遂に試験の日がやってきた。とはいえ、特に特別なことをする必要はない。
ただ、称賛を受けるに相応しい人間と、批判するに値する人間を選ぶだけ――オレは称賛票に、雪、桔梗、平田の3人、批判票に山内、池、前園の名前を書いた。
前園は、原作だとクラスを裏切るので選んだが、ぶっちゃけ山内以外は誰でもいい。
他クラスへの称賛票については、原作通りに戸塚の名前を書いておく。今回、坂柳からは、別に葛城を狙うと聞いてはいないが、“気づいているぞ”――と、いうアピールだ。
平田も昨日のことがあって大分落ち着いているように見える。少なくとも、原作のように自分に票を入れろとは言っていなかった。
対する山内には落ち着きがない。投票後も絶えず貧乏ゆすりを続け、結果発表を今か今かと待っている。おそらくは本人も気づきつつあるのだろう。自分が坂柳にハメられたことに。
それでも、万が一の可能性に縋っている。
いや、縋るしかできないのだ。もはや、山内に出来るのは奇跡が起きるのを願うことだけ――それでも、結果は決まっている。この試験では退学するのは山内、お前だ。
「おい、ちょっと静かにしろよ春樹」
落ち着きがない様子を見せる山内に池がそう声をかける。
「う、うるせぇな。わかってるよ」
「フフフ、どうせ君の敗北は決まっているようなものだよ、違うかい?」
「なんだよ。何言ってんだよ高円寺。俺は退学になんてならねぇって」
「このクラスでは、おそらくかなりの生徒が君の名前を書いたはずだよ」
そう、まずほぼ全ての生徒が山内の名前を書いているはずだ。その上で、オレは念のために保険もかけていた。
「そして、君はホームズが退学することを狙っているようだがそれもあり得ない。彼は、このクラスがまだ纏まる前から、クラスを支えてきた大黒柱……加えて、昨日僕の所にスノーガールを始め、クラスの女子何人かからメッセージが送られてきた」
メッセージの内容はこうだ。『清隆はいつも、陰からクラスを支えてくれていた。今も、自分が退学になって誰かが助かるならそれでいいと考えてる。今回の件で反論しなかったのはそのせい。だから、みんなで清隆を助けてあげて』――と、実に良心に訴えるものになっている。
「君以外には届いているんじゃないかな? こんなメッセージを見せられて、それでもホームズに批判票を入れようと考えるのは、君やその友達くらいだろう。彼がクラスのために行動してきたという事実は間違いないのだからねぇ」
それだけではない。雪には口頭でも、涙ながらに助けを求めて回るように指示していた。
人間、泣く子には敵わないというが、これまで桔梗をサポートしてクラスを纏め、オレとの付き合いが長い雪が、泣いて頼み込めば大抵の人間は受け入れてくれるだろう。
しかし、山内は余裕の表情を見せた。それでも自分が退学になるはずがないと、高円寺の話を鼻で笑いとばしている。
「へっ、もういいか。話しちゃってもさ……俺は絶対に退学しないんだよ」
「ほう、理由を聞こうか?」
「いいぜ。この中の何人が俺に批判票を入れたか知らないけど、そんなものは関係ないんだよ。仮に、全員が俺に批判票を入れても41票。でも、俺の他にも批判票が入っている奴はいるだろ。綾小路だってそうだし、高円寺、お前だってそうだ」
確かに、オレも保険はかけたが、批判票が入る可能性はゼロじゃない。それは高円寺も同じだ。
「まぁ、綾小路は称賛票が入るかもしれないが、高円寺、お前はどうだ? 批判票を超えられるくらいの称賛票が集められるのかよ?」
「それは君も同じだと思うが……違うのかい?」
「ああ、違うね。俺はお前とは違うんだ」
「仲のいい友人が、同情して君に称賛票を入れたとしても、精々が4、5票だ。それでセーフティゾーンに入れるとは思えないのだがねぇ」
「はは、そんなもん関係ない。俺はさ、坂柳ちゃんにAクラスの称賛票を全部貰うって約束してるんだ。そうなれば、クラスの生徒全員が俺に批判票を入れたとしても、俺は退学にならないんだよ!」
クラスの生徒全員とは、随分と坂柳も吹っ掛けたものだ。原作では20票だったはずだが、山内の嫌われようから20票では足りないと判断したのかもしれない。
「だから、何人書いたって無駄なんだよ! 俺はAクラスに守られているんだ!」
仮に、坂柳が本当に称賛票を全て山内に入れたなら、山内は退学しないだろう。しかし、俺はまだAクラスに葛城派が多少残っているのを知っているし、坂柳が自由に動かせる票は精々が20~30が限界なのも知っている。
つまり、その約束は守られない。
「なら、何故そこまで不安になる必要があるのかな?」
高円寺も、山内の落ち着きのなさを指摘してきた。本人すら自覚しているくらいだ。高円寺が気づかないはずがない。
「敵と約束をするのなら、しっかりと契約を交わしたのかい? 交渉の基本だよ?」
「し、したぜ! Aクラスに移籍させるって! 2000万PPでな!」
そう言って、山内は紙を出す。そこには確かに、この試験を終えたら山内春樹をAクラスに移籍させるという文言で契約が書かれていた。
だが、これはあくまでAクラスに移籍させる確約をしているだけであって、この試験で山内に称賛票を全て入れる約束をしている訳ではない。おそらく、挙動不審の山内を納得させるために論点をずらした契約書を用意したのだろう。
「……これはこれは。それなら安心だねぇ。私が君に投じた批判票は無意味だったようだ」
「そうさ、無意味だよ無意味!」
もはや、高円寺ですらこれ以上責めるのが哀れに思えたようで、何とも言えない表情で山内を見ている。当の山内はそんな高円寺の態度に気づかず、頑張って余裕を取り繕おうとしていた。
「静かにしろ山内。廊下にまで声が聞こえてきていたぞ」
もう限界が近い――そんなタイミングで、茶柱が教室に入ってくる。
「待たせたな。これからBクラスの結果発表を行う。全員、席につけ」
ようやくとばかりに、山内が席に着く。「俺は大丈夫だ俺は大丈夫だ」と念仏のように唱えており、次点の退学候補である池や須藤も落ち着きなく過ごしている。
高円寺はオレの確約があるということもあって余裕綽々。当然、オレもここで退学しないと確信しているので、特に何かが変わりはしない。が、セフレたちは心配そうにしている。また、平田も、全てを受け入れるとばかりに目を閉じて結果を待っていた。
「では、まず称賛票の上位三名の発表から行う。3位は――平田洋介」
クラスの女子からの称賛票を殆どかき集めたのだろう平田が3位だった。この調子だと、クラス外からの称賛票があってもおかしくはない。
「次いで、2位だが――櫛田桔梗」
桔梗が2位か。昨日の件で少し票を落としたか? まぁ、ここら辺は接戦になるとは思っていたので、誰が何位だろうと関係はない。
「そして、1位は――椿雪、お前だ」
――予定通りだ。
原作では、他クラスの称賛票を集めた結果、オレが1位になるが、ここでオレにプロテクトポイントが付与されると、原作通りに次の試験で月城が介入してくる。
だが、もしオレにプロテクトポイントが付与されていない状態で、オレが司令塔になった場合、おそらくほぼ100%の確率で月城は何もしてこない。
月城にしても、オレに退学の危機を感じさせることが狙いであって、本当にオレを退学にするのが目的ではないからだ。
勿論、結果として退学になるのであれば致し方なしという考えではいるはずだが、下手にオレを退学にするために乱入はしてこない。それは原作の月城の動きからも明らかだ。
原作で月城が次の試験に介入した一番の理由は、オレに付与されたプロテクトポイントを使わせる為であり、元々持っていなければ勝敗は試験の結果に任せるだろう。
つまり、ここでオレが出しゃばらなければ、月城は動いてこないはずだ。とはいえ、確証はない。だが、オレは俺の記憶を信じている。退学を賭けるに値する情報だ。
「見事という他ない。55票というダントツの結果だ」
当然だが、雪が一位になったのはオレの仕込みだった。龍園との契約に追加して、龍園が自由に使える20票を雪に入れるように頼んだのである。
それでも、想定以上に票が多いが、多分坂柳がオレの意図を汲み取って、雪にも票を入れたのだろう。
仮に坂柳からオレへ渡す票が減っても、セフレたちが入れてくれる称賛票で十分に退学を回避できるので問題はない。
プロテクトポイントは手に入らないが、どうせ手に入れてもすぐに消費させられるのであれば、別の人物につけた方が得だしな。
「そして、批判票の1位は35票を獲得した生徒。残念ながらお前だ、山内春樹」
わかってはいたが、やはり坂柳の票は流れなかったか。その票は山内ではなく、オレと雪に流れているはずだ。
ちなみに2位は池の20票。3位は須藤が14票――須藤が原作よりも批判票が少ないのは、早い段階で態度を改めてクラスに貢献した結果だろう。
高円寺もセフレたちの票が入ったおかげで、危険域は余裕で抜けていた。
今回はオレと山内に票が集まるようにしたからまず退学するようなこともなかったし、退学を阻止した以上、契約は成立している。これからは、Aクラスを目指してある程度の本気は出してくれるはずだ。
「い、嫌だ! なんで、何で俺が退学しなきゃならないんだよ!?」
「……春樹」
親友の池ですら、どう話しかければいいかわからずに目を伏せている。
しかし、他人事ではない。今回は山内が坂柳に目を付けられたからこういう結果になったが、純粋な投票だったら池と山内はほぼ五分の結果だっただろう。
だからこそ、池は痛感しているはずだ。山内がいなければ、退学していたのは自分だった――と。
「なんで! 何でだよ!! こんなふざけた試験で――そ、そうだ! 坂柳! 坂柳に聞いてくださいよ! 俺に称賛票を入れるって話だったんですよ! Aクラスに行く契約だってしたんだ! 約束を守らないなんて、許されていいんですか!?」
「その明確な約束を示すモノを、お前は持っているのか?」
茶柱の問いに答えるように、山内が無意味な契約書を机に叩きつける。
「これです! 約束したんだ! 俺を助けるって!」
「……残念だが、これにはこの試験の後にお前をAクラスに移籍させるとしか書かれていない。それでは、何の証明にもならない」
「ひでぇ……ひでぇよぉ……!」
「悪いが、2000万PPがなければこの決定は取り消せない。退室だ、山内」
茶柱がそう命じるが、山内は聞こえていないのか、動く様子を見せない。
「早く退室したまえよ。君の存在はもはやデリートされたのだよ」
「認めてねぇよ俺は!」
「最後の最後まで、君は惨めで醜く、救いようのない不良品――と、いう訳か」
原作でもそうだったが、高円寺のこの煽りは、暴走しかねない山内の狙いを自分に向けさせるためのものだろう。
基本的に他人と会話をせず、醜いものが嫌いと公言している高円寺が、わざわざ山内を挑発し続ける理由など他にない。
山内の近くには女子もいる。下手に暴れさせた場合、どうなるかはわからない以上、自称紳士の高円寺が助けに動こうとしてもおかしくはなかった。
「うわああああああああああぁぁぁぁぁっ!!」
結果、狙い通りにキレた山内が高円寺に向かって、自分の座っていた椅子を振り上げる。
当然、直撃すれば大怪我だが、高円寺が山内程度の攻撃で怪我などするはずがなく、軽々と椅子の足を掴んで阻止していた。
「この私に殺意を向けたんだ。何をされても文句は言えないよ?」
「そこまでだ」
高円寺の言葉を聞いて、茶柱が止めに入る。実際、放置すれば、山内はどうなっていたかわからないので英断と言っていいだろう。
教師の中断が入った以上、高円寺もこれ以上何かするつもりはないようで、やれやれとばかりに椅子から手を放して席に座り直している。山内としても、一度頭に上った血も下がったのか、何とも言えない表情で固まってしまっていた。
「これ以上はやめておけ山内。お前のためだ」
山内も、改めて自分に向けられたクラスメイトの視線に気づく。普通なら、椅子を使って誰かを殴ろうとすれば、非難の視線が向けられてもおかしくはない。
しかし、今の山内には憐みの視線以外向けられていなかった。
クラスを裏切り、退学も認められない可哀想な男――そんな視線を受けて、山内はどうすればいいのかわからなくなったのだろう。「あぁ……あぁあああああぁぁぁっ!!」という、悲痛な叫びと共にその場に崩れ落ちた。
「……退室だ」
茶柱に連れられ、山内が教室から去っていく。当然だが、後味の良いものではなかった。重苦しい空気が教室を包み込む中、平田が一番に教室を去る。
その悲痛な表情を見て、みーちゃんも心配そうな声をかけるが、「すまない。少しだけ、整理する時間が欲しいんだ」と苦笑いを浮かべられると何も言えなくなっていた。
しかし、前を向こうという意思は感じる。
平田はもう大丈夫だろう――と、思いながら、オレも教室を出ていく。山内には悪いが、いつまでも過去に囚われている暇はない。
場の空気を読んだのか、綾小路グループも活動を自重しようという話になった。雪や堀北は生徒会、桔梗や恵、千秋たちはクラスのまとめということで、久しぶりに一人での下校となる。
いつも帰る時は必ず誰かしらが一緒にいるのだが、今回はまるで狙ったように一人になることが出来た。
◇◆
教室を出て、階段を下りていく。一階にある掲示板には、今回の試験結果が既に張り出されており、他クラスの結果も記載されていた。
クラス内投票結果
退学者
Aクラス 戸塚弥彦
Bクラス 山内春樹
Cクラス なし
Dクラス 時任裕也
以上3名。この試験によるクラスポイントの変動はなし。
また、逆に称賛票の1位は、Aクラスが坂柳、Bクラスは雪、Cクラスは帆波、Dクラスは龍園となっている。
とはいえ、これはわかりきっていた結果だ。Aクラスは20程の称賛票をオレと雪に入れ批判票をある程度相殺、Cクラスは一之瀬経由で龍園に入れさせた。
そして、Dクラスの半分は雪へ入れており、坂柳や帆波はクラスの称賛票の大半を手に入れている。こうなるのは必然。
「クク、どうやら退学し損ねたみたいだなハゲ」
俺が試験結果を確認していると、そう嗤うような声が聞こえてくる。振り返ると、龍園と葛城が並んで階段を下りて来た所だった。
「……そうだな。俺は生きながらえた。しかし、お前も消える危険があった試験だったんじゃないか?」
「クク。俺には死神が味方してくれたのさ」
「死神だと?」
「気にすんな。お前には見えない死神だからな」
まさか、その死神とはオレのことか?
「しかし、坂柳のヤツも面白い手を打つじゃねぇか。敢えて、お前の唯一の味方を切り捨てるなんてよ」
「ッ……!」
「完全に心を摘み取られたか?」
「……これ以上、俺がむやみやたらに動いても、何一つ得はない」
そう言って黙る葛城だが、その表情は鬼気迫るものがあった。基本的に保守的な性格をしている葛城だが、牙を持っていない訳ではない。
ずっと自分を慕ってきてくれた仲間を陥れられ、このまま黙っているつもりはないのだろう。その顔には、必ず目にもの見せるという覚悟が感じられた。
「大人しく卒業まで静かにしてんのかとも思ったが、そんな顔が出来るんなら話は別だ。今のお前なら、坂柳に一杯食わせることも出来そうだな」
「……冗談はよせ。それより、貴様こそどうするつもりだ? 今回の試験を通じて、クラスも締め直したんだろう? 次は誰を狙うつもりだ?」
「さてな」
龍園が話をはぐらかすと、ならば会話は終わりだと言わんばかりに葛城は去っていく。
残されたのがオレと龍園だけとなると、ニヤリと、いつもの楽し気な笑みを浮かべた。
「時任の断末魔の叫びは心地よかったぜ」
「それは何よりだ」
「可哀想な奴だよあいつは……最後までお前を信じていた」
「契約書を使ってしっかり約束をする提案をしなかったあいつが悪い。人を簡単に信じると痛い目を見ると学べて時任も喜んでいるだろう」
オレが時任の退学に欠片も同情していないことがわかると、「それでこそお前だ」と、嬉しそうに笑っている。
「しかし、お前はプロテクトポイントを手に入れなかったのか。まぁ、理解できなくもないが、表向きのリーダーを任せている桔梗よりも雪を優先させたのは何故だ?」
「深い理由はない。ただ、南雲に狙われやすそうなのが雪ってだけだ」
「ああ、そういえばそんな奴もいたな」
どうやら前回の混合合宿で南雲の醜態を見て、すっかり興味がなくなっていたらしい。
「PPをかき集めていたのも、一之瀬に助けを求められたから……だが、いくら付き合っているとはいえ、ただで2000万もやった訳じゃないだろう? 見返りはなんだ?」
「別にたいしたことはない。そもそも2000万は貸しだ。いつか返してもらう。その上で帆波には、次の特別試験でDクラスを狙うように頼んだだけさ」
まぁ、返す金額は1000万PPで、帆波とは奴隷契約を結んでいるが、それを素直に教えてやる理由はなかった。
「……坂柳と戦うつもりか?」
「うちは今Bクラスだ。Aクラスを狙おうとするのは当然のことだろう?」
おそらく、龍園は次の特別試験で坂柳を狙ってくるつもりだったのだろう。帆波のクラスとの格付けは、混合合宿で大体済んでいる。
今回の試験で坂柳を倒して挑戦権を手にし、2年度からはオレとの決戦――という考えだったはずだ。
しかし、ここでオレと坂柳の勝負が始まるのであれば話は変わってくる。
龍園としても、オレと坂柳のカードは興味があるはずだ。その上で、勝った方を後に食べたいと考えるのが当然の欲求だろう。
本来であれば、次の試験の話し合い時にそう提案する予定だったが、丁度いいので話を前倒しにしてやることにした。
「……いいだろう。見届けてやるよ、その対決」
そう言って龍園も去っていく。予定通りの状況だ。これで、次に坂柳と戦う舞台は用意できた――と、考えていると、噂をすれば影と言わんばかりに、坂柳からメールが届いた。
特別棟で待つということなので、そのまま坂柳の下へ向かう。原作通りならば、月城が顔を出してくるはずだ。
念には念を入れて、ペン型ビデオカメラとICレコーダーを準備しておくべきだろうが、今回は敢えてどちらも用意しないでおく。月城と敵対する気はないし、どうせバレたら壊されるだけだしな。
◇◆
指定場所である、特別棟の3階へ向かう。須藤が冤罪を仕掛けられ、坂柳と初のおしがま選手権を開催した思入れの場所――そこで、坂柳はオレを待っていた。
「来てくださいましたか」
「タイミングよく暇だったからな」
「それは良かったです。実は、聞きたいことがあって呼び出させて貰いました。我が、一年Aクラスでは戸塚弥彦くんが批判票を35票取り退学となったのですが、彼には批判票が全部で37票入っていたはずなんです。1票は葛城くんだとして、残り1票――誰が入れたのかな、と、不思議に思いまして」
半ば確信していると言わんばかりの言い方だ。確認する必要はないと思うのだが――
「ああ、オレが入れた」
「やはり、そうでしたか。しかし、私は誰を退学にするとは言っていなかったと思うのですが、何故彼を退学にすると思ったのですか?」
「別にたいした理由はない。ただ、Aクラスの現状を考えれば、退学にすべき生徒は限られてくる。葛城は表舞台から降りはしたが、それでも奴を慕う生徒は少なくない。だが、葛城は優秀だ。退学させるには惜しい。ならば見せしめの意味もかねて、退学させるのであれば葛城を慕っていて能力に劣る生徒――と、考えた時に出てきたのが戸塚だっただけだ」
同時に、戸塚を退学にさせることで、葛城に釘を刺すことも出来る。もし、裏切れば次は別の人間が退学になるとな。
まぁ、それは龍園も同じだった。時任を退学させることで、反抗勢力は一気に沈静化しただろう。また、前に一度裏切りをして救済された真鍋は、もう二度と裏切らないと誓ったはずだ。
「素敵ですね。やはり、あなたは私が倒すべき相手です」
「別にたいしたことでもないだろう」
「そうでもありませんよ。この試験を通じて、あなたもクラスの要らない生徒をデリートした。それも、自分に都合のいい状況を作った上で――この試験は、紛れもなく何者かがあなたを退学にさせるために用意させた舞台装置なのはもうお気づきですよね? あなたはそれを逆手に取った。これが素晴らしいと言わず何といいましょう」
坂柳が前回匂わせてきたのもそうだが、原作知識でこの試験の真相は知っていたので頷いておく。
「実は、私にあなたを退学させろと、とあるメールが送られてきたんです。おそらくは、父を停職に追いやった人間でしょう。元々の追加試験は、他クラスに投じるのは称賛票ではなく批判票を投じる形で行わせるつもりだったもののようですから間違いありません」
「そんな理不尽なルールがまかり通っていたら、どんな生徒でも結託して退学させることが出来るな」
「ええ。現職員たちの猛反対もあり、その事態だけは避けることが出来たみたいですが、そんなものに協力してあなたを退学にさせることほど面白くないことはない。よって、どんなことがあっても、あなたを守れるようにAクラスの持てる限りの称賛票をあなたに入れることに決めました」
まぁ、だろうな。この女は素直な性格をしていない。どんなに圧力をかけられたとしても、鼻で笑って反対の行動を取ろうとするだろう。
「これが、今回の特別試験であなたとの戦いを避けた一番の理由です。後は、一刻も早く父が復帰して、正常な学校運営に戻ると良いのですが――」
と、坂柳が話していると、二人だけしかいないはずの特別棟に、コツコツと足音が聞こえてきた。
話をやめ、視線を足音の方向へ向ける。すると、黒いスーツに身を包んだ一人の男が、オレたちの前に姿を見せた。
「やあ、こんにちは。この学校に来るのは初めてでね。職員室がどこにあるかわかるかな?」
「職員室ですか、それはまた随分と見当違いの場所をお探しですね。所で、失礼ですがどちら様でしょうか?」
「私は、今度理事長代理を務めることになった月城と申します」
見た目は温厚そうな中年だ。細い目をこちらに向けて優し気な笑みを振りまいている。
「フフ、そうでしたか。しかし、偶然迷ってここに足を踏み入れるとは、理事代行は相当な方向音痴のようですね。あるいは……私たちの様子を探りに来たのかと思いました」
ここは特別棟の3階――職員室があるのは基本的に1階だ。どう迷い込んでもこんな場所に来るのは不自然。オレと坂柳の動きを前から探ってここに来たと考える方が自然だろう。
いや、来るように誘い出した――というべきか。
前回、坂柳と真澄たちとわざわざ特別棟の入り口で話をしたのは、特別棟が隠れ家です――と、月城にアピールするためだ。今回も、特別棟に移動するオレたちをカメラで見つければ、ここいることを察するのは難しいことではない。
「面白いことを言う子だね。いやいや、とても愉快な学校だと聞いていたが、皆、君みたいな生徒たちなのかな? では、失礼するよ」
そう言って、月城はオレたちの間を通るように歩みを進める。
「職員室をお探しなら、引き返してですよ? 校舎が違います」
一応、表向きの理由に答えるようにそう声をかける坂柳だが、月城は笑顔のまま彼女が持つ杖を蹴り飛ばした。当然、突然支えを失った坂柳は倒れそうになる。
仕方なく、体を抱き込んで倒れるのを防ぐ。同時に尻を撫でてやると、えっちな行動は許さないとばかりに月城がオレの腕を引き上げた。
そのまま、立て続けに首を抑えられる。かなりの力だ。声を出すことはおろか、まともに呼吸をすることすらできない。
「噂に聞いていたほどじゃないね。綾小路清隆くん」
そう言われてもな。どんな人間だって、坂柳を守りながら月城ほどの実力のある人間の攻撃を防ぐのは不可能だろう。
「……随分なことをなさるじゃありませんか、理事代行」
坂柳には極力衝撃が行かないようにしたおかげか、特に怪我もなかったようで、ゆっくりと起き上がっている。
「君には指令が行ったはずだけどね。彼を退学させるようにと」
「あのメールは、あなたのお仲間からのモノでしたか。学校関係者が露骨に生徒を退学にさせられない以上、私のような人間を頼りたくなるのは無理もありませんね」
起き上がり終えると、「助かりました、綾小路くん」と感謝されたので腕を上げて返事をしておいた。
「理事代行が生徒に暴力行為をして、問題にならないと思います?」
「ここは監視カメラがないから心配いらないよ。だからこそ、君たちもここでの話し合いを選んだんだろう?」
まぁ、証拠が残らないという安心感はある。
「さて、父上からの伝言だよ。『これ以上、子供の遊びに付き合う気はない。すぐに帰ってこい』とのことだそうです。イエスなら、瞬きを二回しようか?」
ここは瞬きを使用したモールス信号で月城にコンタクトを取っていく。『親父殿の本心は、既にわかっているので演技しなくてもいいですよ』――と。
「……自主退学の意思なし、と。抵抗の一つでも見せてみませんか? もっと、普通の子供じゃない所を見せてくださいよ」
もっと――ってことは、モールス信号には気づいたな。なら、『あなたも、親父にこき使われて大変ですね。オレでよければ手を貸しますよ。ここでしばらく休んで行ってはどうですか』と、瞬きしていく。
「……成程、眼力だけは一人前ですねぇ。君の力、見てみたいんですが?」
ふむ、オレの実力を確認しないことにはどうにも言えないってことか。
では、続けて『次の機会に、お見せできるかもしれません』――と、返すと、月城はオレから手を離した。
「正式に私がこの学校で活動を始めるのは4月からです。どうぞ、お楽しみに」
そう言って、月城が去っていく。
おそらく、オレが親父たちの思惑に感づいているというのはこれで伝わったはずだ。
それでもあの親父殿のやることは変わらないかもしれないが、オレが月城の立場を理解していることも伝えたし、多少は原作よりも関わり方がマイルドになるだろう。
「賢い選択でした。綾小路くん」
「相手は理事代行だ。オレが下手に反撃すれば、どうなるかわからないからな」
ここは監視カメラがないが、月城が監視カメラを持っていないとは言っていない。あいつも、普段のオレのように一見カメラに見えないカメラを隠し持っていた可能性は十分ある。
「お体は大丈夫ですか?」
「問題ない。あの手のことには慣れている。それよりも坂柳」
「はい、なんでしょう?」
「さっき助けたお礼に、オレの部屋に来ないか?」
「……台無しです」
ジト目でこちらを見る坂柳だが、それでも拒絶はしなかった。流石に山内が退学したばかりで、女を呼ぶのは不謹慎だと思ったが、事情を知っている坂柳なら罪悪感も薄れるというものだ。
安心しろ、山内。オレが敵を討ってやる。
と、いうことで、そのまま坂柳をお持ち帰りして、第五回おしがま選手権を開催していく。
また、坂柳は最近病院に通っているようで、激しくしないのであれば性行為をしても問題ないと診断されたらしい。
そこで、次の特別試験で坂柳が負けたら、オレに処女を差し出すと言ってきた。どうやら、戦いの場を全てオレが整えてくれたことに対するささやかなお礼らしい。
坂柳の小さな体で、オレのTレックスに耐えられるかは少し心配ではあるが、そこまでされてやる気が出ない男はいなかった。普段、あまりやる気を見せないオレのやる気を見て坂柳も嬉しそうな笑みを浮かべる。
しかし、場所がトイレで、黄金の噴水が出ていることもあって全て台無しだった。五連覇である。
原作との変化点。
・清隆にプロテクトポイントを付与しなかった。
どうせ、付けても月城にすぐに剝がされるので、代わりに雪に付けた。そのために、龍園との契約で雪に票を入れるように頼んでいる。
・時任が退学した。
本来であれば真鍋だが、この世界では時任が退学している。坂柳とイチャイチャする未来などなかった。ちなみに、断末魔の叫びをするシーンも一応書こうと思ったのだが、山内とそう変わらなかったので書くのを止めている。
・一之瀬クラスの称賛票は龍園に入れている。
全員嫌がったが、2000万を貰うための条件だと一之瀬に言われて渋々従っている。
・龍園に、次の試験でCクラスを狙わせた。
奇しくも原作通りの対戦カードになっている。
・特別棟の三階で月城を誘い出した。
その際、目のモールス信号でいろいろ合図している。月城はパパンと違って優秀なのですぐに理解した。原作でも月城は立ち位置が明言されていないが、数少ない情報から、橋本の上位互換だと独自解釈している。つまり、パパンと鬼島両方と繋がっており、上手くメリットを提示出来ればこちら側に付かせることも不可能ではないはずと解釈。
・山内の敵討ちをした。
坂柳を呼びだしておしがま選手権五回目を開催、無事に五連覇を達成させた。また、次の試験で負けたら自分の処女を差し出すと、レートを上げてきている。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
次の試験では、プロテクトポイント無しで司令塔にならなくてはいけなくなった。とはいえ、負けるつもりはないので問題ない。
・茶柱佐枝
山内を連行した。R18の酷いバージョンでは、ここで猿となった山内に襲われることも考えていたが、過激すぎるのと微妙だったので止めている。
・坂柳有栖
原作通りに月城をつり出したが、思った以上に強引な手で来て驚いている。ちなみに、原作だと特別棟の三階ではなく普通に一階で話しているが、もう三階が隠れ家になっているので三階に勝手に足が進んだ。
・山内
退学した。もう二度と出てくることはないだろう。
・龍園翔
時任を退学にした。これで、Cクラスの反乱分子も大人しくなっている。また、葛城の様子を見て使えることを再確認した。ちなみに、本来なら南雲の1500万PPを使って葛城をクラス移動させるつもりだったが、失敗したので混合合宿が終わった後からPPを集めて葛城をクラス移動する資金を貯めている。クラス移動前のひよりからも貯めていた全PPを徴収した。
・葛城康平
戸塚を退学にさせられて坂柳への復讐を誓っている。
・月城常成
パパンの命令でやってきたが、既に噂の清隆がこちらの思惑を理解していることを知って驚いている。本当かどうかの確認も含めて、これからどう動くか悩み中。