、まぁ……そうだな」
別に一人でも寂しくはないのだが、西野もいるというのなら猶更断る必要性はなかった。
同じグループとはいえ、今回は網倉や白石を優先しているため、どうしても西野と話す機会はそう多くない。石崎の誘いは渡りに船と言える。
「俺はまだちょっと追加で取ってくるものがあるからよ。先に食っててくれ。んじゃ、後でな」
そう言って、石崎は鼻歌を歌いながら食べ物を取りに行った。先に食べていていいということなので、西野の傍へ行って腰を下ろす。
「お前も石崎のお節介に誘われたんだって?」
「断ったけどしつこくてさ」
「仲間を放っておけないタイプなんだろう」
「どうだか……入学した直後は結構暗かったんだけどね、もっと尖ってたし」
原作でも、最初は石崎も龍園を嫌っていたとのことだし、いろいろと隠していた部分はあるのだろう。そういう意味では、今の姿が本来の石崎そのものとも言える。
「おっしゃあ! 持って来たぜカニ! カニ三昧だ!」
西野と軽い世間話をしていると、石崎がトレーの上の皿に大量のカニを乗せて戻ってきた。あまりの量に、テーブルに乗せた勢いでカニの足が皿から落ちている。
「……馬鹿みたいに持ってき過ぎでしょ」
「北海道つったらカニだからな。どういつもこいつも狙ってたから急いでかき集めてきた」
「あんたって、本当下品よね」
「何が下品だよ。ここはバイキング出せバイキング! 好きなだけ取って何が悪いんだよ?」
確かに、食べ放題で大量に取らないのは損した気分になるというのは何となく理解できた。
「まず、そのバイキングって言い方が限りなくダサいからやめてくれない?」
「は? バイキングはバイキングだろうがよ」
「今はビュッフェっていうのよ。ビュッフェ」
「ブッフェ? いや、呼びにくいし、細かいことはどうでもいいだろ。俺はただカニを楽しみたいだけだ」
「……他の人のこと考えたら? カニってメイン料理の一つなんだし」
「そんなことしてたら他のやつに取られるだろ。それに食べ放題なんだから俺がちょっと食べたくらいじゃなくならねぇよ」
実際、石崎が取ったことで減ったカニを料理人が急いで補充している。石崎が取ってきたものを残さないのであれば、こちらがどうこういうのは筋違いではあった。
「あー、ヤダヤダ」
しかし、西野は石崎の感性についていけないようで、首を竦めながら茶碗蒸しを口に運んでいる。
「そういや、綾小路! お前、Cクラスに移動したってなんでなんだよ?」
オレも持ってきた料理を食べ始めると、カニを両手に持った石崎が思い出したかのようにそう声をかけてきた。とはいえ、本当のことを素直に話しても無駄なので、表向きの理由を簡単に説明していく。
「文化祭でBクラスとCクラスが賭けをしていてな、勝ったCクラスがクラス移動を要求してきた。偶然、手元にはクラス間移動チケットもあったから拒否する理由がなかったんだ」
「それなら、うちのクラスに来ればよかったじゃねぇか!」
「……それならって何がよ? 今の話のどこに、綾小路くんがうちのクラスに来る理由があるのかわからないんだけど?」
「う、うっせぇな。俺は前から綾小路がうちのクラスに来ればいいと思ってたんだよ。だからどうせ他のクラスに行くくらいなら、うちのクラスに来て欲しかったってだけだ……」
そういえば、原作でも石崎はオレが坂柳クラスに移動したことにかなりショックを受けていたっけか。
この世界のどこでこんなに懐かれたかは謎だが、仮に時間が戻せたとしても龍園クラスに移動することだけはない。石崎には悪いが、オレは男は専門外なんだ。
「お隣失礼してもいいですか?」
と、話していると、トレーに料理を乗せた白石が声をかけてきた。別段、断る理由もないので、頷くと白石が席に座る。
「今日は一人なのか?」
「ええ。たまたま、一緒に食事をしてくださる方がいなくて。綾小路くんや西野さんが嫌じゃなければご一緒させて貰えると嬉しいです」
「いいだろ?」
「いいんじゃない?」
「誰だ?」
石崎だけはほぼ初対面なこともあり、白石のことを知らなかった。紹介する意味はないが、一応Aクラスの白石、Dクラスの石崎と簡単な自己紹介だけはさせてやる。
「成程、綾小路や西野と同じグループなのか……ってことは龍園さんとも?」
「そうですね」
「おう、綾小路。上手くやれてんのか?」
「そうだな……今の所は上手くやれているって言って問題はないんじゃないか? 少なくとも、教師に注意されるような事態にはなっていない」
「スキー場で喧嘩騒動があったのをなかったことにしてない?」
「あれはビックリしましたね……」
そういえば、あの時の騒動に巻き込まれたのは、丁度ここにいる二人だったっけか。
「ああ、聞いた聞いた。なんか、他校のヤツと揉めたんだって? クッソー、俺もその場にいればなぁ!」
「あんたまで居たらもっと大変になっただけでしょ……なんで男はこうも血の気が多いんだか」
「お前だって血の気の多い女だろ」
「っさいわね。てか、食べかすを飛ばさないでよ。汚い」
「お前も龍園さんに迷惑かけんなー? ちゃんと命令聞いとけよ?」
「あんたがあいつを盲信するのは勝手だけど、私にまでそれを強要しないでよね」
まさに、息の合った口喧嘩と言えるものだった。
西野も言葉こそ強いが別に石崎を嫌ってはいないようで、まるで姉弟を相手にするかのようなやりとりだ。石崎も超えてはいけないラインはわかっているようで、これもある意味会話のキャッチボールなのかもしれないな。
「石崎くんと西野さんは仲がいいみたいですね」
そんな風に二人が話し込んでいるのを見て、白石が小さな声でそう耳打ちをしてくる。事情を知らない人が見たら勘違いしそうな距離感だが、オレは全く気にしない。
むしろ、もっと近くてもいいくらいだ。
「腐っても一年半、同じクラスだしな」
「そういえば、綾小路くんは少し前にクラス移動したんですよね? 前のクラスへの心残りとかはないんですか?」
西野と石崎がまだ口喧嘩をしているのもあり、白石もこちらにそう問いかけてくる。
思えば、原作でも白石はオレが坂柳クラスに移動したことを気にする素振りを見せていたし、ここでもオレがクラス移動したことについて興味があるのかもしれない。
「ない訳じゃない。ただ、オレがあのクラスにいると、他の生徒の成長を阻害する。だから、一度離れた方があいつらのためだと思ったんだ」
「それが、わざわざ下位のクラスに移った理由ですか?」
「勿論、状況が整っていたの言うのが一番の理由だ。たまたま文化祭で勝負をして、Cクラスが勝ってオレの移籍を要求して来て、オレにはPPを使わずそれを叶える手段があった」
白石に対しても表向きの理由を伝えてみたが、納得できないのかジッとこちらを見つめてくる。何を探りたいのか、何をすればこいつは満足してくれるのか――
「でも、それなら勝負の前にAクラスに来ればよかったのでは? 綾小路くん程の実力者なら、きっとみんな大歓迎してくれますよ」
「坂柳以外はな」
「まぁ……確かに、坂柳さんはあまり綾小路くんがAクラスに来るのを喜びそうにはないですね」
オレと坂柳の関係はいろいろと複雑ではあるが、それでも慣れ合うだけでなく敵対しているのは確かなのだ。だからこそ、森下も坂柳に従う姿勢を見せ始めたのだろうし――と、考えていると、おもむろに白石が柔らかい笑みを浮かべてくる。
「いろいろ質問してすみません。実は、綾小路くんとは前から一度ゆっくりお話がしてみたかったんです」
「クラスが違うと関わる機会はあまりないからな」
「ええ。ですが、噂だけはずっと流れてきていました。1年生の時からずっと……なので、実は興味だけはずっと持っていたんです」
この興味が男性的な意味なら嬉しいが、残念なことに白石の場合はホワイトルームの最高傑作に興味があるという意味だろう。
「せっかく同じグループになれたことですし、連絡先を交換しましょう」
「確かに、いい機会ではあるな」
突然ではあるが断る理由はない。やはり、連絡先を知っているのと違うのでは出来ることにも大きく違いが出てくる。白石を攻略するのはもっと先の話だろうが、そのための地盤を作っておくのは悪いことではなかった。
「いつでも連絡して来てください」
「ああ。そうさせて貰う」
素直にそう言葉を返すと、今度は笑顔が一転して探るような視線を向けてくる。意外と表情がコロコロ変わるが、元が美人だとそこまで気にならないな。
「……本当ですか? 実は迷惑だったりしませんか?」
「何でだ?」
「自分でも、少しいきなりすぎるかなって思いました。綾小路くんだって、どうしていきなりこうして話しかけてきたのかって気になっているんじゃないですか?」
「その気持ちがないと言えば噓になるな。ここ数日話はしたが、お世辞にもオレとお前はそこまで仲が良くなったとは言えないレベルの関係だ」
「私はそうは思いません。スキーを教えて頂いたり、他校の男子から守ってくれたり……これは運命ではないかと思っています」
「運命?」
「はい。綾小路くんはそれほどのことではないのかもしれませんが、私は本気でそう解釈しています」
そう答えると、白石は箸を持っていないオレの左手に触れてくる。
「指も長くて、爪も綺麗……素敵な手ですね」
「白石も、女性らしい綺麗な手をしている」
「そうですか? 嬉しいです――」
「んんっ! んっ! んっ!!」
と、オレと白石の距離感が少しずつ近くなっているのに気づいたのか、それまで石崎と話していた西野が、わざとらしく咳をしてこちらにジト目を向けてきた。
残念ながら、白石の柔らかい手を堪能するのはここまでらしい。拒絶にならない程度にゆっくりと、こちらの手を白石から離していく。
「そういえば、ずっと思っていたんだが、西野は龍園が怖くないのか?」
そのまま、不自然にならないように話を変える。西野も、下手にオレと白石を二人きりにするよりも、全員で話した方がいいと判断したようで話に乗ってきた。
「そりゃまぁ、あいつがマジになってる時はヤバい感じするけどね。うとの馬鹿兄貴も不良やってたからちょっと耐性があるのかも」
「西野さんのお兄さんは不良だったんですか?」
「そうよ。学生のうちにちゃんとしておかないと苦労するのなんて目に見えてるのに。兄貴なんて馬鹿なノリで高校中退したせいで仕事もろくに見つけられなくて相当苦労してた」
「で、どうなったんだ?」
「一応、地場の建設会社が拾ってくれて、そこの現場で毎日必死になって働いてる。安月給だけどね」
実際に、そうなった人間を身近に知っているからこそ、西野は龍園や石崎の行動にバカらしさのようなものを感じるのだろう。
とはいえ、あの龍園が普通に就職するとは到底思えないし、出来るとも思えない。将来は独立して企業でも立ち上げるのかもな。能力だけはあるし。
「西野の言うことは正しい。タレント性の高い芸能関係や、技術職であるクリエイター関係、また身体能力が重視されるスポーツ関連を除けば……本来、学歴は高い方がいい」
「就職だけでなく、大学へ進むという選択肢も取れますしね」
結局、どの世界も高学歴が優遇される世界ということだ。勿論、スタートダッシュがいいだけで、それで成功を収められるのかと言えば話は別だが。
「西野も、意外と頭いいもんな」
「意外とは余計。しかもそれ、あんたから見たら良く見えるだけで、学年トップの綾小路くんやAクラスの白石さんから見たら、私だってあんたと一緒でバカ扱いよ」
「わはは! そうかもな!」
「いえ、流石に人様を馬鹿にするほど私も偉くはありませんが……」
「学力というより、人を馬鹿にするかどうかは品性の問題だろう」
割と素直に思ったことを返すと、西野も「確かに、この言い方は二人に失礼か……」とすぐに前言を撤回してくる。白石も別段、気を悪くしたわけではないようで、すぐにその謝罪を受け入れていた。当然、オレも特に気にしてはいない。
そんなこんなで意外とワイワイ楽しんで食事が出来た訳だが、そのまま食べ終わって各自部屋に戻ろうと動き出した瞬間、原作通りに葛城がAクラスの的場に孤立させられているのが目に入ってきた。
葛城は誰とも一緒に食事をとることなく、一人隅のテーブルで黙々と食事をしている。誰かが近づこうとすると、的場がそれを止めるように動いて、葛城に接触するのを妨害していた。
この世界でも、葛城は的場と同じグループのメンバーであり、陰湿な虐めを受けているらしい。果たして、これがAクラスの総意の下行われているのか、それとも的場の独断なのか――
丁度いいので、白石に連絡を飛ばして聞いてみることにした。別れたばかりで申し訳ないが、こういうのは速い方が連絡しやすいというのもあるしな。
ぶっちゃけ坂柳の性格ならば、脅威である葛城を追い落とそうとしても不思議ではないが、それにしては品のないやり方と言わざるを得ない。
それに第三者が見れば陰湿な虐めにも見られる。あの坂柳がそんな馬鹿みたいなリスクを抱えてまで葛城を貶めようとするのかと言われると首を傾げる部分もあった。
と、考えていると、返事が戻って来る。
最近の女子らしく顔文字などもあって少し見にくいが、内容を要約するとこんな感じだ。
『早速のご連絡嬉しいです。質問の答えですが、少なくとも私には特にそう言う指示は出ていません。ですが個人的な意見として、わざわざそんなことをさせる意味はあまりないと思います。葛城くんは、精神的にも強い人でしたし、デメリットの方が大きいです』
とまぁ、意外とちゃんとした返事だった。
どうやら白石は何も知らないようだが、リスクについては白石も同様のことを思ったらしく、これはやはり的場の独断とみて良さそうだ。
思えば、的場はかつて葛城派だった。結果的に自クラスを裏切った葛城に、あいつなりに思うことがあるのかもしれない――が、龍園が来たことで、そのイベントも終了した。
流石の的場も龍園には手が出せないようで、仕方ないとばかりに逃げ出している。もし、これが坂柳の指示なら龍園相手でも突っ込んでいただろうし、やはり的場の独断っぽいな。
まぁ、葛城は今や龍園の部下に当たる。
これを放置するようならば、龍園の程度もタカが知れていたが、原作通りにしっかりと救出しに来たようだし、オレとしてもこれ以上遠巻きに状況を見ている必要もないだろう。
と、いうことで、白石に感謝の返事を送りながらそのまま軽く世間話をチャットでしていく。
龍園が「水持って来いよ、綾小路」と声をかけてきたが、聞こえないふりをしておいた。今は龍園や葛城よりも、白石とのチャットの方が忙しいからな。
原作との変化点。
・石崎と交流を深めた。
基本的に原作通り、途中で白石が入って来るが、会話のベースは3年生編の二人の掛け合いをそのまま採用している。
・葛城へのちょっかい。
原作通り。ただ、坂柳の命令にしては杜撰すぎるので、的場の独断とこのSSでは解釈している。仮に坂柳の指示ならもっと精神的に折れるくらいのえぐいことしそう。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
西野のご機嫌を取っていたら、白石とも距離を詰められてラッキー。
・西野武子
原作の浴衣姿よき。
・白石飛鳥
3年生編だと結構仲良し。しかし、まさか白銀中学校が存在するとは……宇都宮との関係もあるってことだけど、この調子だと禁止区域関連は関係なさそう。後は本性さえわかれば扱いやすくなるんだけど。
・葛城康平
原作通りに的場に好きにさせている。
・龍園翔
清隆に無視されたので舌打ちしている。