様々な思惑が交錯する準備期間を終えて、遂に1年度の最終特別試験当日がやってきた。
クラスメイトたちの心配そうな視線を一身に受けながら、司令塔が指示を飛ばすための多目的室がある特別棟に足を踏み入れると、既に坂柳と帆波は先に来ていたようで笑顔で雑談をしている。
どうやら、まだ少し早いせいか、多目的室は開場されていないらしい。オレもまた、二人と合流するために、そのまま歩を進めた。
「おはようございます綾小路くん」
「おはよ、清隆くん」
二人に挨拶され、オレも手を挙げて答える。
「4人揃った段階で声をかけるように言われたよ」
「あくまでも、公平に進めようということですね」
「つまり、後は龍園が来るのを待つだけ……ってことか」
原作でも遅刻が得意な龍園だ。時間ギリギリまで来るようなことはないだろう。
おそらく、少しでも帆波を精神的に崩そうとしているのかもしれないが、今の帆波はオレという支えがある以上、そう簡単には折れはしない。
「今回、一之瀬さんはどういう作戦でDクラスに勝負を仕掛けるつもりなのですか?」
暇つぶしと言わんばかりに、坂柳が帆波に探りを入れてきた。
原作と違って、龍園がリーダーを継続している以上、Dクラスは雑魚集団ではない。無策で行けばやられるのは、ここにいる全員の共通認識だ。
「どういう作戦か……基本的には真正面からぶつかっていくつもりだよ」
「真正面から、ですか……聞けば、CクラスとDクラスは今、少し揉め事を起こしているとか」
「そうだね。前々から突っかかっては来てたんだけど、まさか試験前に手を出されるとは思わなかったよ。おかげで、こっちも戦力を失っちゃった」
坂柳も、あれが龍園ではなく、帆波側から仕掛けたものではないか――と、疑っているようだが、欠片も動揺を見せない帆波を見て肩をすくめている。崩せないとわかったのだろう。
「でも、負けないよ。私たちも勝つために努力してここにきてる。特に結束力が大きく試されるこの試験で、簡単に負けるわけにはいかない」
「……成程、確かに一之瀬さんの仰る通りです。この一年の集大成を見せるこの試験、結束力は重要なファクターだと言っていいでしょう」
「勿論、他のクラスを馬鹿にしている訳じゃないよ。けど、私たちは二回の退学を逃れた自負がある。その絆は、学年でも一番だと思ってるだけ」
と、帆波が告げると、「クク」という独特な笑い声と共に、カツンカツンと地面を強く蹴るような足音が聞こえてきた。
原作では不意打ちの参加だったが、今回は初めから参加している。故に、その登場で誰かが動揺することはない。だが、それでも龍園が来ただけで、空気が少しピリッとしたものに変化した。
「話が下まで聞こえて来たぞ。何が絆だ、笑わせる……その絆とやらのせいで、うちのアルベルトはこの試験に参加できなくなっちまったんだぜ?」
「仕掛けてきたのはそっちでしょ?」
「クク、まさかお前に冤罪をかけてくるだけの胆力があるとは見抜けなかったぜ。完全に俺の不覚だ。今回は素直に参ったと言っておく」
須藤の時とは違う。この学校側の仕組みが変わっておらず、Dクラスに対応策がない以上、この冤罪は成立する。
仮に、この試験で龍園が勝ったとしても、アルベルトは停学を貰い、Dクラスのクラスポイントもいくつかマイナスになるだろう。
「だが、これで勝った気になるのは少し早いな」
「別に勝った気になんてなってないよ。本番はここからなんだから」
「そうだ。お前もいろいろやってくれたが、それでも状況はほぼ五分――勝負は、どっちが相手を先に出し抜くかにかかっている」
「悪いけど、譲る気はないよ」
「俺もだ。どんな手を使っても勝つ――それは、ずっと変わらない」
龍園の気迫に飲まれないように、帆波も笑みを浮かべる。それを見て、坂柳も楽し気な笑みを浮かべていた。
「いいですね。CクラスとDクラスの対決も面白くなりそうです。この目で見られないことが残念なくらいですよ」
「そっちが棄権してくれれば、特等席で見られるかもしれないぞ?」
「それは無理な相談ですね。何故なら、彼らの戦い以上に、私はこの戦いを楽しみにしているので」
こちらもやる気は十分ということか。
「さて、全員揃ったことですし、参りましょうか」
坂柳を先頭に、クラス順に多目的室へと入っていく。すると、前回にはなかった壁のようなものが作られており、丁度室内が半分で区切られるようになっていた。
「CクラスとDクラスの生徒は、あちら側へ移動するように」
Aクラス担任の真嶋の指示で、帆波と龍園が移動していく。それに続くように、真嶋と茶柱も移動していった。
どうやら教師がクラスの味方をしないように、進行役の教師を入れ替えているらしい。これも原作通りだ。こちらには、Cクラス担任の星之宮とDクラス担任の坂上が残っている。
「5分後から試験開始だから、今のうちに気持ちを作っておいてね」
そう言って、星之宮は坂上と打ち合わせのようなものを始めた。流石に忙しいようで、こちらにちょっかいを出す素振りは見られない。
坂柳と共に、パソコンの前に立つと、自ずと視線が互いの方を向く。
「やっと、やっとこの日がやってきました。昨日の夜は正直眠れなくて、朝寝坊する所でしたよ」
「ペーパーシャッフルでも戦ったはずだけどな。あれはうちの勝利だったが」
「あんなものは児戯ですよ。それに、仕掛けようと思えば、こちらも仕掛けられました。あれは勝たせてあげたんです」
まぁ、実際本気で坂柳が動こうと思えばもっと悪辣なことしてきたのは事実だ。あれはあくまでおしがまの逆襲で脅しに来ただけで、勝敗がどうでも良かったというのは嘘ではないのだろう。
「こうして、本気の勝負を挑むことをずっと目標に生きてきました。この学校であなたと再会したのは単なる偶然ですが、私はいずれあなたと再会することを確信していました。運命として、それは決まっていたんです」
「運命とは、随分と壮大な言葉を使うな」
「乙女ですから、私も」
そう言って、坂柳が笑みを浮かべる。
「もしあなたがこの学校に進学していなければ、もう3年はお預けでしたね。ですが、私は楽しみを胸の内に秘めながら、慌てず過ごせる自信がありました……でも、もう駄目です。あなたがそばにいるとわかってからは、日々が長く感じて仕方なかったんです」
何となくだが、気持ちがわかる。
オレも、混合合宿ではもっと耐えられると思っていたが、やはり終盤は耐えられなくて手を出してしまったからな。人間、手が届くと思うと耐えられないものだ。
「早く戦いたい。そんな気持ちを抑え込むには随分と苦労しました。それほどまでに、夢見ていたんです」
「夢から覚めるのが怖くはないのか?」
「夢はいつか覚めるものですから」
その言葉を聞いて、ふと物心ついた時に消えた俺のことを思い出した。あいつも、いわばオレの夢のような存在だったのかもしれない。
「普段なら、お手柔らかにと申し上げる所ですが――全力で向かってきてくださいね」
「……どうやら勘違いしているらしい」
坂柳は、まるで上座で待っているような物言いだが――
「全力で来るのはお前の方だ。オレに本気を出させてみろ」
――上座にいるのはオレだ。
「はーい。そろそろ試験を始めまーす。席についてー」
星之宮の声に従い、互いに席に着く。機材が邪魔で互いの顔は見えないが、坂柳のやる気は真っ直ぐに伝わってきた。
パソコンの画面には、我らがBクラスのメンバーの顔写真が表示されており、オレを除く計40人がこれから戦っていくメンバーとなる。
「特別試験の進行を担当する坂上です。早速ですが、1年度最終特別試験を始めたいと思います。各クラス5種目を選択し、決定ボタンを押すように」
生徒の顔写真と共に表示されていた10種目の中から5種目を選ぶ。原作と違って、オレが選択したのは『バスケットボール』、『弓道』、『タイピング技能』、『水泳』、『テニス』の5つだった。
対するAクラスは、『チェス』、『英語テスト』、『数学テスト』、『現代文テスト』、『フラッシュ暗算』の5つがチョイスされる。原作通りであり、葛城が推測した通りのものだった。
オレが『卓球』ではなく、『水泳』を選んだのは、雪の存在があるからだ。
もし、運がなくて連敗しても、雪がいれば『水泳』で取り戻せる。その場合、チェスの打ち手は最低限ルールを覚えさせた恵に頼むことになるだろう。
「ここからは、完全なランダム抽選を行い、こちらで7種目を決定していきます」
「それにしても綾小路くん。相手が坂柳さんだなんて可哀想……先生、同情しちゃう」
「星之宮先生。慎むように」
「は、はぁい。私語してすみませーん」
と、教師同士の漫才を見ながら、モニターに視線を向けていく。坂上も、「中央の大型モニターに抽選の結果が表示されるようになっているので見るように」と声を上げた。
同時に、モニターの画面が切り替わり、『抽選中』の文字が表示される。しばらくして、映し出された一戦目は――
『数学テスト』 必要人数7人 時間50分
ルール・1年度における学習範囲内の問題集を解き合計点で競う。
司令塔・1問だけ代わりに答えることが出来る。
やはり、原作と結果が変わっていた。本来ならバスケだが、ここで『数学テスト』を引き当てるとは――Aクラスが選んだ種目ということで、圧倒的にこちらが不利なスタートとなる。
「坂上先生。私たち生徒の私語は自由なのでしょうか?」
「特に決まりはありません。どうぞ、ご自由に」
「つまり、舌戦を繰り広げるのは自由ということですね?」
「うわー。坂柳さん、容赦なーい」
と、星之宮は声を上げるが、坂上は生徒同士の私語は自由だとは言ったが、教師は自由だとは言っていない。
「星之宮先生?」
「はいっ、すみません! もう私語しません!」
再び似たようなやり取りを見て、早々に7人を決めた坂柳が口を開く。
「悩んでいるようですね。まだ種目は6つ残っていますし、当然と言えば当然です。ここで主力となる生徒を使っていいのか、使って勝つことが出来るのか……」
うちの学力担当たちを結集すれば勝つ可能性は十分ある。原作では『英語テスト』を捨てて『数学テスト』に可能性をかけていたが、坂柳もうちが英語の方を苦手にしているのは知っているはずだ。
だからこそ、この一週間で鈴音や啓誠たち学力組には、桔梗を通じて英語を主軸に勉強するように言ってある。みーちゃんの得意科目が英語なのも併せて、意外性の『英語テスト』で勝ちを狙う――つまり、ここは捨てだ。
「数学は捨てますか? それとも、総力戦で勝負しますか? フフ、綾小路くんの考えは読めますよ。Bクラスが数学を捨てることを見越して、私たちAクラスも戦力を温存されるかもしれないのが怖いんですよね? 私が捨てを見越して、Aクラスの控えメンバーを選んでいる可能性は十分にあります」
坂柳の挑発を無視して、7人を選んでいく。『沖谷京介』、『南伯夫』、『佐藤麻耶』、『篠原さつき』、『井の頭心』、『園田千代』、『市橋瑠璃』――恵以外、原作でも捨てだったメンバーをここでもチョイスしていく。
対するAクラスは的場を始めとした学力の高い生徒で纏まっていた。何だかんだ挑発しても、オレなら引かないと思ったのだろう。読みが外れた形だ。
「……数学で勝負を仕掛けてくると思いましたが、まさか捨ててくるとは」
「想定外か? 理だけが勝負を決める要素じゃない。オレの考えを見透かせているようなことを言っていたが、その様子じゃ本当かどうかわかったものじゃないな」
「ですが、結果はうちの勝ちです」
確かに、勝負を捨てたことでAクラスに先制された。とはいえ、まだまだ勝負はこれからだ。
そのまま50分のテストが終わり、Aクラスの1勝となる。その後、再びモニターの表示が『抽選中』へと変化し、次の種目が表示されていった――
『フラッシュ暗算』 必要人数2人 時間30分
ルール・珠算式暗算を使って、正確性と速さを競い、1位を取った生徒がいるクラスの勝利となる。
司令塔・任意の1問だけ答えを変えることが出来る。
2連続でAクラスが選んだ種目となった。だが、ここは負ける訳にはいかない。葛城は手を抜くと言っていたが、オレはそんな甘言を信じるほど甘くなかった。切り札の一つを、早々に切っていく。
原作通り、『高円寺六助』と『松下千秋』をチョイスする。インカムを付けるのは千秋だ。高円寺は放っておいても満点を取ってくれる以上、指示を飛ばす必要がない。消去法で、千秋以外にインカムを付ける人間がいなかった。
対する坂柳は、『葛城康平』と『田宮江美』の二人を選んでいた。原作でも、田宮は大した生徒ではない。本気を出すと約束した高円寺ならば容易く蹴散らしてくれるだろう。
高円寺としても、バスケやテニスのような集団戦よりも、計算してさっくり終わりの種目の方が楽なはずだ。
「問題は全部で10問。後ろに行くほど難しい問題になるが、高得点の配分となっている。同率1位が出た場合に限り、どちらかが間違うまで延長戦を行うものとする」
千秋のインカムを通じて、高円寺の鼻歌が聞こえてくる。契約がある以上、原作のように試験を放棄することはないと信じていたが、やはりやる気のある高円寺を見ると安心できた。
1問目は簡単だが、徐々に難しいものに変わっていく。6問目くらいまでは何とか千秋も食らいついていたが、7問目から3桁12口4.5秒。8問目は3桁15口3.5秒。9問目に至っては3桁15口2.5秒で、流石の千秋も匙を投げている。
手が動いているのは葛城と高円寺のみ、しかし葛城は苦しそうな表情だが高円寺は余裕そのものだった。モニターを見ていた星之宮は「い、いやいやこんなの無理でしょ~!」と声を上げており、坂上も「難易度が少々高すぎるようですね」と呟いている。
最後の10問目は3行15口1.6秒の問題が出題された。流石の葛城もペンが止まる。回答出来たのは高円寺だけだった。
あの場ではな。
「えー……では、司令塔が1問、指示を出してください。後ろの答えほど高得点です」
千秋に最後の問題の答えを指示する。坂柳もまた、葛城に答えを伝えたようだった。
同時に、モニターを通じて、『フラッシュ暗算とは、中々に面白い遊びだねぇ。初めてやったよ』という、余裕の声が聞こえてくる。当然、高円寺には答えがわかったのだろう。
「綾小路くんは何問目を何と教えましたか? 私は10問目を、7619と答えましたが」
「オレも同じだ」
「あの様子では高円寺くんも正解しているでしょう。つまり結果は、葛城くんが他の問題を正解していたかどうか――と、いうことですね」
教師たちが急いで4人の結果を集計していく。もし葛城が全問正解ならば、高円寺との一騎打ちになるが、おそらくその可能性は殆どない。原作でも8問が限界だったみたいだしな。
「集計の結果、1位は全問正解の高円寺六助。Bクラスの勝利です」
約束通り、高円寺は勝利をもたらした。『当然だねぇ』と言いながら、部屋を出ていこうとする姿がモニターに映る。
「負けてしまいましたね、葛城くんの懐柔に成功して油断してくれると思ったのですが」
「お前はそんな甘い相手だとは思っていない」
「そうですね。確かに彼が、私に対して恨みを抱いているのは間違いないでしょう――が、そんなウィークポイントを見逃すほどこちらも優しくありません。私のことをよく理解されているようで嬉しいです」
平田や鈴音が警戒していたように、裏切るような行為をすればAクラスの仲間を退学にさせると言っていたのだろう。
原作でもそうだったが、葛城は仲間思いな奴だ。いくら恨みがあっても、それで犠牲者が出ることを良しとはしない。
「しかし、こちらの種目で1勝を奪われたのは厳しいですね。何とか取り戻さないといけません」
「悪いが、このまま流れに乗らせてもらう」
また、モニターの表示が『抽選中』へと変化していく。2連続でAクラスの種目が選ばれたのだ。そろそろうちの種目が選ばれてもいいだろう――
『バスケットボール』 必要人数5人 時間制限20分(10分を2回)
ルール・通常のバスケットボールに準ずる。
司令塔・任意のタイミングでメンバーを1人まで入れ替えても良い。
ようやく来た。それも、うちにとってかなり有利な種目だ。ここに勝って完全に流れを掴む。
「遂に来ましたね。Bクラスがスポーツ競技で固めてくるであろうことは読めていました。Aクラスに比べて勉強のできる生徒が少ない以上、定石と言ってもいいでしょう。特に、このバスケットボールには、学年一と名高い須藤くんがいますからね。下手な戦力ではこちらに勝ち目はない気がします」
「つまり、そちらが勝つには須藤を潰す以外に手がない訳だ」
「そうですね。ですが、他が素人であるならば、須藤くんを止めてしまえば勝機が出てくると考えるのは当然のことです。あなたがそこに配慮していないとは思えませんが……」
勿論、須藤が動けないパターンも考えてある。原作と違い、開幕から『須藤健』をチョイスした。
続けて、運動能力の高い『牧田進』に、須藤がチョイスした『南節也』、『池寛治』、『本堂遼太郎』を選ぶ。
この一週間、須藤はこの5人でバスケの練習をしていた。PPを支払って、体育館を貸し切りにし、バスケ部の先輩にまでコーチを頼んだくらいだ。こちらがバスケットにかける勝利への渇望は伊達ではない。
対するAクラスは、鬼頭や町田を始めとした運動能力の高いメンバーを選んでいた。
原作では確か、鬼頭がバスケ経験者だったはずだ。後は、この一週間のチームワークがどこまで通用するかにかかっている。
「最初から須藤くんを投入してきましたか。彼を使わずに勝ちを狙いに行く策もありかと思いましたが、思いのほか堅実にきますね……」
程なくして試合が始まった。ジャンプボールと同時に、須藤がボールを奪い、ガンガン攻めていく。やはり、須藤は頭一つ抜けており、Aクラスと言えど簡単に止められはしなかった。
しかし、ただでやられはしない。坂柳がインカムで指示を飛ばすと、鬼頭と町田のダブルチームで須藤の動きを止めていく。
『――ッ! この動きっ!』
クラスの中でも実力のある牧田を上手く使って須藤もポイントを奪い返すが、須藤自身は鬼頭と町田のダブルチームを引き離せずにいる。
『おい鬼頭、テメェバスケ経験者だろ!?』
『いいや、お前が素人集団に追い詰められているだけだ』
『嘘つきやがれ!』
『嘘を吐く必要がどこにある? 俺も仲間も、この一週間足らずしか練習していない。お前はバスケに自信があったようだが、所詮はその程度ってことだ。それとも、捻挫のブランクを言い訳にするか?』
『この野郎!』
須藤が抑え込まれていることで、Bクラスは動きに精彩を欠いていた。点数も五分五分でスコアが動かない。
「フフ、アレは嘘ですよ。鬼頭くんはバスケ経験者です。ああやって精神的に揺さぶりをかければ、須藤くんは崩れる。体育祭でも、それで龍園くんに怪我をさせられたと聞いています。いかに個人技能が優れていると言っても、精神面が未熟であれば付け入る隙は生まれるということですよ」
結局、前半は10対10で互角の立ち回りとなっている。須藤がいて互角というのは、Bクラスとしてもよろしくない。
当の須藤も、4分の休憩時間でも、『クソッ! クソッ!』と、怒りを浮かべて殺気をまき散らしていた。誰がどう見ても、このままでは勝負にならない。
「――須藤。もういいぞ」
しかし、当たり前のことだが、このまま進ませる訳がなかった。
オレがインカム越しに許可を出すと、『10秒』という声と共に、須藤が落ち着きを取り戻していく。
「須藤の心が未熟だと言っていたが、それはいつの情報だ?」
「と、言いますと?」
後半がスタートし、再び須藤にダブルチームが付くが、今度は軽く躱してゴールを奪った。
もし、ここにいるのが龍園であったならば、こんな手には引っかからなかっただろう。坂柳も、すぐに須藤が怒っているフリをしていただけということに気づいたようで言葉を失っている。
「熱くなったフリをして、こちらを油断させる作戦だったとは……彼も成長していたんですね」
当然、須藤のエンジンがかかると同時に、Bクラスも躍動していく。徐々に点差が開いていき、Aクラスも焦りで動きが鈍くなっていた。
いくら鬼頭が上手いと言っても、現役のバスケ部でレギュラー候補の須藤に勝てるはずがない。だが、それでもまだ坂柳は諦めた様子を見せなかった。
「仕方ありません。弱点を突いていきましょう」
鬼頭がファウル覚悟で、須藤に突っ込んでいく。
「彼は体育祭で足を怪我しました。痛みの記憶というのはそう簡単には消えません。距離を縮めて彼に怪我の印象を思い出させ、動きを封じさせてもらいます」
トラウマを刺激するということか。しかし、甘い。須藤はあの怪我の中、体育祭を乗り切った精神力の持ち主だ。ちょっとやそっとの攻勢でビビるような精神力はしていない。
『オラァ!!』
『ぬぅっ!?』
むしろ、鬼頭の方が押されるように、須藤が相手を抜き去っていく。それを見て、坂柳も作戦の失敗を悟ったようで、「ここまでですね」と声を上げた。
『おっしゃー! 見たか、これが次期バスケ部キャプテン(仮)の実力よ!!』
結果は25対14と、圧倒的な差をつけてBクラスが勝利した。この調子で行きたいが、こちらは既に高円寺、須藤という必勝を約束されたカードを二枚使ってしまっている。
ベースとなるカードのパワーはAクラスの方が高い以上、残りのカードの使い方次第では十分に逆転もあり得た。
出来れば、チェスに行く前に4勝を決めたい所だが、そんなに簡単に勝たせてくれるほど、坂柳も甘くはないだろう。
原作との変化点。
・試験で選ばれる種目や順番が変わっている。
そもそも原作と種目、生徒人数なども違うので、ランダムで選ばれることになった。この先、原作では選ばれていたが、選ばれなかった種目なども出てくる可能性もある。
・高円寺でフラッシュ暗算を勝ち取った。
原作とは違ってやる気があるため、当然のように全問正解してくれた。
・須藤が成長している。
怒っている演技で相手を嵌めたり、メンタル強化で心理戦も圧勝するという大活躍を見せている。ちなみに正式なレギュラーになっていないのは、12月まで捻挫で部活を休んでいたため。
今話の登場人物一覧。
・綾小路清隆
本気の勝負を開始した。原作知識も使って坂柳の思考をトレースしながら状況を優位に進めようとしている。試験前に月城と接触して少し話をした。
・松下千秋
万が一、葛城が高円寺と互角の結果を出していた時の保険として登録した。が、流石の葛城もやる気のある高円寺には勝てなかった。
・佐藤麻耶、篠原さつき、井の頭心、園田千代、市橋瑠璃
捨てメンバーに選ばれた。本来なら軽井沢も入っているが、今回は選ばれていない。
・坂柳有栖
原作知識アリの清隆の思考をトレースしきれず後手に回っている。が、負けるつもりは毛頭ない。
・一之瀬帆波
龍園相手に善戦している。下剤作戦を防いだので、筆記試験は全勝中。
・星之宮知恵
清隆をからかいながら、実力を探っている。
・高円寺六助
契約通りに活躍した。誰も文句を言えない結果である。
・須藤健
バスケで結果を出した。メンタル面のトレーニングが結果を出している。ちなみに、次期キャプテンでもなければまだレギュラーでもない。
・葛城康平
坂柳の手を借りて善戦したが、流石に高円寺には勝てなかった。
・鬼頭隼
町田と共に須藤を抑えようとしたが、流石にバスケでは力及ばずだった。
・龍園翔
原作より不利に追い込まれているが、弱気は死んでも見せていない。
・坂上
しっかり教師として試験を進めている。