SIDE:堀北鈴音
急遽、始まった生徒会総選挙。しかし、この選挙は私にとって、かなり不利な状況から始まることとなった。
そもそも私は一之瀬さんと違って愛想がいいタイプじゃない。彼女が当たり前のように他クラスや他学年の生徒と仲良くしているが、私に同じことをしろと言っても無理だ。
そして、彼女は今までの積み重ねによって、現段階で全学年の半数に近い票を持っている。真正面からぶつかっても一捻りされて終わるだけだった。
「それで、なんで私に相談してくるのかな? 本当ならこの特別試験は堀北さんが担当するはずだったのに、選挙に参加するって急遽丸投げされて、今とーっても忙しいんだけど?」
お昼休み、桔梗さんと一緒にお弁当を食べる――という体で、今の状況を相談すると、表向きの笑顔を浮かべながら周りに聞こえないように毒を吐いてくる。
わかってはいたが受け入れられてはいないらしい。とはいえ、彼女もこんな公の場で私を拒絶できない以上、このまま二人で並んでご飯を食べるしかなかった。
「その点は申し訳ないと思っているわ。勿論、私に出来ることならちゃんと協力するつもり。勉強会でも何でも手を貸すから言ってちょうだい」
「なら、まずはAクラスに勝つ方法を考えてくれるかな? 私は、みんなに勉強は教えられても、必勝法なんて思いつかないから堀北さんの力を貸して欲しいの」
誰に聞かれても良いようにしているおかげもあって、割とスムーズに会話が進んでいる。
もしこれが誰もいない場所だったら、「この力を貸して欲しいの」の言葉が出るまで、軽く5~6回はこちらを罵倒する言葉が出ているはずだ。
「勝つ方法……そうね。純粋に、学力の低い生徒の底上げを図るのは当然として、その努力を活かせる形にするべきだと私は思うわ」
「もう少しわかりやすく言ってくれると助かるかな?」
「最初に、学力Aの生徒を配置して、早々に最低限の2問を解かせるの。その後、その生徒には残された時間を全て使って問題文を読んで貰い、次に待機する学力の低い生徒にも解ける簡単な問題を探して貰うのよ」
「でも、試験中は会話やメモは禁止されてるよね?」
「ええ。でも、意志疎通自体が禁止されている訳ではない。それこそ、入れ替わる一瞬でいい。ジェスチャーで何番の問題を解けと指示すれば、次の生徒は時間一杯その問題を解くことができるわ」
そう言って、わかりやすく右手で2回パーを出す。これで、55問目が簡単な問題だと声や文字を使わずに相手に伝えることが出来る。
それにこの方法はあくまで解きやすい問題を伝えるだけであって、問題の答えを教えている訳ではないのでカンニングにも該当しない。
「なるほど、ジェスチャーか……」
学力Aの生徒が2問解いても2点にしかならないが、DやEの生徒が1問解くだけで4点や5点が手に入る。
後は、学力の高い生徒、低い生徒と繰り返し配置していけば、自ずと高得点を狙うことが出来るはずだ。とはいえ、これが最高効率化と言われれば怪しい部分はある。ただの思い付きだし、他にもしかしたらいい策があるかもしれなかった。
「……それで、私に何を相談したいのかな?」
「相談に乗ってくれるの?」
「思い付きでも、納得できるレベルの勝つ方法を提示された以上、こっちがそれに応えないのは不義理だもん」
そう笑顔で言ってくれるが、これがこの人の多い教室の場じゃなかったら、笑顔で毒を吐いて「さっさと諦めたら?」くらいのことは言っていただろう。
本当に、相談の場を教室に決めて正解だった。
「どうすれば、私はこの生徒会総選挙で勝てると思う?」
「無理じゃない?」
「……桔梗さん」
「あはは、本音だけどうそうそ」
それは嘘とは言わないのでは?
「で……まず、確認したいんだけど。堀北さんは帆波ちゃんに勝ちたいの? 別に、帆波ちゃんが生徒会長になっても問題はないと思うんだけど?」
「そう、ね。最初は私もそう考えていた……でも、こうして戦える機会を与えられて、改めて思ったのよ。私が私として成長するためには、この程度の苦難を乗り越えられないようじゃ駄目だなのだと」
勿論、兄さんが歩んだ道を見てみたいという気持ちもある。けど、一番は私が成長するには、この生徒会総選挙という場は特別試験と同等以上の価値があるという点。
それこそご主人様たちは自分の利だけ求めて、一之瀬さんに生徒会長の座を譲ることだって出来た。でも、それをせず、こうして半ば無理やりにでも選挙という形を取ったのは、この選挙を通じて私が成長できると思って、場を整えてくれからだと私は思っている。
自惚れじゃないのであれば、私はあの二人に期待をされているはず――体育祭、文化祭と続くこの三度目の戦い。今度こそ、私はその期待に応えなければいけないのだ。
「帆波ちゃんの勢力は、全学年の約1/3。これを超えるには残りの浮遊層を手中に収めるか、帆波ちゃんの勢力を切り崩すしかない。ここまではわかってるよね?」
こちらの現状を確認しながら、桔梗さんは二本の指を立てて方針を立ててくる。そこに異論はなく、私も頷きを返した。
「でも、帆波ちゃんの勢力を切り崩すのは、堀北さんにはまず無理。私でも出来るかどうか怪しいレベルだし、無駄な時間を割いている余裕はない。自ずと、残りを味方につける選択肢を選ばざるを得ない」
「待って。確かに、私と一之瀬さんでは比べ物にならないくらい人気に差はあるけれど、PPを利用すれば牙城を切り崩すことも出来なくはないと思うわ」
「それは悪手。いい? 大きな信頼で結ばれている人の間に、金で割って入って成功できると思う? いくら票のやり取りって言っても、その大元にあるのは信頼だよ? 堀北さんだって、そんなあくどい人に生徒会長になってほしいとは思わないでしょ?」
確かに、仮に私とご主人様の関係を知られて、金を払うから自分にも体を売れと言われたらいい気はしない。そんなやつには死んでも協力しようとは思わないだろう。
「帆波ちゃんの牙城を切り崩すには、帆波ちゃんに負けないくらいの信頼を得る必要がある。ただお金を詰むだけで解決するなら、綾小路くんだってそもそもそんな派閥作らせないしね」
「そうね、馬鹿なことを言ったわ。忘れて頂戴」
「だから、堀北さんはまず自分の派閥を作ることから始めないといけない」
「でも、私はお世辞にもそんなに顔が広くないわ」
「知ってる。けど、全く知らない人ばかりって訳でもないでしょ? それこそ、生徒会の下級生とか、元生徒会の人とか、後は龍園くんなんかは帆波ちゃんとは組まないだろうし、方法次第では味方につけるのだって難しくはないと思うよ」
龍園くんを味方に?
裏切られる気しかしないのだけれど。
「私のお勧めは3年Aクラスかな。元Aクラスで、最近Bクラスから下剋上して再びAクラスに戻ってネームバリューもあるし、リーダーは元生徒会役員の桐山先輩で、堀北さんのお兄さんと親しい関係だった。妹が兄と同じ生徒会長を目指したいといえば、協力したいと考えるのはおかしなことじゃないと思う」
「桐山先輩……」
直接話したことはないが、何度か顔を見た覚えはあった。それこそ、ご主人様が無人島試験で協力を取り付けていた相手でもある。
「後は、現1年Bクラスの八神くんとAクラスの阿賀くんに協力を取り付けて貰うこと。そうすれば、一気に3クラス分の票が集まって帆波ちゃんの勢力にも負けない力が得られるはずだよ」
「……私の方が貰い過ぎな気もするけど、助かったわ。早速、桐山先輩に声をかけてくる」
思い立ったが吉日ではないが、こういうのは最初が肝心だ――後で知ったことだが、この時一之瀬さんは1年生のクラスを回って演説をしており、スタートダッシュでも負けていたのだが、この時の私はただ桐山先輩に力を借りることしか考えられていなかった。
◇◆
桐山先輩は、私の想像以上にこちらに親身になってくれた。どうやら、兄さんに思った以上の恩や尊敬を持っているようで、出来る限りの協力をすると確約してくれている。
これで最低限の基盤は出来た。
次は、八神くんや阿賀くんといった、現生徒会1年生を味方に――と、思って放課後に1年生のフロアへと足を運ぶと、そこで私は想定外の事態に陥ることになってしまった。
「協力できない……とは、どういうことかしら?」
正直、桐山先輩の説得に成功して自信があったが故に、二人に断られたのは思った以上にショックが大きい。既に一之瀬さんの派閥に入っているということだろうか。
「実は、僕も生徒会総選挙にエントリーしようと思っているんです。阿賀くんには、協力してほしいと最初に声を掛けました」
「えっ、あなたも生徒会総選挙に?」
「そんな驚くことではないと思います。別に、2年生しか参加してはいけないというルールはなかったですし、僕も高みを目指すには1年で会長職に着くくらいのことをしないとと思ったんです」
実際、雪さんという1年生で生徒会長を務めた例はある。それに、兄さんも1年から通して生徒会長を務めていた。八神くんだけが出来ないということはない。ない、が――予想外の勢力の登場に、私は足元が崩れ落ちたかのような衝撃を受けてしまっていた。
結局、八神くんが立候補し阿賀くんがそれをサポートする以上、私にそれをどうこうすることなど出来るはずもなく、ズコズコと引き下がるようにクラスの勉強会に顔を出している。
しかし、その晩、勉強会での私の様子がおかしかったことに気付いたのか、珍しく桔梗さんから電話がかかってきた。
『――で、そのまま何もせずにものの見事に負けて帰ってきた訳。いくら想定外でも、もうちょっと善戦しなさいよ。あんた、勝つ気あんの?』
教室の時とは比べ物にならないくらいの暴言を受けつつ、何とか事情を説明するとため息と同時にそう叱責される。
「あ、あるわ。けれど、1年Cクラスは一之瀬さんの派閥で、AクラスもBクラスも駄目で、どうしようもなくて――」
『まだ1年Dクラスが残ってるじゃない。あのクラスとは4月の試験で協力してる。宝泉との協力が無理でも、七瀬に頼めば半数は票が集まったかもしれない』
「あ……」
『あんたね……ご主人様のお気に入りのいるクラスだからって遠慮し過ぎ。今回はノータッチって言われたんでしょ? なら、出来ることは全部やらないと後悔するのは自分だよ』
「そう、ね……頭のどこかで、宝泉くんは私の言うことなんか聞いてくれないって諦めがあったわ」
『わかってると思うけど、八神くんが動き出した以上、残りの浮遊層を獲得しないとこっちに勝ち目はない。まずは1年Dクラスに協力を要請して、次に元南雲先輩の3年Bクラスをどうにか口説き落として味方につける。それで、まだ立て直せるはず……聞いてんの?』
「ええ、聞いているわ。ありがとう、桔梗さん……」
何だかんだいろいろと文句を言いながらも、こうして協力をしてくれるのは本当に感謝しかない。
その後、もし1年Dクラスや3年Bクラスの協力が得られなかった時は、龍園くんや坂柳さんと交渉をするということまできっちり決めてこの日は電話を終えた。
通話時間はまさかの2時間越え――この学校に入ってから、いえこれまでの人生において、他人とこんなに長く電話をしたのは初めてかもしれない。
改めて気合を入れる。どうも、今の今まで一之瀬さんに勝とう勝とうとしてまた空回りしてしまっていた。
この様ではまた負けるだけだ。落ち着いて――確かに状況は厳しくなったけど、まだ立て直しはきく。この生徒会総選挙に勝つためにも、持っている力を発揮できる場を作らないといけない。
そして、私は生徒会長になる。
生徒会長になって――
「なって、どうするの……?」
ふと、思ってしまった。
これまで生徒会長になると決意こそしたが、肝心の生徒会長になって何をしたいかをまるで考えていなかったことに気が付いた――雪さんの、兄さんの、その前からずっと続く生徒会長という大きな役職。
仮に、私が勝てたとしてその先は?
いや、そんなことは勝ってから考えるべきことで、今考えるべきではないのかもしれない。でも、具体的な目標となる姿もイメージできずに、どうやって選挙に勝てというのだ。
私は、どういう生徒会長になりたいのか。
いえ、どういう学校を作っていきたいのか。
兄さんは伝統を守って自分の成すべきことを成した。雪さんは兄さんの意志を継ぎつつ、南雲先輩を抑えて学校に革新を与えた。
じゃあ、私は?
まだ何も成してきていない私は、何を成すのか。
本来なら、明日以降の戦いに備えて早く眠らないといけない。けど、私はこの問いの答えを出すことが出来ず、一晩中ずっと自分がこれからどういう道を進むべきかをひらすら自問自答し――気が付けば日の光が目に染みるくらいに寝不足になってしまっていた。
迷って迷って迷って答えを出させる(ニチャァ)
※予約ミスって1日ずれてたますた。おまけに金曜日にインフルなって、まだ来週の予約してないから月曜日までに熱が下がらないとまずいかも。