アースの様子が何か変
シュヴァルグランが廊下を歩いていると、向こうから見知った相手がやって来た。
「あ……サウンズオブアースさん」
呼び止められ、どこか芸術肌の佇まいをしたウマ娘は足を止めた。
「おや……。君はシュヴァルグラン君じゃないかい」
「はい。その……先日のお礼をさせて頂きたいと思いまして」
それがあり、珍しくシュヴァルグランから勇気を出して声を掛けたのだった。
「はて、私が何か?」
「ええ。前に僕がトレーニングで不調に悩みかけていた時のことです……」
シュヴァルは事情を説明した。
かつてシュヴァルがトレーニングで成長が実感できず、落ち込んでいたときのこと。
同じ中等部で先輩のサウンズオブアースがシュヴァルの前に現れ、『音楽的見地』からのアドバイスを施すのだった。
「正直アースさんの言っていることは、半分も理解できませんでしたけど。……僕のことを激励してくれていることははっきりと伝わりました。
その後のセッションで僕と僕のトレーナーさん共々、リズムに乗る『コツ』を掴むことができたお陰で、訓練にテンポを意識したメソッドを取り込むことができました。
それもこれも全部アースさんのおかげです」
頭を下げてお礼をする。
一方のサウンズオブアースだが、かつてシュヴァルにくれた熱情的な視線はどこかへ消え、今の彼女はどこかアンニョイで郷愁が漂っている感じで……。
「うん、そうかい……。私ごときのアドバイスが君の役に立てたと……。それは光栄だね。もしまた何かあったら呼んでくれたまえ。できる限り善処させて頂くよ」
態度こそ丁重だが、どこか熱意に欠ける。しかも以前より<アダージョ>? そしてセッションのさなかに感じた<シンフォニア>も虚無ときた。
もちろんだからといって慇懃無礼とか言ったわけでもない、純粋に誠意で話しているのだろうが、そこにかつてのような熱情<パッション>と音楽<ムジカ>はなく……
「何と言うか……、大人?」
頭を上げたシュヴァルは、立ち去る先輩の背中を黙って見送るのだった。
【キタちゃん部屋(15組グループチャット)】
シュヴァル:……ということがあったんだ。
キタサン:それはおかしいですね。アースさんと言えば、普段から楽器を奏でて熱烈な言葉を口にする人ですもんね。
ドゥラ:ああ、それほどの変わりようとなると、本人が何らかの自覚症状を抱えていると見て間違いないだろう。心身の不調は普段の立ち居振る舞いにも現れるからな。
シュヴァル:……何かトラブルでもあったのかな?
ドゥラ:とはいえ確証が有るわけでもなく、当人から何らかの言及もない以上、今はまだあくまでも本人の問題。現段階で我々が干渉するのも不味いであろう。
クラウン:単に本人がイメチェンを試みているという可能性もあるものね。
シュヴァル:そっか……
ターボさんが入室しました。
ターボ:やい、今アースの話してただろう。聞いてくれ、アースがおかしくなっちゃったんだ!
マチタンさんが入室しました。
ロイスさんが入室しました。
イクディスさんが入室しました。
ネイチャさんが入室しました。
キタサン:あ、皆さんこんにちは~
イクディス:突然割り込んで失礼します。話題を検知して入室させてもらいました
シュヴァル:というか鍵がかかってるのにどうやって入室したの?
マチタン:あ、それならトレーナーがこれくらい6秒あれば余裕って言ってたよ~。
ロイス:正確には4.2秒だったわ
クラウン:好犀利啊! ぜひ手腕をお目にかかりたいわ
シュヴァル:いやいや。さらりととんでもないこと言ってない!?
キタサン:そんなことより今はカノープスの人の話聞いてあげよ、シュヴァルちゃん。
シュヴァル:キタさん……分かったよ。
ネイチャ:ありがとう、キタサン。早速話をさせてもらうんだけどね。今日チームミーティングがあったんだけどね、シュヴァルが言うように、アースの様子が変だったのよ
キタサン:変って、どういうことですか?
ターボ:だーかーらー。さっき言った通りアースがおかしくなったんだってば!
ネイチャ:それじゃ伝わらないからねっ。もう少し詳しく説明してあげよ
マチタン:う~ん何と言うか~。凄く普通なんだよね~。
シュヴァル:普通って、それは良いことなんじゃ!?
ターボ:おかしいだろ! みんなでライバル妥当の話をしてる時も、私語を止めて前を向いて、トレーナーの話を良く聞こうなんて注意するんだぞ!
シュヴァル:ますます良い人だよ!
ターボ:良くない! アースつまんない!
キタサン:シュヴァルちゃんシュヴァルちゃん
シュヴァル:な、なんだい。キタさん
キタサン:シュヴァルちゃんってチャットだと賑やかだよね♪
シュヴァル:え……
ロイス:我々は個々のメンバーが個性を発揮して相互に高め合うことにより、チームとしての魅力を強化。チームの認知度アップにより、翻って個々のメンバーの知名度上昇に寄与させることを狙っているの。
ネイチャ:はて、うちのチームにそんな狙いなんてあったっけ
ロイス:そんな中アースさんの不調となると、チームとしての魅力も低減。我々の結束も危ぶまれるわ。結果としてアースさんも得しない結果になるの
クラウン:そこまで深刻に考える必要あるかしら?
キタサン:確かにそれは大変ですね~
ドゥラメンテ:ああ、己の所属するチームやサポートしてくれるスタッフといったバックボーンも、選手のパフォーマンスを大きく左右するからな
クラウン:ふむ……。個々の事情に留まらず、チームのパフォーマンスを考慮した上での見識を語るとは。やるわね、ドゥラメンテさん。
マチタン:ん~、わたしも難しいことはわからないけど、これから先アースさんの面白いお話が聞けなくなっちゃうのはやだな~
ターボ:とにかくお前ら何か心当たりあったら教えろおおお!
ドゥラ:うむ。正式に頼まれたのであれば、協力するのにやぶさかでない。
ターボ:お前いい奴だな!
ドゥラ:何。困ったときはお互い様だ。ダッシュターボ。
ターボ:ツインターボだ!
シュヴァル:心当たりか……。そう言えば先日アースさんのお誕生日だったんだっけ
キタサン:そうだね~。私たちも全員で公開チャットでお祝いさせてもらったよ~
クラウン:誕生日ね……。そういえば……
ダイヤさんが入室しました。
ダイヤ:お邪魔しま~す。お話を聞いてクラウンさんから招待されました。
キタサン:ダイヤちゃんやほ~。
イクディス:その様子だと何かお心あたりがお有りの様子ですが。
ドゥラ:そう言えば先日のアースの誕生日当日に、サトノ家の招待があったと聞くな。
クラウン:ええ、その通りよ
ダイヤ:はい、私たちが手配したコンサートにご招待いたしました
ダイヤさんが アースさんお誕生日コンサート.png を添付しました
キタサン:わー、とても豪華なコンサートですね:)
イクディス:確かに前後で変わった出来事といえば思い当たるのはこれだけども、何か心当たりはないかしら?
クラウン:んー、ひょっとしたら招待した楽団員のホスピタリティに手抜かりがあって、アースさんもショックを受けてしまわれたのかもしれないわ。
ダイヤ:ええ。でもオーケストラ団員の方は、全員スイートにVIP待遇で招待いたしましたわ
ドゥラ:うむ、そう言えば親族のレセプションで赴いたホテルにやたら仰々しくスタッフがついていた集団がいたが、あれがそうだったのか。
ダイヤ:ひょっとしたら、サインが上手く記せていなかったのかも
クラウン:サインの際に用いるペンとして、全員に象牙の万年筆を贈呈したのだけどもね……。もしかしたら、コンサートの音源CDだけじゃなくて、コンサートの熱気を映像に残したBDも制作するべきだったかもしれないわ
マチタン:あはは……ついていけないなー
ターボ:とにかく! そのコンサートに出席してアースがおかしくなったんだな?
シュヴァル:それは分からないけど……。ただ、誕生日当日の学園でのアースさんはとくに変わった様子は無かったから、もし原因を見出すならそこにあると考えてみるのも良いのかも。ってクラウンさんたちが悪いとか言っている訳ではないですけど……。
イクディス:いずれにせよ、当人から事情を聞いてみないことには分からないけど、ただお話を聞かせて頂いて感謝いたします
ネイチャ:ではそういう訳で~。
ネイチャさんが退室しました。
ロイス:Oh! せっかく今を輝く15年組の部屋に入ったのだから、プロデュースの秘訣を探ったり、新たなカップリングの模索して関係性を構築してみたりと、人気にあやかる試みをしても良いでしょうに。即退散とかネイチャさんは気が早いわね。
そう言いつつも、この場の全員が分かっていた。
こういう時の相談役として最も頼りになるのが、ナイスネイチャであることを。
そして、自分たちが果たすべき「役割」も
こんこんとノックの音。
「どうぞ」
「入るわよー」
サウンズオブアースに招かれ、ナイスネイチャは彼女の寮室に入った。
寮室のアースの持ち場には、棚には様々な楽器のレプリカやレトロな音源が陳列されていて、壁にはクラシックの高名な楽団やアーティストたちのポスターが貼られていた。
陳列の中にはつい最近入手したばかりの、「アースさんお誕生日おめでとうコンサート」で記してもらったサインも飾られており、恐らくはその時にもらった音源というのも棚の中に整列して収納されているであろうことが伺えた。
そのことからも、決してアースが音楽に熱情を失った訳ではないということがネイチャには察せられるのだった。
「ここいいかな」
ネイチャはアースのベッドに腰掛けると、いつもの気軽な親しみやすい口調で切り出した。
「いやー。あんたの様子がおかしいってみんなが言うからさ。気になって来ちゃった。確かに今日のMTGのアースさんの様子、ちょっといつもと変わってたってのもあるし。そんなこんなでみんなが心配してるってことも伝えたくて、話をさせてもらいに来たわけよ」
「そうかい。心配をおかけしているようだね。でもね、私はこの通り元気だよ」
そう言ってアースは朗らかに笑って見せる。
(あー、確かに調子狂うかな。その人の話し方って、やっぱりその人の人となりを表すものだもの。今のアースさん、完全に様変わりしちゃっているわ)
「やっぱりこれは何かあるな」と得心したネイチャは、更に切り込むのだった。
「あたしが心配してたのはアース。あなたが音楽に見切りでも付けちゃったのかってこと。だってそうでしょ。あなたったらいつも難解な音楽用語を持ち出してあれだけ熱情的に口上を述べていたのに、今はすっかり止んじゃって。どう? 何か事情でもあるなら、あたしが聞いてあげるわよ」
ふっ、と自嘲気味に笑ったアースは旋律のように流れる髪を梳ると
「ネイチャくん。君には適わないな。聞いてもらおうか。この哀れなソリストの囀りを」
こうしてネイチャに心のうちに踏み込まれたアースは、ポツポツと切り出すのだった。
曰く、サトノクラウンとダイヤモンドに招かれたコンサートは、それはそれは素晴らしいものであったこと。
もちろん招待に関してサトノ家の人に文句のつけようなど毛頭ない。
では何が問題なのかと言うと、自身が『本物』に出会ってしまった時、その技量に裏打ちされたパフォーマンスに圧倒され、すっかり打ちのめされてしまったのだ。
個々の技量も集団としてのアンサンブルも、自分が一生鍛錬を積み重ねたとて到達できるかわからない、遥か高みに住まう人々の演奏を目の当たりにし、己が『ムジカ』を語ることに関して、途方もない罪悪感のようなものを覚えてしまったのだった。
「彼らを前にして私のツイートなど何の意味があるのだろうと思わされてしまったのだよ」
「はぁ……。つまり、その人達に対して劣等感を覚えてしまったって訳なのね」
ネイチャは溜息を吐いた。
「『何事もその分野のトップに立つ人でなければ、語る資格がない』だなんて、随分殊勝な心がけね。はっきし言ってアースらしくないと思うわよ」
「そうは言うけどね、ネイチャさん。やはりあの方々たちの音色を前にして、私などがリリクを紡ぐなどおこがましい。だいいち説得力だって雲泥の差だろうね」
そう言ってなおも気落ちし続けるアースに、ネイチャはわざと憤慨してみせた。
「あら、それじゃあアースさんは、万年『ブロンズコレクター』のこのあたしの話も、『所詮偽者のランナーの戯言だ』と思って聞いていたということかしら」
アースは慌てて否定した。
「ヴォルティ・スビト。それはないよ、ネイチャさん。いつもあなたの助言には、公私両面において助けられてきたんだ。お礼を言っても足りないくらいだ」
そう必死に語るアースに、ネイチャも表情を和らげて語りかける。
「ならアースも、『自分の音楽に価値なんてないんだ』なんて大げさに卑下する必要はないんじゃないかな。だって、あなたの言葉も、他の誰かに届いている筈なんだから。そこにはどちらの言葉が強いとか弱いとか、優劣なんてないと思うわ。」
「ネイチャさん」
自身を優しく包む言葉に音楽家は目を丸くして、眼の前の<モンター>の名を呟いた。
「それに。ほら、聞こえないかしら。窓の外」
アースは窓の向こう、音の聞こえてくる地上に注意を向けた。
果たしてそこにいたのは、
「アース。出てこーい!」
両手にマラカスを掲げ、激を飛ばすツインターボ。
「我々のコンビネーションには、貴女のリードが不可欠と推察します」
言ってることは格好良いが、片手にカスタネットを握ってすっかり準備万端といったスタイルのイクノディスタス。
「よいしょ、よいしょ、ふんぬ~」
マチカネタンホイザに至っては、わざわざ寮の前までマリンバを運んで来たのだった。
「あ……」
アースが束の間唖然としているうちに、早くもめいめいが楽器をかき鳴らし、寮の前に騒音を撒き散らしている。
「ちょっと、みんなの迷惑になっているよ。……というか何で僕たちまで」
「まぁ良いじゃないですか。楽しいですし」
「キタさん……」
「あはは。こういうのキタちゃんと遊んでた小さい頃のこと思い出すな~」
キタサンブラックと仲間たちまで、バンドメンバーとして連れて来られているのだ。
例のトリプルターボのTシャツまで着せられて。
「ふふふ……。15組とのユニットを結成することで、しかもゲリラライブを決行とあっては、我々の認知度もうなぎ登り間違いなし」
などとほくそ笑むロイスである。
窓の外の光景に見入るアースに、ネイチャが語りかけた。
「どう。彼女たちみんな、あんたのために駆けつけた訳だけども。何か思うことないかしら」
「私の……ため」
「こうしてみんなが旋律を奏でてるのも、それもこれもアース。日頃からあんたが自分の好きな音楽を周囲にも推しまくってたからじゃない。あんたがカノープスにミュージックをもたらしたのよ。
どんなに最高クラスの楽団や世界中で大人気のバンドだって、こんな風に私たちに音楽を伝えることは出来なかったんじゃないかしら」
ネイチャの言葉に打たれたかのように、アースは背中をスッと伸ばすと、
「ベニッシモ! 君たちの心意気、しかと受け止めたよ」
そう窓の外に声を掛けると
「とは言え、コーラスを纏めるにはア・モーレ! この私が必要不可欠ではないかな」
などと告げるのだ。
「なに~。それなら早くこーい。アース!」
「そう急かさなくとも、すぐに来るよ。ターボくん」
「はいはい。じゃあ準備できたら行くわよ」
アースたちが寮の外に出た頃には既に、てんでばらばら、しかし皆で声を合わせ楽曲を奏で始めていた。
「うぇいくあっぷ 超新星 シフトアップ ギア回して スピードアップ ハート倍天 UMA ニューワールド!」
調子外れに歌いながら、手にした楽器を思い思い振って更なる騒音を撒き散らすカノープス一行。
「うええええぇぇぇぇん」
何をどうしたのか。持ち上がったマリンバの鍵盤が鼻を強打し、マチカネタンホイザが鼻血を出して泣いていた。
「もう仕方ないわね」
戻って来たナイスネイチャがティッシュを差し出し、マチタンの鼻血を拭いてあげるのだった。
寮の前の騒音と騒動に窓から様子を伺う生徒たちも現れ、中には面白さからくすくすと笑いを洩らす者もいる。
「こらー! 寮の前で騒擾を起こすなー!」
と言った具合に、騒ぎを聞きつけて向こうから寮長が駆けつけてくるのももう間もなく。
そんなことお構いなしにサウンドオブアース、そして彼女に率いられたカノープス楽団(with 15グループ)は、よりけたたましくそして雄大に。心ゆくまで楽曲を奏でるのだった。