SIDE:椎名ひより
正直、特別試験は私にとってそこまで面白いものではありませんでした。無人島試験はそうそうにリタイアして船で本を読んでいただけ。
今、行っている干支試験も、優待者の情報が何もなければ法則の推測のしようがなく、ディスカッションでそれらしい人は見つけても確証がないので動けない。
この船に乗る前は綾小路くんと本について話せたので楽しかったのですが、今は試験中なので彼もおそらく忙しくしているはず。結局、いつものように本を読んで過ごすしかない――と、考えていた時だった。
『ABC殺人事件』
ふと、読書友達である綾小路くんからメールが届いた。題名もなく、ただクリスティの有名作であるABC殺人事件のタイトルだけが書かれている。
当然、私だってABC殺人事件くらい読んだことがあった。と、いうより、ホームズやクリスティは、推理小説の入門書のようなものなので大体の人が知っているだろう。
とはいえ、いきなりタイトルだけのメールというのは、どういう解釈をすればいいのでしょうか?
どんな返事をするのが正解だろう――と、携帯を片手に頭を悩ませていると、バンという大きな音と共に、私の部屋の扉が開かれる。
「いた。ちょっと来て、龍園が呼んでる」
いきなり同じクラスの伊吹さんに呼び出され、男子の部屋と思わしき場所へと連れて行かれました。
そこでは、同じクラスの金田くんと山田くん、石崎くんの三人と、うちのクラスを支配している龍園くんの四人がいて、テーブルの上には各グループのリストと思われるものが乗っているのが見えます。優待者探しでもしているのでしょうか?
「来たな。どうせ退屈してんだろ、ちょっと知恵貸せ」
干支試験が始まってから二日。特別試験に参加しているとはいえ、場に流されているだけの現状は、確かに暇と言えば暇です。
「優待者を探しているんですか?」
「ああ。お前のことだ、優待者は各クラスに三人ずついて、何かしらの条件で選ばれてるくらいのことは見抜いてんだろ?」
「まぁ、そのくらいなら」
「ここに、うちのクラスの優待者三人と、Bクラスの優待者三人、Dクラスの優待者三人の情報がある。これで法則を見抜け」
と言って、部屋の真ん中まで連れていかれた。どうやら、伊吹さんがいるのは、私が女子一人にならないようにという気遣いのようですが、私と伊吹さんは特別仲が良い訳でもなく、彼女もこういうことを考えるのは得意ではないみたいで特に関わろうとしません。
「それにしても、良く他のクラスの優待者の情報まで入手出来ましたね。これだけわかっていれば、法則なんてわからなくてもいいのでは?」
「それだと、Aクラスの優待者を取りこぼす。いろいろ契約があってな。どうしても、Aクラスの優待者を見つけなきゃなんねぇのさ」
と、言われても、いきなり見せられて優待者の法則がわかれば苦労はない。
「他に何かわかっていることはありますか? 流石に今見せられてもどうしようもありません」
「ヒントかどうかはわからねぇが、学校側はルール説明の時にやけにグループであることを強調してやがった。この干支になぞらえたグループが関係しているのはまず間違いない」
そう言われてみればそうでしたね。干支とグループの二つがヒントですか。
まぁ、確かに数字やアルファベットでも良い所を、わざわざ干支にしている辺り無関係とは思えませ――ん? アルファベット?
「……ABC殺人事件」
ふと、先程綾小路くんから送られてきたメールのことを思い出した。彼は基本的に無意味なことをするようなタイプではありません。もしかして、あれはただの気まぐれではなく、この試験を解決するためのヒントを、私に知らせようとしてくれたのでは――
「ABC? なんだそりゃ、知ってるか?」
龍園くんが私の呟きを聞いて首を傾げる。確かに、本を読まないうちのクラスのメンバーではわからないでしょうね。
「金田くんも、『ABC殺人事件』を知らないのですか? クリスティの名作ですけど」
「いえ、名前くらいは聞いたことがありますし、あらすじならわかりますが……流石に詳しい内容までは」
「うちは本なんて読まねぇ馬鹿ばかりだ。こういう知識はお前に頼るしかない」
龍園くんは普段力で場を支配している。私はそういうのがあまり気に入りませんが、こうして人を頼ろうと考える所はそんなに嫌いではありません。
まぁ、暇を持て余していたのは確かですし、頼られた以上はそれなりの成果を出したい所です。
「……少し、考える時間をください」
「任せる」
せかした所で、結果が早く出る訳ではない。龍園くんはそれがわかっているからこそ、任せると言いながらも、静かに自らも思考を働かせているようでした。
実際、これはクイズと同じです。頭が良くても解けるものではない。解くためには知識ではなく知恵が必要――だからこそ、うちで一番頭がいい金田くんでも優待者の法則は見抜けていない。
改めて、情報を纏めましょう。
今わかっている優待者の情報、各グループのメンバー、干支との関連性、そして綾小路くんのメールに書いてあった『ABC殺人事件』を踏まえた上で、類似点を探していく――
「……成程、そういうことですか」
思考時間は5分程度かと思いましたが、ここに来てから1時間程が過ぎていました。それだけ思考の海を泳いでいる時間が長かったようですが、おかげで優待者の法則は見えましたね。
「な、なんかわかったのか!?」
石崎くんが身を乗り出すようにそう聞いてきました。少し驚いて身を反らすと、龍園くんがすぐに石崎くんの頭を掴んで後ろに下げています。
「聞かせろ、ひより」
「『ABC殺人事件』というのは、ざっくり言ってしまうと、Aという地点でAという人物が殺され、Bという地点でBという人物が殺されるのですが、おそらくはこのアルファベット順の殺人事件こそが今回の試験の謎を解くキーとなります」
ここで出来ればこの『ABC殺人事件』という作品の素晴らしさを布教して是非ここにいる皆にも読んで頂きたいのですが、今は優待者の法則を説明するのが先なので話を続けることにしました。
「先ほど、龍園くんも言っていましたが、この試験の説明を受けた時や、学校からのメールが届いた時、『グループの一員として』と頑なに念を押されたのを覚えていますか?」
「そういえば、そんなことがあった気も……」
金田くんでもうろ覚えということは、多分皆さんもスルーしていたのでしょう。ですが、龍園くんも気にしていたこの言葉こそが、謎を解くキーの一つだったのです。
「各グループの説明を受けた時、メンバー表を見せられました。そこにはAクラスからDクラスの生徒が名前順に記載されていましたが、本当にグループとして扱うならば順番は変わってきます」
わかりやすく、龍園くんのいるグループで説明をします。龍園くんが所属している竜グループは――
Aクラスが葛城くん、西川さん、的場くん、矢野さん。
Bクラスが一之瀬さん、神崎くん、津辺さん。
Cクラスが鈴木くん、園田くん、龍園くん。
Dクラスが綾小路くん、櫛田さん、椿さん、平田くん。
――と、いうメンバーで構成されていました。
「これらがクラス毎に名前順で記載されているからこそわかりにくくなっていますが、これを竜グループとして置き換えるのであれば順番は変わってきます」
竜グループ、綾小路、一之瀬、葛城、神崎、櫛田、鈴木、園田、椿、津辺、西川、平田、的場、矢野、龍園――こういう順番ですね。
「……成程な。そういうことか」
ここまで説明すると、龍園くんはわかったような笑みを浮かべましたが、周りのメンバーがまだイマイチ把握できていないとわかると、無言で続きを促してきました。
「ここで『ABC殺人事件』です。アルファベットが重なるというわかりやすい法則ですが、これがこの試験にも関係してきます。正確にはアルファベットではありませんが――」
「そ、そうか! 干支の順番ですね、椎名氏!?」
流石にここまで来れば、金田くんもわかったようで興奮したように聞いてきます。
「そうです。干支試験というくらいですから干支は間違いなく関係しています。各グループにいる生徒を、クラスを気にせず一つにまとめ、干支の順番と名前の順番が重なる人物。その人物こそが優待者と見て間違いないでしょう」
龍園くんも、私が説明している間に、自分で他のグループの優待者を確認していたのか、「間違いなさそうだな」と、確信した笑みを浮かべていました。
「よくやった、ひより」
「いえ、別に大したことはしていません。ただ、今回は何とか答えを出せましたが、もし次の機会があるなら最初から声をかけてください。いきなり呼ばれても困ります」
「クク、良いのかよ? お前は確か俺の方針が気に入ってなかったと思ってたけどな」
「そうですね。正直、今もクラス間の争いには興味ありません。しかし、暇つぶしに頑張っているクラスを手伝うくらいのことはするつもりです。あなたと私の方針が一致しているなら、手を貸すこともあるかもしれませんね」
まぁ、基本的に私と龍園くんはあまり方針が合わないので、次に協力する機会があるかは不明ですが。
「ハッ、そうかよ。まぁ、今回助かったのは事実だ。礼は言っておくぜ」
「構いませんよ。暇つぶしにはなりましたし」
「暇つぶしはいいが、他の奴に余計なことは言うなよ?」
「言いませんよ。今の所はクラスを裏切るつもりもないですから」
そう言って、部屋を出ていきます。龍園くんが止めないことで、他のメンバーも私を止めるつもりはなくなったのか、ドア前で待機していた伊吹さんも退いていました。
「しかし、僅か1時間程で優待者の法則を明かしてしまうとは……」
「知識と知恵は違うってことだな、金田。お前があれだけ悩んでた法則も、ひよりには暇つぶし程度の――」
ドアを閉める直前、そんな声が聞こえましたが、喜んでもらえたのならば良しとしましょう。
それから二日が経過し、四日目のグループディスカッションが終わってからしばらくして、私の干支試験は終了しました。
◇◆
SIDE:軽井沢恵
私はまた虐められそうになっていた。4回目のディスカッションの後、Cクラスの真鍋たちが、私を呼び出して暴力を振るってきたのだ。このままでは、昔のようにまた虐められる日々に戻ってしまう――身の危険を感じた。
子供の頃から、私は苛められ続けてきた。
上履きに画鋲、机の引き出しに動物の死骸。トイレに入れば汚水をかけられ、制服には淫乱だ売女など書かれる。髪を引っ張られる、殴る蹴るは当たり前――中学の後半には、性欲処理のオ〇ホ扱いと、それこそ数えきれない苦しみを味わってきた。
だからこそ、この学校では何としてでもカースト上位に行かなければならなかった。虐められる側ではなく、虐める側に身を置ければ、私がターゲットになることはない。
そのために出来ることは何でもした。強気の姿勢を見せ、有能な男子を彼氏にし、私は新しい軽井沢恵を作り上げてきたのだ。
けど、その結果――こうして、また虐められそうになっている。今更謝ったってもう遅い。一度、私をターゲットにした真鍋たちは、きっと私を逃がさない。対抗するには、二度と手を出してこないように痛めつけるしかなかった。
だからこそ、私は平田くんにあいつらに報復するように頼み込んだ。彼氏が彼女を助けるのは当たり前のことだし、平田くんが前に出てくれさえすれば、もう真鍋たちもちょっかいを出そうとはしてこないはず――しかし、そんな私の目論見はすぐに崩れ去った。
どんなに説得しても、平田くんは首を縦に振らない。挙句の果てには、自分から彼女たちに謝るとか言い出した。平田くんが低姿勢を見せれば、あいつらは益々調子に乗るだけだ。その場では理解を示したふりをしても、隠れて私を攻撃してくる。
挙句の果てに、平田くんは私一人に肩入れすることは絶対にしないと言い切った。
もう駄目だ。こいつでは私を守ることは出来ない。急いで新しい宿主を探さないと。Aクラスの町田くん、彼なら影響力も大きいし、私を守ってくれるはず――と、考えていたが、想像以上に真鍋たちの動きは早かった。
次の日、今日はディスカッションがないということで、改めて平田くんに話し合おうと呼び出されていた。正直、話す意味などないと思ったが、可能性が1%でもあるなら賭ける意味はある。
しかし、平田くんが来る前に、真鍋たちが来てしまった。想像通りに、あいつらは私を虐めてくる。殴る、蹴る、髪を引っ張る――やりたい放題やっていった。
私は、恐怖のあまりに蹲って泣くしか出来なかった。でも、どんなに泣き叫んでも誰も助けには来てくれない。痛いのを必死に我慢するしか、私には出来なかった。
「軽井沢」
けど、気が付いたら真鍋たちはいなくなっていて、代わりに綾小路くんがそこには立っていた。聞けば、平田くんは急に先生に呼び出されて来られなくなってしまったらしい。最下層にいる私に電話も通じないということで、綾小路くんが伝言を頼まれたようだ。
「泣いているな。何かあったのか?」
私の顔を見て、綾小路くんが気にかけてくる。そうだ、この際綾小路くんでもいい。彼に、真鍋たちに報復して貰おう。
「真鍋たちよ……あいつら、変な言いがかりであたしに暴力を振るってきたの。ねぇ、綾小路くん、真鍋たちに復讐してよ。綾小路くんなら、真鍋たちなんか余裕で倒せるでしょ?」
「まぁ、確かに倒すのは簡単だが……その場合、オレが退学する可能性が出てくるし、お前もただでは済まないかもしれないぞ」
「な、なんで?」
「仕返しすれば終わり――なんて、単純な問題じゃないからさ。仮にオレが真鍋たちを殴れば、あいつらは学校に訴えてくる。そうすれば、問題は大きくなって、須藤の時のように聞き取り調査も始まるだろう。そうなれば……」
私が虐められたこともばれるかもしれない、ってことか。
「じゃあ、泣き寝入りするしかないってこと? でも、またあいつら、あたしにいろいろやってくるに決まってる……」
「まぁ、また昔みたいになったら大変だからな。どうにかしたい気持ちはわかる」
えっ? 昔、みたい?
「は? な、なによそれ、どういう意味……?」
「どうもこうも、そのままの意味だ。せっかく閉鎖的な学校に逃げ込んで、クラスで覇権を握る地位まで手に入れても、結局虐められっ子の本質は変わらなかったってことだ」
「だ、誰が虐められっ子だって!?」
「お前だよ。今、真鍋たちに虐められて泣いていたんだろう。様子を見れば一発でわかる」
わかる? 一体、何がわかるっていうのよ!?
「わかるさ。お前は昔から虐められていた。小学校も中学校も虐められ続けてきた。だから、高校では虐められないようにと、平田というクラスカーストの高い生徒の彼女になることで立場を手に入れた」
「ッ!」
「だが、それは失敗だった。和を重んじる平田は、一人の人間に固執しない。今回のような事態になれば、あいつはただの役立たずだった。寄生相手としては不十分ということだな」
全部、バレている。私の過去も、思惑も、全て――何で? 平田くんが話した? いや、もう誰が話したかは関係ない。
「そう、お前が気にするのは今の自分の状況だ。今目の前にいるオレは、お前の過去も、平田との偽りの関係も、真鍋たちとの諍いも、全て知っている――つまり、いつでも暴露することが出来ると言うことだ」
まるで、私の考えを見透かしたようにそう綾小路は口にした。そう、今の私はこいつに心臓を鷲掴みにされている。いつでも殺すことが出来る状態だ。
「な、なによ! あたしに何をしたいのよ!? 体でも要求したい訳!?」
「よくわかってるじゃないか」
綾小路の指先が、太ももに触れる。軽くなぞっただけで、背筋に電撃でも走ったかのような衝撃が襲ってきた。
「逃げるな。次に逃げたら、今すぐお前の全てを学校中に言いふらして回る」
しかし、そう言われれば、私にはもう出来ることなどなかった。されるがままに綾小路の好きにさせるしかない。「股を開け」と言われればそうするしかなかった。また、私は同じことを繰り返す――
――だけど、不思議だった。
中学の時はただ痛いだけだった行為が、今は痺れるようなくすぐったいようなむず痒い感覚が襲ってくる。首筋にキスされているだけなのに、言葉に出来ないような刺激が襲ってきた。
「そうそう。お前に言い忘れていたことがあった」
「っ、言い忘れてたこと……?」
「これからお前を頂くわけだが、勿論代金は払う。これから先、お前はオレが守ってやる。平田や町田よりも確実にな。手始めに、真鍋たちも、もう二度とお前に関わらなくなるようにさせてやろう」
そう言って、綾小路は携帯を取り出すと、真鍋たちが私に暴行していた現場を撮影した映像を見せてきた。
「この映像の一部を画像にして送れば、もう関わろうとはしてこないだろう。他にも何かあれば助けてやる。代わりに、今日からお前はオレの奴隷だ」
「……奴隷」
「勿論、手荒く扱いはしない。お前がオレに従順ならば、お前の平穏は守られる。今も、昔のような暴力的な扱いはしていないだろう? 気持ちよくしてやるさ……」
そして、私は綾小路のものになった。
最初は不快感があったが、すぐにそんなものは快感に変えさせられた。気が付けば、私は自分から綾小路を求めている。ああ、そうか――こいつが私を助けてくれるんだと、感覚で理解した。
難しいことはわからない。
ただ、わかったことは、私はこいつに捨てられたら終わりということと、自分は意外と淫乱な性格をしていたんだということだけ。
でも、平田くんの時のように浅く広くではなく、これだけ深く密接に関わればわかるものもある。こいつは言葉だけではなく、私を絶対に見捨てない。これからはこいつが守ってくれる――私は真に、私を支配すべきご主人様を見つけた。
SIDE9は椎名と軽井沢。
椎名はCクラスが優待者の法則に気づいた件。独自解釈だが、椎名の手助けなしで気づけたとは思えないので、こういう描写になっている。また、ペーパーシャッフルで初めて椎名が出てきた時の龍園の信頼感からみても、ここで手柄を立てていれば辻褄が合うのではないかと推測。
軽井沢については、奴隷になるまでの一部始終。ある意味蛇足。