作戦を決めた私たちは一度牧場主の家に戻ると、せっかく私たちのために用意してくれた夕食を匂いが移る可能性を考え、申し訳ないが断った。
夕食の代わりに貰ったぬるめのお湯で持ってきていた乾パンを、割り当てられた薄暗い部屋の中でふやかしながら腹を満たすと、各自装備を確認することにした。
私は手直しして貰って以前よりも格段に動きやすくなった革鎧や、少年から貰った革籠手の留め具を確認し、魔剣を腰の鞘に納めて部屋を出る。
「準備はできたか?」
部屋の外で待っていた少年は、手や足を守るための革製の籠手や脛当てなど最低限の防具のみで、見た目の年齢も相待ってどこかの村の怖いもの知らずの悪餓鬼が勢い余って魔獣の討伐に来てしまったのかと思うほどだ。
しかし、その背中には大男の騎士が扱うのが似合う様な、少年の身の丈程もある大剣が背負われており、その異様さが少年を只者ではないと直感させる。
「ええ。いつでもいいわ」
「よし、行くか」
私と少年は揃って外に出ると、夜の闇の牧場の中を目的の背の高い藪まで密かに進む。
私のような人族はもちろん、嗅覚や聴力に優れた獣人族、魔力の感知に長けた長耳族も含めた人間のほとんどは見ることで物事の多くを判断している。
しかしそれ故に見ても分からないモノ、見えづらい状況に対しての対応力は平時のそれよりも格段に落ちてしまう。
月の光が多少あるものの、後数日で新月になるのけどか細い月が放つ程度の光では見通すことはおろか、すぐそばの少年の顔さえしっかりと見ることはできない。
それでもなんとか目的の藪まで辿り着いた私たちは藪の中に隠れると、交互に休みながら魔狼の襲撃が来ないか見張りを続ける。
暗闇の中に私たちが潜んでからで何時間か過ぎ、見張りをしていた少年が寝落ちかけていた私の肩を叩き、森の方へと指を刺す。
夜の闇は奴らの泥や獲物の血で汚れた毛皮を溶け込ませ、私では視認することができない。
しかし、少年の指差す方向をじっと見ていると、ほんの僅かに影が幾つか動いている様にも見えなくもなかった。
「っ...」
私は腰の剣を掴みそうになるのを必死に堪える。
魔狼は取り込んだ魔力によってその肉体や感覚が強化された狼だ。
今は奴らから見て風下の薮の中に隠れているため鋭い嗅覚でも見つかることは無いと思うが、小さな物音ですら察知されてしまうかもしれない。
魔狼たちが家畜の眠る牛舎に徐々に忍び寄るのを目で追いながら、私と少年はひたすら息を殺して藪の中に潜み続ける。
しかし、初めての依頼で慣れない緊張の中待ち続けるストレスに私の息は浅く、早くなる。
おそらく1分もない間、しかし、私にとっては数時間にも感じるほど長い緊張の時間は、突然1頭の魔狼が遠吠えをしたことで終わりを告げた。
「行くぞ」
「えっ!?あっ!」
少しも表情を変えなかった少年は藪の中を飛び出すと風の様な速度で狼の群れに直進していく。
私はそんな少年の動きに慌てながら藪を飛び出すと、打ち合わせ通りに剣を足元に突き刺し呪文を唱える。
「火の精霊よ。汝の身体を左右へ広げ、我が敵を遮断せよ!『炎幕
呪文を唱えた瞬間、私の魔力を魔剣が一気に吸い上げると刀身から噴き出した炎が私と少年で事前に決めていた線上を走り円形の炎の壁を作り出す。
遠吠えをした魔狼に襲いかかった少年の大剣が無慈悲にその頭蓋を叩き割ったとき、罠にハマったと気がついた群れはすでに火の檻に取り囲まれていた。
火の檻は牛舎や牧場主の家までの道や、森への逃げ道も塞いでおり、もう私たちも、魔狼たちもこの火で出来た闘技場に閉じ込められてしまった。
「こんなに明るければ、魔獣も、魔族も、人間も夜によるハンデはないのう」
赤々と燃え盛る火で照らされた毛皮を逆立て威嚇する魔狼の群れに対して、少年は隙を晒すかの様に仕留めた魔狼の血が付着したままの大剣をゆっくりと肩に背負う。
しかし、その最中に襲いかかる魔狼は1匹もおらず、逆にその足は一歩後ろへと下がっていた。
敵意を向けられていない私ですら、冷たい汗が背中を流れる。
「今宵はお前らが狩られる番だ」
そう宣言した私よりも小柄なはずの少年は、まさに魔王を思わせる威圧を放っていた。