酒場に戻った時には、青を通り越して真っ白な顔色となった少年が恐る恐るといった様子で酒場のドアを開くと、すぐ目の前に立っていた笑顔の女性に少年と私はそろって悲鳴を上げる。
「ゆ、許してくれい。この者に親切を働いておっただけで、決してステーキに釣られて姉さんとの約束を破った訳では断じてないのだ」
「マオウさん、語るに落ちています。それに、私は怒っていませんから安心してください。ちょうどレナさんもいらっしゃいますし、どうぞこちらへ」
にこやかに案内してくれる女性の後ろを少年がオドオドと付いて行くのをみて私まで緊張してきたが、想像に反して女性は席についてもにこやかなままで私と少年を先に座らせると、その反対側に腰を下ろした。
「さて、お話というのは、実はお二人に関してなんです」
「私たち?」
私は女性の言葉に首をかしげる。
少年はまだしも、私にはまだギルドから何か依頼されるほどの実績も、叱責を受けるほどのやらかしも記憶にない。
「レナさんが、というわけではないのです。これはあくまである種の研修みたいなものでしょうか」
「ああ。あれか」
少年は女性の言葉にようやく合点がいったようだが、私には何が何だか分からないため、女性が続けて説明をしてくれた。
「新人の冒険者が受注した依頼で勝手がわからずにトラブルが起きることはよくあること。事故や事件をなるべく防ぐために最初の内は新人が依頼を受ける際、ギルドが信頼のおけるベテラン冒険者に同行をお願いしているんです」
「え、もしかして…」
女性の物言いに引っ掛かりを覚えた私は横に座る小柄な少年を見るが、当の少年はすでに興味を無くしたようで、何を考えているのかわからない顔をして酒場の喧騒を眺めていた。
「マオウさんには
「
「ん?言ってなかったか?ほれ」
私の驚きの声に少年は服の中から赤味の強い金属製のネームプレートを取り出すと私に向かって乱雑に放り投げた。
ネームプレートは冒険者の階級を表すものであり、いざというときの身分証にもなる。
そんな大事なものを雑に扱った少年が女性に叱られているのを傍目に、私はそこに少年の名前が確かに刻まれている。
「まさか、私より三つも階級が上なんて…」
もちろん、階級はギルドから冒険者に対しての評価であり、まだ依頼をこなしていない私は高ランクの『魔剣』を所持しているとは言え未知数でしかなく、当然私よりも高い階級の冒険者はこの街にも多く存在する。
しかし目の前の少年が赤銅級、王都周辺を除けばほとんどの街に白銀級以上の冒険者がいないことを考えると、この街で指折りの冒険者であることが私には何より驚きであった。
「まぁ、マオウさんはもうご存じのようですが古株ですし。それにレナさんのように最初から
私が受けた衝撃を少しでも和らげるために女性がフォローしてくれるが、その気遣いがむしろ私の心を苦しめる。
「そうだぞ。余も初めは
「だから配下になった覚えはないわよ」
少年にすぐさま釘をさすと、私は一度息をゆっくりと吐きだして、頭の中を整理する。
たしかに、少年が赤銅級だったのには驚いたが、古株であれば長くギルドに貢献しているため階級も上がりやすい。
しかも、親方との付き合いを見ると、少年が悪い人物ではないのはわかるため、このまま変な反応をして全く知らない別の冒険者が同行するようになるのも嫌であった。
「ま、まぁ。先輩冒険者の背中から学べることは多いっていうし」
「余の背中に何か書いてあるのか?」
少しでも自分自身を納得させるためそう言ったところ、まるで犬のようにグルグルとその場で回りながら自分の背中を必死に見ようとしている少年に私は頭を抱える。
「やっぱりチェンジは「ダメです」ですか…」
少しばかりのお願いも笑顔でバッサリ切り捨てられ、私はしぶしぶ少年と共にギルドに届いた依頼書が貼られたコルクボードを見に行くこととなってしまった。
酒場の一角に設けられたコルクボードには所狭しと依頼書が貼られており、その前には冒険者たちが自分の階級に合った依頼書を眺め、受注する依頼を吟味していた。
少しひるんだものの何とかその中へ滑り込みコルクボードの前までたどり着くと、私の階級である鉄級以下で受注できる依頼を探していく。
「この辺りで一番大きな街だし、やっぱり依頼は多いわね」
「まぁ、依頼の難易度は国中の
いつのまにか私の横にたどり着いていた少年の手には依頼書が握られており、それを受け取り内容が書かれた文章に目を通していく。
「牧場を襲っている
駆除対象の魔狼は魔素を帯びた森等に生息するうちにそれらを取り込んだ狼のことで、俊敏なうえに並みの狼よりも体格が良く力が強いため、一匹ずつなら今の私でも何ら苦戦はしないが、知能が高く連携して動く魔狼を複数同時に相手取るとなるとかなり厄介である。
しかも緊急性が高く依頼主もそこそこ大きな牧場主のようで、依頼料は私が受注できる依頼の中ではかなり良い方だった。
正直少年と親方のおかげでだいぶましになるものの、今後も安くはないメンテナンス費が発生することを考えると、少しでもお金を稼いでおく必要はある。
私はリスクとリターンを秤にかけて少し目を瞑って考え、首を縦に振った。
「これにするわ」
「そうこなくてはな」
私は少年と共に人垣をすり抜けすでにカウンターで仕事に戻っていた女性の前に進むと、手に持っていた依頼書を差し出した。
「これを受注するわ」
「はい。では、レナさんと同行者のマオウさんをこの依頼に登録いたします」
女性は依頼書にスラスラと私と少年の名前を記載すると、カウンターに置かれたギルドの印を押し、机にしまう。
「緊急性が高いため、準備を整えたうえで明日中には依頼主の牧場へ向かってください。お二人の幸運をお祈りしております」
女性の手から依頼の明細が書かれた書類を受け取って、私は初めての依頼に胸を高鳴らせながら酒場を後にするのだった。