体育祭と並行して、生徒会総選挙に向けた活動を行っていく。まず最初にやったことは、南雲副会長の悪評を学校中に流すことだった。
やれ女癖が良くない、やれ独裁的で生徒を当然のように切り捨てる――と、あることないこと噂にして、南雲副会長の評判を落とさせるように指示を出した。
この学校の選挙は、各生徒が立候補者に票を入れ、票数の多かった方が勝ちというオーソドックスな選挙だ。
だからこそ、こういう地味な活動で票が割れることもある。特に女子にしてみれば、女の敵とも言える南雲と、学校のために頑張っている下級生なら、雪を選びたくなるだろう。そう思わせるのが目的の一つ――だが、この手の情報戦が通用するのは普通の学校の生徒会選挙だ。
この程度で南雲は動かない。動く必要がない。
仮にどんな悪評が流れたとしても、南雲は自分の勝ちを確信している。こちらの工作など、1年の悪あがきくらいにしか思っていないだろう。
――しかし、その理由もわかる。
相手はまだ入学してから半年で、ろくに基盤も出来ていない1年。対する南雲は既に2年の支配者――その差が、奴に慢心と言う名の余裕を与えている。
実際、真っ向勝負で雪が南雲に勝てる確率は0だ。学力や身体能力であれば渡り合えても、この1年という時間はどうしようもない。人望や資金には大きな開きがあり、こちらはまだ学校のことを理解し始めた段階。大人と子供が殴り合いをしているようなものだ。
だが、だからこそ南雲は本気では来ない。子供相手に全力で喧嘩する大人が居ないのと同じで、彼にとってこの総選挙は雪のあがきを楽しむゲームでしかないのだ。
故に、次の手も読みやすい。
南雲は、次に3年の票を獲得しに行く。奴は慢心していても雪を舐めてはいない。この半年の付き合いでお互いの性格や能力も大体知れた。雪が1年の票を集めるであろうことも理解しているだろう。
ならば、下手に1年にちょっかいを出すよりも、1年間それなりに付き合いのある3年の方が楽に票が手に入ると考える――と、南雲の思考をトレースしていると、ようやく待ち人がやって来たようだった。
「クク、おい桔梗……俺をデートに誘うにしても、余計な奴らが多すぎるんじゃねぇか」
現在18時、オレは龍園にとある提案をするために、雪と桔梗を連れてケヤキモールにあるカラオケ店にやってきていた。まぁ、正確には約束は17時だったのだが、この男が時間通りに来るはずもなく、その間に生徒会総選挙についての策を二人に話している。
「ごめんね、龍園くん。でも、今回話があるのは私だけじゃないんだ」
「私もちょっとお願いがあるんだよね」
桔梗が謝りながらそう雪に視線を飛ばす。雪も笑顔で手を合わせてお願いをしていた。
「で、相変わらずお前も一緒か。猿野郎」
「まぁ、オレのことは気にするな。必要ないなら話には入らない」
龍園としては桔梗が黒幕ではないことの確証を得るために、呼び出しに応じたと考えていい。そこに、黒幕候補のオレと雪がいるという状況は向こうにとっても悪くないだろう。まぁ、今はもう黒幕というほど姿を隠したい訳ではないのだが――
「で、俺に……いや、Cクラスに何の用だ?」
「うーん……どう話せばいいのかな。少し複雑なんだけど、龍園くんはまだ私たちと協力してAクラスを落とすつもりはある? 正確には龍園くんというより、白組っていうべきなんだけど、Bクラスからはもう返事貰ってるから」
一之瀬からは返事を貰っていると聞いて、龍園が少し反応した。聞いていないのだろう。まぁ、返事を貰っているというのはブラフなので当然だ。
「クク、前回の流れを捨てるのは惜しい。3クラスでAを狙うのは悪い提案じゃねぇな」
「ならさ。私側のお願いなんだけど、Aクラスの参加表を渡すから、Dクラスを……っていうか、私を狙う作戦は止めにしてくれないかな?」
そう言いながら携帯を操作して、桔梗が真鍋から送られてきた音声データを龍園に聞かせていく。
『いいか、お前。Dクラスの櫛田桔梗を潰すためにどうすればいいか。その策を授けてやる。木下、障害物走でお前は桔梗と走って接触しろ。何でもいいから転倒するんだ。後は、俺が怪我を負わせてあいつから金をぶんどってやる――』
ピッと、音声を止めた。
「ダメだよ、龍園くん。こんな話を教室でしたら、どこに耳があるかわからないんだから」
「いや、この話をする時、オレは聞き耳を警戒して見張りを立てていた。つまり、オレのクラスに裏切り者がいないと、こんな音声は取れないってことだ」
まぁ、その程度のブラフが龍園に通じるはずがない。これで、真鍋は炙り出されてしまうだろう。だからといって、特に問題がある訳じゃないがな。
「まさか、俺の支配するクラスに裏切り者を作るとはな……だが、これで桔梗は黒幕――いや、Xの候補からは完全に外れた」
「黒幕? X?」
「お前に指示を送っている奴を、俺がそう呼んでるだけだ」
「なんのこと?」
「悪いが、惚けても無意味だ。元々、お前はXの人物像から外れていたが、今回のスパイでハッキリした。お前はXじゃない。あの干支試験の立ち回りも、Xに指示されて動いたんだろう?」
スパイを作るということは、相手の恨みを買うということだ。勿論、仲良くなって情報を聞き出した可能性もゼロではないだろうが、基本的に龍園に支配されているクラスから善意で裏切る生徒などいない。必然的に、脅して情報を引き出したということになる。
だが、学校中の全ての人間と仲良くしたいという桔梗のキャラにとって、相手から恨みを買う行為はご法度だ。これが特別試験なら、あくまで試験だから――という言い訳も効くが、そうでない今桔梗が表立って裏切り者を使うのはどう考えても違和感しかない。
「んー……隠しても無駄っぽいね」
龍園の確信を持った笑みを見て、桔梗も惚けるのは無理があると悟ったようで、降参と言わんばかりに両手を上げた。
「俺の予想では、Xはもっと俺に近しい狡猾な人間だ。怪しいのは雪か、そこの猿野郎……」
どうやら、オレもしっかり候補に入っているらしい。やはり、船上試験でセフレたちと一緒に居たのが問題だったか。
まぁ、だとしても、龍園に遠慮して女を食べない可能性など有り得なかったが。
「ねぇ、清隆。もうバレてるみたいだしいいんじゃない? どうせ、一之瀬さんも知ってるんだし、隠す理由も特にないんでしょ?」
と、雪が耳打ちしてくる。確かに、ここまで正体が割れている以上、原作のオレと違って、オレがXだとバレてはいけない理由はもうなかった。
雪も、仮にオレがDクラスの支配者だとバレたとしても、龍園程度に負けるはずがないと確信しているからこそ、こうしてオレに提案をしてきたのだろう。よく考えてみれば、このまま正体を隠して、原作のように本格的に嗅ぎ回られる方が面倒だし、先に正体をバラしてしまった方が良さそうではある――
「そうだな。ここからはオレが話そう」
そう言うと、雪と桔梗が素直に下がった。それを見て、龍園が疑惑の目を向けてくる。
「綾小路……お前がXか?」
「そのXってのが、堀北や桔梗に指示を出していた人間だというならオレだな。ちなみに、あの音声データも、オレが真鍋から手に入れたものだ。まぁ、真鍋は相手がオレだとは知らないがな」
と、正体を明かすと、龍園は意外そうな表情を浮かべた。Xが正体を明かしてくるとは考えていなかったのだろう。
そのまま黙って互いににらみ合っていると、気まぐれに龍園がこちらに殴りかかってきた。雪や桔梗が驚く様子を見せるが、こちらも特に気にした様子もなくその拳を掴む。
「……成程、少なくとも暴力は一級品ってことか」
力任せに拳を握りしめてやると、負け惜しみのようなセリフを吐いて腕を引っ込めた。オレの握力は骨も簡単に折れる。
「信じられないなら、伊吹に確認してみろ。無人島試験であいつにキーカードを渡したのはオレだし、あいつはオレがXだと知っている。今までは黙っていたようだが、オレが許可したと言えば話すはずだ」
「……解せねぇな。やろうと思えば、まだ隠れることは出来たはずだ。それにあの音声データも、実際に事が起きてから証拠として使った方がメリットが多い。オレの中のXの人物像と一致しない」
「まず、オレは別に隠れていたつもりはない。桔梗をクラスのリーダーにしているのは、その方がクラスを纏めやすいからだし、意見を他クラスに伝えやすいからってだけだ」
そして、ここからが本番。
「次に、お前に取引があるからこそ、この音声データの存在を先に伝えた」
「取引? Aクラスを狙えってやつか……」
「それもあるが、雪の方でもう一つ頼みがある。こいつが生徒会総選挙に出るのは知っているか?」
「選挙? そういえば、今年は一年からも出るっていうのは耳にしたことがあるが……いや、そういうことか」
龍園も、雪が生徒会総選挙に出ると聞いて、すぐにオレの狙いに気付いたらしい。
そう、出来れば体育祭が終わるまでの間に、一年の票は纏めておきたかった。南雲が一年にちょっかいを出してくる可能性は低いが、万が一龍園と接触した場合、雪の勝率がガクッと下がってしまう。故に、早い段階で契約を結んでおきたかった。
「欲しいのは、Cクラスの票か……」
「ああ、代わりにAクラスついでに、Dクラスの参加表もくれてやる。どうせ、Bは手に入れる当てがあるんだろう? 外クラスの参加表が手に入れば体育祭で学年1位を狙うのは難しくない。代わりに、選挙での票の確約と、桔梗へのちょっかいを止めてくれ」
「成程、どうせ参加表を渡してしまうのであれば、先にこちらの動きを潰した方が得が多い。音声データを先に聞かせたのはこのためか」
こちらから参加表を渡すのなら、桔梗がハメられるのを待つよりも、動きそのものを潰してしまった方が良い。
しかし龍園も、こちらが何も話さずにクラスを売る行為をすれば、警戒してオレの提案を飲まない可能性がある。だからこそ、先に音声データを出して、そっちの策は知っているから無駄なことは止めてもっとメリットのあることをしろと伝えたのだ。
何より、こちらが体育祭よりも生徒会総選挙に力を注いでいるとわかれば、龍園も提案を無下にはしてこないだろう。
「仮に、Cクラスの票を手に入れたとして、AとBはどうするつもりだ?」
「Bは既に一之瀬を経由して票の操作は済んでいる。あいつを生徒会に入れたのはオレだからな。一之瀬は雪の味方だ。Aは、一応説得する当てがある」
「つまり、後は俺次第ってことか。対抗馬は現副会長のチャラい奴だったか……」
雪と南雲、どちらに売った方がメリットがあるか考えているのか。黙って思考を働かせている。
もし、仮に南雲に売りつけるとすれば、おそらく向こうはPPによる買収をしてくるだろう。これは龍園だけでなく、オレの予想では一票10万PP程で南雲は票を自分に入れるように上級生とも契約を結んでくるはずだ。
仮に40人いれば1クラス400万PP、それを4クラス――いや、Aクラスは堀北の兄がいるので除外するとしても、3クラスで約1200万PP。龍園のクラスも含めれば1600万PPと膨大な金額だが、2年を支配している南雲なら決して不可能な数字じゃない。
そうしてしまえば、もう南雲の勝ちは確定だ。
学年の2/3が味方に回れば、雪に勝ち目はない。今、南雲が動かない理由はこれだ。仮に、どんなに悪評が流れようと、金――PPで契約してしまえば関係ないということだろう。
「オレの正体と、AとDの参加表だけじゃ足りないか?」
「足りないな。参加表だけじゃ、体育祭の勝利は確約されねぇ。桔梗への手出しはともかくとして、票をくれてやるには安すぎる。あの副会長なら、そこそこ高く買ってくれるだろうしな」
まぁ、そう言ってくるであろうことは読んでいた。
「なら、一票5000PPでどうだ? 40人で20万PP。オレのPPで出せるギリギリの金額がこれだ」
「一票50000なら考えてやるよ。合わせて200万だ。船上試験のPPを合わせりゃ不可能な金額じゃないだろう?」
「残念ながら、船上試験のPPは回収できてない。Dクラスは、まだクラスとして完全に纏っていないんだ。オレに出せるのは、オレ自身が手に入れたPPの貯蓄だけだ」
「なら、一票10000PP、合わせて40万だ。これなら、雪や桔梗と力を合わせりゃ不可能な額じゃないだろう?」
元々、こちらが狙っていた妥協点――龍園も、オレたちが200万も出せるとは考えてはいなかっただろう。落とし所として10000PPは妥当な所だ。南雲ならその10倍を出してくれるかもしれないが、こちらはその代わりに体育祭で使うAとDの参加表もある。
「今回はXがお前だとわかった記念に値段を負けてやるよ」
「……わかった。40万PPでいい。雪、桔梗、悪いんだがポイントを貸してくれ」
と、言いながら、逆にオレの手持ちが40万になるようにPPを雪と桔梗に移していく。オレが数百万単位でPPを持っていることは、龍園には知られたくないからな。
次に、契約書を書いていく。
無人島試験や干支試験同様に、裏切った場合の罰則を重くすることで、龍園の裏切りを阻止するのが狙いだ。事前に用意しておいた紙に、契約の内容を記入する。
――契約。
・綾小路清隆は40万PPと1年A、Dクラスの体育祭の参加票を、参加表提出の締め切り前日までに龍園翔へ渡し、龍園翔は生徒会総選挙でCクラス内全ての票を椿雪にのみ投票する。
・体育祭の間、CクラスとDクラスは、互いに意図的な攻撃を仕掛けてはならない。破った場合、相手に2000万PPを渡す。足りない場合は手持ちのポイントを全て渡した後PPを入手する毎に全額渡して届くまで補填する。
・参加票の内容が間違っていた場合、契約を無効とする。
・この契約は、この場の人間のみの秘密とし、他者に話してはならない。
・お互いの同意なく契約を破った場合、相手に2000万PPを渡す。足りない場合は手持ちのポイントを全て渡した後PPを入手する毎に全額渡して届くまで補填する。
票の確約と攻撃不可――とはいえ、龍園の事だ。偶然を装って仕掛けてくるか、逆に挑発してこちらに手を出させるくらいのことはしてくるだろう。しかし、わかっていれば警戒は容易い。
「いい買い物をしたな、綾小路」
「ああ。お前なら、もう少しふっかけてくるかと思ったが……?」
「お前が真にXなら、俺のクラスの票が手に入らなくても勝つ算段はつけてるんだろ? 副会長サマがこっちの望むモンを出すかもわからねぇしな。程々で妥協した方が得なのさ」
確かに、南雲も三年の票だけで十分と考えて、龍園の票を安く買い叩くことはあり得た。
そもそも、龍園の側から票を売ると提案するということは、南雲に足元を見られるのと同義。しかし、だからと言って南雲から龍園に接触してくる保証はない。最終的には40万PPと体育祭の参加表、そしてオレの正体がわかっただけでも十分に得だと考えたのだろう。
実際、龍園の票が手に入らなかった時のカバー策も考えてはあったが、その分リスクが大きいので、こいつが素直に案を受け入れてくれて少しホッとしている。
「んじゃ、体育祭楽しみにしてるぜ」
「ああ、正々堂々戦おう」
「ケッ、参加表渡して正々堂々とはな」
「運動能力は一月もあれば伸びる。参加表を手に入れた程度でうちを侮ると痛い目を見るぞ」
オレは体育祭までに、クラスメイトたちに時限式の加速装置を組み込むつもりでいる。冗談ではなく、真面目にそこそこ効力が出るものだ。
特に、運動能力の低いものほど恩恵を感じられるだろう。参加表を渡したというハンデを考えても、そこそこ通用するとオレは見ている。龍園は鼻で笑って帰ったが、今回オレは、真剣に小細工なしの実力勝負を仕掛けに行くつもりだった。
原作との変化点。
・生徒会総選挙のために裏で動き出した。
とりあえずは龍園と取引をしている。その際に、正体をバラしたが、むしろここでばらした方が後々のリスクがなくなると判断した。
・票と引き換えに40万PPとAとDの参加票を渡す契約をした。
計算通り。ついでに、原作の策を潰しておいた。次善の策として、龍園はBクラスと共同戦線を張るふりをしながら、全てのクラスの参加票を手に入れて体育祭で勝利することを選んでいる。
・南雲は現段階で動いていない。
独自解釈だが、性格的にも慌てて動くタイプではない。最終的にはPPを使ったパワープレイで全てを解決するつもりでいる。
・体育祭は真っ向勝負を仕掛けるつもり。
特に罠にハメるつもりはなく、多少の小細工はしつつも基本は実力勝負。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
自分がXだとばらした。原作のようにストーキングされるより、ここでばらしてしまった方がマシだと判断。真鍋たちはこれで制裁されるので、後々ちょっかいを出すつもりでいる。
・椿雪
ぶっちゃけ、生徒会長など微塵も興味はないが、清隆のためにそれらしく振舞っている。
・櫛田桔梗
今回のターゲットになったので、事前に救済した。しかし、そのせいでXではないとバレた。
・龍園翔
自分に有利な契約を結んだ上、Xの正体を知れて満足。また、船上試験の一之瀬や堀北、今現在の雪や櫛田の様子からXは清隆で間違いないと確信する。試しにちょっかいを出したら、拳を潰されるかと思うくらいに痛い目を見た。地味に、契約するまでずっとポケットに手を入れて我慢している。