SIDE:八神拓也
椿雪生徒会長が退任し、生徒会総選挙を開く――そんな話を聞いてすぐに、僕はこの波に乗るべきだと判断した。
どうも、綾小路先輩はここで堀北や一之瀬を後継者に据えようとしているようだが、この先の先輩との戦いにおいて、生徒会長という権力は大きな武器になり得る。
ただでさえ、現状は他学年含めて手駒に差があるのだ。その差を埋めるには、生徒会長という椅子は必須と言って良かった。
僕はすぐに同じ生徒会役員である阿賀に相談を持ち掛けた――阿賀とはもう半年の付き合いで、表向きは仲がかなりいい。それに、Aクラスの窓口である高橋との関係も良好だ。
このまま1年Aクラスをバックに付けて、それを足掛かりに勢力を拡大させていく。
どうやら堀北は僕や阿賀の力を当てにしていたようだが、僕が生徒会総選挙に出ると聞くと驚いた様子で引き下がっていった。逆に、こちらはこの勢いで手を広げさせて貰う。
僕が目を付けたのは、かつて南雲が所属していた現3年Bクラスだ。あのクラスは今、無人島サバイバル試験でリーダーの南雲を欠いたことで空中分解している。
けど、いくら南雲が居なくとも、Aクラスになれるだけの実力派揃いなのは間違いなかった。まぁ、僕に言わせれば実力派(笑)だが、幼稚園生よりも小学校低学年の方が能力が上なのは誰にでもわかることだろう。
「こんにちは。3年Bクラスの皆さん。僕は1年Bクラスの八神拓也と申します。かつて、南雲先輩と手を組んでいた者でもあります」
まずは、興味を引く――いきなりやってきて要件を告げても向こうからすれば知ったことではない。まずは、こちらに興味を持ってもらうことが肝要。
「先輩たちは、何故南雲先輩があの試験で退学することになったのかご存知でしょうか?」
「何故、南雲が退学したか……だと?」
「お前は知ってるって言うのか!?」
どうやら、この中に南雲退学の真相を知る生徒はいないらしい。いれば、下級生が何を偉そうにと声を張り上げる場面だ。なら、やり方はいくらでもある。
「中には知っている方もいるかもしれませんが、南雲先輩は2年Cクラスの綾小路先輩と勝負をしていたんです。その勝負において僕は南雲先輩のサポートを担当していました。顔を見合わせた先輩も何人かいると思います」
全員が全員事情を知る訳ではないようで、綾小路先輩の名前を出しても首を傾げる生徒もいた。しかし、逆に事情を知る生徒はそういえばと言わんばかりの表情を浮かべている。
「流石に僕も、南雲先輩と綾小路先輩がどういう勝負をしていたかは知りません。問題は、南雲先輩が退学したのは、その綾小路先輩に敗北したから――と、いう事実です」
実際、勝敗がどうなったかなど知らない。が、南雲が退学した以上、勝ったのは綾小路先輩なのは間違いないだろう。後はこれをどう調理するかだ。
必要なのは真実ではない。
彼らが納得できるだけの状況を説明できればそれでよかった。本当のように聞こえる甘い飴をぶら下げてやれば、子供は我慢できずに手を出してしまう。
「ですが、結論を簡単に伝えられても皆さんだって納得など出来ませんよね。ここで、僕の知る全てをお話したいと思います。何故、南雲先輩が敗北したのか、直接的な原因はわかりませんは、その理由は大きく3つあると僕は考えています」
そうして3つ指を立てると、もはや3年Bクラスの全員がこちらに視線を向けていた。
「理由その1。生徒会長や生徒会の存在。まず、前提として現生徒会長椿雪先輩は、綾小路先輩の腹心であり、生徒会は裏で綾小路先輩に操られています」
「バカな!?」
「そんなこと有り得るはずが――」
「僕も人伝に聞いただけですが、今年の1月に行われた混合合宿なる特別試験で、南雲先輩が椿先輩の後ろにいる綾小路先輩の正体を突き止めたと聞いています。その場で話を聞いていた人も居るんじゃないですか?」
そう問いかけると、「そういえば、あの時……」、「確かに、南雲が……」という声が上がる。これで、綾小路清隆が全ての原因であるという信憑性は増した。
「理由その2。生徒会長や生徒会役員を支配している以上、その伝手で3年生全体に手を伸ばすことが出来た訳です。そして、綾小路先輩は南雲先輩以外の3年生クラスを掌握し、対南雲先輩連合を組んでいた。これが、僕が南雲先輩に頼まれて手を貸すことになった理由の一つです。このクラスだけでは手が足りないから、1年に協力を頼んだ訳ですね」
実際、他の3年生に妨害を受けた記憶はあるようで、ここも素直に頷きを返している。また、僕がどうやって南雲と知り合ったかも理解させることが出来た。
「最後に、理由その3。裏切り者の存在。もう皆さんも薄々気付いている人もいるかもしれませんが、この中に南雲先輩を裏切った人物が存在します。南雲先輩は、最後までその人物を信じていたからこそ敗北してしまったと言って良いでしょう」
「裏切り者……だと……」
「まさか――」
視線が一人の女子に向く。その生徒は、まるで処刑されるのを待つかのようにビクっと体を震わせた。
「ええ、そうです。その裏切り者とは、朝比奈なずなさん。あなたです」
当然、名指しする。ここに来て、僕が彼女を庇う理由など存在しなかった。
「そんな!?」
「朝比奈は南雲の幼馴染だぞ!?」
「でも、おかしい部分もある!」
「そうだ。朝比奈、なんで最終日に応答しなかった? お前は南雲と一緒に居たはずだ」
言い訳をするかと思ったが、朝比奈は「……ごめんね」と謝って逆に罪を認める。
もし、抵抗するようなら携帯端末に入っているであろう綾小路先輩の連絡先を根拠に追い詰める予定だったが、これはこれで話が早くて助かるか。
「私、詳しくは言えないんだけど、前に綾小路くんとの勝負に負けて彼に従う契約をしちゃったの。逆らうと退学で、逆らえなくて……」
「だからって南雲を退学にしていいのかよ!?」
「退学したのは、雅の意志だったんだもん……!」
「は?」
「雅は、綾小路くんに負けた。でも、退学ラインには入ってなかったの」
「つまり、退学したのは南雲先輩自身の意思だと?」
嘘だと断定するのは難しくはない――が、ここはもう少し事情を聞いてから判断した方が良さそうだ。
「一つ聞きたいのですが、朝比奈先輩はお二人の勝負について何か事情をご存知ですか?」
「……雅は私が綾小路くんに従う契約をしているのを知ってたの。だから、勝負で勝ったら、私を自由にしろって要求してた」
「では、負けた場合は?」
「……3年Aクラス全員のPPを無人島試験後から卒業後まで、綾小路くんに振り込むこと」
思った以上にえげつない契約だった。負けた所で綾小路先輩が失うのは女一人で、勝てば巨万の富が手に入る。
とはいえ、これなら南雲先輩が退学した理由も美談に出来そうだ。真実よりも、耳心地の言い英雄譚で南雲をヒーローにしてやろう。
「成程、だから南雲先輩は退学したんですね。皆さんを守るために」
「ど、どういうことだ!?」
「どうもこうも聞いた通りですよ。負けた南雲先輩は、皆さんを綾小路先輩の魔の手から守るために退学したんです。聞いた限り、その契約は南雲先輩個人が結んだものであり、その本人がいなくなれば効果は発揮しない。綾小路先輩に卒業までPPの全てを譲る――そんな苦行をクラスメイトにさせないために、南雲先輩はこの学校を去ったのでしょう」
勿論、本当にそうかなど知らない。だが、残されたクラスメイトからすれば、南雲に助けられたのだ――と、思う方が、この先もやる気が出るだろう。
事実、南雲の献身を聞いて涙する生徒もいる。
後は、このクラスの生徒たちが抱いている南雲の為という気持ちを上手くくすぐってやるだけだった。
「皆さん。僕は生徒会総選挙に立候補しました。それは、生徒会長になって今のこの学校を少しでも良いモノに変えたいという気持ちもありますが、綾小路先輩にこれ以上の力を渡したくないという気持ちが何よりも大きいんです」
ここで、先程から撒いていた綾小路清隆という悪人を退治するという伏線を回収していく。
「正直、何故椿雪生徒会長が退任されるのかは知りません。もしかしたら、学校側から何か言われたのかもしれませんし、そうでないのかもしれない。しかし、後任の候補が、彼がクラス移動前に所属していた2年Bクラスの堀北先輩と、現在のクラスである2年Cクラスの一之瀬先輩。これは、仮にどちらが当選しても、彼の支配が続くこと意味します」
何故? という疑問は要らない。必要なのは、現在の状況が彼の都合のいい状況であるというのを理解させること。
「いいんですか!? 僕は良いと思いません! だからこそ、この機に僕が生徒会長になって、綾小路先輩から生徒会という大きな力をはく奪したいと考えています!」
ここは共感を求める場――声を大にして共感者を探す。一人で良い、一人声が上がれば、後は自然と後に続く。
「いい訳ねぇ!」
「ああ、そうだ。認められる訳がない!」
本当に、笑えるくらい予想通りに動いてくれる。
「そうでしょう! だから、皆さんのお力を僕に貸して頂きたい! 勿論、ただでとは言いません! もし、僕が生徒会長になることが出来たのなら、その力を使って皆さんに恩返しをさせていただきます! 現在、AクラスとのCP差はそこまで大きくはない。まだ3学期で逆転できる目は有ります!」
そして、ここで彼らの熱をさらに刺激していく。ここまで来れば、もうこちらのものだった。
「僕が南雲先輩の遺志を継いで、皆さんをAクラスにするお手伝いをします! 共に、彼の意志を引き継いで理想を叶えましょう!!」
南雲コールと共に、八神コールもまた大きくクラス中に響く。ドアの外を見ると、堀北が隠れて中の様子を探っているようだった。
どうやら彼女もこのクラスの浮遊票を狙いに来たようだが、動き出しが一歩遅かったらしい。まぁ、仮に先んじて動かれても、今のように僕に支持を向けるのはそう難しいことではなかった。
これでほぼ3クラスの票を丸々手に入れた計算になる。おそらく、現在最大勢力であろう一之瀬にも十分並ぶ勢いだ。
後は1年Dクラスの票を集めて、そのまま2年の坂柳、龍園両クラスからも票を貰えば僕の単独トップという状況――もし仮に堀北と一之瀬が組んでも追いつけはしない。
しかし、この完璧な計算は、次の日――宝泉が生徒会総選挙に名乗りを上げたことで狂いが生じた。まさか、あの野生児が選挙に出て来るなんて、流石の僕も予想外と言わざるを得ない。
けど、まだだ。まだ状況は僕に分がある。
坂柳の層は宝泉に奪われたが、まだ龍園の票が残っていた。宝泉は前に龍園とも問題を起こしており、2年はそもそも龍園とその殆どが敵対している。残りの龍園票を僕が奪いさえすれば大勢は決したと言って良い。
だが、こちらの思惑とは裏腹に、龍園とコンタクトが取れたのは週を跨いでからのこと。
それも、PPではなく2つ貸しという面倒くさい買い物をさせられたが、それでもあの龍園からクラス内の票を買い取ることに成功した。
◇◆
SIDE:宝泉和臣
最初は生徒会なんか全く興味がなかった。俺なんかとは全く無縁の場所だし、俺なんかに票が入る訳がないとわかりきっていたからだ。
だが、選挙が開かれることになったという噂を聞いた日の昼休み――一之瀬のやつが俺のクラスで演説しているのを聞いて気が変わった。
退学者の少ない優しい生徒会だぁ? そんなん何が面白いんだよ。もっと殺伐として、どのクラスも血で血を洗うような闘争をしてこそ、この学校に来た意味がある。
4月の特別試験で、堀北もまた一之瀬と同じ穏健派だったことは覚えていた。どっちが生徒会長になっても面白くないなら、俺が生徒会長になってこの学校を楽しくしてやる。
どうやら八神もその椅子を狙っているようだが、負けるつもりはハナっからねぇ。聞いた話では、現会長さんだって票をPPで買って当選したと言っていた――PPを使った票の売買が許されるのであれば、俺にだって十分勝ち目は残っていた。
「それで、私に用とは何でしょうか宝泉くん? これでも特別試験が近くて忙しくしているのですが……」
票はPPで買えばいいとはいえ、後ろ盾は必要だ。特に、俺のような何の地盤のないやつには2年Aクラスというブランドは大きい。
坂柳も流石に俺と会うに至って鬼頭とかいうやつをボディガードにしていた。他にも女子がいるが、もし仮に俺が暴力に訴えた時は鬼頭を足止め薬にしてあの女子が教師を呼びに行く役目なんだろう。
まぁ、警戒して貰って嬉しい所だが、今回は最初から暴れる気はさらさらなかった。
「そいつぁ悪かったな坂柳パイセン。今日はちょっとビジネスの話をしに来たんだ」
「……ビズネス、ですか?」
胡散臭いと言わんばかりの表情を浮かべている。実際、俺自身も言っていて似合わないとわかっていた。下手に言葉を取り繕うよりも、さっさと本題に入っちまおう。
「今やってる生徒会総選挙。俺が立候補したら、その後ろ盾になってほしいんだよ」
俺が立候補する――と、聞いて、流石の坂柳も驚いた顔を見せた。しかし、すぐに真剣な表情でジッとこちらを見定めている。おそらく、頭の中でメリットやデメリットを始め、俺に協力したことで得られる成果などを考慮しているのだろう。
「私にとって、あなたの後ろ盾になるメリットは薄い。それがわかっての交渉ですよね?」
「ああ。あんたは生徒会なんて力がなくても戦えるだけの実力がある。だから、誰が生徒会長になろうとも興味がないんだろ? だから、俺はあんたを選んだのさ」
「私を満足させられるだけのメリットを提示できると?」
「まずはPPだ。流石に、文化祭で得た全額とは行かねぇが……これが戻って来るのはあんたとしても大きいだろう?」
前回の文化祭で、俺はこの女に売上を全て渡す代わりに、その売上に応じたPPを得た。今度は逆に、それをいくらか返還し後ろ盾の足掛かりにしていく。
「それだけですか?」
「むしろ、あんたの方に聞きたいが、どうすれば俺に協力する気になる?」
こちらから提示できる条件はいろいろあるが、向こうからの望みを叶える方が手っ取り早かった。
「そうですね……あなたの身体能力を得られるのであれば、多少の融通はしましょう」
「雑用をやれとでも?」
「まさか、この先の特別試験で力を貸して貰うだけですよ」
その条件でもいいっちゃ良いんだが、その前に清算すべきことがある。坂柳に手を貸すのはその清算を終えてからだ。
とはいえ、それはこの女には関係のない話。今はこのまま向こうの提案に頷いておく。
「この先、学年が入り混じった特別試験が起きた時、俺はあんたに協力する。それで後ろ盾になってくれんだな?」
「ええ。ですが、票は別です。今のは後ろ盾になる条件で、票はPPと交換と行きましょう」
「チッ、ケチケチしやがって」
「……しかし、私があなたに協力したとしても、あなたが生徒会長になる確率はかなり低いでしょう。それだけ、あなたの世間からのイメージは悪いものです」
「真っ向からの人気勝負なら、確かに俺に勝ち目はねぇ。だが、この学校ではPPで変えないものはない。票だって買えば手に入る。必要なのは、それらしい理屈だけだ」
「あなたに全ての票を買い取れるだけのPPはありません。仮に私のクラスの票を全て手に入れたとして、他の票を得られるだけの見込みはないのではないですか?」
「ないなら、ある所から取ればいいだけじゃねぇか」
PPだけが武器じゃねぇ。それに、信頼関係なんてもんはより強い暴力の前にはカスみたいなもんだ。それこそ、堀北や一之瀬、八神、誰でもいい。脅して奪えばそれだけの話だ。
「そうそう上手く行くとは思えませんが……まぁ、私にはデメリットがないので良しとしましょう」
「俺みたいなアウトローの後ろ盾になっても問題ねぇってか」
「問題ないだけの徳を積んでいますから。駄目で元々、あなたのようなアウトローにも分け隔てなく力を貸した――と、印象を操作すればいいだけの話。逆に、あなたが奇跡的に生徒会長になれれば、それはそれで私に先見の明があったというだけのことです」
「ケッ、やり方は政治家と変わんねぇじゃねーか」
印象操作でどんなに悪いイメージも良くするだけ。それこそ、悪役の手口だった。
まぁ、俺もあまり人のことは言えないが、それでも悪党にも貫かなきゃいけない道理というモノが存在する。
4月に結んだ、綾小路とのあの契約――どうも、あいつはもう無人島サバイバル試験が終わって俺を解放した気でいたようだが、俺からすればあの契約はまだ生きたままだった。
だが、今回の坂柳との契約を果たすためにも、まずはケジメをきっちりつける。あいつがどう思ってようが関係ねぇ。俺が納得する形で、あの契約をきっちり終わらせる。それが通すべき筋ってもんだ。
地味に伏線は無人島前に張ってたから、この二人が総選挙に参加するって読んでた人もいたね。へへっ、ばればれで草ァ!