生徒会総選挙の準備をしながら特別試験への勉強会も行った翌日の放課後。
今回、オレはとある人物に呼び出しを受けて帆波とは別行動をとっていた。また、雪も生徒会総選挙後の引継ぎ作業があるということで今日は忙しくしている。
そんなこんなで久しぶりに一人だが、待ち合わせ場所に向かうと約束の相手である椿が一人で待っていた。近頃は宇都宮とワンセットでいることが多かったから、こうして一対一で会うのは、それこそ椿が秘密を吐露した時以来だろう。
「こうして会うのは随分久しぶりだな」
「そう、ですね……最後に話をしたのは無人島サバイバル試験以来かと」
「八神とはその後どうだ?」
「正直、状況は芳しくないです。体育祭も文化祭も、誰かを退学にする要素がありませんから……通常の生活でハメるにはもう私たちも八神くんに敵扱いされているので難しいですし」
腐っても八神はホワイトルーム生だ。日常生活の中でハメようとしたって上手くはいかない。
いや、既に椿や宇都宮が敵認定されている今、自分に近づいてくるのは全部刺客くらいに考えていてもおかしくはなかった。
「で、オレの手を借りに来たのか?」
「……いえ、そこまで直接的な助力を求めてはいないんですが、何かとっかかりがほしいと思って。先輩は八神くんと同じ施設にいたと聞いたので話を聞かせて貰えないかと」
話を聞いたのは無人島試験辺りか? 八神はおそらく、同じ中学程度の誤情報を渡したつもりだったのだろうが、椿は雪の妹でありホワイトルームについても少し知っている。だからこそ、オレから八神の話を聞いて何か作戦を考えようと思ったのかもしれない。
「しかし、なんで今更? 話を聞くならもっと早くても良かったんじゃないか?」
「……先輩。昨日の昼休みにうちのクラスに来たらしいじゃないですか。生徒会総選挙を開くらしいですね」
「オレが開く訳じゃないけどな。鈴音と帆波が、その選挙に参加して雌雄を決するつもりでいるらしい」
「八神くんも、その総選挙に名乗りを上げるつもりなんですよ」
ほう、これは予想外の情報だ。確かに、生徒会総選挙は生徒会長になりたいという意思があれば誰でも参加できる。現生徒会員である八神が、一年にして生徒会長の椅子を狙おうとしても何もおかしくはなかった。
「成程な。万が一にも八神が生徒会長になった場合、今以上に付け入る隙が無くなる。だから、お前たちとしては速めに八神を倒したい。もしくは、八神が生徒会長になるのを妨害したい訳だ」
「そうです……でも、八神くんの情報が欲しいって言うのも本当」
「八神についてか……」
そう言われても、同じホワイトルーム出身とはいえ、オレは八神と同じプログラムを受けていた訳じゃないからな。雪のことなら詳しく話せるが、八神についての情報なら下手をすると椿の方が詳しいまである。
とはいえ、こっちも情報を貰ったし、一方的に貰って何も話さない方が逆に失礼か。
「八神はああ見えて自尊心が強い。自分の能力に絶対の自信を持っていて、常に上を目指そうというハングリー精神も持っている。しかし、他人への思いやりに欠け、自分以外は駒としか見ておらず他人を簡単に捨てられる冷徹さも併せ持っている……って感じか」
こうしてみると、八神と南雲って言うのは結構内面的な性格が似ている気もした。表向きの性格は全然違うが、本質というべきものはかなり似ている。
どちらも超えるべき目標に挑戦していて、それ以外のことに手段を問わない点とかはそっくりだ。案外、八神が生徒会長になったら南雲のようになるのかもしれない。
「私のプロファイリングとほぼ同じ……ですが、裏付けが取れたのは大きいです」
「役に立てなくて済まないな。後はOAAの数値はフェイクで、学力はオレや雪と近いくらいはある。それと、純粋な戦闘能力でも宝泉と同じかそれ以上はあるから、宇都宮には下手に仕掛けさせない方がいい。勝つにしろ負けるにしろ、被害は大きくなるだろうからな」
まぁ、OAAの数値がフェイクなのは椿も一緒だろうが、八神の場合は意味合いがまるで違う。宇都宮もまだ隠している力があるようだが、それでも雪以上の能力を持ったホワイトルーム生を相手にするのなら生半可な結果にはならないはずだ。
「……実力を隠しているということですか?」
「そうだ。OAAにすれば、学力、身体能力共にA+はあるだろう。生徒会に参加していることや1年Bクラスのリーダであることを加味すれば、OAAの総合は雪の数値を超える可能性もある」
「つまり、先輩やおねーちゃんを相手にしていると思え……ってことですか」
「流石にそこまでとは言わないが……とはいえ、八神も完全無欠じゃない。オレや雪よりはマシみたいだが、それでも偏った教育を受けてきている。事実、その慢心を突いて、無人島サバイバル試験ではあいつから言質を引き出せただろう?」
「でも、それももう学習された……」
確かに付け入る隙はなくなりつつある。けど、完全にない訳ではなかった。そこを椿が突けるかどうかはわからないが、全く勝ち目のない相手という訳ではないだろう。
これが椿や宇都宮が真正面から正々堂々実力で勝つというならほぼ無理だと思うが、勝利条件が相手を退学させるということならば、あながち不可能という訳でもない。
「オレの手を借りるか?」
「ううん。これは私たちの戦いだから……正直、最初はおねーちゃんに会えればそれでいいと思ってたけど、ちょっと変わってきた。意外と楽しいよね、この学校」
「雪が笑って過ごせるくらいには楽しい学校だ」
「そうだね。だからこそ、八神くんには報いを受けさせるよ。その楽しい学校生活を、波多野くんは彼のせいで失ったんだから……」
原作では、八神を退学させるためにオレの力を利用することを選んだ椿だが、この世界だと自分たちの手で倒すことに固執している。これも、雪というイレギュラーを救ったが故の関係性の変化か。
「いろいろありがとうございました。また困ったら相談しに来るんで」
「雪にも会ってやれ。最近、会えなくて寂しいと言っていた」
「……ほぼ毎日2時間以上電話してるし、先週会ったばかりなんですけどね」
それは雪の堪え性がないだけだった――しかし、そんな姉との関係も嫌ではないようで、苦笑いを浮かべながらも椿が帰っていく。
この感じを見るに椿も大分、雪に依存しているようだ。これなら、割と強引に事を運んでも椿は雪に抵抗できまい。入学した頃なら、絶望でやけになったかもしれないが、今ではもう離れられないだろう。そろそろ食べ頃だな。
とはいえ、その前に一つ大きな問題も出てきた。
まさか、八神が生徒会総選挙に立候補するとは。
予想外の展開だが、実際に鈴音と帆波以外に立候補してはいけないルールはない。あの二人に取って、手強すぎるライバルの出現であることは間違いなかった。
◇◆
最大勢力の帆波陣営VS未だ大きな動きのない鈴音陣営という生徒会総選挙の縮図は、1年Bクラスの八神の参戦によって大きく変化しようとし始めていた。
予想外の1年生参加であるが、実際に雪が去年1年生で生徒会長を務めたことや、南雲前副会長も1年時に堀北学前生徒会長を相手に選挙を行っていたこと。
その堀北学前生徒会長も1年生の時に生徒会総選挙に勝って生徒会長になっているということも有り、八神の参加表明は驚きこそあれどすぐに受け入れられつつあった。
しかし、八神も生徒会役員として半年ほど働いたとはいえ、知名度で言えばそこまで高い訳ではない。帆波や鈴音と違って、八神には基盤と言えるものが何もなかった。
だが、そんなことはわかり切っていると言わんばかりに八神はすぐに行動を起こす。まずはAクラス落ちした3年Bクラス――元南雲クラスに接触し、彼らの信頼を得たのだ。
なずなから連絡があったが、それはもう言葉を飾り南雲を英雄にして信を勝ち取ったらしい。
都落ちしたとはいえ元3年Aクラスのバックボーンを獲得し、八神はそのまま自クラスや伝手のある1年Aクラスの生徒の多くから支持を受け勢力を拡大化させていった。
元3年Aクラスや1年Aクラスという大きな足掛かりを得た八神は、弱小勢力の鈴音はおろか帆波の勢力に届く勢いであり、僅か1日足らずでその名前を学校中に轟かせていく。
しかし、ここで更なるイレギュラーが起こった。
八神拓也が立候補した次の日に、1年Dクラスの宝泉和臣が生徒会総選挙に名乗りを上げたのだ。
原作なら参加など許されなかったかもしれないが、この世界では普段の素行こそ良くないものの表立った事件は起きていないということで立候補が許可されている。
宝泉の行動はわかりやすかった。
まずは2年Aクラスの坂柳に接触して、自分のバックに着くように要求したらしい。この二人は文化祭でも組んでいたし、こちらの知らない繋がりがあったのだろう。
どんな契約がされたかは謎だが、坂柳は宝泉の要求を飲んで後ろ盾となることを了承する。
2年Aクラスは、去年から通してずっとAクラスということでかなりブランド力が高い。
八神のような複数バックボーンではないが、それでも坂柳が宝泉に味方した――という事実は、八神の参戦と同じかそれ以上に宝泉和臣という名前を響き渡らせていった。
「随分と困ったことになっちゃったね……」
そんなこんなで週末を迎えた土曜日の午後2時頃。オレと雪、帆波、神崎という主要メンバーで緊急の対策会議が開かれることになった。
とはいえ、オレと雪は基本ノータッチを決めているので、参加ことするしアドバイスもするが手を出すつもりは欠片もない。基本的には帆波と神崎の話し合いだ。
ケヤキモールのカフェでお茶をしながら、帆波が心底困ったという表情を見せる。
原作では、神崎や姫野が帆波クラスの在り方について議論する場だが、当然ながらこの世界ではそんなことは起きていないので純粋な帆波の相談の場となっていた。
「八神はまだわかるが宝泉までとはな。天沢の冗談が予想外の形で的中した形だが……」
「こんなことで的中してほしくはなかったかなぁ」
「ただでさえ龍園のクラスから特別試験の妨害を受けているというのに、これ以上の問題を起こしてほしくないというのが俺の本音だ」
「確かに、神崎くんの言う通りかなり露骨に動いてるもんね。そりゃ、帆波ちゃんクラスの子が龍園くんのクラスを毛嫌いするのもよくわかるわ」
龍園は原作通りに、帆波クラスの生徒たちにちょっかいを出していた。相手の足を引っ張って集中を乱そうという策で、石崎たちを始めとしたDクラスの生徒がうちのクラスの生徒たちが勉強をしている場に現れて妨害してくるのだ。
帆波クラスが放課後の勉強の場を図書室にしているのも、妨害対策の一つということだろう。流石の龍園クラスも、学校内の施設で問題は起こせないからな。
「一応、こちらもしっかりと対策を立てている。勿論、今後も絶対にトラブルがないと言い切れない以上、警戒を怠るつもりはないが」
「油断しないのはいいことだけど、あまり気を張り詰め過ぎないでね。逆に付け込まれるよ」
「……確かに、こうして相手を意識させることこそが龍園の狙いかもしれない。すまないな椿、忠告感謝する」
神崎も原作が嘘のような紳士っぷりだ。正直、あのから回っている神崎を知っているが故にこうして余裕のある姿を見ていると別人に感じる。
クラスを思うあまりにかなり強い口調で相手を責め立てることもあったが、この世界の神崎は柔軟に相手の意見を取り込んで素直に謝罪も出来ていた。
「クラスの方は雪ちゃんや神崎くんが頑張ってくれてるからそこまで心配はしてないんだけど、問題は八神くんと宝泉くんの台頭だね……おまけに、南雲先輩のクラスや坂柳さんのクラスが後ろ盾になるなんて予想外もいい所だよ」
「特に八神はまずいな。1年BクラスとAクラスの大半の支持を得ている。総合的な勢力は帆波にも匹敵しうるかもしれん」
「そこまでか?」
「今、帆波ちゃんを支持してくれているのが私たち2年Cクラス、3年DクラスとCクラスの約半数。1年Cクラスの2/3程度。後は各学年のクラス5人から10人って感じで、数で言えば約120~150って所かな」
「だが、八神や宝泉の台頭で、この支持票も若干ではあるが流れていく。特に八神を支持している1年Bクラスや1年Aクラス、3年Bクラス。宝泉の1年Dクラスと坂柳の2年Aクラスからの票はまずなくなったと言って良いだろう」
その上で、鈴音クラスの票も無理。龍園クラスはそもそも対立状態。桐山はどちらかといえば鈴音派であることを考えると――
「八神の勢力はもう帆波に並ぶ勢いだ。下手にこちらが切り崩されれば負けも十分に有り得る」
「新規票を獲得しようにも、浮遊層がもうないんだよね。ここ数日で戦力は一気に決まったって言って良いレベル」
「だが、まだ俺たちが最大勢力であることに変わりはしない。八神の勢力から票を切り崩していけば勝てるんじゃないか?」
「そうだね……ってか、そうしないと多分負けちゃうかも。もし、私が八神くんだとすれば、こっちのもっとも嫌な一手を打ってくるだろうし」
「「こっちのもっとも嫌な一手?」」
今、帆波と八神の勢力はほぼ五分。いや、6対4くらいでまだこちらが有利ではある。
しかし、もし雪の想定している手がオレの考えと同じであるならば、この比率は一瞬で覆るだろう。この生徒会総選挙の勝敗を決定づけてしまう可能性すら秘めていた。
「ひ☆み☆つー、クラスメイトとはいえ私は生徒会長でもあるからね。あまり個人に肩入れするのは良くないんだ。特別試験の話なら問題なくできるけど」
「確かに、肩入れするならそもそも選挙などせずに一之瀬を会長にすればよかっただけの話になる。むしろ、椿はヒントを与えてくれている分優しい方だろう」
「後は自分で考えろってことか……私たちがされて嫌なこと。やっぱり、今居る勢力からの離反かな?」
「そうだな。既に切り崩されつつある勢力の状況を立て直すことこそが重要だと俺も考える……綾小路はどうだ?」
「ん、オレか? そうだな……」
ここで雪の秘密にした答えを言ってしまうのは簡単だが、それでは面白くないだろう。
「オレにはその嫌な手というのはわからないが、鈴音や宝泉も放置しておいていい相手じゃないんじゃないか?」
「そうだね。多分、堀北さんは桐山先輩に支援を頼むだろうし……」
「宝泉の裏には坂柳がいる。それこそ、条件次第で堀北が宝泉と組むこともあるかもしれない」
「ええっ、堀北さんが宝泉くんと? それは流石にないと思うけど……」
「どうかな? 聞けば、4月の特別試験で宝泉との協力をまとめたのは堀北だと言うじゃないか。その縁が今も続いていれば、条件次第で宝泉が堀北の下に着くことだってあり得る。そうなれば、八神に並ぶ一大勢力の出来上がりだ」
一見、裏の事情を全く知らない的外れな考察に思えるが、実際にその可能性はゼロではなかった。鈴音が宝泉を満足させられる条件を出せれば、そのドリームチームも有り得る。
「……むしろ、八神くんが他の勢力と組む方が怖いかも。それこそ、条件次第で堀北さんなら組むこともあるだろうし」
「確かに、そっちもあるか。それに、八神と宝泉は同じ1年だ、手を組む可能性は十分ある……八神の勢力拡大が、今の俺たちにとって一番の嫌な手だな」
勢力拡大という答えは半分正解――だが、そんな七面倒臭いことをしなくても、八神には勢力を拡大させる手段があった。
その答えがわかるのは、週が明けた後のこと。
龍園が八神と手を組んだ。
そんな状況をひっくり返すビックニュースが、オレたちの耳に流れてきた時のことだった。
原作との変化点。
・桜子と話をした。
文化祭で八神をハメれなかったので、未だに八神クラスと宇都宮クラスの争いは続いている。おまけに、八神が生徒会総選挙に立候補したと聞いて、清隆に相談を持ち掛けてきた。
・宝泉が選挙に名乗りを上げた。
まだ勢力としては小さいが、それでも坂柳をバックに付けて動き出している。八神も、元南雲クラスをバックに動き出しており、かなり状況が荒れてきた。
・予想外の状況になったので緊急会議した。
相談時、帆波への確実な票は2年Cクラス全票、3年Cクラス1/2票、3年Dクラス1/2票、1年Cクラス2/3票。他に浮いていた票はクラスの意向なので散った。
鈴音が2年Bクラス全票。
八神が1年Bクラス全票、1年Aクラスが1/2票、3年Bクラスが全票。
宝泉が1年Dクラス全票、2年Aクラス1/2票。
という状況。1年Aクラスは高橋修を始めとした八神と仲が良いやつが力を貸して、石上を始めとした半数が様子見。2年Aクラスも坂柳は後ろ盾にはなったが、全票入れる予定はない。
・龍園と八神が手を組んだ。
帆波と八神がほぼ同数の票と思われていたが、ここで龍園票が状況を動かした。帆波もそうだが、神崎も龍園嫌いのせいで龍園票を完全に見逃していた形。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
桜子と久しぶりに話していい具合に雪との仲も深まっているのがわかった。そろそろ狩るか♡
・椿雪
龍園票が浮いていることにすぐに気付いた。とはいえ、クラスの関係的に、帆波クラスが龍園票を手に入れるのは無理だともわかっており、この票は八神に流れるとこの時点で確信している。
・椿桜子
八神とバトル中。結構おいしく育って来て、清隆に本格的に狙われ始めた。
・一之瀬帆波
1Aや1B,1Dなど、裏切った信者たちの中にはまだ帆波に協力する姿勢を見せるメンバーもいるが、大多数はクラスの指示に従う感じ。帆波としても無理強いはさせるつもりはなかった。
・神崎隆二
まさか龍園の票が状況を動かすとは思わず驚いている。だが、帆波と違って信者たちを取り戻せればまだ戦えると思っている。