篠澤広が美術の課題で絵を描く話。プロデューサー視点。

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「わたしの。」

 

いつものように篠澤さんを迎えに行こうと学園の中庭に通りがかった時、植え込みのそばでうずくまる白い物体が目に入った。

 

(あれは、篠澤さん……?)

 

今日はまだレッスンをしていないはずだが、彼女にとっては教室移動も立派な運動だ。また疲労で倒れてしまっているのではと思い、俺は急いで駆け寄った。

 

「篠澤さん、大丈夫ですか!」

 

しかし俺の心配は杞憂だったようだ。白い物体……長い白髪に身体をおおわれた篠澤さんが、ようやく気づいたようにこちらを振り向いた。

 

「あ、プロデューサー。……どうしたの、そんなに焦って」

 

「なんだ、生きてましたか。とうとうレッスン前に倒れてしまったのかと」

 

「さすがに、わたしもそこまでやわじゃない……よ。たぶん」

 

「安心しました。また一からプロデュース方針を練り直さなければならないのかと、肝を冷やしましたよ」

 

「わたしの実力が、プロデューサーの期待値を大幅に下回っているのは事実。安心していい」

 

「そこは誇らないでください。ところで……倒れていたのではないなら、何をしていたんです?」

 

俺は篠澤さんの持っていたものに目をやる。スケッチブックのようなものに、何かが書き込まれている。

 

「これは……植物のスケッチですか」

 

「美術の課題。自分の好きなものを描いてこい、って」

 

篠澤さんが手渡してきたスケッチブックには、誰が見てもタンポポだとわかる絵が描かれていた。

 

「どう?」

 

「上手く描けてますね」

 

素人目に見ても、彼女の絵はとても上手に思えた。特に綿毛の表現は非常に写実的で、特徴をよくとらえている。しかし……

 

「何か不満ですか?」

 

そう問いかけると、彼女の長い睫毛がぴくりと動いた。

 

「……プロデューサーは、すごい。わたしのこと、よくわかってる」

 

「表情が見分けられるようになっただけですよ」

 

「それでも、すごい。……ふふ、わたしのこと、よく見てくれてるんだ」

 

「担当すると決めましたから。これくらいは当然です。……それで、何が不満なんです?」

 

「わかってるくせに言わせるんだ……意地悪」

 

そう言いながらも、彼女の表情は恍惚としている。

 

「たしかに上手く描けた。自分でもそう思う。……今までのわたしだったら、もう飽きちゃってるかも」

 

続けてそう述懐する彼女の表情は、変わらず恍惚としたままだった。

 

「そうですね。非常に良く描けています。非常に精密な……現実のコピーだ」

 

現実をそっくりそのまま写し取ったような、精密なコピー。俺は美術に明るいわけではなかったが、この絵が受けるであろう評価は容易に想像できた。

 

「美術っておもしろいね。上手く描けることが悪く評価されるなんて」

 

「一概に悪い評価を受けるとは限りません。写実的な流派もありますし、正確さが求められる生物学などでは重宝されるでしょう。ですが……おそらくこの課題は、そうではない」

 

「うん。自分らしさを表現しろ、って」

 

自分らしさの表現。思春期の学生において、これほど難しい課題はないのではないか。成長過程にある身体と精神のなかで、確固としたアイデンティティを持っているのはよほど恵まれた環境にある者だけだろう。

しかしそれは……初星学園という、アイドルを目指す者だけが集まる学園においては、前提であるとも言える。

 

「これは推測ですが……千奈さんや佑芽さんは、あまり苦労せずに描いてしまったのではありませんか?」

 

「うん、そう……ふたりともすごい。自分の大切なもの、ちゃんと持ってる」

 

「だからこそ、上手く描けたはずの自分の絵に、自信が持てなかったんですね」

 

おそらく画力だけなら、彼女が一番なのだろう。だがそこに、人の心が見えない。現実の精密なコピーでは、自己表現と見なされない。アイデンティティの欠如を自覚し始めると、人は焦燥感に駆られてしまう。

 

「ふふ……ゴールだと思ったのに、いきなり振り出しに戻された気分」

 

……普通の人は。

しかし彼女にとっては、それは願ってもない幸運なのだ。思わぬ課題が身近にあったのなら、それに嬉々として挑むのが彼女なのだ。その道が険しければ険しいほど、刺激的であると信じて。

 

「なら、都合がいい。()()()()その方がやる気になるでしょう?」

 

「うん。……()()()()

 

「アイドルにとっても、自分のアイデンティティを見つめ直すのはいい課題です。探しましょう、あなたにとって一番輝いて見えるものを」

 

「手伝ってくれるの?」

 

「当然です。()()()()プロデューサーですから」

 

「ふふ……ありがとう、()()()()プロデューサー」

 

俺が、彼女のプロデュースを引き受けた時。あの時に感じた、予兆のようなもの……それは、彼女の眼差しだったのかもしれない。まるでこの世のすべてが希望に満ち溢れているような、そんな期待の眼差し。そのなかで彼女が選びとったものには、きっと価値がある。あとはそれを、どう表現するか。

 

プロデュースに似ているな、と思った。最も、アイドル活動も自己表現のひとつなのだから、当然と言えば当然なのだが。

 

後日、俺は美術室に向かった。教室の壁に生徒の描いた絵が貼り出されたと聞いたからだ。

篠澤さんが何を描いたのか、俺はまだ聞かされていない。彼女が何を選んだのかはわからないが、やれるだけのことはやったつもりだった。

 

教室には、あさり先生がいた。

 

「あら、プロデューサーくん。篠澤さんの絵、見に来たんですか?」

 

「はい。結構苦労したので、その成果をと……」

 

「あっ、やっぱり君が手伝っていたんですね」

 

合点がいった、とでも言うように先生が微笑んだ。

 

「良くない事でしたか」

 

「いいえ、ただ……とてもいい絵だな、と思ったので」

 

先生の視線の先の、篠澤さんの絵を見る。「わたしの。」と題されたその絵には、彼女のものであろう手のひらに乗った数粒の種が描かれていた。

描き方は、特に変わっていない。相変わらず写実的で、見る人が見れば味気のない絵だった。

しかし、俺にはそれがとてもあたたかく、輝いているように見えた。

そこでようやく、自分が思い違いをしていたことに気付いた。

 

俺は、彼女が()()選ぶかを重要視していた。

 

様々なものを選べる状況で、あえて彼女が選ぶもの……それが大切なのだと思っていた。

 

しかし、彼女にとって最も大切なものは、()()選ぶかということだったのだ。

 

(そうか。だから……彼女の眼差しに、俺は期待したのか)

 

篠澤広の瞳に写る光景が、彼女にとって光輝くものであること。

それは紛れもなく、彼女自身の期待であり、夢なのだろう。

そしてその眼差しが、苦難に立ち向かわんとする彼女の生き様こそが、俺が魅せられたものだったのだ。

 

ふと、窓の外に視線を落とす。中庭で、篠澤さんが俺を待っている姿が見えた。

 

彼女はおもむろにタンポポの茎をちぎると、綿毛を吹いて飛ばした。

 

タンポポの綿毛が空へ飛んでいく様に、彼女が見る光景が重なった。

 

 





意図せず、光景をイメージした話になりました。
広って絵上手いのかな、手の動かし方わからないとかで下手だったらすみません。

私事ですが、ようやく広の親愛度10を達成しました。
まだまだ彼女で書いてみたいことがあるので、できるだけイメージを具現化できるよう頑張ります。

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