「そんな・・・・」
牧場に到着した私たちが魔狼の話を牧場主に尋ねると、数日前に牧場の近くの村で魔狼による犠牲者が出てしまったという話を聴くことになった。
「それこそ10日前に魔狼に家畜を襲われてから牧場は侵入しにくいように防備を固めたので家畜の被害はなかったのですが、まさか村人が襲われるなんて・・・」
「その村人が襲われたのはどこじゃ?やはり森の中か?」
「魔狼が付近を徘徊しているのに森に行く村人はいません。被害に遭った村人は早朝に村の中で発見されました。首が食いちぎられ、内臓は全て貪られていましてね。それはひどい有様でしたよ」
「家の中まで襲撃してきたのかしら?」
「いえ、どうやら夜に家の外へ用事で出たタイミングで襲われたようです」
「迂闊じゃのう」
「ええ、その通りですが、襲われた村人は大柄で力自慢だったので魔狼を軽視していたのかもしれません」
私たちにそのように話してくれた牧場主は私たちの問いへ丁寧に答えてくれたが、彼は村の村長も兼ねているそうで、村人に被害が出てしまったことに非常にショックを受けて真っ青な顔をしていた。
「他の村人たちはどうしているの?」
「彼らはできるだけ外に出ず、家の中にいるように伝えています。食料などは私や家人が定期的に届けているのでしばらくは凌げるかと」
「あなた以外にも?」
「ええ。下男3人と家政婦1人と共に日があるうちに」
私がふと部屋の隅に目を移すと、キビキビと、されど不快にならない程度の動きで書類の整理を行っていた質実剛健といった男がわずかに私へ会釈をする。
その働き様といい、人を襲った魔狼が近隣に身を潜めている危険な場所へ牧場主と共に赴く度胸といい、その男が十分に優秀な部類であると推測できる。
また、小さくない牧場の運営と、村長業務を牧場主が十分にこなせているのは、他の3人もまた高い水準の仕事をこなしているのだろう。
そんな彼らが敬意をもって働いている雇い主の牧場主へ私は心の中で賞賛の声を上げる。
「じゃあ、この家に住んでいるのはあなたを含めて5人かしら?」
「いえ、あと1人住み込み手伝いの子供がいます。さすがにこんな状況では手伝わせるわけにいかないので。あぁ、もしよろしければ、貴方たちが滞在する間の身の回りの雑事をその子にお任せください。身内贔屓もありますが、かなり気が利く子なので粗相はないとおもいますよ」
「それはありがたいです。長期滞在になることも見据えて荷物は多めに持ってきましたが限りがありますし」
「良かった。あとで部屋へ向かわせましょう。それでは、魔狼の件、なにとぞお願いいたします」
まるで貴族や騎士のように付き人までつけてくれるのは、牧場主が心の底から魔狼の駆除を望んでいるからだろう。
私たちはすぐさま用意してもらった部屋へ余分な荷物を置き、馬車の中で決めたように周囲を見回るための準備を整えていると赤い服を着た少女が扉の隙間から私の様子をうかがっているのに気が付いた。
「どうしたの?」
「えっと、お客様方のお手伝いをするように言われてきたのですが」
「あなたがさっき牧場主さんが話していた子ね。すぐ出るから今は何も必要ないわ。あ、帰ってきたら体を拭うための布と水を用意してくれるかしら?」
「かしこまりました」
私がそう言うと、少女は一礼してその場を離れる。
その所作は丁寧でそつがなく、おそらく雇い主であるあの牧場主の教育が良いのだろう。
また、少女や先ほどの男の衣服も質素だが清潔でほつれのない服を着ている。
あの牧場主が自分の家人に対して十分な配慮をしているのがそれだけでも分かり、王都の貴族たちに牧場主の爪の垢でも煎じて飲ませたいくらいだ。
「準備はできた?」
「・・・・・あ、そうだのう。いつでも行けるぞ」
「じゃあ行きましょうか。あの牧場主のためにも、村人たちのためにも、早くあの魔狼たちを追っ払ってやらなくちゃ」
私は少年を連れ牧場を出ると2人で村の周りの痕跡を探し始めるが、注意深く見なくともいたる所に多数の魔狼の足跡や抜け毛が残っており、魔狼が村の中へ堂々と姿を現すのも時間の問題と思われた。
「これは結構大きな群れだのう」
「早く駆逐しないとさらに誰かが襲われるわね。やつらの巣穴は追えそう?」
「いや、難しそうじゃ。奴ら人間も獲物としたわりにいまだに人間に対してかなり警戒しとるし、痕跡を辿られないように工夫されておる」
少年の目線の先では魔狼たちの足跡は一度小川へと続いており、そこから先もさらに複数の方向へ足跡が伸びている。
これを手当たり次第に追っていては非常に時間がかかってしまうため、食料も少なく家に閉じ込められている村人たちが先に根を上げてしまうだろう。
「今回の魔狼の群れは普段のものよりも一段と手強い。これは鉄級に任せる依頼としてはちと厳しかろう」
「ギルドの事前調査が見誤ったのかしら?」
「うーむ・・・・」
冒険者ギルドは依頼を収集する際にギルドが抱える偵察部隊を派遣して、依頼の内容の調査、とりわけ、その場の状況や依頼達成への危険度などを確認している。
その報告を受け、どのランクの冒険者以上にその依頼を割り振るかを決めているのだ。
この精度は非常に高く、時に命を懸けることになる冒険者たちは信頼をおいているし、また、その信頼に応える為、ギルドはその精度を維持する努力を惜しまない。
それこそ引退間際の高ランクの冒険者に多額の給金を払ってまで偵察部隊にスカウトしてさらにその質、規模を向上させている程だ。
しかし、現状はその調査に見落としがあったのではないかと疑いたくなる状況だった。
長らく冒険者として依頼をこなしていた少年だからこそ、設定されていた階級から想定した難易度との乖離に違和感を拭えていないようだ。
少年も私も、背中に嫌な汗が流れるものの、とりあえず現状の状況を更に詳しく調べるために森の中を捜索していると、少年が茂みの中からあるものを見つけ出した。
「布だわ。こんな森の中で、いつのかしら?」
「おそらく服の切れ端か?べっとり付着した血が黒ずんでおるから、おそらく数日は経っているじゃろうな」
「この布の服の持ち主がここで襲われて、大けがを負ったのね。ここ数日なら魔狼の仕業かしら。鋭い爪で切り裂かれたような切り取られ方だし」
「そうじゃのう・・・・。もしかしたら先日の村人よりも先に誰かが襲われていたのかもしれんな。それなら村の中にいた村人が魔狼に襲われたとのことも説明がつく」
「ここで襲われた誰かを探すのは数日経っていて難しいし、それに、もうだいぶ暗くなってきてる。完全に夜になる前に牧場に戻らない?」
おそらく服の切れ端である血で染まった赤い布を手に少年が少し立ち止まって考えようとしているが、すでに時間がそれなりに経っており日も落ちかけている。
それこそ完全な暗闇になってしまえば今日の昼以上に不利な状況で魔狼と対峙することになるため私が撤収を提案すると、少年が一度頷き二人で牧場主の家へと戻ることにしたのだった。