炎の壁に囲まれた即席の闘技場の中心で、異様な威圧感を放つ少年に魔狼たちの意識は釘付けになっている。
魔狼たちは少年を半円に取り囲み、鋭い牙を剥いて威嚇しているが、その足は1歩も前に進んでいない。
「では、いくぞ?」
少年は突如矢の様なスピードで囲いの端に位置していた1頭に迫ると、得物の大剣を豪快に振り回し魔狼の横っ腹に叩き込んだ。
少年のフルスイングで打ち上げられた魔狼は宙へ放物線を描くと炎の壁を悠々と越えていった。
「もう一丁だ」
魔狼たちが呆気に取られているうちに、近くにいた一頭も同様に弾き飛ばし、再度炎の壁を越えていく。
炎の壁の向こうで動いている気配は無く、2頭の魔狼がどうなったのかは想像するのも悍ましい。
10頭をゆうに超える群れのうちの2頭とは言え、ほんの数秒で始末してしまった少年を1番の脅威と見做した魔狼たちは、背後にいる私のことを無視して一斉に少年へと殺到する。
「ぬぅ、やるのう」
少年の逃げ場を奪うために、同時、あるいはワザとズラしたタイミングで魔狼たちが襲いかかる。
少年も魔狼の連携を細かいフットワークや受け流しにより捌き続けるが、どんなに素早い獲物も逃げる方向を指定されればいつまでも無傷で避け続けるのは不可能だ。
致命傷は受けないものの、少年の革鎧には瞬く間に魔狼の爪や牙による裂傷が刻まれていく。
「今助けにっ・・・」
私は『炎幕』を解除して少年の救援に向かうために地面に突き立てている魔剣を引き抜こうとする。
視線を感じた
追い込まれている筈の少年の目が、離れた場所の私を捉え、動くなと言っていた。
「よし」
私が意図を理解したことを確認した少年は、突如その場で足を止めた。
「えっ!?」
驚愕する私と同様に、少年がついに諦めたと思った複数の魔狼たちが少年以上の体格を活かして上からのしかかるように襲いかかる。
だが、私も、魔狼たちも勘違いをしていた。
少年は、魔狼に狩られるような哀れな獲物ではなく、この辺りではトップクラスの実力を持った冒険者だったことだ。
魔狼の牙が少年に迫る刹那の間に、膨大な魔力が少年から湧き上がる。
気がつくと少年に群がっていた魔狼たちはミンチ肉となりそこらじゅうに散らばっていた。
何があったのかはわからないが、その手に握られた黒色の大剣にベッタリと付着した血が滴っている。
おそらくあの一瞬の中で少年は身体強化系の魔法を使い、私の目では追えない速度でその大剣を振るって魔狼たちを一掃したのだろう。
無惨な肉塊とかした魔狼が転がっている中心で、少年は剣を軽く振って付着した血を飛ばし、次の獲物を見定めるように残る魔狼たちに目をやる。
魔狼は普通の村人では複数人でも危険な魔物で、だからこそ私は討伐した際に達成感を抱いていた。
しかし、少年は複数の魔狼を倒しても、先ほどまでと全く変わらない。
それが、少年が今までに積み上げてきた実績と、倒してきた魔物達の死骸の山を幻視させる。
その小柄な体に秘められた圧倒的な暴力に、それが私に向けられないと理性が理解していながらも、背中を伝う冷や汗が止まらなかった。