拙い分はご容赦ください。
プロポーズは突然に
「お主、余の配下となれ!」
夢への扉を開けて3秒、まるで真夏の太陽を思わせる笑顔を浮かべた、私よりも少し背が低い少年が言い放った一言
「え、嫌ですけど」
私がノータイムで断ると大男たちの大声がひしめいていた酒場内が一瞬の静寂に包まれ、直後、先ほどの騒がしさを遥かに上回る爆笑の渦が押し寄せた。
今まで体験したことがないほどの大音量に、私は顔を顰めながら、耳を守る為に両手で強く抑えた。
「なぜだ…?笑顔を向ければ人は心を開いてくれるのではなかったのか?」
万策尽きたと言わんばかりに意気消沈した少年が頭を抱えながら崩れ落ちていく。
「おいマオウ!これで何連敗目だ?」
「ちょうど100回くらいだったか?」
「100回に届いておらんわ!まだ99回目だ!」
「変わんねぇよ!」
「じゃぁ、連敗記録100回目到達の前祝だ!おめぇら、乾杯!」
「「「乾杯!!」」」
どうやら少年と私のやり取りを見ていたらしく、野太い声でヤジを飛ばす大男たちへ少年が必死に反論するがそれもまた酒の肴になってしまったようだ。
「おのれ、貴様らぁっ!」
笑い声を上げながら木製のジョッキを勢いよくぶつける男たちの群れへまるで獣を思わせる俊敏さで少年が飛び込むと、その手に持つジョッキを次々と強奪しては一気に飲み干していく。
自分の倍もありそうな大男たちを少年が片手間で投げ飛ばし、テーブルの上の食べ物や飲み物を次々と腹に収めていく惨状に私は驚きで固まってしまっていた。
そんな中肩を誰かに叩かれたので振り返ると、耳が少し尖がったびっくりするほどの美人が少し申し訳なさそうな笑みを浮かべながらすぐそばに立っていた。
「突然巻き込んでしまってごめんなさいね。ここに来るのは初めてよね?」
「あ、はい」
「お酒を飲む歳ではないから…、冒険者志望よね?」
「っ。そう、そうなんです!」
私がこの酒場を訪れた理由、それは冒険者ギルドへの登録のためだ。
冒険者は農作業などの手伝いから強大な魔物の討伐など様々な依頼をこなすことで報酬を得る所謂便利屋なのだが、そのためには依頼を受注しなければならない。
しかし、冒険者のほとんどは様々な理由で真っ当な仕事に就けない弾かれ者であるため、契約書に記載された文字が読めず不当な報酬で働かせられてしまうこともある。
逆に、暴力に優れる冒険者側が依頼主側を脅して過剰な報酬の請求を行う場合もある。
周辺地域の依頼を集め、依頼主と冒険者の仲介をするのが冒険者ギルドであり、私が住んでいるグラディウス王国の地方都市であるリーチェ周辺を取りまとめているのがこの酒場に併設された冒険者ギルドだった。
「うんうん。よかったわ。じゃあこっちに来て」
私は酒場の中では比較的静かなカウンターに案内され、その一席に腰を下ろすと、女性がカウンターの向こうから羽ペンと誓約書と書かれた羊皮紙を取り出し私の目の前に置いた。
私はその内容にざっくりと目を通してから羽ペンを手に取ってサインを書こうとするが羽ペン用のインク壺が無い。
「その誓約書にサインは必要ないの。だって自分の名前も書けない人が多いから」
困惑している私に、優しい声音で女性はそう言うと、私の手を片手に、羽ペンをもう片手に取った。
「ちょっとチクっとするわよ」
女性は手に持った羽ペンの先で私の手のひらを軽く突き刺すと、染み出た血がペン先を赤く染める。
そして、私の血が付いたペン先を羊皮紙に触れさせると、誓約書に私の名前が浮かび上がってきた。
どうやら血に含まれる魔力から本人の情報を抜き出す魔法が羽ペンに付与されているようで、文字を知らないものでも困らないような仕組み作りに私は大いに感心してしまう。
誓約書に私の名前と冒険者としての登録情報が記載されたのを確認した女性は不備がないことを確認すると私へ手を差し出してきた。
その手の中にはいつの間に用意したのか私の名前が刻まれた鉄製のネームプレートが握られており、私はそれを受け取ると付属しているチェーンを首に下げる。
「レナ・ティフェート様。これであなたは冒険者ギルドの一員として登録されました。これからのご活躍を期待していますね」
見惚れるほどに綺麗な微笑みを浮かべる女性に見送られ、私、レナ・ティフェートは冒険者としての一歩を踏み出したのだった。
目的の用事を済ませた私はちょうどよい時間だったため、酒場のテーブルにそのまま腰を掛けて、近くにいた給仕におすすめされた料理を注文した。
「お主冒険者だったのか?」
「今さっき登録したとこよ」
料理が出てくるまでの間、手持無沙汰で周りをうかがっていた私の近くを先ほどの衝撃的な勧誘をしてきた少年が通りかかり、私の首に下がっている鈍色に光るネームプレートを見て目を丸くしている。
「というか、私のこと知っているの?さっき突然勧誘してきたけど」
「まったく知らぬ。ほぼ間違いなく初対面だな」
一瞬、私のことを調べてきたのかと疑うも、少年ははっきりとそう答えた。
私はちょっと特殊な環境で育ってきたためか人の隠し事に敏感な方だと自負しているが、少年の言動からはまったく嘘の気配が無く、すこし変わった性格なのだと飲み込んだ。
いつの間にか私と同じテーブルにずけずけと座っていた少年が先ほどのテーブルから奪ってきたのかその顔ほどもある大振りのチキンにかぶりついているのを眺めていると、その首に私が下げているものと同じようなチェーンがのぞいていた。
「そういえば貴方も冒険者なの?」
「ふっふっふ。そう見えるじゃろう?」
「違うのかしら?」
「確かに余は今はギルドに名を連ねる冒険者。しかしてその正体は・・・・・・」
私がそう尋ねるとよくぞ聞いてくれたと言わんばかりに少年は役者張りの大見得を切る。
「かつてこの大陸をこの手に収めた魔王その人である!」
「・・・・・ヘェ、ソウナノネェ・・・・」
「おいおいマオウ。新人さんがドン引きしているじゃねぇか」
「おいネェチャン。まともに相手するこたねぇぞ。こいつは魔王を自称する変わり者で、ここの冒険者ギルドの名物のようなもんさ。名前は無いらしいから俺たちはマオウって呼んでる」
少年の奇行に固まっていた私の周りに少年と同じギルドに所属している冒険者たちが集まってくると、少年へ大笑いしながらヤジを飛ばす。
「まぁ、これのおかげもあってこの街の住人ほとんどがこいつの顔を覚えてるし、ギルドの冒険者のなかでもかなり古株だからな。変人ではあるが、人脈は広いし結構助けてもらうときもあんだよなぁ」
「そうそう。こんな頭の可笑しいやつなんだけどなぁ」
「貴様らっ!!余のことを変人やら頭の可笑しいやらバカにしよって!!」
少年はからかってきた他の冒険者たちへと飛び掛かると、そこからなぜか大人数を巻き込んだ殴る蹴る、投げ飛ばすの大乱闘が始まってしまう。
私は慌ててその場から離れるが、この酒場の常連は慣れた様子で席を動かず、なんならその乱闘を肴に酒を追加する強者まで存在するのが目に入った。
離れたところでは、どっちが勝つかの賭けまで始まっているようで、まるでいつものことのようだった。
戦況は少年1人対他の冒険者たちの連合軍だが少年は包囲の中心で暴れまわっており、今も大男をこん棒のように振り回すと2、3人をまとめて薙ぎ払っている。
その際に吹き飛んだ冒険者が酒場のテーブルや机を巻き込んで床を転がり、椅子や机が真っ二つに壊れてしまった。
「あ」
それは少年か、はたまた周りの観客たちから漏れ出たのかはわからない。
その途端、常連たちは急に席を立ったと思いきや酒場の端に集まって話しているふりをはじめ、何なら賭けの胴元を行っていた男が集まっていた賭け金を元々の持ち主のポケットに慌てて押し込んですらいた。
人がいなくなったその空白地帯の真ん中で、敵対していた冒険者たちを最後の一撃で全員気絶させていた少年は恐怖に顔を青ざめて酒場のカウンターへとゆっくりと目を向けた。
そこには今酒場へと入ってきた男ならだれもが見惚れる笑顔を浮かべている女性が手を少年に向けて振っていた。
その後は語るまでもないだろう。
というか思い出したくはないのでこの話はここでおしまいだ。