三年女子の綱引きが終わると、次は障害物競走に移っていく。ぶっちゃけ、100メートル走やハードル競争と違って、いくつもの関門がある障害物競走はDクラスの鬼門とも言える競技だ。練習でも、あまりいい結果は出ていない。
ここまで最下位が出ていないのがDクラスの自信の一つではあったが、ここでは何人か最下位が出てきてもおかしくはないと思っていた。
勿論、何もしなかった訳ではない。障害物競走は、平均台、短距離ダッシュ、網くぐり、頭陀袋、短距離ダッシュの五つで構成されているが、出来得る限りのコツは伝えている。
まず、平均台のコツは足元を見ないことだ。真下を見てしまうと、重心が安定せずにぐらつく。3メートルほど先を見ると、上手くバランスが取れるので、最初は白線の上を歩くトレーニングでバランス感覚を掴ませている。
短距離ダッシュは、今までやってきた100メートルの応用なので問題はないだろう。
次の網くぐりだが、網をくぐる際は頭を低くして、腰を上げて動くのがコツだ。腰で網を持ち上げて隙間を作る。手で何とかしようとするよりも、網自体を持ち上げて隙間を作った方が動きやすい。腕はあくまで補助の役割だ。
とはいえ、これにはコツが居る。もし順位が下ならば、先に網に入ったやつの後を追った方が楽に進めるから、それで差を詰めやすくなるかもしれない。特にうちのクラスは他に比べて遅れがちになるだろうし、相手の力を利用するのも大切なことだ。
最後の頭陀袋は、麻袋を履いてピョンピョン跳ぶのだが、ここで大事になるのは屈伸運動だった。麻袋を、ズボンを履くように履いた後、うさぎ跳びの要領で、大きく前に向かって飛ぶことで飛距離を稼げる。
また、麻袋を持つ時は、横ではなく前を持つこと。前を持った方が麻袋を踏みにくくなり、麻袋に足を取られる可能性が少なくなる。とはいえ、これらの種目はかなり足腰を使う。ひと月の練習の中でも、結果が出にくいタイプの競技なことに変わりはない。
「うおー! 速すぎんだろ、綾小路ぃ!!」
と、いう訳で、1組目だったオレが、説明がてら1位を取った。同じ組だった池は頑張って後を付いて来ようとしたみたいだが、5位となっている。
「平均台で出遅れたのがマイナスだったな。あそこでオレに続ければ入賞もあった」
「クッソー、バランス感覚かぁ!」
今回の障害物走は、再び奇数に強いメンバーを置いているので、Cクラスは雑魚を宛がっていた。オレの相棒だった池にもワンチャンスはあったのだが、A、Bクラスに後れを取っている。
次の2組目は6位、7位と、かなり低い順位だった。その次の3組目は三宅が2位で、山内が7位だ。4組目は、高円寺が不在で南(伯夫)が5位。5組目は牧田が4位で、幸村が5位と、やはり今までで一番振るわない。
6組目は南(節也)が5位と伊集院が7位。7組目は須藤が1位で、博士が6位だった。正直、博士は最下位を見ていたから、この結果にはビックリだ。
須藤も、独走を決めていたので、特に狙われるようなことはなかった。個人競技で対須藤を捨てていることを考えれば、後考えられるのは騎馬戦だろう。
8組目は鬼塚と菊池が4位、6位。9組目は平田が2位で、沖谷が6位。最後の10組目は本堂が宮本6位、7位と、最下位は避けたが、今までで一番微妙な結果を出していた。
「まじぃな。また、CとBに差がついちまった……」
今回の結果で、せっかく団体競技で近づいたBクラスとも再び差が付いている。もし、Aクラスが揉めていなかったらうちが最下位だったかもしれない。
順位は変わらずBが2位、さらに離れてCが1位だ。龍園が参加表を使って個人種目で稼いでいるので、やはり差は広がっている。しかし、推薦競技で詰めれば、まだ追い抜ける可能性は十分に残っていた。
「まだ半分残っているし、十分逆転の余地はある。お前が気落ちしていると士気に関わるから、嘘でも笑顔を浮かべろ」
「お、おう! よっしゃあ! まだまだこれからだ! 女子頼むぜ、男子の分も頑張ってくれー!!」
クラスでも実力のある須藤のテンションは、クラスのテンションに直結する。負けていて悔しいのはわかるが、それを表に出すのはよろしくない。
須藤の応援を耳に、女子の障害物競走が始まるのを見守っていく。前回のハードル走同様に今回は堀北が1組目に配属されていた。相方は変わって井の頭だが、原作通りに行けば矢島、木下と同じペアで、堀北は木下に巻き込まれて、後の競技に影響が出る怪我をする。
「……さっきも見た展開だな」
「また矢島さん、木下さんと同じ組みたいだね」
須藤も直感的に何かきな臭さを感じているのか、嫌そうな顔をしていた。平田はほぼ確信しているのか、やっぱりと言いたげな顔をしている。
原作でも言われていたが、堀北は運動能力において高いポテンシャルを持っていても、まだ器用貧乏というべきレベルであり、特化した人間にはそう簡単に勝てない。先程のハードル走同様、この障害物競走でもそれは顕著に表れていた。
スタートと同時にCクラスの木下と矢島がワンツーで後続を引き離していく。しかし、バランス感覚では堀北が優れていたのか、3番手ではあるものの、すぐ後ろに付けている。
ここまでは原作通りだ。
短距離ダッシュで木下と矢島の順位が入れ替わり、続く網を抜ける頃には堀北が木下を抜いて2位に躍り出た。そのまま麻袋を足に飛びながら、互いにデットヒートを繰り広げていく。さて、ここからどうなるか――
堀北が麻袋を脱ぎ捨てて、最後の短距離を全力で駆けだすと同時に、木下も背後から猛追していく。特に名前を呼ばれていないのか、堀北は前しか見ていない。しかし、ギリギリで差し切られ、木下に2位を奪われていた。
原作では、ここで共倒れして、堀北は怪我をするのだが、流石の龍園もこちらがラフプレーを警戒して、ビデオカメラで撮影までしていれば、大きな動きはしてこないか。木下が堀北を下して結果を出すだけでも、こちらには十分な痛手を与えられるしな。
堀北が3位になると、その後にBクラスが4位、井の頭は5位になっている。2組目は東が6位、石倉が7位とやはり結果は振るわなかった。
続く3組目は小野寺が2位で、佐倉が6位。4組目は軽井沢と市橋が5位、6位。5組目は雪、菊池ペアが1位と4位を取り盛り返したが、6組目の長谷部、西村ペアは6位、7位と沈んでいる。
7組目は櫛田が3位で、篠原が5位と意外な結果を出していた。8組目は王と園田が5位、6位。9組目は松下が2位で、佐藤が6位。10組目は前園と森が4位、7位と、残念ながら雪以外1位を取ることは出来ていない。
須藤もこの結果には頭を悩ませているが、自分が落ち込んではいけないとわかっているからか、空元気で「こういうこともあるぜ! オレが推薦競技で取り戻すから心配すんな」とクラスメイトたちを励ましていた。
原作では、龍園の罠で騎馬戦が終わると離脱してしまうが、この調子なら最後までDクラスを引っ張って行ってくれそうだな。
◇◆
体育祭のプログラムも半分を越えた。今から始まるのは二人三脚だ。本来、二人三脚は実力が近しいものか、身長が近いもの同士が組んだ方がいいのだが、オレと須藤に限っては誰と組んでも一位が取れるから、じゃんけんで相方を決めた。
結果、オレは幸村と、須藤は池とパートナーとなっている。じゃんけんで負けた山内は伊集院と組むことになって文句を言っていた。池と違って、山内は入賞を逃し続けているからな。
今回も奇数で強者を固めており、うちは1番手が須藤、池。3番手が平田、三宅。5番手がオレ、幸村。7番手が牧田、鬼塚と、並べてある。9番目に高円寺の名前があるが不参加なので、必然的に高円寺の相方は不参加になってしまった。すまないとは思っているが、これは高円寺のせいなのでどうにもできない。
「よっしゃあ! いくぜ、寛治!!」
「うおわあああぁぁぁっ!!」
二人三脚は二人一組の都合上、一つのレースで4組しか走らず、自ずと結果も1位から4位までしかなかった。
当然、1位を狙っている須藤は、原作通りに池を持ち上げて運ぶという荒業で1位を取っている。二人三脚は、他の競技と比べても2名でゴールをする都合上、着順が非常に重要な競技となっていた。ここで、今までの負け分を取り返していこう。
練習でも、二人三脚はかなり力を入れて練習してきた。その甲斐あって、2番手の外村、宮本というオタクコンビでもそこそこ走ることが出来ている。いや、正確にはDクラス以外の息が合っていないというべきだろうか。
派閥で揉めているAクラスと、個人の我が強いCクラスは、こういう息を合わせるような協力競技では致命的なマイナスとなる。その上で、重点的に二人三脚を練習してきたうちのクラスが相手となれば、高順位は必須。普通に走ればまず勝てない相手でも、2位でゴールできていた。
「状況が状況だけに、須藤くんは凄く頼もしいね」
「確かに頼もしい。けど、勝つためのピースとしては須藤だけじゃ足りない」
「そうだね。僕たちも続こう」
平田と三宅がそう言いながら結果を残していく。他にめぼしいメンバーもいないということで、無事に1位を搔っ攫っていた。続く山内と伊集院は3位だったが、やはり能力次第では上位を取れないこともある。
「済まない、綾小路。迷惑をかける」
「大丈夫だ。これまでやってきたことを出せば、オレたちに勝てる相手はいない」
二人三脚はパートナーとの息が合えば合うほど早くなる競技だ。オレならば幸村が全力で走っても合わせられる。須藤のような相手でもいない限りは負けることはなかった。
スタート同時に、オレが声をかけ、幸村がそれに合わせて必死に足を動かしていく。
スタートダッシュが良かったからか1位で、少し後ろにCクラス、そこから僅差でBクラス、Aクラスと続いていた。見た感じ、相手ももう一杯一杯のようで、ここからスピード上げて完全に置き去りにしよう。
掛け声のリズムを少しずつ上げていく。幸村が付いて来られるギリギリを見極め、そのスピードを維持。結果、トップで二人三脚を制覇した。
「はっ、はっ、はっ、流石だな、綾小路。正直、一位を取れて有難い」
肩で息をしながら、幸村がそう感謝してくる。
自分でも信じられないという表情をしていた。
「お前の頑張りがなければ無理だった。ひと月の成果だな」
そう返す。実際、幸村はここから最下位を連打したとしてもワースト10入りはしないはずだ。うちのクラスだと外村、山内辺りが怪しいが、まぁ山内なら別にいいだろう。
続く6番手は2位。7番手の牧田、鬼塚が1位。8、10が2位連打と、不参加の高円寺と山内のペア以外は1位と2位しか取っていなかった。こうみると、山内の足手纏いっぷりはかなり目立つな。
ここから女子になるが、女子は1番手が雪、堀北ペア。2番手が石倉、園田ペア。3番手が小野寺、松下ペア。4番手が西村、菊池ペア。5番手が櫛田、前園ペア。6番手が長谷部、王ペア。7番手が軽井沢、東ペア。8番手が佐藤、篠原ペア。9番手が市橋、森ペア。最後が佐倉、井の頭ペアとなっており、ここでも高得点を期待したい所だ。
まずは1組目がスタンバイした。雪、堀北と同じ組にはAクラスの神室、Bクラスは一之瀬、Cクラスには椎名がいて、半数はセフレという見覚えのある状況になっている。
いざ、スタートが始まると、雪と堀北と共にトップを独走していた。結果、何も起こることはなく、Dクラスが1位。Aクラスが2位。Bクラスが3位。当然、運動が苦手な椎名が活躍するはずもなく、Cクラスは4位だった。
「っしゃ! いい調子だな!」
男子の勢いに続いているのか、女子も成績がいい。2番手の石倉、園田ペアは3位と失速したが、3番手の小野寺、松下ペアは1位を取り、4番手の西村、菊池ペアも2位。5番手の櫛田、前園ペアも手堅く2位を取って、男子の勢いに続いていた。
6番手の長谷部、王ペアが3位と一つ落としたが、ここにはそこそこ早い伊吹がいたので仕方ない。7番手の軽井沢、東ペアと8番手の佐藤、篠原ペアが2位と盛り返し、9番手の市橋、森ペアが差し切られて3位になると、いよいよ最後の佐倉、井の頭ペアとなる。
正直、クラスでも一番遅いコンビということもあって、殆どの生徒が期待していなかったが、途中Aクラスが転倒するミスが起こり、その巻き添えでBクラスが失速――一気に2位へと上がった。
「「「「「うおおおおおおおぉぉぉぉぉっ!!」」」」」
これにはDクラスも大盛り上がりだ。先頭のCクラスとの差は僅かで、佐倉と井の頭は徐々にスピードを上げていた。
特に仲の良い雪など、両手を挙げて応援しており、その応援に応えるかのようにギリギリで佐倉、井の頭ペアは、まさかの1位をもぎ取っていく。
まさに、男子100メートル走の1組目に続く大金星となり、これまで溜まっていた鬱憤を晴らすかのようにDクラス全員で、佐倉と井の頭を迎え入れた。井の頭など、感極まって泣いている。
「やった! やったよ、清隆くん!」
「これまでの頑張りがこの結果を呼んだんだ。全て、お前の成果だよ。おめでとう、愛里」
雪も、愛里の背中から抱き着いて「よく頑張ったよー」と大喜びしていた。愛里も感極まったのか、雪にハグして嬉し泣きしている。
正直、この二人三脚の結果はかなり大きく、学年順位的には再びCやBクラスに詰め寄ることになった。次の騎馬戦の結果次第ではBクラスを抜くのも夢ではない。
推薦競技にさえ入ってしまえば、オレと須藤で殆ど勝ち抜けるはずだ。後は推薦競技に入る前に出来るだけ差を詰めるか――逆転してしまうのが理想だが、まだ200メートル走もあるので油断は出来ない。しかし、上位入賞を期待できるくらい、今回の勝利はDクラスに勢いを与えてくれた。
◇◆
二人三脚が終了すると10分間の休憩時間となった。ここで水分補給や、トイレなどの身支度を整えたら、次はいよいよ騎馬戦だ。
ここからは男女の順番が反転し、女子から競技がスタートする。今回、Aクラスの坂柳が不参加だが、騎馬戦は1クラス4騎なので元々4人は補欠となっていた。そのため、騎馬のマイナスには響いていない。同じように、うちも高円寺の欠席はマイナスにならなかった。
休憩の間、他クラスの様子を見ると、Aクラスはこれでもかというくらい内輪もめをしている。坂柳が動けないことで葛城がクラスを纏めているようだが、無人島試験と干支試験で惨敗した将に、クラスは反発しまくっていた。
次にBクラス。味方とはいえ、あまり協調性を見せない龍園にやきもきしているのか、神崎はかなりイライラしているように見える。だが、一之瀬が上手く雰囲気を回復させて楽しく体育祭を行えるように努力していた。
最後にCクラス。結局、参加表を手にしてトップにいるが、須藤への挑発は失敗に終わっている。また、桔梗や堀北にも手を出さず、一見大人しいようにも見えるが、この男ならいつ攻撃してきても不思議ではなかった。
他のクラスの様子を見終わると、今度は自分のクラスに視線を移す。最初のうちはあまりいい結果が出ていなかったが、後半になって徐々に盛り返していた。特に、二人三脚での佐倉・井の頭ペアが起こした奇跡は、クラスに勢いを与えてくれている。
「次は女子の騎馬戦だね。怪我はしないように注意してね!」
と、平田が声掛けをすると、休憩が終わって女子の騎馬戦に移っていった。
騎馬戦のルールも原作同様で、男女共に時間制限方式。三分の間に倒した敵の騎馬と残っていた味方の数に応じて得点が入る仕組みだ。騎馬は通常通り4人1組で、1クラス4騎の騎馬が選出され8対8で戦う形となっていた。
一つの騎馬につき50得点。クラス毎に一騎だけ大将騎が存在し、100点を保持している。つまり、合計で500点を持っており、もしこちらに敗北がないまま、全ての騎馬を倒せれば、一度に1000点も夢ではない。
とはいえ、8対8で無傷で無双するのは流石に夢だ。そこはしっかり注意が必要だろう。
うちの女子は雪が大将で、それを守るように堀北、桔梗、軽井沢の騎馬が周りを囲っていた。原作では人数が足りず運動が苦手な女子の騎馬を将にして守っていたが、ここでは松下が能力を見せているのと、コンビネーションプレーでそこそこ戦えている。
Aクラスは山村という生徒が大将騎のようで、うちと同じく大将を守るように周りの騎馬が展開していた。原作では真澄だったはずだが、真澄は山村の騎馬をしている。目立つ性格をしていないのは原作通りのようで、山村はかなり自信がなさそうにしていた。
Bクラスで目立つのはやはり一之瀬の騎馬だろう。あいつがBクラスの大将なのはまず間違いない。Cクラスは、誰が大将かわからない。能力ならば伊吹だが、堀北に突っ込んで負けるリスクを考えれば別の奴に任せても不思議はなかった。
と、考えていると、騎馬戦がスタートしていく。
どうやらCクラスは雪を狙っているようで、伊吹を筆頭に雪だけを狙って突っ込んできた。当然、大将を守るように事前に布陣していたので、堀北や櫛田の部隊が壁になるように迎撃に出る。
一之瀬も伊吹のフォローに回ろうとしたが、山村が立ちふさがるように壁となっていた。向こうは向こうでA対Bクラスになっているようだ。
「あからさまな椿狙いじゃねーか!」
「大将騎である以上は当然だ。それに、意外と奮闘しているぞ」
須藤が文句を言っているがあれも立派な作戦だ。
それに桔梗の騎馬がやられたが、代わりにCクラスの騎馬も相打ちにしていた。また、その隙を突いて、軽井沢の騎馬がCクラスの別の騎馬からハチマキを奪っている。
二対三――だが、伊吹は堀北と対峙しており、もう一つの騎馬は軽井沢を狙っていた。必然、単騎になった雪が堀北と共に伊吹を撃破し、粘っていた軽井沢が負けると同時に、残る最後のハチマキを人数差で奪い取っていく。
伊吹が「正々堂々勝負しろ」と、雪や堀北に文句を言っているようだが、騎馬戦のルールには何も違反していないので負け惜しみにしかなっていなかった。
雪と堀北も、Aクラスを助けに行こうと旋回したが、この時点でタイムアップ。
Cクラスは壊滅に持ち込まれ、Dクラスは大将騎含めて二騎が生存。しかし、Aクラスは大将の山村が一之瀬に敗れ、他も全滅。Bクラスも一之瀬がやられていたが三機が生存していた。
結果、赤組、白組両者500点となっている。
戻ってくる女子と入れ替わるように、男子も出陣していく。その時、須藤が戻ってきた雪に労いの言葉をかけていた。
「よくあの不意打ちを凌いだな!」
「桔梗ちゃんの騎馬や堀北さんの騎馬のおかげだよ。彼女たちのおかげで、周りを見て動くことが出来たから。それに軽井沢さんの騎馬が遊撃に出てくれたおかげで、Cクラスを分断出来たし」
と、雪が仲間たちを褒めると、ほぼ全員がドヤ顔している。結果が出せて嬉しいのだろう。笑みを隠し切れていない。
「ただ、Aクラスのフォローに行けなかったのは失敗だったかな?」
「時間制限では仕方ない。お前たちは勝ったんだ、胸を張っていい」
なんなら、胸を揉んでもいい――と、思っていると、小さな声で「えっち」と言われた。バレたか。
「次は俺たちの番だぜ。全部の騎馬ぶちのめしてやる! 行こうぜ、綾小路!」
須藤がクラスを引っ張るように、そう声を上げる。女子の奮闘で男子も気合が入っているみたいだが、特に須藤の勢いは凄かった。
この世界では須藤の騎馬は、須藤、三宅、牧田、オレとなっており、オレが騎手を担当している。原作では平田だったが、今回平田は鬼塚を先頭とした騎馬の騎手をしていた。当然ながら、オレが騎手をして負けるはずもなく、練習でも無双している。それもあってか、須藤のオレへの信頼感は異常に高かった。
「そんで、今回はどう動く?」
騎馬を組みながら、須藤がそう問いかけてくる。
練習では、単騎で敵騎を殲滅したり、自騎を囮にして包囲殲滅したりと、いろいろ戦い方を見せているからか、原作のように馬鹿みたいな敵の騎馬を崩して倒すなんて作戦は取ろうとはしていないようだ。
「……今回は、集団戦だ。Dクラス4騎で、敵を囲んで確実に倒していく」
オレが龍園なら、ここで須藤を狙う。この先の推薦競技も、須藤がいなくなるだけで、Dクラスは戦力半減だからな。ここは、下手に須藤を前に出してリスクを負うよりも、確実な勝利を掴むべきだろう。
「龍園の野郎は放置で良いのかよ?」
「下手に奴に駒を与えるよりも孤立させたい。裸の王様にさえしてしまえば出来ることも限られるからな。平田、悪いんだが、葛城にも伝えて、多対一に持ち込むように頼んでくれ」
「オッケー、わかったよ」
騎馬を作り終えた平田が、葛城に作戦を伝えに行く。葛城も最初はDクラスに不信を持っていたようだが、ここまでオレたちは真剣に競技に参加しており、逆にAクラスは内輪もめで結果を出せていない。いくら相手がAクラスでも、この様では頭ごなしに作戦を拒否は出来ないはずだ。
「須藤、何度も言うが怪我には気をつけろよ。騎馬戦は体育祭の競技の中で、棒倒しに続いてラフプレーがしやすい」
「わーってるって。もう、耳たこだぜ」
そう須藤が返すと同時に、試合開始の合図がされ、騎馬が一斉に動き出した。
DとAは作戦通り合流して一塊になろうとするが、その前にBとCが走って接近してくる。まるで、合流を防ぐかのように無理やり一対一の状況を作り出していた。
オレの目の前に立った龍園が騎馬の上で、してやったりという笑みを浮かべる。こっちが集団戦を狙っていると察して個人戦を仕掛けてきたか。まさか、BとCがここまで連携してくるとは――いや、Cが突出しそうになったからBはそれをカバーしただけか。
「さて、時間もないし、早めに決着を付けさせて貰うぜ」
「ケッ、タイマンなら俺たちに勝てると思ってんのかよ」
「おいおい、須藤。どこにいんのかと思ったら、お前が馬かよ。馬面にはお似合いだな。馬を見下ろすのは中々気持ちがいいもんだ」
「へっ、馬の上に乗っている方が偉いとは限らねーんだよ」
「騎馬戦は騎手が偉いに決まってんだろ。まぁ、仮に馬が偉くても、お前じゃアルベルトには勝てないだろうがな」
実際、純粋な力は須藤よりもアルベルトの方が上だろう。騎馬の総力も、オレの騎馬よりも龍園の騎馬の方が高い。リスクを考えれば、ここは一対一は避けるべき場面だ。
「須藤、挑発に乗るな。タイマンは避けて、平田たちの援護に――」
「いけっ、アルベルト!」
オレの指示を防ぐように、龍園がアルベルトを突っ込ませてきた。
須藤も、真正面からアルベルトの突進を受ける。原作で須藤がやっていた通り、体当たりでこちらの騎馬を崩すつもりのようだ。
騎手が落ちた場合、ハチマキを奪った扱いにならず、得点は無得点になるデメリットもあるが、オレと須藤という最強の騎馬を崩せるなら100ポイントなど安いものだと考えているのだろう。
「ぐっ!!」
こっちから突っ込むならともかく、突進を受けるのはかなり辛い。須藤が踏ん張るが、少しでも油断すれば騎馬自体が崩れてしまう。おまけに龍園も遮二無二攻撃を仕掛けてきた。
「オラオラどうした綾小路! 守ってばっかりで手が出てねぇぞ」
「……須藤、後退できるか?」
「っ、無理だ! 耐えるので精一杯――ッ!!」
突如として須藤が呻き声のようなものを上げる。同時に、騎馬が力負けして押されていく。見れば、アルベルトが須藤の足首の辺りを踏みつけていた。
「貰った!」
龍園もこちらの体勢が崩れた隙を突いて、オレのハチマキを奪おうとしてくる。こうなれば、仕方ないか――
「ッ! なんだ!?」
左手に握りしめていた砂を、迫る龍園目がけておみまいしてやる。万が一の時の保険だったが、龍園の理論で言えば避けられない方が悪い。視界を奪って、そのまま一気に龍園のハチマキに手を伸ばしていく。
「っ、潰せアルベルト!」
だが、龍園もされるがままではなかった。体勢が崩れたこちらの騎馬を追撃するように、アルベルトが体重をかけてくる。ハチマキを取られる前に騎馬を潰そうと考えたのだろう。バランスが崩れて、龍園へ伸ばした手がハチマキを掴み損ねる。
「っざけんなオラァ!!」
しかし、ここで須藤が気合を見せた。足を強く踏みつけられ、押されていた須藤が倒れるように無理矢理体を押し込んでいく。互いに無理に突っ込んだせいで、どちらの騎馬もバランスを崩した。同時に、オレと龍園がハチマキに手を伸ばしていく。
「ッ! お前!?」
結果として、龍園の手はこちらのハチマキを掴めず、オレは右手で龍園のハチマキを掴んだ。そのまま、龍園の騎馬ともつれ込むようにオレたちの騎馬も倒れていく。
引き分け――だが、ハチマキを取ったオレは100ポイントを得ている。指先がハチマキを掴んだ時、ヌルッとした感触が伝わってきたが、原作通り龍園はハチマキに仕掛けをしていたのだろう。
普通なら取れない。しかし、原作知識で龍園がハチマキに仕掛けをしていると知っていたオレは右手の指に耐油指サックをつけていた。事前にアイテムの使用は確認してあるのでルール違反ではない。
「惜しかったな。龍園」
龍園もオレのハチマキを掴んでいた。だが、掴みきれなかったのは、オレも龍園と同じくハチマキに仕掛けをしていたからだ。
「……チッ、互いに似たようなことを考えていたってことか」
「だが、オレの方が上手だったな」
そう言って、指サックを見せつける。
「……確かに、騎馬戦ではお前の方が一枚上手だった。だが、お前は無事でももう一人はどうだ?」
龍園が別の方を向きながら、そう笑みを浮かべた。視線を移すと、未だに立てず座ったままの須藤が足を抱えている。
「随分、足が痛そうじゃねーか須藤。無理に突っ込んだせいで怪我でもしたか?」
「……へっ、別になんでもねーよ」
挑発に乗るようにすぐに立ち上がったが、左足に体重がかかっていないのは一目瞭然だ。こうなる可能性があると予想はしていたが、今回は龍園に上手く嵌められてしまったな。
アルベルトが足を踏んでいたせいというのもあるが、怪我が悪化した一番の原因は須藤が自分で体当たりしたというのが大きい。
仮に、アルベルトの行為を追及しても、騎馬戦中のアクシデントとしか取られないだろう。須藤も、それがわかっているからか、龍園を批判しようとはしなかった。
「騎馬戦中の不幸な事故だが、Dクラスの要である須藤がリタイアするのは大きい……ここでの負けもすぐに取り戻せそうだなぁ」
「ケッ、誰がリタイアなんかするかよ。負け犬の遠吠えもいい加減にしとけ」
「強がりは止めておけ。俺の見立てじゃ軽い捻挫って所だ。無理をすると悪化するぜ?」
おそらく龍園の見立て通り、ただの打撲ではない。最悪、骨に異常がある可能性だってある。
しかし、龍園の忠告を無視するように、須藤はグラウンドから出て行った。視線を未だに続いている騎馬戦に向けると、Dクラスは平田以外の騎馬が倒れており、Aクラスは葛城以外が全滅している。
Cクラスは石崎の騎馬が生存。Bクラスも神崎と柴田がコンビの大将騎が残っていた。そのままタイムアップとなり、男子騎馬戦は赤組が500点、白組が400点という結果に終わる。
自陣に戻ると、須藤を無理矢理座らせて足の状態を確認した。須藤を囲うようにクラスメイトたちが、「大丈夫、須藤くん?」、「おいおい、平気か健?」と、心配の声をかけている。
「たいしたことねーって、なぁ綾小路?」
「……立てるか?」
「おう、よゆーだ」
そう言って立ち上がるが、やはり左足に体重がかかっていない。
「左足に体重がかかってないな」
「平気だって」
「……体重がかけられないってことは、まず捻挫で間違いない。今から治療すれば、回復に約ひと月半……いや、お前の回復力ならひと月で済む」
「俺は引かねーぞ、綾小路」
遠回しにリタイアしろと言ったが、須藤は首を振ってそれを拒否した。
「冷静に考えろ。お前にはバスケがある。ここですぐに治療に移れば、後遺症もなく怪我を治せるだろう。しかし、無理をすれば、回復が遅れる上、どんな後遺症が残るかわからない」
「綾小路くんの言う通りよ。あなたはここまでよくやったわ。ここでリタイアしても、あなたを責める人なんて誰もいない」
堀北も説得に回ってくる。これには須藤も反論しづらいようで、頭を搔いていた。
「俺が自分を責めるさ。綾小路の忠告も無駄にしちまったし、それに俺にはまだ学年トップの可能性も残ってるんだ。それだって諦めたくねぇし、ここで龍園の思い通りになってクラスを負けにはしたくないんだよ」
「須藤くん、意地を張っても意味ないよ」
「そうだよ。自分の体を大事にして」
雪や桔梗も、リタイアを進めるが、須藤は首を横に振る。
「そりゃ、お前らにしてみりゃつまらない意地かもな。俺自身、今の判断を後々後悔するかもしれねぇ……けど、今俺はこのクラスの一員――Dクラスの須藤健として引き下がる訳にはいかねーんだよ」
怪我は百も承知――それでも引く気はないと須藤は訴えてきた。本来ならば無理にでも休ませるべきだが、ここで須藤がいなくなるとクラス順位が下がるというのもまた事実。
「……わかった。ただし、条件を付ける。残りの競技である200メートル走を含めた競技、一つでも1位を取れなかったら、何を言おうとリタイアさせる。いいな?」
「おう、任せろ。全部一位取ってやっからよ」
そう言って、須藤は空元気を見せていた。
とはいえ、須藤が怪我をしてしまったのは正直厳しい。こうなるのであれば、下手に防衛に回るのではなく、無理にでも攻めるべきだったか――いや、今回は龍園に上手く上を行かれた。素直にそれを認めるしかない。戦術的な勝利は掴んだが、戦略的な勝利は相手に持って行かれたな。
だが、まだ負けた訳じゃない。この体育祭での結果が学年2位以上であれば、オレの勝ちだ。
原作との変化点。
・障害物競走で龍園が仕掛けてこなかった。
流石にネタバレしていて、契約やビデオカメラの対策があるので、真っ向から仕掛けてくることはなかった。おかげで、堀北は無傷で済んでいる。
・佐倉が二人三脚で一位を取った。
いろいろな状況が絡み合っての奇跡だが、おかげでクラスがかなり盛り上がった。
・騎馬戦で須藤が負傷した。
堀北の代わりに須藤が負傷している。怪我の具合は捻挫。普通にしていれば1か月ちょっとあれば回復するレベルだが、須藤は引く気がない。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
騎馬戦では原作知識を使って少し小細工をした。ハチマキにはワックス、右手には耐油指サック、左手には砂を握り込んでいる。地味な小細工ではあるが有用であり、龍園を上回った。
・椿雪
騎馬戦では大将騎を務めた。状況を上手く使って、Cクラスを追い込んでいる。
・堀北鈴音
騎手として雪をサポートした。他が動きやすいように、前に出て注意を引いている。
・櫛田桔梗
騎手として雪をサポートした。開幕、真鍋騎の突進を身を挺してガードしている。
・軽井沢恵
騎手として、松下と組んで上手く遊撃に回った。おかげで、人数有利を作れている。
・佐倉愛里
二人三脚で奇跡の一位をもぎ取った。感激のあまり涙している。
・一之瀬帆波
騎馬戦では大将騎を務めた。伊吹の援護に行こうとしたが、Aクラスの妨害にあっている。しかし、団結力ではBクラスの方が上で、自分を囮にしてAクラスを壊滅させた。
・伊吹澪
大将騎。雪を真っ先に消して有利にしようとしたが、Dクラスの連携でやられてしまった。
・山村美紀
Aクラスの大将騎。本当は目立つのが得意ではないが、坂柳の命で大将にさせられた。当然、指揮など出来るはずがなく、騎馬の神室がサポートするも壊滅に持ち込まれた。
・平田洋介
騎馬戦では何とか生存したが、大将騎を守れず、須藤を怪我させてしまったことを悔やんでいる┌(^o^┐)┐
・須藤健
龍園の罠に上手く嵌って自分から怪我をした。本来ならもう動くのも難しいはずだが、引く気はないようで脂汗を浮かべながら競技を続けようとしている。
・龍園翔
騎馬戦では完全に清隆に上をいかれたが、代わりに上手く須藤を怪我させた。もし龍園の目論見通り、ここで須藤がリタイアしていた場合、Dクラスは2位にもなれない可能性が出てくる。
・神崎隆二
騎馬戦では騎馬の柴田と共に大将を任され、何とか生存している。
・葛城康平
Aクラスの大将騎。何とか生存したが、ほぼBクラスと相打ちの形になっている。