魔術師様は終末が見たい 作:泥水
「あー…そろそろ世界の終わりが見たい」
「朝食の席でなんて事言うんですか」
包み込むような陽の光。
青々とした新緑の木々。
世界を彩るように咲き誇る花々。
小鳥が囀り、獣さえ安らぐ閑静な場所にて堂々と門を構える館の中、そんな穏やかならざる会話が繰り広げられる。
楽園を思わせる世界の中心、汚れ一つないテーブルを挟んだ向かいに座る青年の物騒な呟きに、桃色の長髪を携えた少女はピンクダイヤモンドのような瞳を濁らせ呆れ混じりにつっこむ。
「いやだって…この人類はもう十分発展したと思わないか?」
「文明の発展に十分も何もないと思いますが」
「魔術の開発は此処数十年で著しさの欠片も無いし、いつまでも国家間で睨み合いばっかしてさ…」
「数十年程度今更かと。魔術は本来人間が扱うには難解なものですから。それに競争に関しては生物として当然では」
「俺はそんな下らないもの見るためにここに居座ってるんじゃないんだよ。もっとこう…
「物凄く知ったこっちゃないですね」
頬杖を付き、如何にも退屈だと主張する彼は出来の悪い演劇の席に座る客の如く。
知らぬものが聞けば理解に苦しむ彼の言を受ける少女は、しかし青年に構わずスプーンでシチューを口へと運ぶ。
「まるで育てた果実が腐っていく気分だよ…」
「腐っているのはネア様の性根では。ここまで来ると最早全生命が不憫極まりないです」
相も変わらぬ彼の視座に黙々と食を進めながらも毒を吐く。
ネアと呼ばれた白髪の青年は、いつの間にやら完食した朝食を余所に、テーブルに突っ伏しながら意気消沈する。
「…」
強烈な重力が発生したかのような彼の気分に呼応するが如く、周辺の植物が生気を失い始め、首を垂れる。
窓から覗く不可解な現象を目の当たりにしつつも、少女は意に介した様子もなく続ける。
「大体、今回は人類史が始まってまだ500万年。ネア様が手を加えているとはいえ、進化している方でしょう」
「…そうだけどそうじゃないんだ。オレはケーキの苺を最後まで残そうと思っても結局半ばくらいで食べちゃうんだ」
「つまり堪え性が無いと言うことですね。子供ですか
「ウチのシャルがいつに無く辛辣だよ…これが反抗期か…」
「子供の健全な成長を喜んでください」
ゆるふわな髪の毛をモフモフと揺らしながら鋭い言葉の刃を放つシャルなる少女を前に、ネアは「コレがギャップか…」などと見当違いな事を宣いながらあえなく撃沈する。
「まあでも…確かに平和過ぎるのも考えものですね」
と、ネアが時の流れをメンタルを犠牲に体感していたところ、シャルは呟く。
「おそらく今のままだと、前回のような事態になっても対処できるのは…まあ数えるくらいしかいないかもしれません」
指を折りながら記憶を辿る彼女は、その情景に浮かぶ何かを淡々と数える。
思考の裏にジト目を向けながら唸る彼女に、雲の隙間から光が差したかのようにネアが顔を上げる。
「そうだろうそうだろう。何と言うかこう…味気ないじゃないか。まるで風に飛ばされてしまった風船みたいに虚しく呆気ない」
「その例えはよくわかりませんが、何となく言いたいことはわかりました」
いつの間にやらお皿を綺麗にしていた少女は、スプーンを置いて彼へと向き直る。
「つまりネア様は、人類が世界の終わりに対して良い感じに足掻いているところを安全圏である高みから眺めていたい…と言うことですね」
「そこはかとなく貶されているどころか隠しきれない悪意が滲み出てるけど…大体合ってるかなぁ」
「流石ネア様。醜悪の吹き溜りのような性悪ですね」
「言ったねこの子」
真顔で堂々と貶す少女の瞳はネアの眼球をぶち抜きそうなほどに真っ直ぐである。
今日日見ない程に澄んだ瞳は、ネアが教育方針を間違えたかと思う程であった。
そんな彼を前に少女は席を立つ。
「しかし私はネア様の従者です。どれほど耳が腐りそうな命であろうともお望みであらば遵守いたします」
「急に生き生きしだすじゃん。さては君、人のこと言えないね?」
「まさか。私程純粋無垢な美少女がしつこいカーペットのシミみたいなネア様と同じな訳がありません」
「君そんなこと思ってたの???」
まさかそこまでとは思ってもいなかったネアは少なくないショックを受ける。
せいぜいキッチンの油汚れぐらいだと思っていた。
より手間のかかる方だったか。
「で?具体的にどうするつもりなんですか?」
「…………なにが?」
「舞台設定ですよ舞台設定。ネア様が思っているようなドラマなんて直ぐに自然発生するようなものでもありませんよ」
「いやそれは君よりもよく知ってるけど…設定か…」
考え無しであったネアは彼女の突発的な発言に顎に手をやり考える仕草を見せる。
その姿は中々に様になっており、下らない発言さえ無ければ尊敬する魔術師に値する人物なのだと再認識させられる。
しん…と静まり返った空間が生まれて数秒後、ネアはふとその考えを口にする。
「…正直、今までみたいな内容じゃあ退屈は凌げないと思うんだよね」
「はぁ…というのは?」
また何か面倒なことを言い出したと嘆息する少女に構わず、彼は続ける。
「いやね…例えばこの世界の邪神が復活して降臨までしたとして、その力は果たして俺の予想の範疇を出るか…って言えば———」
「———…まあ出ないでしょうね。神とは言え所詮は神。むしろ人間以上に融通が利きませんから、持ち得る可能性は大したものではないでしょう」
———神。
それはこの世界に確かに存在する超常存在である。
悪魔や天使、精霊や悪霊など、数多の上位存在が蔓延る中、この「神」と称される存在はその他とは一線を画する。
その伝説は人智の及ばぬ壮大なものが殆どであり、実際その言い伝えに劣らない、寧ろ凌ぐような強大な力を有している。
しかしその一方でその在り方はひどく限定的であることが多く———
曰く、破壊することしかできない。
曰く、生命を生み出し続けることしかできない。
曰く、全てを焼き尽くすことしかできない。
———など、自由意志が存在しているのかさえ不透明な、正しく概念の一旦を担う極端な存在でもある。
なお、ネアはこれを「知性の無駄遣い」と称しており、その強大さに反して早くも見切りをつけていたりする。
そして此処で言う邪神とは即ち「ネアにとって特につまらない部類」の神であり、壊すことしかできない、生産性のない破壊神などはそれに該当する。
そんな彼の言葉に少女は納得しつつも問う。
「かと言ってそれぐらいしか無いと思うんですが。だって溜まりに溜まった『破壊』を実行する破壊神とかこれ以上ない脅威でしょう」
「そんなのに人類なんかが抵抗できるわけないだろ。火力上げすぎて煮込むどころか一瞬で蒸発するようなもんさ」
ああ言えばこう言う彼に眉間に皺を寄せる少女。
そしてうんうんと唸る目の前の男を睨みつつ、無言で発言を促す。
「もう一捻り欲しいんだよねぇ…」
そうして首を捻りながら何処となくムカつく顔で苦悩する男に、少女は投げ捨てるように言う。
「…別にこの世界の存在に限定しなくても良いのでは?」
ピタリ、と男の動きが止まる。
ゆったりとした動きで少女の真正面へと視線を固定したネア。
「それは…異世界から良さげな神とかを引っ張ってくるってこと?」
「それでも良いですし、何かしら反応は生まれるんじゃないですか?それこそネア様の言う予測不可能な…『面白い』事態とか」
ネアは彼女の言葉に咀嚼する。
腕を組み天井を仰ぎ、思考の海を泳ぐように世界の未来を脳内で組み替える。
そうして———
「———決めた」
———椅子を弾くように徐に立ち上がると、虚空へ向けて腕を振るう。
「———【
瞬間、両者の傍に人一人が入れるほどの『穴』が発生する。
「行くよ、シャル」
「…何処にですか?」
「舞台作りにだよ。きっと楽しいよ」
「…はぁ」
彼は呆然とするシャルへと振り返ると、晴々とした笑みを見せてそう語る。
シャルはその笑顔を見て、己の内に呆れと疲労、期待と高揚を同時に感じ取る。
「何処にでも付いていきますとも」
そう言って、侍るように後ろをついて行く。
その心の片隅で人類に同情を覗かせながら。