「要するに、最初とは逆の順番で、私たちがキスをすれば良いってことね」
「相変わらず飲み込みが早いな、ヴィルシーナ」
早速ヴィルシーナがシュヴァルグランの傍らに立つ。リップを塗って唇の調子を整える。手鏡を見て髪を整えるのも忘れない。
シュヴァルも直立不動でスタンバイの体制だ。
「あー、シュヴァちそんなに身を固くして。私の時と大違い!」
「ヴィブロスの時は不意打ちだっただろう……こんな、姉さんとなんて」
付け加えて「しかもみんな……トレーナーさんの前で」と口の中で小さくぼやく。
「私はそのシュヴァルに堂々とされたのだけどもね」
とヴィルシーナはため息を吐くと、再度トレーナーに確認する。
「やり方はどうでも構わないわよね」
「ああ、そこはヴィルシーナが考える通りで良いと思う」
「分かったわ。任せて」
「と言うかあんたは後ろを向いてなさいよ」
ヴィブロスがトレーナーの頭を掴んで、180度回転させる。
なのでここからはトレーナーの視界外の出来事なわけであるが、ヴィルシーナはシュヴァルの帽子のひさしを機敏な動作であげたかと思うと、そのまま彼女の淡い色彩の前髪をかきあげ秀でたおでこに口づけた。
「ひゃっ」
おでこに受けた冷涼感に、三姉妹の次女は軽い悲鳴を漏らす。
「これで良いのかしら……。外の様子にまだ変わったところは見られないけど」
「ああ。何も見えなくとも、カルマの在り処は遷移しているはず。全てが完了すればきっと元通りだ」
トレーナーが首を360度戻して返事する。
「じゃあ後は僕が――」
「残るは私だね。早く済ませよう」
「ってするのは僕なんだけども?」
ヴィブロスがちゃっちゃと済ませんとばかりにスタッとシュヴァルの横に立つ。
「じゃああなたはまた目離してなさい」
ヴィルシーナがトレーナーの首を540度曲げる。
「じゃあヴィブロス、いくよ」
「分かったわ」
ヴィブロスの両肩を掴む。本人は痛くないよう優しく掴んだつもりだが、つい力が入ってしまう。
制服の襟元がやや乱れて、浮き上がる鎖骨。
「やん、シュヴァち。力任せはやめて~」
「こんな時に茶化すな、ヴィブロス」
(ってぱぱっとすれば良いことなんだから、そんな真剣な顔をしなくったって良いのに)
あらためてシュヴァルの表情を見つめる末妹。
普段一つ上の姉を甘えながら愛していたヴィブロスだ。シュヴァルの顔を正面から見据えた時、普段のようにシュヴァルの憤慨を器用に受け流すこと無く、その真剣な眼差しを真っ向から受け止めることは新鮮な衝撃となった。
「それにしても、今のシュヴァち……。何か凄くイケメンなんですけど」
元々シュヴァルが、整った顔立ちをしている。贔屓目なしに見てもイケメンに部類される容姿なのは、血を分け合った妹として「自負」していることだ。実際彼女の中性的な雰囲気に惹かれてファンになった同性の者も多い。
そんなシュヴァルがどうしたことだろう。
取り分けその容姿に、仕草に、磨きがかかっているのだ。
いや、野性味とか微妙に病んだ要素といった洗練とは程遠いものも混ざっているのだが、秩序も混沌も入り乱れたそれら一切がとにかくシュヴァルの魅力を際立たせている。
「今のシュヴァルは、学園の全てのカルマをその身に引き受けた状態だ。つまりそこで培養された全ての要素が、その身に宿っていると言って良いんだ!」
首を720度回転させてトレーナーが叫ぶ。
「ちょっ。聞いてないんですけどーー!」
思わず叫んでしまう。
そんな妹を嘲るように、野性味溢れたシュヴァルが耳元で囁いた。
「どうした。今更怖気づいたのか、わんこ君」
「ひゃっ」
普段のシュヴァルが決して口にしない背徳的な響きに、ヴィブロスはゾクッと背中を震わせた。
貴公子の如きシュヴァルが顔を近づける。
「わっ、わっ。顔近い! 別に唇じゃなくて構わないって」
「いや、こういうのは適切な場所に施すべきだと思うよ」
妙に正確さにこだわるシュヴァルだ。
「僕に任せとけばみんな大丈夫だからね!」
爛漫に弾ける光属性のシュヴァルがいた。
「ヴィブロスの心拍数の向上を検知」
サイボーグシュヴァル。
「ふ、君の反応は興味深いよモルモット君」
研究にひたむきなシュヴァルがいた。
「やっぱ僕じゃ駄目なんですよね」
いじけて見せる闇シュヴァルがいた。
「ああ、また妹のことを忘れてこんな幸せを味わってしまった」
更に闇深なシュヴァルさん。
「私生きてるからね!?」
「ちょ、ヴィブロス身固くしてまじKawaよ~」
パリピシュヴァち。
数え切れない可能性それら全てが、たった今シュヴァルの一身に集まっていた。
「ううう。駄目、シュヴァちの魅力がカラフルな色彩の暴力で耐えられないよう~」
ヴィブロスの頭は、千変万化で迫りくるシュヴァルのイメージに熱くなり、限界を超えて沸騰し通しだ。
そんな時である。ふとシュヴァルが漏らした一言。
「う、鼻がぶつかりそうになってしまった。というか向きってこれで合ってる? ああ、こんな時だってのに僕は……」
こんな状況だってのに笑ってしまいたくなる一言。けれど何の飾り気もない、いつものシュヴァルグランの声だった。
(あ、でもやっぱりこのシュヴァルが一番いいな……)
それを聞いたヴィブロスも余裕を取り戻して、いつもの調子で笑顔を返す。
「ね~シュヴァちまだ~。いい加減私も膝が疲れちゃうよ~」
やっぱりいつものように甘え文句を囁いて、しかしヴィブロスは目を瞑って、後はシュヴァルに委ねた。
やがて唇に伝わる優しい感触。伝わる暖かいぬくもり。
揺り籠に揺られるように身動きを任せ揺蕩ってみせる。
懐かしい。この世に生を受けた時誰しも感じる潮の匂いが漂ってくるようだ。
きっとそれは、シュヴァルグランが心に大きな抑圧を抱えながら、それでも誰よりも優しい人なのだからだろう。
私はこんなシュヴァちのことが――
異変の全てを元に還す儀式がここに遂行される。トレーナーの首を9(以下略)たヴィルシーナが、それを見届けるのだった。
小屋の中に眩い光に満ち、そして収束した。