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ぽちゃん、ぽちゃん…と、雫が落ちては波紋を生む。
何とも心地良い音に睡魔が微笑みながら抱擁しようと近付くが、あなたはそれを薙ぎ払って目を覚ます。
目の前には、池。周囲は暗い。冷たい感覚は岩の地面のものだ。目を覚ましたあなたが居る其処は洞窟だった。
《すくつ》ではない。あなたが廃人ではなかった頃、要するに冒険者となってそれなりに腕を上げ始めた頃、試しに潜っては死んで潜っては死んでを繰り返したあの魔境ではない。
単なる洞窟だ。ダンジョンではない。
ネフィア以外の純粋な洞窟を見るなど、いつ以来だろうかとあなたは様々な過去を思い返した。
そこでふと気付く。はて、自分はどうしてそんな場所に居るのだろう? と。
自分の記憶が確かであるならば、あなたは今日も今日とて
《ムーンゲート》を潜った憶えも無し。かといって気付かぬ内に殺された訳でもない。
あなたは当たり前の様に《愛刀》を振るってモンスターを蹴散らしながら探索していた筈なのだが。
何処かも分からない洞窟。しかし辺りを見渡してみると、無害な動物から普通のモンスターが普通に存在していた。
あれか、これが噂に聞く《テレポート罠》というやつだろうか。特定のマスに止まると強制的にどこか別のダンジョンに転送されるというやつだろうか。
まぁ良いか。取り敢えず、知らない場所だし攻略しておこう。
あなたは細かい事は気にせず、此処らのモンスターを狩り尽くす事にしようと腰に差した愛刀を鞘から抜いた。
あなたはノースティリスの冒険者だ。ダンジョンに入ったならば攻略するのみ。それはノースティリス全ての冒険者に共通する認識だ。
鞘から抜かれた愛刀がやる気を出す。青白い光を放ち続ける、独特の反った体が微かに光を強める。
あなたの意思に答えた愛刀に、あなたもまた行こうと答える。愛刀が頷いた。
あなたは蜘蛛のモンスターに目を付けた。タランチュラを3倍程大きくした様なサイズのモンスターだ。あなたに気付いていない。
あなたは颯爽と岩肌の地面を駆けた。世界が緩やかになっていく。速度を上げる必要もない、あなたは間合いを詰めて蜘蛛のモンスターに愛刀を振り下ろす。
「SYAA!?」
蜘蛛が奇声を上げた。すぐに黙った。
何も落ちない。だがあなたは気にしない。何故なら最初から期待などしていなかったからだ。
愛刀で斬った感覚から察するに、レベルは40かそこら辺りだろう。見た目が普通な割にはそれなりのレベルではある。
だが、ノースティリスの《廃人》の一人であるあなたの敵ではない。
あなたは次の獲物に向かった。
近付いて斬る。何も落ちなかった。
あなたは次の次の獲物に向かった。
近付いて斬る。何も落ちなかった。
あなたは次の次の次の獲物に向かった。
近付いて斬る。何も落ちなかった。
あなたは次の次の次の次の獲物に向かった。
近付いて斬る。何も落ちなかった。
あなたは周囲を見渡した。辺りには何も居ない。斬ったモンスターの死骸だけが其処には散らかっていた。まるで子供がほったらかしにした玩具の様だ。
あなたは愛刀を納め、次の獲物を探して歩き出した。
ダンジョンにしては綺麗だと、あなたは歩きながら思った。
此処はダンジョンだが、洞窟の岩肌は老化しておらず、また空気も新鮮だ。内部の泉も、まるで街で流れる水の様に綺麗だった。
あなたは泉が気になったので、試しに飲む事にした。泉に近付き、腰を下ろして手で碗を象って掬い、口に流す。
美味い。これは美味い。まるでエーテルを味わっている様だ。あなたはインベントリから出した水筒に水を汲んだ。これは保存しておこう。
そうやって、気になった場所があったら調べてみたり、モンスターが居たら殺したりと色々やっていると、
『ん? なんだ、人間か』
『え、人間!?』
開けた場所に出た。
其処にはドラゴンとスライムが居た。しかも話し掛けてきた。
あなたは驚愕した。大きなドラゴンだ。強そうなドラゴンだ。カオスドラゴンと同等か、それ以上かもしれない。
スライムは水色だった。初めて見る個体だ。見た目はどちらかと言えばプチに近い可愛らしさがある。
よし殺ろう。あなたは愛刀を抜いた。
『待て待て! 落ち着いて! まずは話し合おう! ぼくはわるいスライムじゃないよ!』
勘違いしている。まず狙うのはドラゴンだ、とあなたはスライムに伝えた。
『いやいや! 暴力ダメ絶対!』
『本気で殺すつもりだな、慈悲の欠片も感じられん。殺意に執念が混じっている…我なんかした?』
何を言う、ドラゴンは殺してなんぼだろう。ドロップアイテムの品揃えが良いのがドラゴンだ。
あなたがそう言うと、スライムは何言ってんの!? と驚いた。
あなたも驚いた。表情を作れるのか、と。そもそもここまで流暢に喋れるモンスターも珍しい、とも思う。
見た感じ、スライムもかなりレベルが高い。だがドラゴンはもっと凄まじい。これは良いアイテムが期待出来そうだ。
『えぇ…何その武器。永いこと生きてきたが、そんな悍ましい武器見たことないんだけど我』
よし殺す。今すぐ殺す。
あなたは愛刀を愛している。愛刀はあなたが駆け出しの頃から使い続ける大切な武器であり、《廃人》となって尚も愛用している。もはや家族、或いはそれ以上の存在である。
それを悍ましいなどと形容されて黙っていられる程、あなたは我慢強い性格はしていなかった。
青白い燐光を放つ70cmほどの刀の柄を握り締めれば、燐光はまるで昇る日の出が如く眩く輝き、地面と壁に罅を入れる。
もはや、武器自体が一柱の神と言われても文句の付けようがない程に、それから解き放たれる波動は神々しく、幻想的だった。
それはエーテルで造られた長剣だ。エーテル製の刀だ。アーティファクト合成によって強くなるあなたの愛刀だ。
御命頂戴致す。あなたは愛刀によって意図的に発症した《エーテルの翼》を存分に広げ、ドラゴンへと斬り掛かった。
『やっばいかもわりと本気で命の危機を感じる助けてくれぇぇぇぇ!』
『うぉぉぉぉい!!!! さっさと謝れ! 俺も一緒に謝るから! ごめんなさいッ!』
そうして、ノースティリスの冒険者はドラゴンとスライム―――暴風竜ヴェルドラとリムルと出会ったのだった。
《エーテルの刀》
青白く輝く異国の長剣。エーテル製の生きた刀。折れず曲がらずよく斬れるあなたの愛する刀。あなたを愛する刀。
あなたに忠誠を誓う僕であり、あなたを助ける友であり、あなたを支える妻である。
それはあなたに翼を授ける。