シュヴァルが姉に口づけた一連の光景は、当然のことながら周囲の人々に目撃された。
状況も状況ならば行為も行為だけに周囲は一事騒然となるも、何せ普段は目立たないながらも彼女を知るものからは生真面目で品行方正と通っているシュヴァルグランである。
「彼女のすることなら何か訳がある筈」とひとまずは受け止められた。
やがて冷静になったシュヴァルが口を開いて「いつも心配させ通しの姉をねぎらうべく、日頃の感謝の気持ちを込めてキスさせてもらった」と説明する。
それを聞いた者たちは思った。
「あのシュヴァルがすることだもの。もしかして目上の者に親愛の情を籠めて接吻をするのって、案外道理に適っていることなのでは?」
姉妹同士のキスという衝撃的な行為を目撃した狂騒や集団催眠状態もあり、その様な突飛な飛躍が起こったのだ。
もちろん初めは半信半疑な状態だし、やっぱり女の子同士とは言えいきなりキスをするのは抵抗があるものだ。
シュヴァルに続いて我も征かん! となる生徒はそう簡単には現れなかった。
と、ここにシュヴァルグランの同輩。その求道精神ゆえ、どこか浮世離れしたところのあるウマ娘がいた。
「やぁグル姉」
「だからその名で呼ぶなと言っただろう」
後輩のコーチングをするエアグルーヴから叱咤される。
周りの目がある中愛称で呼ばれることの羞恥と、真面目な態度を維持しなければならない兼ね合いで、苛立った声をあげるのだ。
そんなエアグルーヴの苛立ちも、涼しい顔で受け止める求道者ドゥラメンテ。長めのダッシュを何本かこなして来た後なのか、汗がきらめき凛々しい雰囲気が立ち上っている。
彼女の姿を見る後輩たちの中には、立ち眩みまで覚えてしまう者もいるほどだ。
「私はこの通り忙しいのだが、何かあるならLIMEででも――」
エアグルーブの言葉は途中で遮られた。
ドゥラメンテが機敏な動作で膝を曲げたかと思うと、彼女の頬に口づけたのだ。
無駄のない洗練された動き。
鍛えられた体躯と、その癖小鳥に餌をやる幼稚園児のように前かがみになって口づける仕草のギャップが愛おしい。
「あ、……あ…………」
エアグルーヴは初めわけがわからず。その後状況を把握して絶句した。
きっかり5秒後、ドゥラメンテが唇を離した。
「ドゥラメンテ、お前何を」
問われた方は泰然と答えた。
「周囲の話を聞いたのだが、学園では世話になった者に対してこのような仕儀を致すのが礼節と聞いたものでな。いや、私としたことが、ドゥラ姉に幼少のみぎりより世話になりつつ、肝心なことを失念していた。本当に申し訳ない」
この様な言葉が、彼女の口から発せられるのだ。
「あ、あ、あ…………」
普段鉄面皮と言わんばかりのストイックなドゥラメンテから、この様な破天荒な台詞が飛び出す事態に直面した時、エアグルーヴの口から漏れたのは何か。
「「「きゃあああああああ!」」」
しかしそれは、周囲の生徒たちの絶叫にも似た悲鳴で掻き消された。
ここから学園中にパニックが広がります。