今、オレのいる2年Cクラスは、確かにCクラスではあるが元々はBクラスであり、前にオレがいた元Dクラスとは比べ物にならないくらいに頭がいい生徒が多い。
一番学力の低い生徒ですらC-だ。この試験ではプラスマイナスは無視されるので一律C扱いだが、オレはこの見えないプラスやマイナスも今回の特別試験のポイントになると思っている。
龍園クラスや堀北クラスは、元Cクラス、Dクラスだけあって、学力がDやEの生徒も多い。
しかし、DやEの生徒はそもそも課題を解けるかどうかの不安が存在する。Cもそれは同様だが、それでもDやEの生徒よりも期待値は高い。そして、同じCでもC+の生徒の方が学力が上な以上、この試験の勝敗はC+の生徒をどれだけ抱えているかにかかっている。
勿論、原作の堀北クラスがしたように、下位生徒でも解けそうな問題を探してジェスチャーで伝えることで得点率を上げる――なんてことをされたら、こちらの頼みの綱も効果はそこまで発揮しない。
それでも、オレや雪のような学力A+の生徒は、この試験だと正解しても1点しか取れない以上、最大点を狙っていくのなら中間層の生徒を上手く使っていくのが正攻法だった。おそらく、坂柳も似たようなことを考えているはずだ。
しかし、帆波はそれ以外に、基礎学力を上げるための勉強会を開くことを提案してきた。
オレの策をより効果的に使うために、学力C前後の生徒に集中して勉強を教える会を開こうというという話だ。生徒会総選挙で表立って動けない雪はこちらに回したが、まだクラスに馴染み切れていない点を考慮して神崎をサポートに付けている。
また、帆波はクラスのこと以外にも選挙で顔を売らないといけないということで、まずは信者たちに改めて票を入れて貰うよう演説しに行くのが今日の仕事だった。
「ごめんね。清隆くんは本当なら中立なのにつき合わせちゃって」
「問題ない。神崎の代わりになるかはわからないが、同じクラスだし一応は彼氏だからな。ボディガードくらいにはなるだろう。それに、本当についていくだけで何かするつもりはない」
いつもなら神崎が帆波の補佐に着くのだが、今回は雪のサポートをお願いしたので代わりにオレがその役をやっているという形だ。
お昼休みという少し長めの休憩時間を利用して各クラスを回るつもりでいるらしい。
前のクラスは勉強会と言えば放課後だったが、帆波クラスは昼休みもしっかり使うタイプのようで、帆波も手早くサンドイッチを食べて準備万端という様子だった。
ちなみにオレはコンビニでおにぎりを買っており、帆波が仕事をしている間に少しずつ食べるつもりでいる。
とはいえ、今言った通り手を貸すつもりはない。
何せこれは、帆波と鈴音の純粋な勝負だ。オレが後ろから勝敗をコントロールするのは野暮というものだろう。
「それで、PPでの票の買い取りはしないというのは本当なのか?」
「うん。うちのクラスは満場一致試験でCPを稼ぎに行って借金地獄だからね。流石に票を買うような余裕はないよ」
「足長おじさんなら借金を許してくれるかもしれないぞ?」
「かもしれないけど、これは私がやらなきゃいけないことだから。堀北さんだって、足長おじさんからの融資は受けてないんでしょ?」
勿論、受けていない――と、いうよりもPPのやり取りは、雪という例外を除けば、人生を捧げる覚悟で契約を交わした帆波以外とはしていなかった。そう言う意味で、こいつは他のメンバーとはまた違う枠にいる。雪ともまた違う特別枠だ。
「アドバイスではないが……鈴音はまず票をPPで買ってくると思うぞ。お前には4月から作った他学年との繋がり(信者)があるが、向こうにはそういうバックボーンがない。真っ向から人気勝負をしても勝ち目がないことはわかっているだろうしな」
「堀北さんは結構、人見知りっぽい所あるもんね。でも、逆に言えば、そのバックボーンを大切にして、順当に票を伸ばせば私が勝てるってことでもあると思わない?」
確かに、現在だけでも全学年の約半数近い票が入る見込みはある。仮に鈴音がPPによる離反を狙ったとしてもそう多くは削れないだろう。
それに鈴音が離反に時間を使う間、帆波は新規層の票を獲得する時間が出来る。向こうのPPも無限ではない以上、総合的に有利なのはやはり帆波か。
――と、考えながら、帆波が各クラスに挨拶をしていくのを見守っていった。
まずは下級生からということで、1年Aクラスから順に回っていくつもりらしい。
流石のAクラス生たちも、帆波がいきなり、「お昼中にごめんね。少し時間良いかな?」と言って入って来た時は、流石に面食らったような顔をしていた。
「ありゃりゃ、綾小路先輩じゃないですかー。なんで私のクラスに? もしかして、会いに来てくれちゃった感じですか?」
1年Aクラスということは当然天沢もいる訳で、目ざとくオレに気付いて近くにやって来る。
帆波も軽く挨拶をしていたが、一人に構うより全員に声をかける方を優先したようで、壇上で軽い自己紹介を始めていた。
そのまま、演説へと移っていく。こうなれば、天沢の相手はオレがするしかないだろう。
「会いに着たのは帆波だ。オレはその付き添いに過ぎない」
「ブーブー! そこは嘘でも、『ああ、お前に会いに来たんだマイハニー』くらいは言ってくださいよー!」
「ハニーじゃないからな」
「酷いっ! いつも、その凶悪なモノでヒーヒー鳴かせて来る癖に! いらなくなったらすぐ捨てるのねっ!」
「お前の番はもうなしでいいか?」
「うっそでーす! えー、一之瀬ちゃん先輩に清き一票ですね、任せてくださいよー!」
オレと遊びながらも帆波の演説もしっかりと聞いていたようで、掌がドリルで出来ているんじゃないかというくらいに一瞬で掌を返してきた。
そんな天沢の様子が珍しいのか、近くにいたクラスメイトの一部が驚いた顔で天沢を見ている。
基本的に愛想良くはしているのだろうが、ここまで気安い掛け合いをしたことはなかったらしい。
少し前までは、龍園のせいでクラスでも孤立しかけていたようだし、天沢もそれなりにクラスメイトに気を使っていたのが何となくわかった。
「なんですか、その慈愛に満ちた眼差しは? 先輩らしくないですよ?」
「いや、クラスで頑張ってるんだなと少し感心した」
「ちょっ! 親みたいなこと言うのやめてくださいよ! いや、親の顔なんて知らないんですけど!」
天沢は、天沢グループの社長が遊びで愛人との間に作った子であり、処分に困ってオレの親父に大金と共に売り払われたというのが原作での背景だ。
当然、この世界でもそれは変わらないので、天沢も自分の親の存在など知らないのだろう。仮に父親の存在やそいつが天沢を売ろうとしていることなど知った所で、今更オレが天沢を手放すつもりなどないのだが――
「そうだ。丁度いいからお前に頼みたいことがある」
ふと、ここが1年Aクラスで、天沢の他に石上もこのクラスにいることを思い出した。今は席を外しているようで姿は見えないが、いないならそれはそれで丁度いい。
「願み、ですか……?」
天沢も、オレが声のボリュームを落としたことから、これが真剣な話だとすぐに気付いたようで、これまでのふざけた態度から一転して笑顔のまま聞く姿勢を整えていた。流石は元ホワイトルーム生、切り替えが早くて助かる。
「珍し――くはないか。これまでもお使いは何度かしましたし。で、今度は何をすればいいんです?」
「石上京について。より詳しいことが知りたい」
「わぉ、石上くんに目を付けるなんて先輩もなかなかですねー」
「今、お前の持っている情報は?」
「クラスのリーダー……とは行かないけど、参謀的な感じかな。それこそ先輩のポジションに近いかも」
それだけか。龍園クラスの金田のように本当の参謀として働いているのか、はたまたオレのようにクラスを陰から操っているのか――天沢があまり詳しい情報を持っていないのは、おそらく向こうも天沢がホワイトルーム生だと知っており接触を控えているのだろう。
既に警戒されている訳だ。
「で、先輩の持っている石上くんの情報は?」
「言わない。言えば、おそらくあいつはお前が自分を調べようとしていることだけでなく、その裏にオレがいることにも気付く」
「へぇ、それだけの相手なんだ……」
「気付かれるな……と、言いたいが、既に石上はお前も警戒対象に入れているはずだ。だから、今すぐには動くな。動くのは冬休みが明けてからでいい。それと、今までで一番神経を使って情報を探れ。相手に気取られないのは勿論、迂闊な行動は取るなよ」
5月に坂柳の噂を流させた時も見られるな――と、軽い指示は出したが、今回はそれとは比べ物にならないくらいに注意を重ねている。
改めて、天沢もこれが大仕事だと理解したようで、「おっけー。気合入れまーす!」と、いつもの笑みの中に真剣な雰囲気を感じさせていた。
とはいえ、天沢には悪いがこれは仕込みだ。石上なら、天沢がどんなに警戒してもその動きに気が付く。いや、気付かなければ所詮その程度のレベル。
石上に、もしかしたらオレが自分を調べているかもしれない――そう思わせるだけで、この先の動きを少し縛れる。この仕込みが生きるかどうかは、今後の石上次第だな。
そのままAクラスでの演説を終えると、帆波もBクラス、Cクラスと順に回っていく。
Bクラスの八神やCクラスの椿や宇都宮も、たまたま席を外ししているようで天沢のようにバッティングすることはなかった。
とはいえ、こちらのやることは変わらない。帆波の信者たちは当然として、帆波のこともそこまで知らない生徒も、改めて『一之瀬帆波』という存在をその胸に刻んでいった。
前にも言ったが、帆波はその精神性以外にも恵まれた容姿からくる魅力も持ち合わせている。誰にでも優しい綺麗な女の子に、笑顔で「清き一票をお願いします」とお願いされて嫌というのは余程精神的にひねくれた人物以外にはいないだろう。
「満更、ただの人気投票も馬鹿に出来ないかもな……」
帆波が他学年の生徒と触れ合うのを遠目で眺めながら、ふと認識を少し改める。
票が確約された訳じゃない。PPによる契約の方が確実性は上だろう。しかし、こと一之瀬帆波に関してだけは、誰にも裏切られないんじゃないかという安心感のようなものを感じられる。
当然、そんなことは有り得ないし、中には誘惑に負けて離反するやつもいるだろう。だが、それでも帆波にはPPによる票の獲得よりも、この善性を貫くやり方の方が、最終的な勝率は高いのかもしれなかった。
「先輩らしくないかも……って言いたいけど、何となくわからなくはないかな」
何だかんだ暇潰しについてきたらしい天沢も、帆波の演説をずっと聞いていて思う所があったようで頷いている。
「普通、演説って、聞いても綺麗事言ってるだけで特に心には響かないけど、3回聞いて3回ああ頑張ってるなぁって思わされたのは初めてかも」
そう、帆波はいつも本気で相手にぶつかるからこそ、相手にもその真剣さが伝わる。それも一之瀬帆波が持つ、人たらしな部分の一つなのかもしれない。
まぁ、そんな人たらしをたらし込んだ女たらしが、このオレだったりするのだが――
「お待たせ。後は1年Dクラスだね、お昼はこれで終わりで。放課後は3年生のとこにいこっか」
2年を後回しにしているのは、対戦相手の鈴音クラスがいるというのもそうだが、坂柳や龍園が普通に頼んだだけじゃ票を譲ってはくれないとわかってのことだろう。
腹を据えて話すにしても、先に地盤を固めてからというのは間違った判断ではなかった。
「そうだな。時間的にもそれが丁度いい」
「Dクラスかぁ。そうだ! もし一之瀬先輩が会長になったら、宝泉くんとか生徒会に誘ってみらどうです? 案外面白いことになるかもー!」
確かに、今1年生の枠には空きがあるので宝泉を入れるスペースはなくはない。しかし、帆波も生徒会に爆弾を投げ込む趣味はないようで、苦笑いで首を横に振っていた。
「流石にちょっとね……今の所、大きな問題こそ起こしていないけど、やっぱり生徒会はクリーンなイメージだから。宝泉くんはちょっと合わないかな」
4月の試験でのオレとの戦いや、無人島サバイバルでした怪我も、表向きは事故で処理されている。
だが、粗暴なイメージはあっても実際に宝泉が問題を起こしたという記録はなかった。とはいえ、それでもやはり過去に不良だったことや現在の印象が良くないので、帆波も進んで勧誘するつもりはないらしい。
まぁ、宝泉を進んで勧誘しようなんて猛者は、それこそ雪くらいのものだろう。宝泉も、生徒会に参加して真面目に働くタイプには見えないしな。
「こんにちは、綾小路先輩、一之瀬先輩、それから天沢さんも」
これまでと同じく、「お昼休憩中にごめんね」と帆波が声をかけながらDクラスに入っていくと、すぐにこちらに気付いた七瀬が立ち上がって近づいて挨拶をしてきた。
「やっほぅ」
「天沢さんもいらっしゃるとは、ちょっと意外な組み合わせですね」
「こいつは勝手についてきただけだけどな」
「先輩ひどーい!」
「それで、どうして1年生のフロアに?」
七瀬ももう天沢の扱いは手慣れたもののようで、軽く流してすぐに本題に入っている。
「今回、椿雪さんが生徒会長から退任することになったから、新しい生徒会長を決めるために生徒会総選挙を開くことになったの。それで、ちょっと顔を売っておこうかなって」
「生徒会総選挙……こんな時期にですか?」
「そう、こんな時期になんだ」
七瀬が驚くのも、帆波が苦笑いを浮かべるのも無理はない。本来の生徒会総選挙はもう少し余裕を持ってやる。こんな冬休み前ギリギリにやるものではないのだ。
「今立候補しているのは私と、2年Bクラスの堀北鈴音さん。他に希望者がいなければ、このまま私と堀北さんの一騎打ちになると思う」
常識的に考えて、雪の後任で生徒会長に立候補しようと思うのなら、帆波や鈴音クラスの実力者じゃないとまず無理だろう。
しかし、龍園や坂柳は原作でもそうだが、生徒会に興味を示すタイプじゃなかった。自ずと、今回の生徒会総選挙は鈴音と帆波の一騎打ちになると見てまず間違いない。
「って訳で、少し話を聞いて貰いたいんだけどいいかな?」
「えっと、私は別にいいのですが……」
と、七瀬の探るような視線が窓際に座っている宝泉に向けられる。堂々と話していたので、今の話は宝泉にも筒抜けだったはずだ。
「いいかな、宝泉くん?」
「好きにしろよ」
宝泉も、この件に関しては特に興味もないようで知らん顔をしている。しかし、やはり帆波には少し優しいような気がした。
オレが一緒ということもあるかもしれないが、あいつの性格なら演説料とか言ってPPをせびって来ても不思議じゃない。原作で、帆波に惚れているような描写があったし、やはり好きな子には弱いタイプなのかもしれないな。
と、どうでも良いことを考えながら、4度目となる帆波の演説を眺めていく。
好きにしろと言っていた宝泉だったが、特に教室から出ていくことなく帆波の演説を最後まで聞いていた。
天沢もそんな宝泉を見て「めずらしー」と茶化しているが、ここで七瀬がボソッと「実は宝泉くん、一之瀬先輩のこと結構好きなんです」とネタ晴らししている。
小声なので宝泉には聞こえないだろうが、天沢は面白いことを聞いたと言わんばかりの笑みを浮かべていた。とりあえず、オレがいる間に問題を起こしてほしくはないので、「今度にしろ」と釘を刺しておく。
天沢も「えーっ、先輩のいけずー」と文句を言っていたが、結局オレの指示には従うようで帆波が演説を終えるまでは静かに待ってくれていた。その後、天沢と宝泉がどうなったかについては関与していないとだけ言っておく。
原作との変化点。
・帆波が他学年の各クラスに挨拶して回っている。
原作にはない生徒会総選挙編が始まった。当然ながら、原作にはないので内容はオリジナル。興味ない人はごめんね。
・挨拶をして回っている。
クラスのPPが心許ないので買収はしない方針。なので、代わりに各クラスに顔を売っている。
・神崎の代わり。
雪のお世話を神崎に頼んだので、代わりに帆波の補佐をしている。とはいえ、帆波の肩を持っている訳ではなく、あくまでもボディガード代わり。
・石上に仕込み。
ぶっちゃけ、この仕込みが生きるかどうかはこの先(原作)の石上次第。ただ、最新刊でかなりの切れ者なのはわかったから、こいつの行く末次第でこの仕込みは不発に終わる可能性もある。
・実は宝泉くん、一之瀬先輩のこと結構好きなんです。
本来なら冬休みのネタだが、このSSでは原作と違い、帆波が清隆と写真を撮るために多数の生徒と写真を撮らなくても一声かけるだけでいいのでカットされる予定で、ちょっと勿体ないので再利用している。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
帆波と一緒に各クラスを回った。
・一之瀬帆波
1年生のクラスに挨拶して回った。流石にここにきて尻込みすることはなく、しっかりと自分の意志で票を入れて欲しいと頼んでいる。
・天沢一夏
先輩が来てくれてちょー嬉しい!
・七瀬翼
原作よりも天沢と仲良し(本人は雑に扱っているだけ)。
・宝泉和臣
帆波の演説を聞いて何やら考えていた。天沢からのちょっかいは拳で応じている。結局、遊び終わった天沢が逃げて勝負はなぁなぁで終わった。