魔術師様は終末が見たい   作:泥水

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書けたので投稿


人の運命は案外簡単に決まるもの

 細く伸びた光が上下に広がる。

 

 闇を掻き分けるようにゆっくりと開けるそれが己の視界であると、一瞬認識できなかったのは寝ぼけていたからなのか、或いはあまりに突然のことで合ったからか。

 

 少年は明晰夢の只中に居るかのような違和感を覚えながら身を起こす。

 

 

「何だ此処———いやそれよりもッ!」

 

 

 彼の脳裏に直前に目の当たりにした光景がフラッシュバックする。

 

 洗った食器を片付けようと棚をした時、ふと感じた小さな揺れ。

 

 綺麗に整頓された食器がまるで何かに怯えるようにカタカタと擦れ合った———次の瞬間。

 

 

「———ッ!!」

 

 

 視界が消し飛ぶが如く掻き乱された。

 

 跳ねる床。

 吹き飛ばされる家具。

 まるでミキサーの中に放り込まれたような絶望的な景色を見た直後、肉が潰れるような生々しい音が脳に届き———世界は暗転した。

 

 ———大地震。

 

 それが彼が見た最後の世界の姿であった。

 

 

「生きてる、訳…ない…よな」

 

 

 震えた声が零れ落ちる。

 

 ならば何故今己はこうして思考できるのか、喋ることができるのか。

 自分自身のことであるからこそ分かる。

 あの時聞こえた音は自身の頭が潰れた音だったはずだ、それは間違いない。

 死んでいるのに———否、死んだ身であるからあの二度と訪れないであろう寒気のするような感覚を覚えている。

 

 生きているわけがない。

 そう己に言い聞かせるも、だとしたらここは何処だというのか、という疑問が脳に押し寄せる。

 

 

「———ようやくお目覚めですか」

 

 

 ———そんな思考を洗い流すような妖しい声が耳に届く。

 

 声のする方———背後へ振り返れば、そこには真っ白なワンピースを身に纏った一人の少女が彼を見下ろしていた。

 

 彼女は無表情のまま、桃色の髪の隙間から宝石のような瞳を覗かせる。

 

 

「え、っと…貴方は…?」

 

「いきなり名前を聞くとは…まずは自分から名乗るものでは?春咲彼方サン?」

 

 

 直立したまま無愛想に尋ねる彼女は、とても傷心の者を目の前にしているとは思えない冷たい表情をを浮かべている。

 

 少年は唐突な出来事と彼女の冷静な雰囲気のギャップに付いていけず、上手くリアクションを取ることが出来ないでいた。

 

 

「俺のことを…?」

 

「知っていますよ。確かに貴方の名前も、両親と妹と猫とイモリと暮らしていたことも、貴方の両親の年収も勤めている会社も貴方と妹が通う学校も成績も———貴方達が震災で死んだことも全て知っているとはいえ礼儀というものがあるでしょう」

 

「…失礼しました…でも、やっぱり俺…死んだんですよね」

 

 

 分かっていたことを他者から告げられる。

 それだけで一層増した『死』という現実への絶望感が己を襲った。

 

 理解はしている。

 だがそれを受け止め切れるかは別であった。

 

 腕を組みながら妙に感情の現れた殺風景な顔を晒す彼女の姿に愕然とした様子で項垂れる彼方は、ハッとしたように彼女に縋る。

 

 

「か、家族は!?母さんと父さんは!?皆んなはどうなっ———」

 

「———言ったでしょう。貴方達(・・・)は死にました。一人の例外も無く」

 

「…そん、な…」

 

 

 自身の死以上の衝撃が肉体を、ボロボロの精神を殴りつける。

 

 ほんの昨日まで下らないことで笑ったり、ほんのちょっとした事で喧嘩できた掛け替えのない家族という存在が失われたという事実が最後の希望を掻き消した。

 

 まるで支えていた柱が呆気なく折れるように、彼は死人らしい顔でその場に沈む。

 

 

「そっちの神は随分と感情豊かなようですね。ウチの奴等にもその情緒を分けてやって欲しいです」

 

「…神…って…」

 

 

 ———夢、そう夢である。

 こんなことが現実な訳がない。

 

 自分はきっと今も病院かどこかのベッドで寝ていて、不安が恐怖からか、ただ心地の悪い夢を見ているに違いない。

 

 両親や妹は隣のベッド辺りで寝ているのだろう。

 

 だって———昨日まで———あんなに楽して———いつも通りの———

 

 

「夢だと思うのは結構ですが———その夢、覚めませんよ」

 

「…でも…そんなこと言ったって…」

 

 

 無慈悲に告げる彼女が遠く感じる。

 まるで底の無い穴に永遠と落ち続けているような感覚であった。

 

 

「はぁ…まあ、落ち込んでいる所悪いですが、まずはなぜ私がここへ呼んだのか説明して差し上げましょう。今の貴方にとっても朗報です」

 

 

 失意に呑まれる彼方を眼下に何処か面倒そうに、雑に話始める少女。

 

 最早周囲の声など届かない程に茫然自失となった彼方。

 しかし次の瞬間、彼女の口から放たれた言葉が彼に二度目の衝撃を与える。

 

 

 

 

 

「とある条件を飲んで下さるのであれば———先の悲劇、私が無かったことにして差し上げましょう」

 

「………………ぇ」

 

 

 

 

 か細い驚愕の声共に思わず顔を上げる。

 その死人染みた土色の顔には、僅かな生気が取り戻されていた。

 

 全てを奪ったこの日、或いはあの日の出来事を全て帳消しにする。

 

 それは彼にとって、何よりも欲する悲願である。

 

 

「失敗すれば終わりです。貴方は自分の命も大切な人間も生涯の記憶も何もかも失い、生まれ変わってさよならです」

 

 

 死ぬとはそういうことだ。

 輪廻転生を持って善悪も好嫌も、その全てが清算され、洗いながられる。

 

 己の存在も、その内に刻まれた遍くを消し去るのが『死』という現象だ。

 

 

「…何を…俺は…何をすれば…」

 

 

 ズルズルと体を引きずるように、まるで母を求める赤子のように、膝をついたまま彼女の元へと這い寄る。

 

 その姿は宛ら足枷を繋がれた囚人の如く、一条の光が照らす道だけを辿ることしかできない。

 

 

「簡単なことですよ」

 

 

 今の彼方の耳は彼女の声しか入ってこない。

 今の彼方の眼は彼女の姿しか映さない。

 

 妖しい声が脳を揺さぶる。

 元より美しかった彼女の姿に後光が差し、目が潰れるほどの希望が彼の視神経を灼く。

 

 全てを失わんとする者は、救いの手を差し伸べる者にただ縋ることしか赦されない。

 

 

「———貴方には一つ、世界を救ってほしいのです」

 

 

 三度目の思考の追いつかない衝撃に絶句し、固まってしまう彼方。

 想像以上の話に、伸ばした手が救いから遠ざかるような錯覚を覚える。

 

 

「貴方が選ばれたのは偶然です」

 

 

 しかし彼を置きざりに少女は彼の元へと歩より、目の前で屈み、彼の両頬を優しく包むと視線を合わせたまま蠱惑的な声音で告げる。

 

 

「輪廻から摘み上げた魂が偶然貴方のものだった。しかしコレは紛れもなく貴方だけに(・・・・・)与えられた奇跡(チャンス)ですよ」

 

 

 ———偶然。

 ———自分だけ。

 

 だがそれは特別などという言葉があまりに陳腐に聞こえてしまうほどの奇跡だった。

 

 失った全てを取り返す。

 失敗すれば二度と取り戻すことは出来ない。

 

 ———だが、何もしなければ今ここで失った全てを取り零す。

 

 

 

「本当に…みんな…」

 

「———皆、皆ですよ。勿論、貴方だって帰れますとも。厄災の訪れなかった平和な世界に」

 

 

 ———平和な世界。

 嗚呼、なんと甘美な言葉だろうか。

 

 彼はその日を以て絶望を知った。

 彼はその日を以て己の日常から失われた本当の平和を知った。

 

 それは彼にとって最上級の宝であり、あまりに甘露なる果実であった。

 

 

「……ます」

 

「…」

 

「やります!世界でもなんでも救って見せます!だから、だから———!!」

 

 

 ———その瞬間、『無』であった彼女の貌にほんの少しの『悦』が浮かんだように見えた。

 

 だが希望に潰えた彼方には、その光を霞ませるような不穏な、都合の悪いものなど見えてはいない———否、見たくなかった。

 

 今見えているものが虚像であったとしても、彼には確かな光だったから。

 だから———彼は彼女の差し出した手を迷いなく掴み取った。

 

 

「———貴方の英断に最大限の感謝を、春咲彼方サン。貴方にはたった今からこの世に生まれようとしている厄災を祓って頂きます。当然、できる限りの助力は致します」

 

 

 そう言うと彼女は一つの幾何学体———魔法陣のようなものを空中に描く。

 

 羅列する幾何学体はその全てが見たこともない言語のような記号で構成されており、彼方にはそれがどうしようもなく幻想的で神秘的なものに映った。

 

 

「さぁ、此処に手を翳してください。それを以て契約の完了とします。貴方は世界を救い、私は貴方達を救う。唯一、貴方の『死』のみがこの契りを別つこととなる」

 

 

 己から全てを奪った『死』という存在が、再び己の敵となる。

 その事実に、奥底を支配していた失意を満たすような強烈な感情が湧き上がる。

 

 それが憎悪なのか、怒りなのか、或いは焦燥か不安か。

 それは自分自身にも理解できなかった。

 

 ただ彼の心中にあったのは、今なお何処に沈んだままの幸せな日々と、決して同じことは繰り返さないという嘗て無い決意のみ。

 

 彼は煩い心臓の音を抑え込み、優しげな彼女の声を聞きながら手のひらを運命の光へと向ける。

 

 

「死は貴方をこの世界という檻に閉じ込めます。故に、決して死なないでください」

 

 

 彼女の嘆願を最後に、彼は契りの輪へと触れた。

 

 刹那、弾けるような極光が彼の視界を———彼自身を包み込む。

 

 自身の最奥に何かが刻み込まれたような感覚を覚える。

 

 

 

「では春咲彼方さん———」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ———どうかご健闘を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「———【坩堝にて踊る虚構の群像(エグニュ・ドゥル・アインゼーレ)】。存在(テクスト)を書き換えて役割(ロール)を与えることで偶然を必然に変える魔術。便利だよね…まぁ、契約が必要なんだけど」

 

 

 少女と少年のやり取りを眺めながら、ネアは己の魔術が施行されたことを確認する。

 

 『契約』さえして終えば相手が塵芥(ゴミ)だろが神だろうが関係無く因果に巻き込むことができる。出来てしまう。

 

 正しく(きせき)の御業である。

 

 

「主役が一人揃えば、文字通り運命の糸が紡がれる。登場人物(キャラクター)も世界も主人公の繰り広げる因果(シナリオ)のままに踊る」

 

 

 この日、この瞬間を以て世界のシナリオは書き換えられた。

 

 一人の少年は悲劇を打ち消し、再びその手に幸せを取り戻すべくこの世界へと舞い降りる。

 如何なる試練が、失意が、絶望がその行先を阻もうとも、決して彼は止まらない———止まってはならない。

 

 ———何故ならばそれこそが彼の運命であり、主人公だから。

 

 

 

「さぁ、『ネア・エスタギュロ・ラフ・ラ・マフル』の名の下に契りは交わされ、物語は始まった」

 

 

 白髪は朗らかに揺れ、金と銀の瞳が興奮を表すように照り輝く。

 

 

「一体、今回は何が観れるのか楽しみだ」

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