シュヴァル、薄い本に興味を持つ ~ジゴロキタサン×シュヴァル本
【チュンチュンと鳴く小鳥のさざめき。カーテン越し差し込む朝日の眩しさに、シュヴァルが目を覚ます】
シュヴァル「う、ううん……」
【ベッドで身を起こすシュヴァル。昨晩のまま服は着ておらず、裸の胸にシーツを巻き付けただけの状態。隣を見れば、そこは既にもぬけの空】
シュヴァル「はぁ……」
【シュヴァルが窓の方を向く。果たしてそこに立っているのは昨晩共に寝た、キタサン。コーヒーを啜る彼女の背中に向けてシュヴァルが呼びかける】
シュヴァル「酷いな。昨晩はあんなに激しくしておいて、朝になったらもう次に抱く子のことを考えている」
【振り返るキタサン。やはり一糸まとわぬ姿だが、部屋に差し込む光線で身体が白飛びしている】
キタサン「そんなことはない。今は君しか見えないよ」(屈託ない笑顔で)
シュヴァル「そう、今はね」
【胸元のシーツを強く掴む】
シュヴァル(いつもそうだ。キタサンは来る者全てを拒まない。でも彼女の関心が向くのは、常に彼女の眼鏡に適う相手だけだ。こうして今彼女の相手をする僕とだって……)
【陰った表情のシュヴァルを「どうしたんだい」と励ますようにベッドに入り込むキタサン。昨晩の続きだとばかりに積極的に絡みだす。シュヴァルは直前になじった手前つれない態度だが、結局はキタサンを拒めない】
シュヴァル(でも、そんな貴方を、僕は憎めないんだ……)
「何を熱心に読んでいるんだい」
背後から不意の声掛けに、呼びかけられたウマ娘は耳をピンと伸ばし驚きを表した。
「うわあぁぁぁ。って、ああ、トレーナーさんでしたか。びっくりしたぁ」
「おっと、こちらこそ驚かせて済まないね」
振り返ったウマ娘、頭に大きなマリンキャップを被った内気そうなウマ娘が、相手の正体を認めてほっとした表情を浮かべる。とは言えあまりの驚きだったのか、帽子の下の気弱そうな目、その目尻の辺りが多少にじんでいるようだ。
ひょっとしたらトレーニング室でレースのことを忘れ別のことに没頭していた、罰の悪さもあるのかもしれない。
「いやぁ。シュヴァルが集中して本を読んでいたから声をかけるべきが悩んでいたんだがな。あまりにも食い入るように読み続けているものだから、MTGの時間が迫ってきてたもので、やむを得ず声掛けさせてもらったよ」
「すみません、時間を忘れてつい夢中になって」
「いやまぁ、釣りもそうだがそうやって脇目も振らず没頭できる集中力は、シュヴァルの良さかもしれないな」
「はぁ……。トレーナーさんはいつもそうやって失敗する僕のことを庇ってくれるんですね」
「うむ。担当ウマ娘の美点を認めてその良さをどこまでも伸ばしてあげるのが、トレーナーの努めだからな」
いつものようにネガティブに傾きつつあるシュヴァルのことを、やはりいつものように彼女を信じ続ける己がついているんだと請け負うトレーナーである。
(こういったことは、例え分かりきったことであっても、本人の前でいつまでも何度でも言い続けるのが大事だからな)
「しかしシュヴァルが他のことを一切忘れてしまうくらい没頭してしまう本って一体何なんだ。……ここにあったお煎餅、一つも手がつけられてないなんて」
「すみません。本を読んでたら、ついお煎餅に手を伸ばすことを忘れてまして」
「いや、そこは謝ることじゃないんだが……。それぐらいシュヴァルが夢中になる本だったのか」
「ともかく、僕が読んでた本なんですけどね」
そう言ってシュヴァルがトレーナーの目の前に差し出したのは、表紙に漫画チックなウマ娘のイラストが描かれた冊子だ。
表紙に描かれたウマ娘というのが、トゥインクル・シリーズで絶賛活躍中の、ご存知大人気ウマ娘シュヴァルグランとキタサンブラックである。
それを見てトレーナーが納得したように語る。
「ほう、『薄い本』ってやつだな」
「ち、違います。同人誌ってやつですよ。そんないかがわしいものではありません」
慌ててシュヴァルがトレーナーの言を否定するかのように述べる。
「いやその同人誌のことを『薄い本』って言うんだがな。まぁシュヴァルが気にするなら同人誌で良いか。シュヴァルが同人誌に興味があったとはな」
「同人誌」。同じ趣味や志を持つ人が集まる同人活動に際して、活動が昂じて実際に本を作ってしまうことの、その本を指したものだ。
内容はといえば自分たちの書いた小説や漫画をまとめたものだったり、随筆やレビューやご当地グルメや秘境の隠れ名店をまとめた食レポだったりもする。今では同人誌を頒布するイベントも全国各地で活況ときている。
この世界においては、レースで活躍するウマ娘たちを扱った同人活動も、一部ファンたちの間で積極的に行われているのだ。
当然描かれるのは実在するウマ娘な訳であるが。
「ええ。『シュヴァルー。あんたが出てくる同人誌が、今ファンの間で大人気らしいよー。どんな内容なのかな~。ひょっとしてシュヴァル君総受けおねショタ本? だとしたら~シュヴァルくんが実は男の子だったって、ファンの間で公然の噂になっちゃったり~』って冗談好きのウマ娘さんに教えてもらったんで。気になって手に取って見たのです」
(前回冗談好きのウマ娘にシュヴァルとの仲を後押ししてもらった面もあるからあまり強く言えんが、今回ばかりはちと彼女にも強めに灸を据えておくことにするか……)
その件については頭のメモリの片隅に追いやっておくことにして、トレーナーは今はシュヴァルとのやり取りに向き合うことにする。
「そ、それは大変だな。」
「ああいえ。実際読んでみたんですけど、そんな話じゃなかったですね」
そう言ってあらためて同人誌の表紙を指し示す。
「ほら。ファンの方が僕たちのこと、とっても綺麗に描いてくれたんです。少女漫画みたいですよ。って自分で綺麗とか言うのも気恥ずかしいですけど」
「おお。こんな風にシュヴァルのことが見られている訳か。トレーナーのこちらまで誇らしくなってくるぞ」
「もう、トレーナーさん」
などと初めて見たように感心するトレーナーであるが、実のところその表紙を描いた絵師には覚えがあった。
(この表紙。間違いなくあの『ウマ娘ジゴロシリーズ』で有名な、スイーツ東条氏の本じゃないか)
表紙に描かれているのは、先に述べた通り、現トゥインクルシリーズで名を馳せる、シュヴァルグランとキタサンブラックだ。
ボーイッシュな外見にも関わらずどこか「姫」ちっくに描かれたシュヴァル。
一方キタサンブラックと来たら、だいぶおらついた雰囲気でやけに『濃い』顔立ちをしている。
統一された絵柄の中、2人の印象は実に対照的だ。
(って無理もないよな。あの『ウマ娘ジゴロシリーズ』の主人公とパートナーな訳だから。)
トレーナーの語る『ウマ娘ジゴロシリーズ』とは、その名前の通り『ジゴロ化』したウマ娘によって、彼女を取り巻く数多のヒロインウマ娘たちが『陥とされる』、深き愛憎の交差するハーレム物語ときている。
現在主人公を務めるのが、ご存知お祭りウマ娘のキタサンブラック。
過去に主人公を務めたウマ娘たちが、どちらかと言うと洋風の洗練された貴公子といった雰囲気であったのに対し、ジゴロブラックは和風の出で立ちや子供っぽい『天然さ』で相手を陥とすさまが前面に出されて、「今までにない新機軸」とファンの心を掴んでいるのだ。
「ジゴロキタさんがオジ様みたいなダンディさに溢れてて、くらっときちゃいます」
「いつその背中を刺され(『差す』の間違いだよね?)ないかハラハラしてます」
(ああ『ジゴロ』とか言っても、表紙の右下には、きちんと『全年齢』ってラベルも付いてるからな。シュヴァルが手に取っても大丈夫なやつだ。)
奥付には
「当同人誌で描かれる『うまぴょい』は健全なスキンシップの範疇の『うまぴょい』です」
「ウマ娘が飲んでる飲料は全てノンアルコールです」
と言った注意書きも徹底している周到さだ。
「で、お前はなんでそんなことまで詳細に知ってるかって? トレーナーとして、担当ウマ娘に関するファン活動の一切合切を、リサーチし尽くすのは当たり前のことじゃないか!」
「うわあ。突然誰もいない壁に向かって何叫んでるんですか?」
「ああいや、こちらの話だ」
とトレーナーは気を取り直してあらためてシュヴァルを向いて語る。
「同人誌に手を出すのは良いが、いきなりナマモノとはな。流石に驚いたぞ」
「えっ。昨日お父さんから久しぶりに上物が送られてきたんですけど、刺し身で食べちゃったの不味かったかなぁ」
「いや、そういうことじゃなくて。ってまぁシュヴァルにはそうした説明はまだ早かったか」
一度ごほんと咳払いをし、
「ともかく、自分がモデルにされてるような本を読んで驚いたりしなかったのかなと思ったわけだ」
トレーナーの質問に目を見開いたシュヴァル。
「ああ、それなんですね」
ふぅと一度ため息を吐いて語りだす。
「検索して通販サイトに入った時、僕たちのあんなに本が出ているなんて、最初はそりゃあ驚きましたよ」
「ま、まぁ確かにな」
「1つ1つの本の紹介文の内容を、順番に見てもみたんですけどね」
「それは逆に勇気があるな」と思ったトレーナーである。
(女の子の方がこういうのに興味津々と言うが、シュヴァルも女の子だったってことなのだろうか……)
シュヴァルの語りは続く。
「ストーリーも突飛なものが多いですし、ああいや、もちろん真面目にレースを描いたものもいっぱいあるんですけどね。キャラ付けにしても『え、こんな風に漫画的な突飛さを出すのもありなんだ』って、見ていてとにかく衝撃でした」
「確かに『ジゴロ』ものもそうだが、モデルにした人が別の職業や役柄だったらって想定したり、人物同士の関係性を妄想したりして、物語を紡ぐのが同人ストーリーの醍醐味でもあるからな。モデルにされた本人から見たら、突拍子もないものもたくさんあるかな」
そう語ったトレーナーに対し、シュヴァルは更に述べた。
「でも実際こうして手にとって読んでみると、そうした本の中にも時として真実、っていうと大げさですけど、ハッとさせられるものがあるって気がついたんです」
「買っちゃったんだ! ……まぁ今手にしている訳だからそうだよね」
「ええ、まぁ。通販で気になったものを幾つか……。
ともかくこうした本って、僕の中でモヤモヤしていて良く分からない感情を、僕に変わって言語化してくれたり、『そうか僕がレースで目指す方向って、こういうことだったんだ』って教えてくれたりするものもあったんです」
「確かにそうした本は設定こそ突飛だが、展開自体は意外と『王道』だったりするからな。読んでいてこちらの胸を打つし、王道ゆえ素直に受け止められる部分も多々あるのだろう」
「そりゃあもちろん中には自分でも笑っちゃうくらい突拍子もないものもありますけど。……それに僕たちは漫画みたいに『ウマぴょい』しませんし」
「まぁそりゃそうだな……。(『ジゴロキタサン』はあくまでフィクションだから許されるんだ)」
「そうやって僕に重大な示唆を与えてくれる本を読んでいるうちに、『そうか、ファンの方たちって、こんなにも僕たちのことを真剣に見てくれてるんだ。そして真剣に僕たちのことを、時に僕たち以上に考えてくれている』って気付かされたんです」
トレーナーも頷いた。
「彼らの表現にかける情熱は、レースのそれに比肩なきものだからな」
「本当にそうですね……。そんなファンの方たちに感謝するとともに、あらためて『ファンの方たちに不様な姿を見せないように、これまで以上に頑張らないと』って気持ちにさせられました」
「そうだな、頑張ろう。もちろんこちらも全力で支援するよ」
(いつだって周囲のことを気に掛ける、シュヴァルは本当に優しい子だ)
「はい!」
と、部屋の時計を見たトレーナー。
「おっと、話し込んでいたらもうこんな時間だ。早くMTGを始めないと」
「あ、ごめんなさい。つい読んだ本のことを熱く語ってしまって……」
「いやなに問題ないさ。自分の担当ウマ娘の興味あることや、胸の内を知って寄り添うことも、十分に仕事のうちさ」
こうしてトレーナーとシュヴァルのMTGが始まった。
本日のMTGは、シュヴァルが真剣な気持ちになっているものあってか、短時間であるにも関わらず実入りのあるものだった。