土日明けの月曜日。朝から宝泉に呼び出された。
珍しいと思いつつ、その呼び出しを受ける。まだ朝も早いことも有り、呼び出しを受けた特別棟の周りには生徒はおろか人っ子一人いない。元々用事がない限り、人が来るような所ではないが、こうして誰もいない場所に呼び出したということはそういうことだろう。
「……悪いなパイセン。急に呼び出して」
「別に問題ない。しかし驚いたぞ、お前が立候補するとはな。前に雪が冗談半分で立候補してみればいいとは言っていたが、まさか本当にするとは思わなかった」
「まぁ、俺なりに思う所があってな。で、用事ってのはそれにも関係する」
まさか、俺の手を貸してくれとか?
いや、こいつはそういうタイプじゃないか。
「ケジメを付けに来た」
「ケジメ?」
「あんたとの契約をこの勝負で解消する」
ああ、4月の件か。あれは前にも言ったが、オレからすればもう終わっている話だ。
もはや、学年を跨いて戦う特別試験はそう多くない。前回の無人島サバイバル試験を乗り越えた段階で、あの契約ももはや用済みと言って良かった。
最初から言っているがオレは宝泉を飼うつもりはない。あくまでも4月の特別試験と、無人島で龍園を倒す役割を果たしてくれさえすればそれでよかったのだ。
「あの件は、正式にもう終わっている。お前がただ我儘を言い続けているだけだ」
「そんななぁなぁの決着、俺が望まねぇのももうわかってんだろ?」
「……だな。お前にこうして人気のない場所に呼びだされた時点で、そういう話になることは何となく察していた」
と、言うことで鬼龍院直伝のファイティングポーズを取っていく。ぶっちゃけ、構えに意味はない。
ただ、宝泉としては十分なスイッチになったようで、同じように腕を構えるとニヤリと笑みを浮かべて突っ込んできた。
「シッ!」
4月の時とは全く違う。探るような拳――あの頃はまだ自分が最強だと己惚れていた。
しかし、今は高みを知っている。現在の自分の力がどこまで通用するのか、果たして本当に通用するのか。そんな問いかけのようなものを感じる。
だが、その拳を流して頬に一撃を叩き込む。
残念ながら、この半年でお前が強くなったようにオレも錆を落とした。あの時は若干運動不足だった体の訛りも解消され、今の俺は十全に動ける。
思わずたたらを踏む宝泉だが、こちらが手を抜いていることには気づいたらしい。とはいえ、怒ることはしなかった。それだけの力の差があることもこいつは理解している。
「強ぇ……この半年、やれることは全部やってきた。なのに、あんたの影すら捕まえられねぇ」
「力の差がわからないのが分かった時点で、十分お前は強くなっている。前はその差すらわからなかっただろう?」
原作のどこかで言っていたが、仮にオレの力が100として、鈴音や龍園が5とすると天沢や八神が20~30だ。宝泉も、天沢たちと同じようなラインだろう。
仮に元が20で今が30に成長しても、100からみれば誤差だ。むしろ、オレはジム通いで100所か120くらいにまで感覚が戻っている。むしろ、差は広がったと言って良い。
「これ以上は無意味だ」
「かもな。けど、ここで諦めたら意味がねぇ! ここまでやってきた何もかもの意味がなくなる!」
そう言って、宝泉が再び仕掛けてきた。左腕の一撃を流してまた同じ反撃をする――と、それを防いで蹴りに移行してきた。
悪くない対処だが、オレもまた腕で蹴りを払っていく。そのまま一回転して回し蹴りを宝泉の胴体に入れてやった。宝泉も反応するが、回避が追い付いていない。
結果、宝泉はこちらの回し蹴りを受けて吹き飛んでいく。が、少し回避モーションが入ったおかげで大きなダメージは防げたはずだ。
「クソ、見えてんのに追いつけねぇ……」
「前は見えてすらいなかった。成長の証だな」
「うっせ! 褒めんな!」
宝泉自身、オレと戦うにはまだ時期早々だということはわかっているだろう。にも関わらずこうして戦いを強行してきたのは、偏にこいつが頑固としか言いようがない。
ぶっちゃけ、オレはもういつでも解除してやると言っているのに向こうが頷かない形だ。戦いの結果に忠実と言えば聞こえはいいが、勝った相手がこうして許しているのだからもう折れればいいのに。
と、思いながら宝泉が満足するまで付き合う。
もう手加減していても勝てるので、どちらも怪我をさせないくらいの余裕すらあった。流石に選挙に出る人間をパンダにする訳にもいかないので、そこはかなり手加減している。だが、そのおかげで宝泉も意地を張っている節はあるかもしれない。
「……駄目か」
「契約を解除したいんだろう? 満足したならするぞ。オレだっていつまでも遊んでいるほど暇じゃないんだ」
「まだだ。勝てないのはわかった……でも、このままズルズルと情けをかけられる訳にはいかねぇ」
なら、どうするというのか。
「綾小路センパイよぉ。俺に一発、本気の一撃を入れてくれ。それで全部チャラにする」
「……もう我儘は言わないのか?」
「ああ。これで最後だ」
そう言って、後ろで腕を組んで宝泉が腹を前に出す。おそらく、最初からこうするのが目的だったのだろう。そういえば、ケジメをつけるって初めに言っていたしな。
こいつがいつものように冗談交じりのパイセンではなく、センパイと呼んだのだ――それは本気の証ということだ。
「わかった。死にはしないだろうが、死ぬほど痛いぞ」
「そうでなきゃケジメの意味がねぇ。やってくれ」
では、お言葉に甘えて拳を振り抜いていく。思えば、この学校に入って全力で誰かを殴ったのはこれが初めてかもしれない。
拳は、力を入れているであろう宝泉の腹筋を貫いて衝撃が腹部から全身へと伝わり、その大きな体を吹き飛ばしていった。どうやらかなりのダメージのようで、あの宝泉が腹を抱えて呻くしか出来ずにいる。
「……大丈夫か?」
「だ、大丈夫じゃねぇ……こんなパンチくらったの、生まれて初めてだ。一撃で膝が震えてやがる……」
だろうな。それにオレの場合、本気のパンチというのは宝泉のような単純な腕力だけじゃない。
それこそ、純粋なパンチ力だけなら肉体的に恵まれたこいつの方が上だ。しかし、人間の力というのは技術で補うことが出来る。
全身の体重を無駄なく拳に集約し、相手の呼吸から筋肉の動き、力の入り方までをも見極めて衝撃通す――それだけで、これだけの破壊力が出せるのだ。
しかも、今回は的が動かない。だからこそ、普段以上に力が集中できていた。流石に戦闘をしながらだと、ここまで綺麗に全身の力を出し切るのは不可能だろう。
「満足したか?」
「んな訳ねぇだろ。自分でした約束、情けをかけられて無効にすんなんて恥だ恥」
膝を震わせたまま何とか宝泉が立ち上がる。手を出したが、無視して自力で起き上がってきた。
しかし、龍園辺りなら喜んで無効にする場面なんだが、どうも宝泉は戦いの結果というものに強い拘りを持っているらしい。
「でも、この枷を持ったまま上に行くのは無理だ。だから、どこかであんたを倒すつもりでいた」
実際、オレの中では既に契約は終わっていたが、こいつからすればオレが卒業するまでオレの駒扱いだったのだ。そんな状態で同学年はともかく、上級生を相手にするのは無理がある。
特にこの生徒会総選挙では、宝泉はただでさえ不利な立場だ。PPには限りがあるが、自慢の力を売ろうにもオレとの契約が足を引っ張る。思えば、ここでぶつかるのは必然だったのかもしれない。
「……俺の我儘に付き合わせて悪かったな」
「不器用なやつだからな、お前も」
一度言った手前、引っ込みがつかないのはわかるが、こっちがずっと譲歩していたのだ。どこかで適当に頷けばいいのに、こいつも最後まで頑固な男だった。
「センパイ……」
「どうした?」
「……あんがとよ」
それは果たして何に対しての礼なのか。
「いいさ。お前も、生徒会総選挙頑張れよ」
「ケッ、やるからには勝つに決まってるつーの!」
いつものように強気な発言だが、体がフラフラで格好がついていなかった。しかし、どこかスッキリしたのも事実なようで、足取りは少し軽くも見える。
鈴音や帆波にしてみれば、新たな強敵現る――といった感じだろうが、見ているオレからすると、盤面が荒れるのはとても楽しかった。果たして、最後に勝つのは誰だろうか?
◇◆
宝泉がケジメを付けに来た次の日。鈴音が予想通りに桐山派閥を飲み込んで勢力を拡大したというニュースが流れたのもつかの間、八神と龍園が組んだという新しい情報が流れ込んできた。
ぶっちゃけ、予測は出来ていたがこうなるともはや鈴音の派閥などどうでもいいと言わざるを得ない。先週まで、帆波と八神は若干帆波有利くらいの差だったが、龍園クラスが八神の派閥に着くとそのパワーバランスも大きく崩れる。
体育祭で八神と龍園が組んだという情報から、二人が組むパターンは想定できたが、仮にその関係がなかったとしても八神は龍園に接触を計っただろう。
同じ2年である帆波や鈴音、そして同郷の宝泉は、龍園との折り合いがあまり良くない。
その点、八神は原作と違って無人島サバイバル試験で事件を起こしていないことも有り、龍園とは比較的良好な関係を築けていた。その龍園が浮遊票を持っているとわかって、取りに行かないほど八神は馬鹿じゃない。これで一気に、状況は八神一強になりつつあった。
「クク、まさかお前の方からオレの所に来るなんてなぁ。そんなに八神に票を渡したのが痛かったか一之瀬?」
表向きは、特別試験に合わせた勉強の妨害の抗議――という名目で、昼休みに2年Dクラスにやってきた帆波とオレだったが、本当の目的が八神と龍園がどの程度繋がっているのかを確認するためというのは、もう向こうも理解しているようだった。
「そっちも気になるけど、どちらかと言えば別の目的だよ。特別試験に勝つためとはいえ、あまり他人に迷惑をかけるのは良くないよ」
「迷惑、ねぇ? こっちは声をかけているだけで、喧嘩や威嚇なんかはしてないはずだが?」
「私と龍園くんのクラスの関係は知っているはずでしょ。仲良く声を掛け合うなんて本当に可能だと思ってる?」
「クク、あまり荒事を好まないお前が仲良くするのが無理というくらいか……だが、そう思ってるのはお前らだけで、俺たちは別になんとも思っちゃいない。何なら、八神に譲るはずの票をお前に流してやったっていいんだぜ?」
この場に神崎が居たら動揺も誘えたかもしれないが、流石に帆波はその程度では揺さぶられない。
龍園がただでそんなことを提案するはずがなく、仮に票を譲って貰えるにしてもかなり高額なPPや、到底受け入れられないような貸しを作られるのは間違いなかった。
「龍園くんは、八神くんと仲が良いんだね」
「そうだな。少なくとも、お前らよりは良好な関係を築けてはいる。あいつは、お前らと違って綺麗事だけを言わないからな」
「綺麗事?」
「物事は正論だけじゃ進まない。今回の特別試験なんかもそうだ。頭の悪いやつは、馬鹿みたいに勉強するよりも相手に落ちて貰った方が利が大きい」
「妨害を正当化する言い訳を探しているようにしか見えないね」
「だとしても、手段を選べる人間ってのは魅力的に映るだろう? お前らが生徒会長になって温い運営をするより、八神が生徒会長になった方がオレとしても旨味が多いのさ」
八神の性格的に、龍園に媚びるようなことは言わないだろう。とすると、やはり南雲のように革新的な運営をちらつかせて龍園を取り込んだと考えるべきか。
勿論、それだけでなくPPも多く関係はしているだろうが、この様子を見た限りだと龍園クラスの票を八神から切り崩すのはまず無理と言ってよさそうだった。
「……龍園くんの言い分はわかった。でも、私に対しては何をするのも自由だけど、頑張る子たちの妨害はしないで欲しいな」
「妨害をしているつもりはなかったが、お前がそういうなら気を付けるように言っておく」
まぁ、言うだけで、妨害しないと確約した訳じゃない。あくまでも龍園は口約束など守るつもりはないと態度で言っていた。
しかし、帆波はそれで十分と言わんばかりに引き返していく。実際、図書室や自室と言った妨害の難しい場所では手を出せない以上、学力の向上という意味で困っている訳ではない。
これはあくまで龍園への釘差し。あまり、あからさまな手段に出るなら、去年のアルベルトの二の舞になるぞ――と、警告をしたのだ。
勿論、龍園もそれを理解しているからこそ、気を付けるという龍園らしくない言葉を返してきた。あれは、もう同じ轍を踏むつもりはないという宣誓だ。
事実、龍園クラスの生徒は、声をかけて場を荒らしはするが絶対に手を出しては来ない。また、行動時も数人行動で動いており、単独で動かないことで冤罪対策をしている。
とはいえ、特別試験に対する問題はそれで釘を刺せたとしても、八神が一大勢力になってしまったという事実は変わらなかった。
Dクラスの教室から出るなり、「どうしよう、清隆くん」と、今さっきまでの強気が嘘のように眉毛がハの字になってしまっている。
元々、クラス間の関係が悪かったのはわかっていたし、オレが帆波なら鈴音に取り込まれる前に桐山を派閥に組み込んだが、帆波としても桐山の内心を知っておりそこまでの強行には出られなかったのだろう。
そこは帆波の良い所ではあるが、こういう時には弱点になる。本当に勝ちたいのならば、やはりどこかで非情になるべき時はやってくるものだ。
原作との変化点。
・宝泉がケジメをつけにきた。
まだ勝てないのは最初からわかっていた。改めて自分と清隆の距離を測り、一撃を受けることでケジメとしている。
・帆波が龍園クラスに乗り込んだ。
様子見&釘差し。龍園は原作通りに、帆波クラスの妨害をしてきている。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
早期のジム通いの結果。原作以上にサビが落ちている。今の清隆に勝てるかもしれないのはそれこそ高円寺くらい。
・一之瀬帆波
龍園の前では上手くリーダーの顔をしていられたが、八神と龍園が組んでへにゃっている。浮遊層がほぼ消えたので、後は他の派閥から切り崩すか他の派閥と組む以外の選択肢がなくなった。
・龍園翔
生徒会総選挙には欠片も興味はないが、八神に恩を売ったことでいろいろと得をしている。
・宝泉和臣
けじめをつけた。ここからはまた清隆に噛み付く狂犬に戻る。