SIDE:椿雪
いつ好きになったかは覚えていない。けれど、気がついた時には、既に私は清隆に恋していた。
まだ互いの名字が、椿と綾小路ともわかっていなかったあの頃、白く染まったあの部屋で互いに切磋琢磨を続けていたのが、つい昨日のことのようにも思える。
最初に話しかけてきたのは清隆の方だった。
水泳のカリキュラムでは私の方が優秀だったこともあって、どうやったらそんなに早く泳げるのか聞いてきたのが始まりだった気がする。
コツを教えると、清隆はすぐに泳ぐのが早くなった。ううん、水泳だけじゃない。勉強も運動も、最初はたいした結果を出せなくても繰り返している内に能力が上がっている。清隆は努力の達人だ。
そんな清隆はいつも私を心配してくれた。
勉強についていけているかいつも聞いてくれるし、運動で失敗したときはコツを教えてくれる。その度に、私の清隆への思いは膨らんでいった。
けど、別れの時は唐突に訪れた。
11歳になった頃、志朗がいなくなってホワイトルームの4期生も私と清隆だけになった。その頃のカリキュラムはとても普通の人間にこなせるようなレベルではなくなり、私も付いていくのがやっとという状況。
そんな中、私は遂についていけなくなった。
教官から落第を告げられ、ホワイトルームから追い出される。何とか残ろうともがいてみたが、結局は大人に連れられて出ていかざるを得なくなった。清隆も寂しそうな顔をしていたが、小声で「またな」と言ってくれたのが救いだった。
あの言葉がなければ、私はきっと壊れていただろう。でも、いつかまた会えるという希望があったから、何とか生きることが出来た。
でも、知らない親や家族なんてどうでもいい。私に必要なのは清隆だけだった。
そして、ホワイトルームから落第して3年の月日が経ち、ホワイトルームの活動が停止したことにより、私は遂に清隆と再会することが出来た。
成長した清隆は格好よくなっていたけど、昔と雰囲気は何も変わっていない。私の話をいつものように優しく聞いてくれた。
しかし、清隆も完全にホワイトルームから出られた訳ではなく、すぐにまた会えなくなってしまうと言っている。嫌だった。私はもう清隆と離れたくない。ずっと一緒にいたかった。
私がショックを受ける中、清隆が真剣な顔で話す。
高度育成高校という学校に入学できれば、また清隆に会うことが出来る――清隆は、私にもその学校に来て欲しい。自分の助けをして欲しいと言ってくれた。
ホワイトルームのことを思い出してゲロを吐いている場合じゃない。清隆が生まれて初めて私を必要としてくれた。これに応えられないくらいなら死んだ方がマシだ。
使えるものは何でも使う――父親を名乗る男に媚びを売って、学力や運動能力を取り戻すための施設を用意して貰い、高度育成高校に入るために学校へも復帰した。
中学3年からの編入だから、友達は出来なかったが、別に清隆がいないのであればどうでもいい。私は残された時間の全てを使って、過去の私を凌駕する力を付けなくてはならないのだ。
妹――らしい女の子が心配そうに私を見ている。親は元気になったと喜んでいたが、私の鬼気迫る表情を見て、妹だけは私を心配してくれていた。
しかし、そんな妹の心遣いも、今の私にはノイズでしかない。必要なのは、清隆のためになれる能力だ。それ以外は必要ない。
私は高度育成高校に合格した。どうも、父親曰く、あの学校は入学する前から受け入れる生徒を決めているようで、父親のコネで無理やりに枠をもぎ取ってくれたらしい。
自分の父親がどういう人間かなど欠片も興味はなかったが、そのおかげで清隆に再会できるのであれば感謝はすることにした。妹にも笑顔を振りまいた。邪険にしてごめんと謝った。
この家族は、この先も清隆のためになる――なら、不興を買うべきではない。私個人だけでなく、私が作る関係全てが清隆のものだ。
とはいえ、それも今だけ。外部との接触が禁止される高度育成高校では家族など関係ない。私は1日でも早く入学式が来ることを願った。
そして、来たる4月――私は高度育成高校に入学して清隆に再会した。
約1年半ぶりの再会だったが、清隆は益々格好よく成長していた。すぐにでも抱かれたい気分だ。清隆が望むのであれば、今すぐにでもこの身を差し出してもいい。
けど、清隆は私にこの学校で普通に過ごすように命令した。もう、ここに自分たちを引き裂く人間はいない。ゆっくりと普通の生活を過ごそうと言ってくれたのだ。
清隆がそういうなら、私は従う。
友達と呼べるかはわからないが、とりあえず名前を呼びあう仲になれるくらいのクラスメイトは何人か出来た。初日は、堀北という娘が、清隆の気を引いていたが、ちょっと可愛いくらいでホワイトルームなら落第生クラスだ。
他にも、須藤なる不良も目に入ったので、少し怖がるフリをして興味を引こうとしてみたが、私の実力を知っている清隆にはあまり効いていないみたいだった。抱きしめてくれると嬉しかったけど、世の中、そう簡単にはいかない。
けど、清隆と思いは一緒だった。
入学式の後、清隆から呼び出しを受けた。もしかしたら――という期待をしていくと、清隆が私に「愛している」と言ってくれたのだ。清隆に愛という感情がないのは知っている。けど、形だけでも私を求めてくれたのが重要だった。
求められれば受け入れる。私の初めてを清隆に捧げた。
痛かったけど、それよりも嬉しかった。清隆が喜んでくれるなら何でもできる。清隆が望むことなら何でもする。
しばらくして、神室真澄という女の子とも清隆は関係を持った。
けど、私はそれを責めない。一番は私だって、清隆が言ってくれた。私がいないと駄目だって、清隆が言ってくれたからだ。
むしろ、清隆は自分が抱いた女同士が争うのが嫌そうだった。ならば、私が一番として、女の子を纏めよう。清隆のことだ。そのうち、両手じゃ数えきれないくらい女の子を増やすに決まっている。
そう、私が考えていると、清隆が「お前が一番だよ」と言ってくれた。
よし、頑張ろう。とりあえずは清隆が水着をジッと見てくるから、今日は水着でしてあげることにする。清隆は不思議そうな顔をしていたけど、清隆の考えていることくらいすぐにわかるんだよ。
◇◆
SIDE:神室真澄
特に理由がある訳じゃなかった。中学の時もやっていたから、高校でも変わらず万引きを続けようとしただけ――けれど、まさかそれで、自分がエロ小説のような目に遭うとは欠片も思わなかった。
最初に声をかけられた時は、そこそこ顔のいい奴がナンパでもしてきたくらいにしか思わなかったけど、鞄の中身を見せろと言われてすぐに心臓が高鳴った。
別に恋をした訳ではない。ただ、私が万引きをした所を見られた――と思っただけだ。
勿論、表情には出さなかった。しかし、こちらが惚けても、向こうは動画を撮っていた。これでは惚けた所で意味なんかない。
もし、このことがバレれば退学――せっかくこんなにいい高校に入れたのに、1週間で退学か。親に怒られるだろう。けど、やってしまったことは仕方がない。
私は開き直った。退学になるならなるでもういい――けど、この男は私を退学にするつもりはなく体を要求してきた。
まさか、物語のようなことが現実で起こるとは思わなかったけど、証拠を握られている以上は抵抗など出来るはずがない。退学にならないならならない方がいいのだ。
これが、他の人間なら退学を選んだかもしれないが、幸か不幸か、綾小路清隆という男子生徒は顔が良かった。
正直、初めてがこんな形になったのは思う所がない訳ではない。けど、綾小路は私に優しくしてくれた。痛みよりも、快感が強くなるのに時間はかからず、気が付けば私は自分からこいつを求めてしまっていた。
一晩明けると、夢から覚めたように嫌な気分に包まれる。自分がこんなチョロい女だと思いたくなかった。とてもじゃないけど、隣に眠っている男の顔など見られない。
まだ体には何か入っているような感覚がある。鈍い痛みもある。けど、あの快感は夢ではなかった。万引きのスリルを味わうのとは違うモノが、こいつとの行為にはあった。
それが何なのかはわからない。けど、この日から、私は綾小路清隆という男が気になるようになった。
1年Dクラスで、イケメンランキング5位という話はすぐに伝わってきたが、それ以外の情報がないに等しい。とはいえ、私も別に友達がいる訳ではなかったので、噂話以外に情報を仕入れる伝手がなかった。
だが、すぐにある噂が流れてきた。綾小路清隆は同じクラスの椿雪と付き合っている――と、いうものだ。
思わず、言葉を失った。つまり、あの男は他に付き合っている女がいるにも関わらず、私のことを抱いたのだ。
何とも言えない怒りが身を包む――私は一人の女性を大事に出来ない男が心底嫌いだった。
数日後、綾小路から連絡が入る。
こいつは今日も私に部屋へ来いと言ってきた。ならば、行ってやろう。勢いのまま、この怒りをぶつけてやる。
と、乗り込んでいったものの、私の怒りはすぐに鎮火させられることになった。
こいつが求めているのは、あくまでも体の関係であり、男女の関係ではない。私も、改めて冷静になると、別にこいつと付き合っている訳でもないのにそこまで怒る理由などなかった。
確かに、一人の女性を大事に出来ない男は嫌いだ。
けど、そもそもこの男には大事な女などいなかった。女を抱くのはあくまで趣味――互いが満足できるのであればそれでいいという刹那的な考えを持ったヤリチ〇野郎。私はストレス発散のため、あいつは性的快感を得るための関係でしかない。
結局、私はこの男にまた抱かれた。弱みを握られているということもあるが、こいつがはっきりと私を愛していないと言ったことで、少しムッとしたからだ。
こいつにとって、私などただの都合のいい女でしかないのだろう。むかつくが、それはこいつも公言しているし、私もそれを理解した上でこいつに抱かれたのは間違いない。けど、それで済ませるのは何か癪だった。
そもそも、こいつもこいつだ。ただ女を抱くだけなら、モノを扱うように乱暴にすればいいのに妙に優しくする。
何故だ? そんなことをする理由はない。
こいつは「お前が気持ちよさそうにしている顔がみたいだけだ」と言ってくるが、そんなものを見て何が楽しいというのか。遊ばれているようにしか思えない。
この男は最低だ。けど、少なくとも、自分の身を預けて不快感を覚えることはなかった。
だが、そんな気分が自分だけというのもなんかムカつく。私は、こいつの行動に一喜一憂させられるのに、こいつは私のことを何とも思っていないのがムカつくのだ。
――決めた。
いつか、こいつを私に惚れさせてみせる。私を心底大事にさせるくらい、いずれ私のこと以外考えられないようにさせてやる――どうせ、脅されている以上、この関係は継続するんだ。それくらいの目標を作るくらいが丁度いい。
今は、私が翻弄されているのは認める。けど、このまま負けるつもりはない。すぐに私から離れられなくしてやる――そう覚悟を決めると、少しこの関係にも積極的になれた。
SIDE EPISODEということで、雪と神室の内面についてでした。本編は、基本的に清隆の視点だけなので、たまにこういう視点を入れます。
ちなみに、清隆が独りよがりな行為をしないのは、俺小路くんが相手を満足させるイチャラブや、征服感を満たすためのわからせが好きだから。しっかり影響を受けていたりする。
※今回はイレギュラーな連続更新で12時更新でしたが、基本的にはSIDEはいつもの更新とは別に、朝8時に追加という形で更新しますのでよろしくお願いします。