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結論から言うと、あなたはドラゴンを殺す事は出来なかった。
スライム―――リムルと言うらしい―――による命懸けの説得とドラゴンの本気の謝罪に、あなたは渋々、本当に渋々愛刀を納めた。
愛刀が鍔を鳴らして、気にしなくて良いと言ったのが八割の理由ではあるのだが、まぁどうしたって、あなたはドラゴンを殺さなかった。
それはそれとして、リムルはとても興味深い話をしてくれた。
どうやらリムルは元は人間であり、この世界の者ではないと聞く。元々生きていた世界で殺されてしまい、気が付けばこの洞窟に居たのだとか。
リムルはあなたに同じ転生者ではないか? と喜々とした目で尋ねてきたが、あなたは違うと首を横に振って答えた。
自分はノースティリスの冒険者だ。イルヴァという地で生きていた。転生者というよりは転移者、転移者というよりは遭難者である。
何せ、あなたは自分がどうやって此処に来たのか分からないのだから。
『ヴェルドラ、知ってるか? ノースティリス』
『うーむ…知らんな。ノースティリスという名はおろか、イルヴァという地すら聞いた事がない』
申し訳ない、と言うヴェルドラ。
あなたは気にするな、と苦笑しながら伝えた。二人の話から、此処がノースティリスでない事は察する事が出来たからだ。
あなたはヴェルドラに、此処が何処なのかを尋ねた。
『今、我等が居るのはジュラの大森林だ。此処はその洞窟だな。見ての通り、我が封印されている』
此処、ひいてはこの洞窟がある地域を《ジュラの大森林》と言うらしい。
暴風竜ヴェルドラが封印された地であり、竜である彼が封印されるこの洞窟には《魔素》と呼ばれる魔法の源が豊富だ。
あなたが知る所の魔力が、この世界では《魔素》になる。魔力が周囲に存在しているとは、何とも便利な事だ。
万が一でも魔力を切らす様な事があれば、その魔素とやらを利用するのも良いかもしれない。
あなたはそんな事を考えていると、リムルが声を掛けてきた。
『なぁなぁ、アンタはこれからどうするんだ?』
これからどうするというのは、この洞窟から出るか否かという事だろうか。
あなたは少し考えて、この世界を知る意味も兼ねて国を回ってみるつもりだ、と伝えた。
このまま洞窟に居ても得られるものはない。唯一、固有アーティファクトを落としそうなヴェルドラは殺せない訳だし。
ヴェルドラは勇者の《無限牢獄》というスキルによって封印されており、あと100年程すれば消滅するらしい。
ついでに聞けば、どうやら竜種というのは一度死ぬと別の人格を持った竜として蘇るらしい。
あなたは密かに感動した。
『…なぁ、それ俺達も付いて行って良いかな?』
リムルの言葉に、あなたは首を傾げた。
リムルが付いて来る、それ自体は別に構わない。だが、リムルは俺達と言った。つまり、ヴェルドラも連れて行こうとしている。あなたはそれを理解した。
はて、このスキルはどうやっても解除出来なかったのではなかっただろうか? 何か策を思いついたのか、或いは、あなたに壊して欲しいという事なのだろうか。
後者だった場合、あなたは喜んで了承する。ヴェルドラに恩を売っておくのは良い事だ、狩る口実が出来る。
なに、何の問題もない。どうせ生き返る。
『おいリムル、我は今初めて人間に恐怖を感じているぞ。笑顔でとんでもない事を言い放ってきおる…』
『冗談じゃないのが本当に怖い…やっぱまだ怒ってます?』
怒りが無いと言えば嘘になるが、愛刀は水に流すと言っているので、先程の様に激昂している訳ではない。
ノースティリスではドラゴンは殺してなんぼ。強いドラゴン程、良いアーティファクトを落としてくれるのだ。あなたは改めてそれを伝えた。
『非常に伝え難いのだが、おそらくそのノースティリスの法則は通用せんと思うぞ…。なんせ世界が違うのだし…』
ヴェルドラの言葉に、あなたはやってみなければ分からない、と強く訴える。
一度でダメなら二度でも三度でも繰り返す。十でダメなら百だ。安心してほしい、作業みたいな殺しには慣れている。
あなたが二匹に笑いながら言うと、目が死んだ。何かおかしな事でも言っただろうか。
『ノースティリスはいったいどんな魔境なのだ…!? まだそこまで深く話を聞いていないのに、地獄よりも危険極まりない場所だと理解してしまったぞ!』
地獄。言い得て妙である。どちらかと言えば魔境が正しいかもしれない。
ノースティリスの冒険者に限らず、住民がそもそも他者の視点で見れば頭がおかしい扱いされてしまうのはあなたにも理解出来る。
だが、それは他人の視点である。あなたを含めたノースティリスの者達からすれば、そんな他人の常識など知った事ではない。
郷に入っては郷に従え、だ。ノースティリスに来たならノースティリスの常識に従った方が良い、その方が身のためだ。
あなたがリムルにヴェルドラをどうやって連れ出すのかを尋ねると、リムルは考えを話し始めた。
『ヴェルドラは放っといたら消滅しちゃうから、俺が結界ごとヴェルドラを取り込んで、解析しようと思ってるんだ。時間は掛かるだろうけど、解析する事が出来ればヴェルドラを出してやれると思う』
なるほど、とあなたは頷く。
リムルはスライムだ。大食漢―――性別があるのか定かではない―――のスライムだ。結界のお陰で消化される心配はないし、リムルには《大賢者》というサポーターが居るとの事だ、解析に問題はないだろう。
ノースティリスでは見た事も聞いた事もないスキルだが、それは当然だ。此処はノースティリスではなく、イルヴァでもない。未知が山程あるだろう。
あなたは心を躍らせた。冒険者なら、やはり未知を攻略する事は楽しむべきだ。未知を識る事は楽しいものだ。
あなたは喜んで同行を許諾した。快諾したと言っても良い。
今日から君は
『当て字が最悪過ぎるだろ!? 仲間を友達とかライバルとかじゃなくてペットってなんだよ!?』
どうやらお気に召さなかったらしい。それもそうか、捕獲ボールを投げていない訳だし。
あなたはいつかはリムルを
中々に育て甲斐がありそうだ、《終末狩り》が楽しみである。アーティファクトを落とす性質を手に入れてくれたなら延々と狩り続けられそうだ。
『考えてる事と言ってる事が怖すぎてヤバい…仲間を狩るとは正気の沙汰じゃないぞ…』
安心してほしい、死んでも蘇生して元に戻る。
死にはしない。死なせてやらない。死ねると思ったら大間違いである。
『何も安心出来ませんがッ!? どうなってんだよ頭ン中! 正気は何処行った正気は!』
ノースティリスの冒険者に正気云々を語られても…と、あなたは困った。リムルはそれを見てさらに引いた。
あなたが憶えている限り、ノースティリスの冒険者達で世間一般的に正気を保っている様な行動をしていた者は居ない。だいたいが自由気儘であり傍若無人である。
まぁ、それはそれとして。
やるならいつでも始めてくれ。あなたはスライムによるドラゴンの捕食という滅多に見られない下剋上を期待しながら座り込んだ。
『やりにくいなー…あんま気分が良いもんでもないんだけど』
『もう気にするだけ無駄というやつだ、リムルよ。アレは我々の常識では測り知れん。受け入れろ、アレはそういうやつなのだと』
二匹がこそこそと話し合っている。男の秘密というやつだろうか。
あなたは突っかかるのは野暮だろう、と親切心を働かせて座ったまま愛刀の柄を撫でる。かち、と愛刀が鍔を鳴らして応えた。
愛いやつ愛いやつ。あなたは微笑んだ。落ち着くから、と。
『あれが相思相愛ってヤツなのか? くっ、リア充め…!』
『竜と人が恋仲になるのは兄上で知っていたが、武器を撫でているだけなのにあの剣と奴の会話が聴こえる気がする……ここまでくると、もはや恐怖だな』
『擬人化したりするのかな、武器って』
『さてな…歴史上、武器に名付けをして人になった例はないから分からんが…』
『……取り敢えず、やろっか。なんか空気が甘くなってきた』
『うむ、そうしてくれ。では、暫しの別れだ、リムル。そして冒険者よ。いつか、また会える日を楽しみにしている』
こちらこそ、楽しみに待っている。あなたがそう伝えると、ヴェルドラは笑った。
そして、ヴェルドラはリムルによって結界ごと取り込まれ、其処には巨大なドラゴンの姿は無くなっていた。
これを見ると人肉を思い出したあなただが、それは心の内に留めておいた。あなたは空気が読める冒険者なのだ。
『よしっ! それじゃ、外の世界にしゅっぱーつ!』
おー、と、元気なスライムに並んであなたは手を掲げた。
ノースティリスの冒険者とスライムの旅は、ここから始まったのだ。