ようこそ俺小路くんの無念を晴らす教室へ   作:おこむね

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♯069 『計画通り』

 橘を食べ終えると、身支度を整えさせて部屋に返した。滅茶苦茶文句を言っていたが、後半は自分からも動いていたので、それを指摘すると真っ赤になって何も言えなくなってしまっている。

 しかし、頂くものは頂いたので、約束はしっかり守るつもりだ。本人には、最後まで諦めずに結果を出せと言ってあり、首を傾げつつカモシカのようにひょこひょこ跳ねて部屋に戻っていった。

 

 あからさまに初体験しましたという動きだが、流石にこの林間学校で橘が男と寝た――等とは誰も信じないだろう。橘を食べたことでオレもかなりスッキリしたし、今日はこのまま気分よく眠って明日の試験に備えることにした。

 

 ――そんなこんなで最終日。

 

 昨日、夕食を食べられなかったので、朝食はしっかり食べて試験に臨んでいく。試験内容は『禅』、『スピーチ』、『駅伝』、『筆記試験』の4つとなっていた。

 一年は座禅から始まり、筆記試験、駅伝、スピーチとなっている。二年は、駅伝から、三年はスピーチからとなっており、ここからは各々頑張っていくしかない。

 

 座禅は、今までと違ってランダムで座る場所が決められた。これまでは小グループで固まっていたが、ほぼ知らない相手が自分の隣になるということで、今までと違ってかなり神経を使うだろう。

 

 続けて筆記試験。ここでは啓誠が気合を入れていた。このグループはDクラスが圧倒的に多いので、筆記となればオレや啓誠くらいしか高得点は望めない。明人も頭が悪いという訳ではないが、苦手な科目ではそこまで点数は取れないだろう。

 

 正直、筆記試験の内容自体はそこまで難しくないので、座禅や筆記ではそこまで他のグループと差はつかない。それはスピーチも同じだろう。そうなると、確実に順位による結果が出る『駅伝』が勝敗に大きな影響を与えてくるはずだ。

 

 駅伝のルールは前にも言ったが、最低一人1.2キロを走ること。そして、バトンの交代は1.2キロメートル毎しか認められない。アクシデントなどで完走できない場合や最低条件を満たせない場合は即失格となる。

 

 オレたちは前日から、この駅伝に勝負をかけていた。走る順番も、足に自信のない順ということで、啓誠が一番手で、次に時任を除いたDクラスメンバーの遅い順、戸塚、時任、明人、オレという順番で走っていく。

 

 序盤はアップダウンが比較的少なく、抜かれても後で挽回できるため、プレッシャーを感じずに走ることが出来る。啓誠とCクラスの4人で6キロを消化し、戸塚で折り返し、時任、明人、オレで残りの3.6キロを走って勝利を掴む。

 

 アンカーがオレである以上、余程差がついていなければ負けはしない。どうやら、作戦は上手く嵌ったようで、明人は3番手でオレにバトンを渡してくれた。

 前との差はあまりないので、少し流しても余裕で勝利できる――と、いうことで、残り1.2キロで待機していた須藤を置き去りにするように一位を奪い、そのままトップゴールを決めていく。須藤も、もう捻挫は完璧に治ったようで3位でゴールを決めていた。

 

 残りのスピーチも無難に終えると、オレたちは完全にやりきった。想定以上の結果を出せたといってもいい。後は南雲や3年のグループ次第ではあるが、原作通りに上位に食い込める――いや、上手くすれば1位を取れてもおかしくはなかった。

 

 夕方5時前になると、男女揃って体育館へと集合する。これから特別試験の結果を発表するようで、これまで見たこともない初老の男性がマイク片手に笑みを浮かべていた。どうやらこの男性がこの林間学校を取り仕切っているらしい。

 

「林間学校での8日間、皆さんお疲れ様でした。試験内容は違えど、数年に一度開催される特別試験。前回行われた特別試験よりも全体的に評価の高い年となりました。ひとえに、皆さんのチームワークが良かったことが要因でしょう」

 

 高い評価に生徒たちの中でも誇らしげにしている生徒がちらほら見える。しかし、まだ完全に安心できた訳ではなかった。

 

「これより男子グループの総合1位から発表していきます。また、男子生徒の全グループは学校側の用意したボーダーラインを超えており、退学者は0というこれ以上ない締めくくりとなりました。それでは1位のグループですが――」

 

 どうやら原作通り、3年生の責任者の名前のみを読み上げるということで、そのグループに属する1年から3年生の生徒には後々報酬が配布されるらしい。

 

「3年Cクラス――二宮倉之助くんが責任者を務めるグループとなります」

 

 どうやら原作と結果は変わらないようで、堀北の兄が所属する大グループが一位となっていた。

 続けて、オレたちが属する南雲グループが2位。Bクラスの神崎が属する大グループが3位。Aクラスが属する大グループが4位。平田が属する大グループが5位。もう一つの数合わせグループが6位で、男子の試験結果は決まった。

 

 女子の結果次第ではあるが、これにより堀北兄と同じグループだった龍園率いるDクラスはかなりのCP、PPが手に入り、オレたちは再びDクラス落ちとなる。おまけに、南雲と堀北兄の対決も南雲の敗北で終わった。

 

「1位獲得おめでとうございます堀北先輩。流石ですね」

 

 しかし、南雲は予定通りとばかりに笑みを浮かべながら、堀北の兄に賛辞を送っていく。

 

 笑みを浮かべる南雲とは正反対に、堀北兄は他の3年と違って笑み一つ浮かべていなかった。勝敗は付いたが、嫌な予感がしているのだろう。

 

「続けて女子グループの総合1位から発表していきます。また、誠に残念なことではございますが、女子生徒のグループの中から学校側の用意したボーダーラインを下回る平均点を取ってしまった小グループが存在します」

 

 男子も女子も、その発表に動揺を浮かべる。これにより、誰かの退学が決定した。

 

 堀北兄が、南雲に視線を向ける。南雲はこれ以上ないくらいご機嫌な笑みを浮かべていた。

 

「まずは1位のグループから発表していきます。3年Cクラス――綾瀬夏さんが責任者を務めるグループとなります」

 

 思えば、原作では最下位から発表していたが、ここではどうやら1位から発表している。おそらく最下位でボーダーを割ったグループが複数いるから順番を変えたのだろう。

 

 一位を取った女生徒たちはホッとした様子を浮かべているが、誰も喜んでいない。どのグループが最下位だったのか、それが気になるようで落ち着かない様子だった。

 

 一年で見ると、一位となったのは、Aクラスの坂柳がいる15人3クラス構成のグループ。二位は雪たち率いるCクラスのグループ。三位はBクラスのグループ。4位はDクラス10人の15人3クラス構成グループ。5位がA、B、Cグループ――そして。

 

「最後に最下位のグループですが、3年Bクラス――猪狩桃子さんが責任者を務めるグループとなります」

 

 橘が所属する大グループが最下位となった。また、一年ではDクラスとBクラスの2クラス混合グループとなっている。

 

「そして次に、平均点のボーダーを割ってしまったグループは、同じく猪狩桃子さんのグループと、1年Dクラス――真鍋志保さんが責任者を務めるグループとなります。以上です」

 

 まさかの2グループ退学に、全員が驚愕する中、南雲がこらえられないと笑みを浮かべた。また、少し離れた場所で、龍園も同じ笑みを浮かべている。

 

「何をした南雲!?」

「龍園、またお前か!?」

 

 状況を理解した3年Aクラスの藤巻と、1年Bクラスの神崎が、それぞれ南雲と龍園に掴みかかる勢いで詰め寄っていく。

 

「どうしたんですか、藤巻先輩。落ち着いてくださいよ。Bクラスの生徒が退学になるだけですし、藤巻先輩には何の関係もないじゃないですか」

「おいおい、神崎。文句を言いたいのはこっちの方だぜ? うちの真鍋が責任者を務めるグループがボーダーを割ったんだ。被害を受けたのは俺のクラスだ」

 

 だが、当然それだけでは済まない。責任者は誰か一人を道連れに出来る。それこそが、この二人の今回の目的である。

 

 退学措置を命じられた3年の猪狩や真鍋はかなり落ち着いていた。まるで予定通りだと言わんばかりだ。猪狩にしても、真鍋にしても、自分が絶対に救済して貰えると確信している。

 

「それで猪狩先輩。教えてくださいよ、一体誰を道連れにするのか、皆さん気にされていますよ」

「真鍋も、こんな結果になったのは誰のせいか、しっかりと口にしろ」

 

 南雲と龍園の命令で、二人の女子が同時に指を差した。

 

「決まってるでしょ! 私たちのグループの平穏を乱した、Aクラスの橘茜さんよ!」

「私はBクラスの白波千尋さんよ! 彼女を筆頭に、Bクラスは悉くDクラスとの協力を拒否してきたわ!」

 

 3年はともかく、1年の方は身に覚えがあるのか、Bクラスが苦い表情を浮かべる。この試験開始時、男女ともにBクラスが全力でDクラスを拒絶していたのは全員が知っていた。

 

 勿論、平均点を割ったのは真鍋たちDクラスが手を抜いたからだろうが、その原因がBクラスの協力拒否にあると言われれば、Bクラスは否定することが出来ない。龍園は自身の悪評というマイナスを上手く利用し、相手の反感を上手く使ったのだ。

 

「南雲……堀北との約束は、第三者を巻き込まないことだろ!」

「待ってくださいよ、俺は無関係ですよ。現に、平均点を割ったのは、2グループもあるじゃないですか!」

「白々しい!」

 

 藤巻が怒るのも当然だろう。誰がどう見ても関係したとわかる雰囲気を出している。おそらく、龍園とも裏で繋がっていたのだろう。

 

「じゃあ、私たちは道連れの通達をしてくるから……行きましょう、真鍋さん」

「はい」

 

 猪狩と真鍋が教師の下に歩いていく。しかし、誰にもそれを止めることは出来なかった。

 

「橘先輩は猪狩先輩のグループの足を引っ張った。結果、平均点のボーダーを下回り、道連れにされることになったそれだけのことですよ」

 

 南雲がそう言い放つ中、堀北兄が橘へと声をかけにいく。当の橘は泣き崩れるしか出来なかった。苦境の中、一縷の望みをかけて処女を捧げたにも関わらず、結果は退学――言い訳のしようもない状況だ。

 

「堀北くん、ごめんなさい……」

「橘、何故もっと早く相談しなかった。お前なら異変に気付いていたはずだ」

「それは……堀北くんの、負担になることがわかっていたから……」

 

 最初は気付かなかっただろう。そのグループが自分をハメるために作られたものだということに。

 

 しかし、時間が経つ毎に違和感に気づいた。グループで頑張るように告げても、暴言しか返ってこない。自分だけが頑張るという状況――それでも奇跡が起きることを信じた。

 

「麗しき友情、あるいは愛情といった所でしょうか。おめでとうございます堀北先輩。改めて賛辞を贈らせてください。俺の負けでしたね」

「何故、俺を狙わなかった?」

「別に堀北先輩を退学にさせたい訳じゃないですしね。ただ、堀北先輩が大切にしているヒトを消した時、どんな顔をするのか見てみたかったんですよ」

 

 単なる好奇心、興味本位だと笑う。それを聞いて、離れた場所にいた朝比奈は嘘だと、信じられないという表情を浮かべていた。

 

 が、残念。これが現実。

 

「方針こそお前と違ったが、俺はお前を信用していた。勝負事に関しては真っ直ぐに向かうことの出来る男だと……違ったようだな」

「俺はこの2年、堀北先輩に好かれていないと感じつつも一定の信頼を得てきました。価値観こそ違えど、全て有言実行してきたからです。しかし、仮に俺に疑いを持ったとしても、先輩が先に裏切るわけにはいかない……それは俺がこれまで信頼を示してきたから」

「その一度の好奇心のために、大きなものを失ったぞ南雲」

「信頼なんて、自分から捨てたんですよ。後輩思いの先輩に理解していただくためにね」

 

 そう言って大笑いをする南雲。

 

 まぁ、自白としては今ので十分だろう。目線で合図をすると、頷いて一人の女性が前に出てくる。

 

「失礼、楽しんでいる所悪いが、猪狩の橘に連帯責任を負わせるという選択は、学校のルールに抵触しているため認めることが出来ない」

 

 出てきたのは茶柱だった。

 

 そして、その予想外の言葉に南雲の馬鹿みたいな笑いも、猪狩や石倉が浮かべていた余裕の笑みも掻き消える。

 

「どういうことでしょうか? 茶柱先生」

 

 三年の教師――初日にオレたちにグループ分けを指示した教師が、茶柱に疑問をぶつける。茶柱は表情を崩すことなく言葉を続けた。

 

「言葉の通りです。この特別試験で連帯責任を負わせることが出来るのは、『ボーダーを下回った原因の一因』と学校側に認められた生徒だけとなっています。橘はその要因に当てはまらないため、彼女への連帯責任は認められないと発言させて頂きました」

「何故、橘がその要因に当てはまらないと断言できるのでしょうか?」

「猪狩はグループの平穏を乱した――と、言っていましたが、実はとある生徒から、猪狩の小グループで『いじめ』があるのではないかという相談を受けたのです」

 

 それを聞いて、南雲が驚きの表情を浮かべる。同時に、猪狩の表情が変わった。青い顔で口をパクパクさせている。

 

「私も教師です。これが生徒同士の諍いならば介入するつもりはありませんでした。しかし、いじめの場合は話が別です。この学校のルールとして、いじめは認可できませんからね。報告を受けてから、しばらく猪狩たちのグループの様子を伺うことにしました」

「それで?」

「この学校はそこまで壁が厚くありません。彼女たちの声は廊下までよく響きました。聞こえてきたのは、猪狩を始めとした生徒たちがこぞって橘を責める声です」

 

 猪狩は一蓮托生で橘を悪者にするために、彼女の精神を折ろうとしたはずだ。橘が、「頑張ろう」と声をかければ反発し、何かあればあからさまに悪意のある嫌がらせをしただろう。

 橘がどんなに正論を口にしても、グループ全体が敵であれば後で口裏を合わせるのは容易い。聞かれているとも知らずに、橘を苛烈に責め立てたのは簡単に想像できる。

 

「他にもあります。授業中も見えないように、橘を囲っている姿もありました。誰がどう見ても、橘が周りに被害を与えているようには見えないでしょう」

「猪狩、本当か?」

「う、嘘です! 私たちは、そんなことしていません。橘さんを守るために、話をでっちあげています」

「私が嘘をついて橘をかばってなんのメリットがある? 下らない嘘は身を破滅させるだけだぞ。この試験は、携帯や録音機器の持ち込みが出来ないから嘘をついて誤魔化そうとしたのだろうが、教師はそれらのものを持つことを禁止されてはいない」

 

 そう言って、茶柱は携帯を取り出して音声を流し始めた。そこからは確かに、猪狩たちが橘を責める音声が聞こえてくる。証拠があるとは思わなかったのだろう、猪狩の反論はなくなり完全に沈黙した。

 

 残念だったな南雲。

 

 オレには原作知識がある。だからこそ、この試験でお前が橘を狙ってくるであろうことは最初からわかっていた。仮に何も知らなくてもこれだけあからさまに動けば気づいただろうが、最初からわかっていれば対処は容易い。

 

 茶柱にはこの試験で『いじめ』が起きる可能性があると示唆しておいた。もし、見つけた場合は証拠を確保するようにも。

 

 とはいえ、基本的に教師が試験に介入することは褒められたことではない。だからこそ、雪に指示して橘の様子を探って貰っていた。

 そして、事が起きたとわかった雪はすぐに茶柱へ報告し、茶柱は教師の本分を果たすために動き出した――それが、橘救済のシナリオだ。

 

「この特別試験は、人数の有利で簡単に嘘がつけてしまいます、これからは改善する必要があるでしょう。そして、その悪しき前例が今回です。私は、猪狩の橘への連帯責任に異議申し立てをします」

 

 猪狩が橘を責めていた音声がある以上、この申し立てを覆すことは不可能だ。猪狩以外の生徒が何を言おうと、猪狩を庇っているようにしか見えないだろう。

 

 ふと、堀北兄がオレの方へ視線を向けた。茶柱が動いたことから、オレの指示で動いたことを理解したようだ。同じく、救済された橘も驚いたようにオレを見てくる。

 続けて、その視線を追うように南雲もオレに視線を向けてきた。この合宿でも探りを入れに来ていたが、今の二人の態度で、オレが雪の後ろにいることを完全に理解したらしい。

 

「綾小路……お前、気づいていたのか」

「何のことだかわかりません。オレは何もしていませんよ」

 

 実際、オレは最初の指示以外、特に何もしていなかった。しかし、もう南雲は確信を持ってしまったのか、惚けても無駄のようだ。

 

 だが、南雲にこれを止めるすべはない。

 

 猪狩は橘を退学に出来ない以上、他の生徒を選ぶか、連帯責任を諦めるしかなかった。しかし、猪狩が退学となる結果に代わりはない。3年BクラスはCPが-100となり、もし救済するのであればさらにCP-300、PP2000万を支払わなければならない状況だ。

 

 まぁ、PPについては南雲から補填があるのだろうが、CP-400は大きい。仮に最後の特別試験が残っていたとしても、元々の差である312も併せて712、Aクラスとの差は絶望的――いや、覆すことはもうできないだろう。

 とはいえ、ここで猪狩を捨てるという選択を取れば、猪狩だって黙っちゃいない。南雲主導で橘をハメようとしたことを暴露するはずだ。

 

 だが、立案は南雲でも、実行したのは3年Bクラスである以上、3年Bクラスも無傷では済まない。仮に奴らが猪狩を見捨てたとしても、猪狩の自白によって-300CPに近しいダメージを与えることが出来る。どう転んでも、3年Bクラスはおしまいだ。

 

「……クラスポイント300と、2000万PPを使って、猪狩を救済します」

 

 3年Bクラスの石倉が苦渋の表情でそう告げる。猪狩を見捨てた場合のデメリットがどうなるかわからない以上、当然の選択と言ってよかった。

 

「すみません、石倉先輩。その前に、生徒会長として少し発言をさせてください」

 

 しかし、これで終わらせるほど、オレも優しい性格はしていない。朝比奈との勝負に勝つためにも、ここは徹底的に南雲を叩きのめしていく。

 

 雪が、石倉の救済に割り込むように前へ出た。

 

「今回の猪狩先輩の件ですが、学校側は『いじめ』として処理されますか?」

 

 そう、連帯責任の取り消しについては言及したが、この件をどうするかはまだうやむやになっている。もし、ここで学校側が『いじめ』により、猪狩たちを退学にするようなことがあれば、今の救済は無駄に終わってしまう。

 

「まぁ、そうなるだろうな」

 

 茶柱が頷く。他の先生も異論はないのか、同じような態度だった。救済されるはずだった猪狩の表情が絶望に染まっていく。

 

 だが、この学校はいじめには厳しいというのは、入学当初から言われていた。証拠もある以上、ここで猪狩たちを見逃すのは筋が通らない。余程のことがない限り、まず退学は間違いないはずだ。

 

「その場合、いじめに加担していた人間、全てが対象になりますか?」

「なるだろう」

 

 なる――と、聞いて、猪狩以外の女子も顔色が悪くなった。猪狩グループにいる3年Bクラスの女子はほぼ全員が関与している。その全員が退学になれば、マイナスは400CPでは済まされない。

 

「では、その主犯格をそのままにはしておけませんね」

 

 だが、責めるべき相手はまだ残っている。雪は改めて、南雲の方へと向き直った。

 

「南雲副会長、先程のあなたと堀北前会長との会話。それは、今回の猪狩さんのいじめに加担していたということでしょうか?」

 

 何のことだ――と、逃げることはできない。その言葉はこの場の全員が聞いている。

 

「……いや、俺は無関係だ」

 

 しかし、南雲は認めないだろう。ここで認めてしまえば、南雲自身どうなるかわからない。

 

「本当ですね?」

「ああ、確かに不用意な発言だったかもしれないが、俺は橘先輩のいじめに関与した――とは、一言も口にはしていないだろう?」

 

 匂わせてはいるが、自白というには少し証言が甘かった。それに、誰も録音していない以上、多少の危ない発言も言っていないで逃げられる。

 

「そうですね。では、3年Bクラスにも確認を取ります。猪狩先輩、南雲先輩の言葉は真実ですか?」

「嘘よ! 私たちは、南雲が2000万PPを渡すから、3年Aクラスをハメる手伝いをしてくれって言われて今回のことを起こしたの!」

 

 もはや、破滅が決まっている猪狩に、南雲を庇う理由はなかった。契約で自分が関与していることを口にしない約束をしていたとしても、もうそれを守る理由などないだろう。

 

 南雲の表情が厳しいものに変わっていく。

 

「本当ですか? 南雲先輩」

「嘘だ! 俺はそんなことしていない!」

「では、携帯の送金履歴を見せて頂けますか? 3年Bクラスに2000万PPを振り込んでいなければ、南雲先輩が無実だという証拠になります」

「それは――」

 

 出来るはずがない。履歴にはPPを送金した記録が残っているはずだ。この試験が始まる前にPPを移さなければ、救済時に南雲と石倉が組んでいたことがばれる可能性がある。南雲がそんな隙を見せるとは思えない。

 

「出来ませんか? だとすると、猪狩先輩の言葉を信じることになりますが?」

 

 雪の追及に南雲の言葉が止まった。証拠を残さないための行動が裏目に出ている。携帯の送金履歴を見られれば言い訳は不可能――もはや、南雲にこの状況を覆すことはできない。

 

「猪狩先輩の言葉を信じるのであれば、今回の橘先輩を退学に陥れようとした計画は、南雲副会長と、3年Bクラス全体で行われた故意犯とみて間違いないでしょう。先生方、そこを踏まえて、厳しい対応をお願いします。また、それに先んじて、生徒会長権限で南雲雅を生徒会から解任します」

 

 いじめに加担していた猪狩たち以外にも、3年Bクラスからは退学や停学をする者が増えるだろう。そうなれば、もう3年Bクラスは卒業試験を戦えるような状態ではない――この時点で、3年AクラスのAクラス卒業は確定したようなものだ。

 

 つまり、堀北の兄は2000万PPを浮かせている。それを今回の報酬として頂くつもりだ。

 

「……俺の手を読んでいた。そういうことか、綾小路」

 

 肩を落とした南雲が、そう問いかけてくる。

 

 そう、全てはオレの計画通りに進んでいた。今更惚けた所で、無駄だろう。

 

「今回の試験内容を聞いた時点で気づきましたよ。何しろ、あからさまに誰かを退学させるようなシステムでしたからね」

 

 正確には、最初からこのために、この混合合宿を企画させた。やろうと思えば、試験の内容を変えて橘を救済することも出来たが、それではこちらにメリットが何もない。

 

 面倒な南雲を処理しつつ、橘も食べ、2000万PPを頂く。そのために、この七面倒くさい試験にわざわざ参加してやったのだ。まぁ、朝比奈との賭けは想定外のものではあったが、南雲から受けた精神的苦痛の代償としては十分な報酬とも言える。

 

「お前は雪を裏で動かしていた……だからこそ、女子の対応も容易だった訳か」

 

 参ったとばかりに、南雲が両手を上げた。

 

「今回は俺の負けだ。しかし、これで終わりじゃない。来年からは俺はお前をつけ狙うぜ」

「あなたがいない間に、2年Bクラスが反旗を翻すかもしれませんよ?」

 

 南雲も橘退学を企てたとはいえ、直接虐めには関与してはいない。それでも退学にはならずとも、長い期間は停学となるはずだ。だが既に、二年時に公開するOAAの下地は出来ている。もう南雲の存在は生徒会には必要ない。

 その後、こいつは生徒会員ではない一生徒として過ごす。生徒会長になり損ね、副会長をも解任されたその恥は一生南雲を指さしていくことになる。

 

「その時は叩き潰すさ。少なくとも、このまま終わらせるつもりはない」

 

 そう言って、南雲がこの場を去っていく。しかし、まだ問題は終わっていなかった。

 

「クク、3年はともかく、1年の道連れは問題なく受理されたんだろう?」

 

 話を聞いていた龍園が笑みを浮かべる。そう、橘と違って、1年の小グループは特に問題を起こしていなかった。

 

「確かに、1年のBクラスがDクラスを拒絶していたというのはグループ分けの時点から多くの教師が目撃している。真鍋くんの連帯責任は受理されました」

 

 答えたのは、1年Dクラス担任の坂上だ。それに伴って、白波の退学も決定する。

 

「龍園! 道連れを取り下げさせろ! お前も、猪狩先輩たちのようにわざとグループの平均点を割らせてうちのクラスの生徒を道連れにしようとしたに決まっている!」

「おいおい、証拠があるのかよ? 俺が関与したっていう証拠がよ?」

「それは――」

「龍園くんが関与しているのであれば、南雲先輩か、もしくは他の上級生から2000万PPが振り込まれているんじゃないかな? そうじゃないと、龍園くんも真鍋さんを救済できないはずだよ」

 

 暴走する神崎を抑えるように、一之瀬もまたそう言って前へ出ていく。

 

 だが、龍園は送金履歴を見せろという一之瀬の言葉を聞いても、笑いを浮かべるだけだった。

 

「いいぜ? なら見てみるか、俺の携帯の送金画面をよ。だが、もし履歴に2000万PPの振り込みがなかった場合、言われのない冤罪をかけられたことを土下座で謝って貰うぞ。Bクラス全員でな」

 

 あの余裕――おそらく、PPは龍園ではない誰かが受け取っているか、そもそもPPを用意していない可能性もある。

 

 龍園は真鍋を救済する可能性を示唆はしたが、絶対に救済するとは言っていない。この状況になった以上、真鍋を足切りする可能性は十分にあった。

 

 一之瀬も嫌な予感を覚えながらも、一縷の望みを賭けて、龍園に送金履歴の確認を頼み込む――結果、龍園はこの試験のルール説明が終わった頃に、南雲から1500万PPの入金がされていた。

 

「やはり、入金されているじゃないか!」

「おいおい、よく見ろよ。2000万じゃないだろ? それに、俺は確かに南雲元副会長から、もしもの保険として1500万PPを借り受けたが、それ=オレがBクラスを陥れた証明にはならない」

 

 確かに、龍園は南雲からPPを送金されているが、だからといって龍園がわざとBクラスを陥れた証明にはならない。これが、この試験が開始する前であればまだ話は別だが、入金されたのはルール説明後の話だ。もしもの保険にPPを融資して貰ったと言えば、それで通ってしまう。

 

 勿論、龍園がBクラスをハメたのは間違いない。しかし、Bクラスにはそれを証明するすべがなかった。

 

「さて、Bクラス全員で土下座して貰おうか? 疑ってすみませんってな」

「ふざけるな!」

「クク、まぁいいさ。俺はCP300と2000万PPで真鍋を救済する。で、お前らはどうするつもりだ?」

 

 無人島試験で契約したAクラスからの毎月の振り込み+干支試験の報酬があれば、南雲の1500万PPと合わせて十分2000万PPに届いたようで、龍園は真鍋を救済した。いや、正確には救済せざるを得なかったのだろう。

 ここで真鍋を見捨てれば、先程の焼き直しになる。真鍋の自白で龍園の策が暴かれれば、龍園自身にもマイナスが及ぶ可能性があった。

 

 しかし、これでDクラスはマイナス400CP――今回のプラスを合わせても、マイナスの方が大きいが、男子が1位を取っているため、200CP程度のマイナスで済んでいる。

 

 だが、Bクラスはここで-400CPを作れば、一気にCクラス落ちだった。クラスの状況を考えれば、簡単に判断できることじゃない。しかし、一之瀬は迷わなかった。

 

「うちも救済する。みんな、悪いんだけどPPを全部私に送ってくれるかな?」

 

 一之瀬の判断に誰も拒否は見せなかった。罠にかけられた仲間を救うため、一之瀬はPPを集める。

 

 原作よりもBクラスはPPが多いからか、貯金額も2000万に足りたようだった。おそらく、干支試験でのPPも貯金していたのだろう。借金をすることなく、CP400とPP2000万を使って、一之瀬は白波を救済していく。

 

 今回の混合合宿、CPだけ見れば、Aクラスが+149CP、Bクラスが-40CP、Cクラスが+58CP、Dクラスが+243CPという結果になった。

 しかし、ここからBクラスとDクラスは、退学と救済でさらにCPが-400される。それにより、Aクラスは973CP、Bクラスは313CP、Cクラスは630CP、Dクラスは235CPという結果になり、龍園クラスは一之瀬クラスとの差を詰め、うちはBクラスに昇格となった。

 

 しかし、Aクラスは再びトップ独走――ペーパーシャッフルで詰め寄った差がまた開いている。原作と大きく結果が変わり、まるで二年生編中盤のような結果となっていた。

 

 

 

 




 原作との変化点。

・実はやる気があれば南雲が勝っていた。
 清隆が身内にいるため、南雲が最初から本気なら兄北にも勝てていた。

・退学者が二人出ている。
 三年の猪狩と、真鍋。真鍋は龍園の必ず救済するという言葉を信じて責任者になった。結果的に救済され、もう裏切りはしないと誓っている。

・橘は救済した。
 最初から明言していた通り、この試験は録音機器などの持ち込みは出来ないが、教師は問題なく持ち込めるので、証拠を抑えさせている。正直、教師を試験に使うのはズルなのであまりしたくなかったが、他の手が封じられている以上仕方がなかった。

・星之宮が清隆に気づいた。
 本編では明記されていないが、茶柱の普段では有り得ない行動と、南雲と清隆の会話から、茶柱のクラスの裏にいるのが清隆だと気づいた。

・南雲を制裁した。
 退学だろと言う人もいるかもしれないが、南雲がしたことはあくまで橘を退学させるための手段であり、今回の苛めに関しては関与していない。猪狩たち3Bとの関わりは、悪質ではあるものの、そういう手段もない訳ではないので退学までにはなっていない。が、現段階で生徒会の解任は決定し、長期の停学も予期されている。

・真鍋の道連れは通った。
 この試験開始からBクラスが協力拒否していたのが裏目に出ている。龍園はその悪感情すら利用して策を練っていた。本来であれば、真鍋を犠牲にする算段だったが、南雲が失敗したせいで学校側の判断がシビアになっており、下手に真鍋が龍園の策を暴露した場合、火の粉を被る可能性があったため、渋々真鍋を救済している。

・Bクラスも救済した。
 当然のように救済している。原作ではPPが足りていないが、この世界では原作よりもCPが多いのでギリギリで2000万PPに届いている。しかし、これでクラス貯金はなくなった上、Cクラス落ちしている。



 今話の登場人物一覧。


・綾小路清隆
 全て計画通りに事が進んだ。この結果を手にするために、したくもないこんなゴミみたいな試験を潰さずに原作通りにしたので、こうなって満足している。

・椿雪
 清隆の代弁者として、南雲を追い詰めた。こうなることは最初から聞いていたので、しっかりと生徒会長を演じている。

・茶柱佐枝
 清隆の命令で橘の周囲を見張っていた。三日目から猪狩たちの本性が見え始めたので証拠を取っている。基本的に教師が試験に参加するのは認められないが、虐め対策という抜け道を使用した。

・一之瀬帆波
 龍園にハメられた。清隆は気付いていたが、一之瀬自身の身に危険がないと判断してスルーしている。

・真鍋志保
 危うく退学させられる所だった。しかし、逆に生き残ったことで、改めて龍園への忠誠を誓っている。肉体的には清隆に屈服しているが、精神的には龍園を認めているため、もうスパイには出来ない。藪、山下、諸藤も同様。

・朝比奈なずな
 基本的に南雲を信じていたが、心のどこかでこうなるのではないかとも思っていた。しかし、それでも信じられずにショックを受けている。これで、契約が果たされ、これから一年間好きに出来るようになった。

・橘茜
 正直、救済されなかったら清隆にレ〇プされたと言って道連れにすることを考えていた。結果として助けられたので、今度お礼を言いに行こうと思っている。

・猪狩
 実行犯。どうなってもおしまいの可哀想な人。でも仕方ないね、撃っていいのは撃たれる覚悟のあるやつだけだ。

・堀北学
 南雲にしてやられた。残念ね、あなた騙されちゃったの! が、何だかんだ気が付いたら橘は助かっている上、三年Aクラスの主位が確定していた。ふしぎ!

・南雲雅
 清隆にしてやられた。残念ね、あなた掌で踊らされてたの! 結局、生徒会追放の上、策も失敗し、長期の停学も決まっている残念なやつ。

・龍園翔
 南雲と組んで今回の件を仕込んだ。組んだのはルールが決まってからだが、清隆の情報を南雲に流したりといろいろ悪さをしている。結果、南雲のミスで真鍋を救済しなくてはいけなくなり、南雲への評価は地に落ちた。

・神崎隆二
 龍園の掌で転がされていた。証拠がないので、向こうの悪事に泣き寝入りしなくてはいけない状況。原作とは比べ物にならないくらい、一之瀬クラスと龍園クラスの亀裂は深い。

・石倉
 南雲と組んだが故に、最終試験前に全てが終わった。


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