ペーパーシャッフルが無事にDクラス勝利で終わり、オレの周りにもようやく平穏が訪れた。
原作では龍園がXの正体を探るために、オレにちょっかいを出し、終業式の日に軽井沢に水をかけて脅すという重要なイベントが存在するが、事前にオレがXだと知っている龍園は特に行動を起こさずにいる。
今は、オレにちょっかいを出すよりも、自クラスにいるもう一人の裏切り者――ひよりを探すので忙しいのだろう。
――と、いうことで、今日も今日とて楽しく女を食べまくっていると、本日12月18日。うちの親父殿がこの学校に訪れて、原作のように自主退学しろと言ってきた。
だが、オレは俺のおかげで、既に親父の本当の狙いを知っている。それを考えれば、今の時点では本気で退学させようと思っていないこともわかっていた。
しかし、ここでそれをばらしてしまうと、月城が来なくなって二年生時に文化祭や修学旅行が出来なくなる。いや、それだけならまだしも、最悪の場合、七瀬や天沢も来なくなってしまう可能性があるので、それっぽく匂わせながらも拒否しておいた。
だが、残念ながらこの親父殿は原作通りに無能らしく、こちらの意図を汲み取る能力がなかったらしい。こちらの言葉の裏を読み取ることなく、普通に去っていった。
――事が起きたのはその日の夕方。
親父殿との話が終わって寮に帰るために並木道を歩いていると、2年Aクラスの朝比奈なずなと思われる女子が南雲と思わしき人物と電話しているのを見つけた。
原作のように南雲からのアプローチをあの手この手で断っており、堀北兄に勝ったら考えると言っている。原作でもそうだったが、確かにこれだけ大声で話していれば、嫌でも内容が聞こえてきてしまった。
「やっと本調子に戻ってきたかな、雅のヤツ。にしても、あっちもこっちも手を出してるのはどうかと思うけど……っと!?」
南雲への文句らしきことを口にしながら、原作通りに各学年の寮へと分岐する道で、朝比奈が何かに躓いて盛大にすっ転ぶ。
確か、ここで朝比奈は転んでお守りを落とし、それをオレが拾うことで関係が出来上がる――はずなのだが、転んだ朝比奈が恥ずかしそうに起き上がってオレに気付くと、「君は――」と、こちらを気にする素振りを見せた。原作とは明らかに違う流れだ。
「えっと、君……確か1年Dクラスの綾小路くん……だよね?」
「……いえ、違います」
まさか、声をかけられるとは思わず少し驚いたが、実際に今のオレは1年Dクラスではないので別人である。
「えっ!? でも、前に体育祭で雅――南雲に勝ったのは君だよね?」
「それはオレですね」
「じゃあ、合ってるじゃん」
「残念ながら、1年Cクラスになったので……Dクラスの綾小路くんは別人です」
と、冗談めかして返すと、朝比奈も「あはっ、面白いね君」と、笑顔を浮かべた。
「私は2年Aクラスの朝比奈なずな。改めてよろしくね、一年Cクラスの綾小路くん」
「よろしくお願いします」
「でも、そっか……君が雅をねぇ」
「南雲先輩がどうかされたんですか?」
「いやね。雅のやつ、あの体育祭の最後のリレーで一番前を走ってたのに、1年生に負けた上、堀北先輩にも負けて凄く悔しがってたからさ」
そう言って、少し嬉しそうな顔を浮かべている。あの時、全く後ろは気にしていなかったが、どうやら南雲は堀北兄にも負けたらしい。余程、その顔が面白かったのだろう、朝比奈もご機嫌だった。
「正直、走りだけとはいえ、あの雅の鼻っ柱をへし折ってくれる一年がいるとは思わなくてね。君とは一度話してみたいと思ってたんだ」
「別に走りだけではないですよ。やろうと思えば、どの分野でも負けるつもりはありません」
「おー、自信家だね。言っちゃあ失礼だけど、Cクラスとは思えないよ」
「卒業する頃にはAクラスになっていますよ。今は下に居た方が都合がいいだけです」
大言壮語に聞こえるかもしれないが、おそらく南雲は既に自分を負かしたオレのことを調べているはずだ。ならば、南雲の近くにいる朝比奈が、オレのデータを知っている可能性は十分にある。実際、朝比奈はオレの言葉を疑っている様子がなかった。
「いいね! その調子で、雅のやつを倒してみてよ」
「倒すだけなら、既に倒し終えていますよ。今年の生徒会長である椿雪を裏で操っているのはオレだ――と、言えば、その意味はわかりますよね?」
雪は生徒会総選挙で、南雲に勝利している。そして、その裏で指示を出していたのはオレだ――つまり、間接的にではあるが、オレが南雲に勝ったと同義でもある。
「君が雪を……?」
名前を呼ぶ仲か――どうやら、南雲を通じて雪とは知り合っているのか、信じられないと言った様子でこちらを見てきた。
「何なら、本人に確認を取ってもらっても構いませんよ。オレがそう話していると伝えれば、雪は真実を話すはずです」
仮にオレが嘘をついていたとしても、裏を取ればすぐに真実はわかる。つまり、この場でオレが見栄を張るために嘘をつくメリットはない。それを理解したのか、朝比奈も少しずつオレへの視線が興味から驚愕に変わってきている。
「それで、南雲先輩を倒してほしいということでしたが、本当にいいんですか? 既に二連勝していますし、やろうと思えば倒すことは不可能ではありません。しかし、二年で南雲先輩の求心力が下がるのは、朝比奈先輩にしてもいいことではないのでは?」
「……そう、だね。でも、一年と二年で絡む試験とか限られているし、仮にそこで君が雅を倒しても、多分私たちの学年の大勢には影響は出ないと思ってる。むしろ、雅はここで痛い目を見て、他学年じゃなくて私たちの学年だけに集中してほしいくらいだし」
「それは……逆効果になるだけでは?」
仮に南雲がオレに負けたとして、負けたままでいるとはとても思えない。むしろ、南雲の性格からして、何としてもオレに勝とうと挑んでくるだろう。それこそ、今南雲が堀北兄に挑んでいるように。
「……あー、やっぱりそうかな?」
「オレも南雲先輩とは一度会ったきりなので、偉そうなことは言えませんが、負けたままでいるほど弱い人には見えません。そういう期待をしたいのであれば、同学年の誰かが南雲先輩を倒すしかないでしょう」
「それが出来れば苦労はないんだけどねー」
確か、原作でも今の時点で2年のAとBのクラスポイントは逆転が難しい程離されているんだったか。オレのせいで生徒会長になり損ねたとはいえ、生徒会総選挙の結果=南雲の能力が低くなった訳ではない。
むしろ、負けて腹が立っている分、当てつけのように他のクラスを蹂躙していそうだ。原作でも言われていたが、南雲は同学年にライバルがいないせいという不運のせいで裸の王様になっている。だからこそ、自分を満たすモノを他学年に求めているのだろう。
「朝比奈先輩は、何でそんなに南雲先輩に負けて欲しいんですか?」
「別に負けて欲しい訳じゃないよ。ただ、ちょっと調子に乗ってたから痛い目見た方がいいと思っただけ」
「体育祭での敗北や、生徒会総選挙の結果では足りないと?」
「足りない訳じゃないけど……」
と、朝比奈が口ごもった。今日初めて会った後輩に話すべきか悩んでいるようにも見える。
そういえば、原作でも朝比奈はどうして南雲に痛い目を見て欲しいかは言及していなかったっけか。
「もし、オレでよければ話を聞きますよ。朝比奈先輩のご要望にも応えられるかもしれませんし」
「……そう、だね。堀北先輩が頼りにならない以上、雅を倒せるのは君しかいないもんね」
そう自分を納得させるように朝比奈が口を開く。
「最初はさ、負けたら雅の奴も落ち着くんじゃないかって思ったんだ。ほら、雅って二年の中じゃ敵なしじゃん。そのせいで調子に乗ってたし、堀北先輩辺りに痛い目を見せて貰えば諦めていろいろ自重するかなって……」
「その口ぶりでは、想像と違ったってことですか?」
「……体育祭や生徒会総選挙での負けで、流石の雅もショックを受けてたよ。特に、生徒会長になれなかったことは相当応えたみたいで、一時期はおちゃらける余裕すらなくなってた」
体育祭でのダメージなど大したものではない。むしろ、目標としていた生徒会長になれなかったことの方が、南雲にとっては大事だったのだろう。
「でも、雅は誰にも頼ろうとしなかった。辛いなら辛いって言えばいいのに、一人で格好つけて無理して、挙句の果てにいろんな女の子に手を出してさ……」
どうやら、この世界の南雲は負けた心を癒すためにいろいろな女子に手を出したらしい。
南雲があちらこちら女子に手を出しているというのは、朝比奈も周知の事実のはずだが、原作ではあまり見られない不快感を露にしている。
原作でも、南雲と朝比奈の関係と言うのは複雑なものだった。友達以上恋人未満と言う感じで、幼馴染や家族のような親しさはあるものの、明確な恋心までは持ってはいない――そんな感じと言って良いだろう。
しかし、それは俺が朝比奈というキャラクターの本質を見抜けていなかっただけで、本当は南雲への恋心を持っているという可能性は十分にあった。
思えば、原作でも生徒会長になって調子に乗っている南雲が、電話で朝比奈に告白したようだが、本気ではないと思われて堀北兄に勝ったら考えると応えている。
内容は多少変わっていたが、今回もそれは同じとみて良かった。それはつまり、南雲が堀北兄に対して持っている情熱と同じくらい、本気で自分のことを見て欲しいというアピールだったのではないだろうか?
「南雲先輩の心を振り向かせたいんですか?」
と、試しに少し突っ込んだ質問をしてみる。
原作でもこの二人は恋人同士ではないにしても、恋人でもおかしくないくらいの距離感はあった。年頃の女であれば、そういう気持ちを持っていたっておかしくはないし、朝比奈も南雲が本気ならば拒否しないくらいには好感度があるはずだ。
「別に、そこまでじゃないけど……ただ、雅が女をとっかえひっかえしてるのは気に入らないかな。男女の付き合いって、そういうものじゃないじゃん」
「ストレートに聞きますね。朝比奈先輩は、オレに南雲先輩を倒させてどうしたいんですか?」
「それは……ただ、私は昔みたいな雅に戻って欲しくて……」
態度から真意は読み取れない――それは、女遊びをする前に戻って、自分に向き合って欲しいってことか? それとも、幼なじみや家族のような親しい人間として、南雲に真っ当な人間になって戻って欲しいだけということか?
「電話では、堀北先輩に勝ったら付き合うのを考えてあげてもいいと言っていましたよね?」
ここはもっと踏み込んで聞くべきだろう。朝比奈の内心次第で、こちらの動き方も変わってくる。
「聞こえちゃってたか。でも、堀北先輩は動かないよ。あの人は雅を避けてるから」
「もし仮に堀北先輩が動いて、南雲先輩が勝ったら、本当に付き合うんですか?」
「……どうだろ。雅が本気なら付き合ってもいいけど、多分雅は本気で私を好きにはならないと思うんだよね」
「それは、何故?」
「距離が近いから――似たような感覚は私にもあるんだけど……何て言うか、私と雅って男女っていうより姉弟って感じなんだよね。そのせいか、改めて男女の距離感になりにくいっていうか」
それが、原作での距離感に繋がる訳か。
おそらく南雲もその距離感に甘えて、他の女に手を出しているのだろう。自分がどれだけ落ちても、朝比奈だけは自分を見捨てないと確信している。ある意味で、オレと雪の関係と同じと言って良い。
けど、その関係性は、オレと雪ほど強固なものではなかった。ちょっとした影響で、その関係性は容易に崩すことが出来る。
「朝比奈先輩は、恋愛とかには興味ないんですか?」
「そりゃあるよ。これでも年頃の女の子なんだから……でも、もし私に恋人が出来たら、多分雅が嫌がらせしてくると思うんだよね」
長く南雲と付き合っているからこそ、南雲が朝比奈に持つ執着心がわかるのだろう。自分のせいで誰かが傷つくのなら、朝比奈は他に男を作ろうとは思わないという訳だ。
「でも、南雲先輩は他の女性にいろいろ手を出しているんですよね? 朝比奈先輩がそこまで気を遣う必要はないと思いますけど」
「そうだね。それだけの気概を持ってる人なら、私も安心して付き合えるんだけど……」
そう苦笑いを浮かべる。今の二年や三年には、朝比奈の目に適う男はいないということか。
ここは、少し押してみてもいいかもしれない――
「……オレは、堀北先輩にも南雲先輩にも勝っていますけど、対抗馬としてはどうですか?」
「えっ?」
予想外という表情をする朝比奈。
まさか、この状況でオレから告白紛いの言葉を聞くとは思わなかったのだろう。キョトンとした顔を浮かべている。
「えっと、それは……綾小路くんが私の彼氏として立候補してくれるってこと?」
「正確にはお試しって感じですかね。オレは今の話を聞いて、朝比奈先輩が人のことを思いやれる良い人だと思いました。けど、朝比奈先輩はオレのことは殆ど知らないですし、そんなオレと付き合ってくれと言ってもOKとは言えないでしょう?」
今日いきなり会った人間に付き合ってくれと言われて良いと言えるほど、オレと朝比奈に深い関係性はない。だからこそ、互いにメリットのある提案をしていく。
「オレなら南雲先輩に嫌がらせをされても困りません。南雲先輩が女をとっかえひっかえしているのが気に入らないのであれば、先輩もたまには男を連れて見たらどうですか?」
「それは……」
「勿論、合わなければその時は普通にそれまでで構いません。でも、オレは南雲先輩に勝ったことがありますし、そんな奴が朝比奈先輩の近くに居たら南雲先輩も焦ると思うんです。もしかしたら、南雲先輩の気持ちも変わるかもしれません」
と、誘導すると、朝比奈も悩む素振りを見せた。悩むということは、可能性があるということだ。もし、ここで連れ出すことが出来れば、いずれは朝比奈を食べることが出来るかもしれない。
「どうです? 一旦、付き合う付き合わないは抜きにして、お試しでオレと遊びに行きませんか?」
「……そうだね。どうせ帰っても暇だし、いいよ」
そう言って、朝比奈を連れだすことに成功した。同時に、原作通り、朝比奈が落としたと思われるお守りを気付かれずにこっそり回収する。
確か、原作だとこれが精神的支柱になっていると言っていた。もし、これがなければ、朝比奈を押し切ることが出来るかもしれない。気休めだとしても、可能性は少しでも高いに越したことはないだろう。
――と、考えつつ、デートをしていく。
ここで、夏休みにセフレたちとデートをした経験が生きて来た。いろいろなタイプの女に付き合ったことで、朝比奈のようなタイプにも上手く付き合うことが出来ている。
最初は、ほぼ初対面のオレとのデートで緊張していた朝比奈も、少しずつ笑顔を見せてくれるようになった。短い時間を有効に使いながら距離を詰めていく。
そのまま夜になると、オレの奢りで朝比奈をディナーに誘った。その頃には、人混みを利用して手を繋ぐくらいの距離感と、「なずなさん」と呼べるくらいの関係を築けている。
このまま、気持ちを動かす。
朝比奈がオレに心を許せるくらいの関係性を作る――それこそ、毎日オレのことを考えてしまうくらいに。今まで培ってきたもの全てを使って、朝比奈にオレを惚れさせる。
朝比奈を食べるには、これまでのように勢いで押すのは難しい。もし、それが可能なら、とっくの昔に南雲が食べているだろう。
つまり、朝比奈を食べるには、朝比奈の方に食べられてもいいという気持ちを作らないと駄目――簡単に言えば、オレに惚れさせる必要があるということだった。
勿論、普通に考えて昨日今日会ったばかりの人間に惚れるなら苦労はない。だからこそ、こうして下地を作る。
意外と悪くない。また遊んでもいいかも――そう思わせることが出来たら、第一段階は成功と言って良い。朝比奈も満更ではなかったようで、「また誘っていいですか?」と声をかけると、恥ずかしそうにしながらも頷いていた。
◇◆
次の日、12月19日。今日は土曜日なので、朝比奈をデートに誘おう――と、考えていると、急に来客がやって来た。
ぶっちゃけ、邪魔でしかない。鉄は熱い内に打つべきだ。朝比奈の中で、オレという存在が膨らみつつある今、時間をかけるのは下策と言って良い。なので、余程の来客でなければ無視するつもりだったのだが、そこには堀北兄が立っていた。そういえば、原作でも南雲の事をペラペラしゃべりに来ていたな。
正直、南雲のことなど聞かなくても知っているのだが、俺くんの前世の知識で知りました――とは言えないので、仕方なく堀北兄を部屋に入れて南雲の話を聞いていく。
しかし、雪が生徒会長になっても、まだ南雲のことが心配なのか――いや、雪が生徒会長になってしまったからこそ、南雲がやけくそで何をするかわからなくて心配なのかもしれない。
とはいえ、生徒会総選挙で堀北兄の駒である、二年の桐山は裏切って南雲についた。結局、こいつが卒業した後に、二年は全員が敵になる――が、桐山の罪悪感をうまく突けばいい駒に出来るかもしれないので、とりあえず話を聞くだけ聞いて今回はお帰り願った。
その後、少し遅くなったが、半ば無理やりにでも朝比奈に時間を作って貰い、ちょっとでも関係を深くしていく。午後は用事があるということで、夕方以降にまたデートすることになった。
「綾小路くんって、意外と強引なんだね」
と、苦笑いされたが、悪い気はしていないようで、今日も今日とて朝比奈の話を聞きながら距離を詰めていく。
正直、深い仲になるのはもっと時間をかけて――と、考えていたが、思ったよりも、朝比奈の中にある南雲へのストレスは大きいようだった。
朝比奈も二度目のデートですっかりオレに心を許したのか、南雲についての文句を言いながらも、良い所についてもいろいろ話をしている。南雲は幼い頃から負けたことがなく、一番になるのが好きだった。だからこそこの学校でも勝ち抜いてきた、生徒会長にこそなれなかったが有言実行の凄い奴なんだ、と。
だが、一方でその立場を利用して、今では女を食い荒らしている。今までは、勝ち続ける南雲が歪んでいくのを何とかしたかったが、何とかしたらしたで今度は節操なしに女と関係を持ち始めた。
勿論、二年の大半が南雲の女なのは朝比奈も知っている。南雲がそういう人間であることもわかっているだろう。しかし、理解しているのと納得するのは別の話だった。負けて悔しいなら、他の女ではなく自分の所に来いと、朝比奈は思っているはずだ。
しかし、本来ならば諫める立場にいるはずの自分が、南雲に内緒でオレとデートしている。その事実が後ろめたい気持ちにさせるのか、少し暗い表情も見せていた。
だが、今はそれでいい。
いろいろ話せる関係――欲しかったのはこれだ。
基本的に女は共感を求める生き物であり、朝比奈もその例に漏れず、自分のことを理解してくれることを求めている。今まではずっと自分一人でため込んでいたストレスをぶつけられるというのは、朝比奈の想像以上に心の負担を軽くしているはずだ。
その証拠に、寮へ向かう帰り道で、雰囲気に任せて何の理由もなく手を繋いでも朝比奈は拒否しなかった。
この感じならば、少し踏み込んでも大丈夫だろうと判断し、寮で別れる際に軽く頬にキスをする。流石の朝比奈も驚いたようで、キスされた頬を手で押さえて顔を真っ赤にしていた。
まだ、朝比奈の中では、オレはただの後輩で、南雲の存在を脅かすほどではない。だからこそ、ここで楔を打つ。
半分は賭けだが、昨日と今日の感じを見れば、朝比奈がオレに悪い感情を持っていないのは明らかだ。
上手くすれば、朝比奈の中でオレという存在が大きい物になる――これが成功すれば第二段階は成功だった。本来は一週間程かけるつもりだったが、こういうのは勢いも大切だ。
そのまま、立ち尽くす朝比奈を抱きしめて、「寒いから、風邪を引かないようにしてください」と囁いて、一年生の寮へ戻っていく。曲がり角で上手く後ろを見ると、朝比奈は呆然としたまま、オレの方をジッと見つめていた。
原作との変化点。
・親父殿が学校にやってきた。
原作だと、ここで茶柱の嘘がバレるが、既に奴隷になっているので特に変化はない。それとなく原作知識を匂わせたが、凡人である親父殿は気付かなかった。
・朝比奈と接触した。
本来であれば落とし物を拾うだけだが、体育祭の結果から声をかけられる。また、その流れで朝比奈が南雲に対して不満を抱いていることを見抜き、上手く付け入れることを画策した。
・朝比奈を落とし中。
父親からの唯一の遺伝と言って良いホストの才能をこれでもかと利用して朝比奈に自分を意識させている。二回のデートで既に何でも言い合える仲になったが、清隆の予測では一週間はかかる予定だった。第一段階は心を掴む段階、第二段階は相手の意識を変える段階で、朝比奈に後輩ではなく男として自分を意識させようとしている。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
父親に会ってからホストとして動くという運命的な動きをしている。これまでは無視していた容姿、話し方、いろいろなテクニックを駆使して朝比奈を自分に惚れさせようとしている。
・朝比奈なずな
とりあえず清隆のデートを受け入れた。当然、恋愛感情などないが、意外と一緒にいて悪くない気持ちになっている。二度目では明確に楽しいと思え、気が付くと自分の悩みを全て打ち明けていた。頬にキスされ、ハグされ、何が何だかわからなくなっている。今は、女子大生が初めてホストに嵌ったような感じになりつつある。
・綾小路篤臣
パッパ。原作通りに様子を見に来た。清隆がいろいろと匂わせているが、その全てに気づかないという凡人ぶりを見せつけている。当然、原作通りにこれからも動く。
・坂柳成守
坂柳パッパ。原作通りに清隆を守ってくれた。清隆としても、佐倉の時に悪いことをした負い目があったので、それとなく自分の立場を守るように匂わせておいた。気づいたかどうかは神の味噌汁。