4日目――試験を明日に控えた日の放課後に行動を開始した。桔梗に指示して、各々帰ろうとするクラスメイトに「少し時間を貰っていいかな」と言って声をかけていく。
クラスのリーダーの呼びかけに応じないクラスメイトなどいるはずもなく、全員が動きを止めて桔梗の方へ視線を向けた。そんな中、当の山内は予想外の表情をしている。まさかここで桔梗が動くとは思っていなかったのだろう。
おそらく、今頃、時任も龍園を退学させようと動きを見せているはずだ。そちらの様子も気にはなるが、今はここで山内にクラスの批判を集中させる方が先――クラスメイトが不思議そうに桔梗を見つめる中、真剣な表情で桔梗は口を開いた。
「明日の特別試験に関して、どうしても話しておかないといけないことがあるの」
「な、なんだよそれー。俺これから寛治と遊びに行く予定があるんだけどなー!」
「そ、そうだよな……」
山内が池を使って時間がないとアピールする。
しかし、桔梗はそんな二人に今まで見せたことのないような厳しい視線をぶつけた。
「明日には友達がいなくなるかもしれないのに、随分と余裕なんだね二人とも……まぁ、それもそうだよね。だって、Bクラスは綾小路くんを退学にさせようと動いてるんだもん」
「なっ!?」
桔梗のまさかの発言に山内が言葉を失う。同時に、話を知っていたクラスメイトたちがばつが悪そうに視線を下に向けた。
「綾小路くんを退学させようとしていた……!?」
おそらく、この話を知らなかったのは、雪や堀北のように、普段オレと近しい人間や、綾小路グループのメンバー、そして平田だけだろう。常にクラスメイトを守ろうとする平田に、誰かをハメようという話が行くはずがない。
とはいえ、雪や堀北、綾小路グループでもセフレである愛里と波瑠加は、他のセフレから事情を聴いていたのか、あまり驚いた様子を見せていなかった。
「だから、みんな……昨日から落ち着いていたんだね……」
平田も昨日からクラスが落ち着いたことに疑問を感じていたようで、納得した様子を見せる。しかし、それで終わりではなかった。
「全ての始まりは、茶柱先生がこの追加特別試験の話をした日の放課後。私は山内くんに呼び出されて、自分が退学にならないように綾小路くんを退学させてほしいって頼まれたんだ」
「う、嘘だ! 俺はそんなこと言ってない!」
山内が嘘を吐くが、クラスのリーダーの言葉とノンデリ嘘つきで有名な山内――どちらを信じるかなど考えるまでもないだろう。
「最初は断ろうと思った。私はこれでもクラスのリーダーをやらせてもらってるし、私が誘導すれば誰かを狙って退学にするのは難しくない。だからこそ、私はこの試験では動くつもりがなかった」
「違う! 桔梗ちゃんが言い出したんだ! 綾小路を退学にさせようって!」
「でも、山内くんは最終的に脅しをかけてきた。自分の言うことを聞かないなら、代わりに私を退学にさせるって……でも、同時におかしいとも思ったんだ」
騒ぐ山内を無視するように、桔梗は言葉を続ける。クラスメイトはもう桔梗の話しか聞いていなかった。
「こんなこと言いたくないけど、仮に山内くんがクラスのみんなに私を退学にするように吹き込んでも私は多分退学にならない。それだけ、クラスに貢献してきた自信がある。それでも、山内くんには私を退学にさせられる自信があるように見えた」
「だ、騙されるな! 俺が言われたんだ! 言うことを聞かないと退学にさせるって! それで――」
「私は答えを保留にして時間を稼いだ。動きが明らかにおかしいし、もしかしたら山内くんの後ろに誰かいて、Bクラスを攻撃してるんじゃないかって思ったから。そうしたら大正解――山内くんは、Aクラスの坂柳さんの指示で、綾小路くんを退学にさせようとしていたの」
クラスメイトに動揺が走る。これが同じクラスの人間で結託しているなら話は別だったが、他クラスの人間の指示となれば、Bクラスを裏切ったも同然だ。
「綾小路くんを狙った理由はわからなかった。もしかしたら、高円寺くんを守るって言ったことで目立ったから泥を被せようとしたのかもしれないし、単純にクラスのリーダー格を潰そうとしたのかもしれない。けど、ここで私が断れば、坂柳さんの牙は他の子に向くかもしれない――そう考えたら、要求を受け入れた方がいいと判断したの」
「ちが、違うんだ。俺は別に坂柳ちゃんと繋がってなんかいない!」
「でも、そのまま綾小路くんを退学させるつもりなんてない。私が今立ち上がったのは、敵の矛先からみんなを守るためとはいえ、一時的に綾小路くんを狙うことを了承しちゃったから」
そう言って、桔梗はオレの方へ向き直り頭を下げた。
「ごめんね、綾小路くん。でも、試験前日にはこうしてみんなに真実を伝えるつもりだった。だからみんな、綾小路くんを狙うのだけはやめて! 代わりに私に批判票を入れてもいい。綾小路くんは、私のせいで標的になっただけだから!」
そう涙を浮かべる桔梗を責める声はない。むしろ、クラスを裏切って坂柳と繋がっていた山内が批判の対象となる。
「おい春樹、坂柳ちゃんと繋がってるって、なんだよ……」
「フフフ、Aクラスの生徒と繋がっているというのは、穏やかではないねぇ」
池が信じられないという表情を浮かべ、高円寺もまた話に乗って行く。高円寺としても、クラスの中でも能力の低い山内を切ることに躊躇いはないのだろう。
「で、でたらめだ! どこにそんな証拠があるってんだよ!」
「なら、今すぐに携帯を見せてくれるかしら? 櫛田さんの話が真実なら、あなたの携帯には坂柳さんの連絡先が登録されているはずよ」
「それは……友達なんだから別に普通だろ!」
「だったら、メールか着信履歴を見せて貰えるかしら? こんな試験が行われようとしているんだもの。まさか、呑気に他クラスの生徒と遊ぶはずないわよね? 消してないのであれば残っているはずよ。その日、坂柳さんと連絡を交わした証拠が」
堀北の追及に山内の言葉が止まる。おそらく、証拠が残っているのだろう。坂柳もあえて消せとは言わなかったはずだ。それで山内がそのことに気づけるはずがない。
「お前、マジで坂柳ちゃんと繋がってんの?」
池が軽蔑するようにそう言葉をかける。一番の友達すら自分を信じてくれなくなって、完全に山内は追い詰められた。
「いや、っていうか! なんで俺がAクラスと組むんだよ! 仲間を裏切る訳ねーだろ! 全く覚えねーよ! もう勘弁してくれよぉ!」
「山内くん、私……知ってるんだよね。坂柳さんがどうやって山内くんを動かしたか……」
そんな中、桔梗がさらに山内を追い詰めていく。
「Aクラスの子に聞いたよ。山内くんは、綾小路くんを退学させることが出来たら、坂柳さんと交際して、2000万PPでAクラスにクラス移動する約束をしてるんだよね」
「うぐっ!」
原作では、坂柳から交際の誘いがあったという理由だけだったが、どうやらこの世界ではPPによる買収まであったらしい。そこまでは知らなかった。
「交際って、最低……」
「そんなことのために綾小路くんを売ったの?」
流石にあり得ないとクラスメイトたちも声を上げる。徐々に、山内への批判が強くなってきた。
「アウトだねぇ。自分の身を守るために、クラスメイトを売り、クラスを裏切る……とてもじゃないが見過ごせる問題じゃない。この先、私もクラスに貢献すると約束はしたが、君のような生徒のためには頑張りたくはない」
普段、反発しか生まない高円寺の言葉にクラスメイトたちも同意を見せる。クラスが完全に敵になったことで、山内もいよいよどうしようもなくなったようだ。
しかし、ここで待ったをかける人物が出てくる。
「ま、待ってくれ。話の流れはよくわかった。春樹の奴が悪いことも……でも、チャンスをやってくれねぇか!? まだ致命的な被害は出てないんだ。これから反省して、俺たちに貢献してくれりゃ、それでいいじゃねぇか」
須藤が山内を守るように声を上げた。しかし、その意見は簡単には通らない。
「それで、何も悪くない綾小路くんを退学にするの? これまで、私たちのために頑張ってくれたのに?」
「そ、それは……」
「須藤くん、勘違いしないで欲しいんだけど、私は別に山内くんを退学にしたい訳じゃないの。ただ、そういうことがあったという事実をみんなに伝えたかっただけ。だって、何も知らずに綾小路くんを退学にして、後から真実がわかったら、みんな後悔するでしょ?」
そう言われたら須藤にはもう何も言えなかった。そう、ここで下手に山内を退学にしろと声を上げる必要はない。ただ事実を羅列するだけで、自ずと批判の矛先は山内に向く。
「みんなも勘違いしないでね。私は山内くんが憎いから嘘を暴いた訳じゃない。ただ、綾小路くんを退学にするのはおかしいことだというのを伝えたかっただけなの。多分、それは坂柳さんがBクラスに仕掛けてきた罠だから……」
改めてよく考えなくとも、これまでクラスに貢献してきたオレを退学させようという動きはおかしい。
自分たちが坂柳の手で操られていた――そう感じることで、全員がオレに批判票を入れるのをためらうようになる。
むしろ、ここで下手に山内を追い詰めると、原作のように平田が暴走しかねなかった。今は、冷静に真実を明らかにするだけで十分だ。
「別に山内くんに批判票を入れろとは言わないよ。確かに山内くんは、自分の退学を防ごうとして、Bクラスを裏切る選択をした……けど、それ自体を責める気はない。立場が同じなら私も悩んだかもしれないしね。ただ、それでクラスメイトを陥れるのだけは認められない。仮にそれで私が退学になることになったとしても」
桔梗はそう言って席に着いた。話はもう終わりということだろう。クラスはそれでも山内に批判的な視線を向けるが、山内は「違うんだ。俺は騙されただけなんだ」と言い訳を繰り返している。
原作の堀北のように山内を攻撃している訳ではないからか、平田も何とも言えない表情で山内を見ている。
流石にこの状況で山内を許せとは言えないだろう。後は、民意が決めてくれる――だが、この状況で誰が一番悪いかなど、誰の目にも明らかだった。
◇◆
放課後、綾小路グループで山内を狙うという話を纏めた帰り道、何とも言えない表情でベンチに座り込んでいる平田を見つけた。
原作のように、暴言を吐いたり、騒ぎを見せたりはしていないが、このまま山内を退学にさせていいのか悩んでいるのだろう。前からオレにこうなる可能性は示唆されていたが、まさか本当にこうなるとは思っていなかったのかもしれない。
平田の様子を探るためにも、グループから離れて平田と接触を図る。全員、空気を読んでくれたようで、誰もついてくるとは言わずにそのまま寮へ帰ってくれた。
「平田」
「……綾小路くん」
「少し時間良いか?」
「うん……大丈夫。僕も、君と話をしたかった所だから」
笑顔とはいかないが歓迎はしてくれるらしい。そのまま、平田の隣に座ると、下を向いていた視線が上を向く。
「君は、こうなることがわかっていたのかい?」
前に平田の部屋に招待されたとき、仮の話として出した状況になったことで、オレを疑っている――いや、疑い掛けているようだ。
もしかしたら、今の状況はオレが裏で手を引いて作り上げた物なのではないかと。その通りだが、流石に認める訳にはいかないので首を横に振る。
「可能性はあるとは思っていた。ただ、対象がオレで、それが山内の手で起こされ、後ろに坂柳がいることまでは気づかなかったがな」
「……このままじゃ山内くんは退学になる」
「どうかな。山内の可能性もあるが、山内と仲の良い生徒やオレを嫌っている奴はそのままオレに批判票を入れるだろう。退学になるのは、山内だけでなくオレか山内のどちらかだ」
「君は退学していい生徒じゃない」
「それは山内も同じじゃないのか? 確かにクラスを裏切っていたのには驚いたが、それでも自分の身を守るためのことだ」
「そうだね。でも僕は、誰が欠けるのも嫌だ。全員で、この学校を卒業したい……」
「2000万PPがない以上、不可能だな。オレか、山内か、あるいは桔梗か、別の誰かが必ず犠牲になる」
おそらく、この学校で生徒から集められるPPはほぼ全てかき集めた。平田がどう頑張ろうと、2000万PPは物理的に貯められない。
「前に君に言われたことがずっと頭に残ってる。自分を犠牲にして逃げるなって……でも僕は、自分が退学になってこのクラスを救いたいと考えているんだ」
「無理だ。こうなっては、お前に批判票を入れる奴なんていない。むしろ、お前にはもしオレが退学になった時、クラスを纏めることを考えてほしい」
「そんなの僕には無理だ……僕にはもう、無理なんだ」
「なら、今回の特別試験、お前はオレ、山内、桔梗の名前を書けばいい。元から退学候補だったオレ、裏切り者の山内、そして真実を明らかにした桔梗――今回の試験で騒動を起こした3人だ」
「……全ての判断は、クラスの総意に委ねろってことだね」
オレの提案を聞いて、フッと平田が笑みを浮かべる。
「やっぱり、君は凄いよ綾小路くん……ここに座っていたら、僕の下に何人かのクラスメイトがやってきた。その誰もが君か山内くん、どちらかに入れるように言ってきたんだ。だけど、君は決して相手を陥れようとしない。本当に凄いことだよ」
「……平田、前から聞こうと思っていたことがある。もしかしたら、オレは明日にはいないかもしれないから今聞く。どうして、お前はそれほどまでに誰かを守ろうとする? 自分を犠牲にしてまで誰かを守ろうとする。その源泉はどこにある?」
普通ならば、オレと平田はまだそこまで心の中を明かすような仲ではない。しかし、これが最後かもしれないと思えば、平田もずっと隠していた秘密を話そうと思うはずだ。
「……その目、椿さんや櫛田さん、堀北さんまでもが君に従っている理由が本当の意味でやっとわかったよ。君のその目を見た……いや、見せられたんだ。怖いくらい深い闇が広がっている――その、闇を」
今まで平田には構ってこなかった。それは今日この時が来るまで、真にオレと平田が分かり合うことがないとわかっていたからだ。
しかし、今なら、平田の全てを掴める。そして、この男も、オレの目的を果たすための駒として、これから働いていくことになるだろう。
「……君には一度話したことがあったよね。僕には、小さい頃から仲が良かった友達がいたけど、中学の時にその子が虐めの対象になってなってしまった――って話」
「ああ、杉村だったな」
「名前まで、よく覚えているね……」
正確には俺の原作知識だ。船上試験で話を聞いたときは、軽井沢を食べることに夢中で話半分で聞き流していたからな。
だが、どうなったかは忘れていない。
平田は杉村を助けたかったが、自分が虐めのターゲットになることを恐れた。
その結果、傍観者として杉村を無視し、飛び降り自殺にまで追い詰めている。命だけはとりとめたらしいが、今も回復することなく眠り続けているというのが、前回までのあらすじだ。
「その話には続きがあるんだ。彼が飛び降り自殺を図ったことで、一連の騒動は全て終わったと思った。重たい犠牲を払って、学校から虐めはなくなったんだって――でも、違った。あの事件の後、僕は人間の底知れない闇を見たんだ」
信じられないものを見たと、その表情が明確に語っている。それこそが、今の平田を構成した闇。
「新しい虐めのターゲットが、今度は僕のクラスメイトから出たんだ。信じられなかったよ。あんなに酷いことがあったばかりで、もう新しい虐めが始まってしまったんだ」
それまで傍観者でしかなかった子が同じ目に遭い始めたらしい。しかも、これまで虐めに加担していなかった生徒までもが虐めを行い始め――平田は覚悟を決めた。
「あんなことは、もう二度と繰り返させちゃ駄目だと思った。絶対に止めなくちゃいけなかった。同じ過ちを繰り返さないと、そう誓って、僕はある方法を取ったんだ」
「ある方法?」
「恐怖で支配しようとしたんだ。龍園くんと同じだよ……でも、僕は龍園くんや須藤くんのように喧嘩が強くない。でも、本気で人を殴れる人なんてそうはいないからね。僕が本気で拳を振るったことで全員が恐怖した。そうして、僕が上に立ち、残りの生徒全員を下にする。そうすることで虐めをなくそうとしたんだ」
目的を果たすためなら暴力すら辞さない。しかし、それが正しいことだとは平田も思っていなかったはずだ。
「結果的に、一つの学年を壊してしまった。笑顔は消えて、まるでロボットのように無機質な日々を送ったよ。僕の住んでた地域じゃちょっとした事件扱いされたくらいだ」
「結局、学校側はどう対応したんだ?」
「異例の対応だったと思う。全部のクラスが強制的に一度解体されて再編成された。そして、卒業まで厳しい監視の目が残り続けた」
それが、平田ほどの能力を持った生徒がDクラス配属となった真相――平田洋介が、誰かを守りたいと思うようになった源泉。
「僕はもう誰かを傷つけたくなかった。だから、自分を犠牲にしてでも誰かを守ることで自分を納得させたかった……でも、今の僕にはもう何もできない。ただ、友達が退学になるのを黙ってみているしかできない」
そう言って悔いる言葉を続ける平田。
普通なら、この話を聞いた誰もが思うだろう。平田は悪くない、平田はよくやった、誰のせいでもない――そう言って、平田を励ますはずだ。
だが、そんな言葉はこの男には届かない。平田を目覚めさせるには、原作通りこいつに現実を直視させてやるしかない。励ましなど逃げだと、今の平田は逃げているだけだと、真に理解させるしかないのだ。
「……今回の件、仮に誰が退学になったとしても、悪いのはオレでも桔梗でも、ましてや山内でもない。それはわかっているか?」
「……うん。この試験そのものが、どうしようもないことだったんだ」
「だがそれでも、強いて誰かが悪いというのであれば、それはお前だ。お前の責任だ、平田」
「――ッ!?」
何故自分が――と、言わんばかりの表情を向けてくる。しかし、この先、平田がこういった事態を救済したいのであれば、この罪を背負う以外にない。
「いいか? お前が助けたいと思うのであるなら、何としてでも助けるべきだった」
「だ、だけど、僕は精一杯――でも、どうしようもなかったんだ!」
「混合合宿で、帆波は退学者を救済した。おそらく、今回もするだろう」
「それは……だけど、彼女の場合は別だ。生徒会に所属しているし、コネも多い。僕たちにはない、大量のプライベートポイントだってあった!」
「なら、お前も生徒会に入ってコネを作るべきだった。PPが足りないなら、足りるようにクラスを導いて貯蓄をすべきだった。そうすれば、退学者を出すことはなかった」
暴論だ。しかし、真理でもある。平田が誰かを救済したいのであれば、事前に出来るだけの準備をする必要があった。その努力もせずに、誰も犠牲にしたくないというのはただの綺麗事に過ぎない。
結局、今の平田は、誰も犠牲にしたくないという思いに酔っているだけ――
「何故、今お前はここで座っている? 本当に誰も犠牲にしたくないのであれば、明日という日が来るまで死に物狂いで足掻くべきだろう。例え無理でも2000万PPを諦めずにかき集めるべきだ。だが、お前は動いていない。自分は頑張った。仕方なかった――そんな言葉に甘えているだけ。それで誰も犠牲にしたくないというのは、ただの妄言でしかない」
「そんな、理不尽だよ」
「そうだな。理不尽かもしれない。でも、お前はその道を選んだ。全員を助けるなんて幻想は、本来胸の中だけにしまっておくものだ。しかし、それを口にするのなら、失敗した時に全ての責任を受ける覚悟を持たなければいけない」
帆波は覚悟を見せた。オレに自分の全てを捧げてでも、クラスメイトを守ることを決めたのだ。
しかし、平田は何もしていない。ただ子供のように泣きわめいているだけ――それで、何かが解決するのであれば苦労はなかった。
「ようやくわかった。お前は優等生で、クラスメイトから多くの尊敬を集める人格者だと思っていた――が、それは間違いだった。ただ出来もしないことを語るだけの薄っぺらい無能な生徒。それが平田洋介、お前なんだ」
「それが、それが君の……本性、なのか? 恐ろしく容赦のない、冷たい言葉だ」
平田の目から涙があふれ出る。だが、オレはそれでも平田を責めるのを止めなかった。
「いつまで夢を見ているつもりだ? お前が何を願うのも自由だが、それを望むのであれば、最後まで戦って足掻く以外に方法はない。その過程で退学者が出るのなら、それは甘んじて受け入れるしかない。それでも、前に進み続けるしかない」
「残酷な……話だね」
「前にも言ったが、今お前が立ち止まれば周りの生徒は次々と脱落していくぞ。でも、だからこそ、お前が最後まで前を向いて歩き続ければ、きっと全てが終わった時、すぐ後ろには多くの生徒が立っている」
失うものだけに目を向けすぎるな。今回の試験で、もう退学者は救うことが出来ない。それでも、次に同じことが起きないように、クラスを率いる人間には前を向く責任がある。
「でも……なら、僕はどこで弱音を吐けばいいのかな? 僕だけが、一人我慢して前を歩き続けなきゃいけないのかな?」
「そんなことはない。お前が困ったら、他の奴に頼ればいい。桔梗だって、雪だって、思いは一緒だ。女子に言いにくいなら、男子でもいい。須藤でも、幸村でも構わない。お前が頼りたいと思った相手に弱音を吐けばいいんだ」
別に人柱になれと言っている訳ではなかった。困ったら誰かと相談して、つらかったら休めばいい。弱音を吐くことは悪いことではないし、願うことや悩むことだって悪いことではないだろう。
ただ、それに囚われてはいけない。見ないふりをして逃げることも許されない――受け止めて、前に進むしかなかった。
「平田、今回の試験をしっかり見届けろ。それが今のお前に出来る唯一のことで、これから先同じことを繰り返さないための志になる」
「僕に、出来るかな……こんな僕に……」
「出来るさ。お前が今流している涙が、何よりもその証拠だ」
原作では、山内が退学して憔悴してからの出来事――しかし、今の平田なら受け止められるはずだ。
平田は涙を拭うこともせずにずっと頷いていた。「ありがとう」と、何度も呟いて、心の中にたまった膿を、涙と一緒に吐き出している。
おそらく、平田は明日山内が退学してショックを受けるだろう。それでも、原作のように逃げはしない。きっと、前を向いてくれる――今の平田を見て、オレはそう確信した。
原作との変化点。
・堀北ではなく、櫛田が山内と坂柳の繋がりを明らかにした。
この際、原作の堀北は明確に山内を退学にすべきと追及しているが、櫛田はあくまで清隆が狙われるのがおかしい点だけを注視して、山内の行動については咎めていない。そのため、平田が暴走することもなかった。
・平田を早めに追い詰めた。
本来であれば、山内が退学になり、クラスで孤立してから救済するが、面倒なのでさっさと夢から覚ました。平田は男子の中でも数少ない有能キャラなので、これからもボロ雑巾のように使っていくつもりである。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
山内の件ではほぼ傍観者。その後、平田を精神的に追い詰めて現実を理解させた。
・櫛田桔梗
清隆の指示で、山内を悪役に仕立てた。ちなみに、自分に批判票を入れてもいいと言ってはいるが、まず入らないことを確信している。事実、入らない。
・高円寺六助
櫛田が山内に狙いを定めたことに便乗した。既に高円寺も、櫛田の後ろに清隆がいることは察している。
・平田洋介
山内が退学になりそうでどうすればいいかわからなくなってしまっている。清隆なら何かしてくれると思ったが、厳しい現実を突きつけられた。しかし、それが正しいことだと理解して、しっかり前を向こうとしている┌(^o^┐)┐
・須藤健
咄嗟に山内を庇ったが、では清隆が退学していいのかと聞かれると何も言えなくなった。原作よりも成長しているせいで、論理的にどちらを切るのか正しいのかを理解してしまっている。
・山内
こんなにセリフが軽いキャラは初めて。口から出る言葉全てが嘘でむしろ凄いとすら感じる。