どうにも自分は異世界転生というものをしたらしい。
それに気づいたのはつい先日であった。
シャーロット家十男。シャーロット・クラッカーこと、俺は、海賊の息子ということで、力強い男に憧れて次男であるカタクリの兄貴との修行の日々を送っていた。
といってもルフィがやっていたようなイカれた覇気の修行などではなく、ゾロやくいながやっていたような比較的人間的な修行だ。
だがそれでも相手は最高傑作カタクリであるわけで、その修行はまあ、厳しい。というか下手すりゃ死ぬ。七歳にあんな修行をやらせれば、大怪我必須である。
そんな訳でカタクリ兄さん十歳。脅威の一撃を脳天クリティカルヒット。
その衝撃で前世を思い出し、今に至る。
まあ、転生したからと言って何か特典的なものがあるわけでもなく、ただのクラッカーである、それでも十分強いのだが。そんな訳で今日も今日とて修行の日々である。
「いやァァァ!!無理無理無理!次兄貴の攻撃喰らった死ぬ!絶対に!!」
「どうしたんだクラッカー!?この間まであんなに修行に意欲的だったじゃねえか!!」
嘘です。修行から逃げてます。うるせえ!気づいちまったんだよ!あの時カタクリの兄貴の一撃浴びて死ぬほど痛いってことにな!あれ馬鹿だよ!覇気とか何も使ってねえんだぜ!?それでコンクリとか粉砕してるのに普通弟の頭ぶっ叩くか?鬼だろ!!
そんな俺の気も知らず、木にしがみつく俺をカタクリの兄貴が無理やり引きずり下ろそうと引っ張ってくる。だが負けねえ。兄貴だろうが絶対に負けられない。もう修行なんかしてられるかってんだ。
「い、や、だァァァ……!俺はもう海賊とか諦めて『クラッカーのビスケット工房』建てるんで!見逃して下さいィィ……」
「ダメだ、お前は兄妹の中でも一番才能がある……!俺はお前を強ェ海賊に育てる義務が……って力強過ぎだろ!!いつの間にこんな馬鹿力を……!?」
「嫌だあ!!俺はお菓子工房作るんだい!だから修行にはいかな……オイそこカスタードとエンゼル!!ゴミを見るような目でこっちを見るんじゃねェ!!」
街の広場の人通りも多いその一角で、俺とカタクリの兄貴の命懸けの攻防を俺と三つ子のカスタードとエンゼルが遠巻きに眺めていた。それも生ゴミを見るような冷たい瞳で。おい待て、今呼ばれて目逸らしただろ。他人の振りするなよ。俺たちは三人で一つだぞ!俺がどれほどの醜態を晒そうがお前らだけは他人の振りは出来ねえんだからな!!
「まあまあカタクリ。クラッカーにだって休みたい時はあるだろう。まだ七歳なんだ。遊びたい盛りだろうに。今日は休ませてやってもいいだろうペロリン♪」
「ペロス兄……」
さっすがペロス兄!わかってるぅ!!マジPMG。ペロス兄・マジで・GOD。そうそうやっぱまだまだ遊び足りないって言うかあ……まあ、修行の事は未来の自分に任せて、今の自分はすげえ遊びたい!っていうかすげえ修行したくない!!
「ってことで、俺街で遊んでくるから!!」
おっほーい!長男パワーで自由の身だァァ!!よし鬼ごっこだ!行くぞ!カスタード!エンゼル!
◇◇◇◇◇
「ありゃ別人か?まさか修行にあれ程まで拒否反応を示すとはな」
「やっぱ頭打った時になんか脳に異常でも起きたんだろうか……」
クラッカーは、あの歳の少年としては破格の強さを秘めている。それがカタクリから見たクラッカーという存在だ。ビッグマムの息子だからか、強さにも貪欲で、十になるカタクリにも喰らい付いてくる骨のある弟、であったのだが。
先日カタクリがうっかり手を滑らして、クラッカーの脳天にクリティカルヒットをぶち込んでしまってからというもの、まるで人が変わったかのように修行から逃げるようになっていた。
医者は目立った外傷もないし、異常なんてない。なんて言っていたが、あの変わりようはカタクリの一撃がトラウマになっている、なんてものでは説明が付かない。本当にクラッカーの皮はそのまま中身だけを取り替えたように別人と化しているのだ。
「アイツは、アイツならきっと『ロジャー』や『白ひげ』とさえ渡り合える海賊になる。アイツなら、ママの夢を叶えられるはずなんだ……」
「カタクリ……」
先程までクラッカーがしがみ付いていた木を背にして座り込むカタクリ。頭を抱えて項垂れるカタクリに、お前はそこまで抱え込んでしまっていたのか、とペロスペローはカタクリの肩に手を置いて、何か声を掛けようとするが、次の言葉は見つからなかった。
「そんな心配しなくてもクラッカーはやる時はやる奴だし、大丈夫だよカタクリ兄さん」
「そうそう」
「カスタード……エンゼル……」
「お前ら、クラッカーと鬼ごっこに行ったんじゃなかったのか」
「速すぎて追いつけない」
「本当に」
「そ、そうか……」
「……やる時はやる、か」
カタクリは空を見上げてカスタードの言葉を反芻した。木刀で叩きのめされ、なおも立ち上がらんとする弟の姿を思い出して、フ、と笑った。
「そうだな」
◇◇◇◇
拝啓カタクリ兄さん。
「テメェらさっさとしろ!ガキと女を早く運べ!!」
貴方の弟、シャーロット・クラッカーは、現在
「全員奴隷だ!傷は付けんなよ!価値が落ちる!!」
海賊船に奴隷として詰め込まれています。
助けて。
◇◇
「オイオイめっちゃいい女じゃねえか!船長!コイツは俺らが貰っちまいましょうよ」
下卑た笑みを浮かべた、無精髭にボサボサの髪の清潔感のせの字もないような男が、髪の長い妙齢の女へと迫る。その息がかかる度に、女の口から小さな悲鳴が漏れた。とても偏見だけど臭そうである。
もう我慢できなくなったのか、さらに息を荒くした男が女の股を無理やり広げた。そのまま力任せに女の衣服を引き裂いて、男が肉薄する。
「嫌ぁっ!!」
「へへっ、どうせヤってる最中に濡れてくるだろ、もう入れちまうぞ!!」
「やだ!やだぁッッ!!」
「ソイツはベットの上じゃ肯定の意なん──
男の声が唐突に途切れた。男の気がいきなり変わった訳ではない。その理由は、女に滝のように降り注ぐ男の血飛沫が教えてくれた。
「嫌ァァァッッ!!」
壁に突き刺さる斧、そこから滴る赤い液体が、男の首を切断した凶器であろう。俺には全くもって見てなかったが、綺麗な断面で転がっている男の首がそれを示している。下卑た笑みをそのままにされたその顔から、痛みを感じる間もなく殺されたであろう事が理解できた。
男の血を頭から被り、真っ赤に染まる女が、さらに悲鳴を上げる。耳を劈くような叫びは、スラリとして無精髭を生やした、だが先の男とは違い清潔感を感じる一見爽やかな男が無理やり女の口に蓋をすることで止んだ。
男は幼子に語りかけるように優しく女に語りかける。
「うちの部下が迷惑をかけたね。すまない。活気盛んなんだ。商品には傷を付けるな、っていつも言っているんだけど」
「商、品……?」
女が震える唇で男に聞き返した。それを見て慰めるよう男はその髪を撫でた。双方整った顔立ちなだけに、場所を考えなければ恋人同志にも思える時の中、男は女の顔を覗き込んで呆れたような顔をした。
「あれ?分かんないかな。君はね。売られるの」
「売られる……?」
「うん、そう。天竜人か、貴族か、それは分かんないけど、君たちは今から知らないおじさん達の為に股を開きながら精一杯ご奉仕するために売られるの。ほら周り見てごらん。みーんな君くらいの女の子ばっかでしょ?」
そう言われて、女の視線がぐるりと一周する。確かにここに集められた人間は海賊達を除けば十代から二十代程度の若い女性ばかりだ。女の視線が俺の前で止まる。そうだ。その場合俺は一体なんだ?
「ああ、その子は俺の趣味。好きなんだ男の子」
そう言って恍惚な表情で俺を見つめる男。死ねクソ変態。おいやめろ股を弄るな。イケメンでもやっていい事と悪いことがあるんだぞ!うわゾワッッてした。舌舐めずりをするな。
「君は顔がいいね。すごく整ってる。胸もいい。すごくハリがある」
「ヒッ……」
男が女の胸を撫でる。その手つきに気持ち悪さを感じたのか、女の口から悲鳴が漏れた。そのまま男は女の身体を確かめるように隅々まで撫でて行き、ふと、髪を撫でたところでその動きが止まった。
「あーあ。髪が血に濡れちゃって大変だねえ。これは、時間がかかるなあ……」
女の髪に手を通して、降り注いだ血がもう固まり始めているのか途中で手が止まるのを見て男の顔が歪んだ。
「よし、お前ら。コイツはもう売り物になんねえ犯していいぞー」
瞬間。船に乗っている海賊達が女に殺到する。男達の下卑た笑い声と、女の甲高い悲鳴が聞こえる。腕を掴まれ、足を掴まれ、組み伏せられてそのまま女は、男達の波に飲まれるようにして見えなくなっていった。
助けようにも、あの数では勝ち目はない。そもそも腕も足も縛られていて動かすことすらままならない。この世の地獄を目の前にしているようで、今の俺にはあの光景から目を逸らすことしかできない。
女の叫び声から目を背ける。知っていた。どれだけ少年が心揺さぶられる冒険譚であろうとも、この世界の日常はこれなんだ。ただ俺たちはそれを見ないようにしていただけ。
みんなの知っている海賊ルフィはこの地獄に運良く出会わなかっただけだ。海賊に夢など存在しない。これが現実なのだ。
ガタガタと、筋肉が痙攣するように感じた。違う。恐怖を覚えている。人間の欲望のその狂気を目の当たりにして、俺は震えが止まらなくなっていた。
そして、その狂気は
「君はこっち」
自らにも。
◇◇◇◇◇
「クラッカー!クラッカー!!」
少年が街を駆ける。海賊──シャーロット・リンリンの留守を少年、カタクリは任されていた。ロジャーに白ひげ、この二台巨頭に対抗するロックス海賊団に所属する母に代わり、長男ペロスペローとともに弟妹たちを守るのがその役目であった。
だが、カタクリはその役目を果たせなかった。先日から弟が一人居なくなっているのだ。ただ道に迷ってしまっているだけかも知れない。それでもカタクリは走る。
カタクリすら認める武芸の才。子供同士の諍いに巻き込まれた程度であれば弟が遅れを取るわけはない。だが、それが大人の悪意であったのなら。そう悪い想像が働いてしまう。
「(少し迷子になってるだけなんだよな、クラッカー。お前は抜けているところがあるから。なあ、そうだろ?)」
「カタクリ!!」
「ペロス兄!」
「クラッカーが……クラッカーが攫われた!!」
◇◇◇◇◇
緑の生い茂る森から少し外れた浜辺。
木片が散らばり、赤い血溜まりと肉片がばら撒かれた瓦礫の上で、一人の少年が立ちすくんでいた。特に何をしているでも、見ているわけでもなく、ただ虚空を見つめてぼぅっとしている。
そこに近づく人影があった。
「驚いた……これは君がやったのか?」
少年は、声をかけた男を一瞥して口を開く。
「誰?」
「私はシルバーズ・レイリーというものだ」
レイリーさんはゴッドバレー後です。