SIDE:堀北鈴音
無人島試験が終わってから数日後、二回目の特別試験の開始が告知された。
正直、身震いしている。綾小路くんは、先んじて二回目の試験の存在を予期していた。この学校が、一週間も遊ばせてくれるとは思えないと――そして、その予想は的中している。
とりあえず、学校から届いたメールの内容を彼に報告すると、思わず感心したようにため息を吐いてしまった。
「……一体、彼にはどこまで見えているのかしら?」
「清隆は先の先まで見ているよ。私だって、清隆がどのくらい先を見ているかわからないくらいだもん」
私の呟きを、同室の椿さんが拾う。思えば、別に喧嘩をしていた訳ではないが、こうして普通に話すのは随分久しぶりのように思えた。無人島試験でも、多少なりとも言葉は交わしたはずなのに――
「堀北さん、一応言っておくね。清隆の女になっても、特別になれたって訳じゃない。あくまで駒になる権利を得ただけ……言ってしまうと、以前のあなたは駒にすらなれなかったの」
「駒……あなたや桔梗さ――櫛田さんも?」
「そうだよ。私や桔梗ちゃん、愛里ちゃんもそうだし、茶柱先生もそうだね。まぁ、先生は割と最近入ってきた感じだから、清隆もいろいろ試しているみたいだけどね」
教師すら駒にする力が彼にはある。そして、今や私もその駒の一つ。
「後、裏切りはお勧めしないよ。清隆を裏切るってことは、私たち全員を敵に回すってことでもある。どんな目に合っても責任は持てない」
「……ええ、わかってる。裏切る気があるなら、そもそもあんな契約はしないわ。私は自分の身の程を知った。これからは、彼に従って生きていく」
そう、私が兄さんのような人間になりたいと願ったことがそもそもの間違いだったのだ。
私は私、堀北鈴音の出来ることで、彼のために動いていく。それがきっと私のためにもなるはずだ。
「依存するのはいいけど、自分を見失わないでね? 清隆は堀北さんに期待してるみたいだし、人形のようにイエスマンになるだけだと捨てられちゃうかもしれないよ」
「……彼が私に何かを期待しているとは思えないけれど、仮にそうだったとして奴隷がご主人様に反論してもいいの?」
少し前に、まだ立場を自覚せずに反抗して痛い目を見たことを思い出す。あの時は桔梗様のこともあって酷い目に合った。
「大丈夫じゃない? 清隆だって、意見が欲しいことだってあるだろうしね。あっ勿論、反抗は駄目だよ」
反論が良くて、反抗は駄目? 正直、何がどう違うのか、私には理解できなかった。
いや、理解できないで終わらせては駄目だ。椿さんはもう仲間で、私よりも優秀な人間。教えを乞うことは決して恥ずかしいことではないはず。
「何が良くて、何が駄目なのかがよくわからないわ。椿さん、出来ればいろいろ確認したいのだけれど……」
とりあえず、未熟な私に出来ることはこうして学ぶことだけ――それが何であれ、知識を吸収しないことには始まらない。今までの私はもういらないのだ。ここから、新しい私を作っていく必要がある。
――と、いうことで、椿さんに彼の駒としての心得を学びつつ、新しい特別試験は静かに始まりを告げた。
自分なりに、クラスのため、彼のためになるように頭を働かせていく。
椿さんが言った彼が私に期待してるという言葉は嘘ではなかったようで、試験が開始してから私は度々彼に呼び出しを受けるようになった。
でも、何度か会話を重ねたけど、この試験で彼が何を考えているか私にはわからない。
彼は執拗に私のグループの様子などを聞いてくるが、正直私には彼が何を気にしているのか理解が出来なかった。
けど、その意味を理解することが出来れば、私も成長することが出来るはずだ。
彼が私の体を求めるのを受け入れながらも、思考だけは止めずにいろいろな意見をぶつけていく。
途中、また桔梗様にご慈悲を頂いたおかげで、下着を履かずにディスカッションに参加するという惨事にもなったが、いつバレるか冷や冷やしてしまった。後にも先にも、ここまでの恐怖を感じたことは初めてだったかもしれない。
正直、今のままで良いのかはわからなかった。でも、綾小路くんの考え方を学ぶうちに、この試験を通じて一つ成長することが出来たような気がする。
最終的に、うちのクラスはDクラスから上に行くことは出来そうになかった。けど、代わりに、Aクラスが敵だという流れと、160万PPというクラス貯金を作る契約が出来ている。
綾小路くんが2000万を貯めたいのは、Aクラスの神室真澄さんをうちのクラスに引き入れるためだと言っていた。
正直、人柄を抜きにしても、Aクラスから戦力を引っ張れるというのは大きい。私としても、彼女を受け入れることに否はなかった。
とはいえ、2000万は遠い。こういう特別試験でまた稼ぐチャンスはあるかもしれないが、毎回毎回大きなボーナスばかりとは限らない。
改めて、綾小路くんが今回の試験で2000万PPを貯めたいといった理由が少しわかったような気がした。
◇◆
SIDE:一之瀬帆波
前々から綾小路くんが凄い実力者ではないかとは疑っていた。けど、今回の干支試験を通じて、それが間違っていないのだと私は確信を持つことが出来た。
櫛田さんの、豹変したと言ってもいいくらいのディスカッションでの様子。いつもの彼女からは考えられないくらい厳しい言葉の数々――あれらは、彼女の素というよりも、彼女にそう振舞えと指示を送られた結果。そう考えると、納得がいく。
二回目のディスカッションの後、私は綾小路くんに探りを入れに行った。
彼は隠すつもりもなく、自分が櫛田さんたちの後ろにいることを認めた――多分、薄々、私が気づいていることもわかっていたのだろう。
別に秘密を握って何かしたい訳ではなかった。ただ、本当の彼の姿を知りたかっただけ。
でも、何故知りたかったのかと言われると答えることが出来なかった。自分に隠し事をして欲しくないっていう女々しい気持ちからだったのかもしれない。
けど、隠し事があるのは私も同じだった――気が付けば、私は彼に弱みを打ち明けていた。
今回のディスカッションには何の関係もない、私の葬り去りたい過去――情事を終え、彼と二人で横になっていたら、不思議と私は自分から過去に万引きをした過ちを話していた。
何故、話したかは今でもわからない。
不思議とそんな気分になっただけだ。
でも、綾小路くんは私を慰めなかった。
代わりに、全ての人間には許される権利があると言って、背中を押してくれただけ――けど、それで十分だった。改めて、私はこの学校で頑張って行こうと向き合うことが出来た。
過去を取り消すことは出来ない。
それがどんなにつらいことでも、なかったことには出来ないのだ。それでも、その罪と向かい合って生きるか、それとも逃げ続けるか――私は向き合うことを選んだ。
厚顔無恥と言われるかもしれないけど、私にだってやり直す権利は十分にある。同じ過ちを二度としないと誓って、これからもこの学校で生きていく。彼が、その背中を押してくれた。
もしかしたら、この先もまた、この件で悩むことがまたあるかもしれない。でも、その時は、隣で眠る優しい彼の力を借りよう。仮にも彼女なのだ。彼氏を頼るのは悪いことではないだろう。
それにしても、たった少しの会話で、トラウマだった私の過去を払拭させてくれた彼は本当に凄い。まるで、心を見透かしたように、こちらの欲しい言葉を彼は私にくれた。
今まで、明確に彼への気持ちを考えたことはない。ただ、快楽に流されていただけ――けど、今日私はハッキリと彼のことが好きなんだとわかった。仮初でも、彼氏彼女の関係になれた私は、きっと幸運だったのだ。
明日のディスカッションに備えて眠らなければいけないのに、目が冴えて眠ることが出来ない。結局、私は日が昇って彼の目が覚めるまで――ずっと、その寝顔を見つめていた。
◇◆
SIDE:松下千秋
4回目のディスカッションに参加するために、牛グループの部屋に向かいながら、この数時間で自分の身に起きた出来事を振り返っていく。
正直、私は自分のことを安く売るつもりはなかったし、倫理観的にも割と常識人であるという認識だった。
しかし、気が付けば、綾小路くんにレ〇プ紛いに初めてを奪われ、挙句の果てには佐倉さんと一緒になって、自分から相手を求めるという痴態を晒している。さらに嫌なのは、そんな自分がそんなに悪くないと思っている所だ。
いやいやいや、常識で考えればおかしい。
いや、世の中にはセ〇クスフレンドという存在があることは知っているし、別にそういう関係に忌避感がある訳でもないけど、自分がそういう立場になるとは思わない訳で。
元々、私は綾小路くんとそういう関係になるつもりは欠片もなかった。そもそも、私が綾小路くんを強く認識したのは、中間テストの時の勉強会だ。
あの時、綾小路くんは私が学校で手を抜いていることにすぐ気づいた。おまけに、そのことに理解を示して秘密にしてくれている。彼が私を見つけたように、私も彼という存在を見つけたのだ。
――私はそこそこ裕福な家庭に生まれた。
優しい両親に恵まれ、何不自由なく育ててもらったし、欲しいものは何でも買ってもらう代わりに、習い事や塾の成績は上位を出している。いわば、親と子でwinwinな関係を築けていた。
能力だけでなく、容姿にも恵まれたと思っている。やがては経済力のある男性と結婚すると思っていたし、将来も国際線のCAや大手一流企業の就職だって考えていた。
問題だったのは、この学校に入学してからだ。
Aクラスで卒業するしか、希望の進学先や就職先を叶えられない。それどころか、Aクラスで卒業できなかった生徒というレッテルまで貼られる。
おまけに、Dクラスはひと月でクラスポイントの大半を吐き出して、他のクラスとは勝負にならないくらいの差を付けられた。これでやる気を出せという方が無理があるだろう。
あまり口にすべきことではないが、私は学年の中でもそこそこ優秀な方だと自負している。上位10%以内であれば、ほぼ間違いなく入れる自信があった。
それでも、Dクラスの中で手を抜いて過ごしているのは、本気を出す理由がなかったからだ。
生徒一人一人の能力はお世辞にも高くないし、特に向上心がある訳でもない。そんな中で、中途半端に力を見せれば、余計なやっかみを受けたり、面倒事に巻き込まれたりするだけでメリットがない。
それに、仮に私が本気を出していたとしても、今の状況が大きく変化する訳じゃなかった。私は優秀ではあっても、天才という訳ではない。一人頑張った所で、クラスが頑張らなければどうしようもなかった。
ただ、無人島試験を越えて、そのクラスの評価は一転する。
元々、可能性はゼロという訳ではなかった。綾小路くんに椿さん、櫛田さんに平田くん、幸村くんや王さんのように頭のいい生徒もいる。勿論、大勢が足を引っ張っている現状は変わらない。
けど、後一人でも味方がいれば、私が本気を出せば上に行ける可能性がある。そう思えるくらいに、無人島試験でDクラスはいい結果を出せていた。
そして、堀北さんが現れた。
能力が高いのは知っていたけど、あまりに協調性がなさ過ぎてクラスでも浮いていた彼女が頭角を現したことで、私と合わせてDクラスには強いカードが加わることになる。
それなら、これからの活躍次第で上に行けるんじゃないか――と、思い、綾小路くんに打診したのがついさっきのこと。
まさか、クラスの影の支配者が彼だとは思わなかったけど、それならそれでむしろ有難い。リーダーは優秀であればあるほど、私も実力が出せるというものだ。
表向きは、クラスのリーダー役をしている櫛田さんの下につくことになり、私は新しい学校生活を始めようと思った。
「はずだったんだけどねぇ」
つい、好奇心に負けて余計なことを口走ったのが運の尽き。初めてを奪われ、自分の中の常識まで塗り替えられてしまった。
「だ、大丈夫、松下さん?」
ふと、自分の過ちを後悔していると、隣を歩く佐倉さんが心配そうな顔でこちらを見てくる。
彼女も、つい先ほどまで激しいプレイをしていたとは思えないくらいの清楚ぶりだ。私の好みでサイドテールになっているが、改めて見ても滅茶苦茶可愛い。
「大丈夫大丈夫、ちょっと足に違和感があるだけ」
「ごめんね。清隆くん、ちょっと強引な所あるから……」
まぁ、それはわかる。強引じゃなきゃあんなことはしてこない。正直、綾小路くんだったからギリギリ許しているが、これが池くんや山内くんが相手だったら破滅覚悟で学校に訴え出ていた。
仮に、私から求めた録画があったとしても、わざと言わされたと言えば戦える。それをしないのは、何だかんだで綾小路くんが優しくしてくれたのと、佐倉さんがこうして謝ってきたからだ。
それに、他人の事情にずけずけと土足で踏み入った私にも悪い所がなかった訳ではない。綾小路くんもきっと、私にばれて焦ったからこういうことをしてきたんだろうし。
「でもね、松下さんが仲間になってくれて嬉しいよ」
佐倉さんが満面の笑みでそう言ってくる。本当に可愛いなぁ、この子。
でも、勘違いしてほしくないのは、私は別に綾小路くんのセフレになった訳ではない。いや、まぁ、もう一回くらいならしてみてもいいかもしれないけど。
やっぱり、私も女な訳で。そういうことにも興味はあるし、正直綾小路くんは上手だったし、自分でするより気持ちよかったし――って、あれ? もしかして、私絆されてる?
SIDE8は堀北と一之瀬と松下。
堀北は新しい自分との向き合いと成長。奴隷階級になって、初めて本当の雪と会話している。
一之瀬は、清隆の能力の確信と、過去の吐露。櫛田と似たような形で過去を解決している。あれ? 9巻は?
松下は無意識に自分の中の常識が変化している様を描いている。快楽堕ちした人間なので、基本的に常識的でもどこかが壊れている。