■ ■
鬱蒼と生い茂る木々。世界を照らす太陽。病を煽る様な害など欠片もない、ただ綺麗で爽やかな風が吹いている。
あなたはリムルと共に、洞窟の外に出た。
限りなく広がる美しい大自然こそ、ジュラの大森林だ。ノースティリスでも此処まで広い森林はそうないだろう。あなたは大いに感動した。
ここまで広くなると探索も大変そうだが、同時に楽しみが広くなる。時間は掛かるが、その分だけ発見は多そうだ。
あなたがワクワクと心を躍らせたいると、ぷよっぷよっと可愛らしい足音を出しながらリムルが隣に並んだ。
『取り敢えず、道なりに進んでいくか?』
あなたは頷いた。感覚に任せて歩んでいこう、探索とはそういうものだ。冒険とはそれが楽しいのだ。
暫く考えた後、あなたはリムルを抱き上げた。
『おわぁ!? 何だよいきなり!』
リムルは驚いた様だ。だがあなたは気にせず、抱き上げたリムルを背負ったバックの中に入れ込んだ。
これなら、歩幅を気にする必要はない。あなたがそう伝えると、リムルはあぁ、そういう事ね…と納得はしたが、どこか不満そうだ。
はて、頭か肩に乗りたかったのだろうか? それだとスライムとは言えど重みがあるのでこちらが歩き難くなるのだが。
『いや、気遣いはありがたいんだけどさ。せめてやる前に何か言おう? いきなりやるとビックリしちゃうから』
なるほど、道理である。リムルの言葉にあなたは確かにと頷いて、素直に謝罪の言葉を口にした。
あなたも、いきなり抱き上げられたら容赦なく愛刀で斬り捨てる所存である。例えそれが女であれ、少女であれ、或いは神であれ。自分が信仰する神なら話は別だが。
『分かってくれたら良いんだよ、うん。(まさか男に抱き上げられるとは……うーん、気遣いがありがたいのとは別で複雑な気持ち…)』
リムルは元男性である。
前世において賢者に達したサラリーマンだったリムルとしては、スライムになったとは言えど男に抱き上げられるのは些か複雑なのだろう。
気遣いを無下には出来ないし、嬉しいか嬉しくないかで言えば気遣ってくれて嬉しい方ではあるのだが、それとこれとは話が別である。
しかし、抱き上げたあなたは一切気にしていない。あなたにしてみればリムルはスライム以外の何者でもありはしないのだ、前世の事など気に留める必要もない。
スタスタと、リムルを背負ったあなたはテンポ良く森林の中を歩いていく。
すると、
「……!」
多数のゴブリン達が、道を塞いできた。
敵だろうか。武器を持っているし。しかし、それにしては戦意がない。敵意も弱っちい。道を塞いできたにも関わらず邪魔してやる! という意思の強さが感じられない。
脂汗の様なものもかいている。緊張している、という表現の方が目の前のゴブリン達の現状を表すには最適かもしれない。
あなたはどうしようか、と考える。倒せばそれで万事解決だが、敵意も殺意もない上に邪魔する気すらも感じられないとなると、倒す理由もない。
すると、先頭に立っていたゴブリンが声を発した。
「つ、強き者よ。ここから先に、何の御用でしょうか…?」
あなたは驚いた。言語だ、ゴブリンが普通に言語を発している。それもあなたにも分かる様な人語である。
ノースティリスにもゴブリンやゴブリンに似たモンスターは居たが、それらは別に人語を解する様な者達ではなかった。発するのは奇声のみで、それが彼らにとっての言葉だった。
だが、目の前のゴブリンは正確に人語を介している。これは素晴らしい、何という知能の高さだろう。
あなたは自分を旅の者だと言った。
『またペットって言ったな!? 普通に仲間で良いじゃん! なんでペットなんだよ!?』
なんでもどうしても、ノースティリスの地において仲間とはペットの事を指すからであり、ペットとは仲間の事を指すからである。あなたはそう言う他ない。
まぁ、奴隷の場合でもペットとは呼ぶけれど。と付け足したらリムルが憤慨した。あなたは分かると同意した。
あなたも奴隷呼ばわりは我慢ならない。そうなった場合は遠慮なく喉元に牙を突き立てるだろう。
「ぺ、ペット…!? これ程までに強いオーラを放つ者を飼い慣らすとは…お、恐れ入りました!」
『ほらいらん誤解が生まれた! ちょ、待て待て! 俺ペットじゃないから! 単なる付き人ならぬ付きスライムだからー!』
跪くゴブリン達。あれ? とあなたは首を傾げた。別にそんなつもりで言った訳ではなかったのだが。
バックから抜け出して、ゴブリン達に必死にペットでない事を説明するリムル。見ていてとても面白い光景である。
あなたは自分がカメラを持っていない事を悔やんだ。この光景をカメラに収めていれば、いつか外に出るであろうヴェルドラに土産として見せられたというのに。
あなたが残念そうにしていると、リムルがちょいちょいと体の一部で触角を象って突いてきた。
『コイツ等が、村に案内したいんだと。何か頼まれてほしいらしいぞ?』
あなたは、了解、是非ともやろうと快諾した。話を聞いた訳でもないのに。
『即断即決にも程がある!? まだ何も話聞いてないんだぞ!?』
そんな事は分かっている。だが
雑草集めから特定人物の殺害にダンジョンの攻略、果ては原子爆弾によるノースティリス焼け野原の完成など、あなたが達成してきた依頼は数多い。
任せなさい、どんな事でも必ず達成してみせる、とあなたは胸をドンと強く叩いて主張した。
『いや、別にお前の腕を疑ってる訳じゃないんだけどなぁ…』
そんなこんなで、あなたはリムルと共にゴブリンの村へと案内されて行くのだった。
❖
案内されたゴブリンの村は、それはもう小さな村だった。
建物も決して多くはなく、ゴブリン達の村長であるという年老いたゴブリンが住んでいるのだろう建物も、良い具合とは言えなかった。
これは酷い。《大工》スキルで立派な村に仕立て上げたくなるくらいには酷い。ノースティリスでもここまで見窄らしい村は見たことがない。
あなたは早く動きたい気分だったが、まずは村長からクエストの内容を聞かねば、と自分を律した。あなたは自制が出来る冒険者なのだ。
「リムル様、そして旅の御方…よくぞこの村にいらっしゃいました…」
村長の家の中で、あなたとリムルは出迎えられた。
と言っても、他のゴブリン達は家の外で聞き耳を立てているだけで、中に居るのは村長と先のゴブリンだけなのだが。
地面に座る二匹のゴブリンに、あなたは再度感心する。言語だけでなく、礼儀まで弁えているとは。とてもゴブリンの持つ知能とは思えない。
これ程の知能がノースティリスのゴブリンにもあれば、序盤では
まぁ、それは置いておいて。あなたはまず何があったのかを村長に聞いた。
「御二人は、最近魔物の活動が活発になっている事を御存知でしょうか…?」
『いや、知らないな。知ってたか?』
あなたは首を横に振った。そもそも洞窟内のモンスターは殆どあなたとリムルが狩り尽くしてしまったので、分かる訳もない。
だが、村長が言うには、最近は森の神が居なくなった事で魔物達の動きが活発になり、この村にも攻めて来たのだと。
牙狼族―――鋭い牙と爪、硬い体を持った狼の魔物とゴブリン達は交戦し、多くの兵が討ち斃れたとの事だ。
あなたも狼は知っている。というかダンジョンで犬を殺した事など何度もあり過ぎて数え切れない。
『犬と狼はまた違くないか?』
ちょっと大きいだけの犬が狼だろう? あなたがそう言うと、リムルは「あぁ…そうね」と投げやりに頷いた。
別に間違っていない筈なのだが。動きは疾いし、牙は痛いし。だが従えれば従順だ。
あなたは依頼の内容を整理する。要するに、ゴブリンがあなた達にやって欲しい事とは牙狼族からゴブリンを護る事、或いは迫りくる牙狼族を殺す事。
これで間違いはないか? とあなたが問うと、二匹はその通りですと頷いた。
『うーん…コイツは兎も角、俺ただのスライムだから、あんま当てにならないと思うんだけど』
「いえいえ、その様な謙遜を。ただのスライムに、そこまでのオーラは放てませぬ。余程名のある魔物でなければ」
『えぇ…? なぁ、俺ってそんなオーラ出てる?』
めちゃくちゃ出てる、とあなたは頷く。
それはもう凄まじくオーラを解き放っている。ただのスライムの体から、まるで《終末》から誕生したカオスドラゴンに匹敵するか、それ以上のオーラが放たれている。
おそらくヴェルドラを取り込んだ影響なのだろう。もしリムルでなかったなら、あなたは喜々として愛刀を抜いていた所である。
『ならさっきに言ってくんないかなぁ!? あぁ、もう…(大賢者! 俺のオーラを客観的に視せれれるか?)』
《解。視点を変更します》
《大賢者》を用いて、自分を客観視したリムルは、うわぁ…と軽く引いた。
ただの一匹のスライムから放たれるのは、尋常ではない量と質の濃いオーラ。ゴブリン達が警戒するのも無理はないだろう。
リムルは、何とか誤魔化す様に喋り出した。
『ふ、ふっふっふ…お前達は目が良いな。よく気付いた』
「勿論です。どの様な御姿であれ、そのオーラまでは隠せませぬ」
『見どころがあるな。そんな俺に臆さなかったのは素晴らしい事だ』
「おぉ、我らを試していたのですな? 流石はリムル様…」
スッ、とオーラが引っ込まれる。リムルの表情から察するに、どうやら自分では気付いていなかったらしい。
しかし、そこであなたは疑問に思う。ゴブリンの一匹はあなたに強い者と言ったが、それはリムルからオーラが放たれていたからであり、自分はそうではないのでは? と。
あなたがそんな旨を伝えて聞いてみると、二匹はとんでもない! と大袈裟に否定した。
「旅の御方、貴方様の強さ、我らは勿論気付いておりますとも。貴方様からは、リムル様のモノとはまた異なる―――我らには理解しようのない力を持っていると、本能が言っております」
そんなスキルは持っていなかった筈だが…と思案して、あぁ、なるほど。と納得する。
おそらく、彼らは《エーテル病》の事を言っているのだろう。
ノースティリスの空気を漂う謎の物質《エーテル》。それに接触する事で引き起こされる病気―――《エーテル病》は、20段階の進行を経た後に死をもたらす。
だが、このエーテル病には様々な効果があり、中にはメリットだけを有するものもある。
あなたの場合、愛刀によって《エーテルの翼》というエーテル病が発症する。
背中からエーテルによって象られた翼が発現するエーテル病で、重量をマイナスする代わりにあなたの《速度》を上昇させるという、中々に使えるエーテル病だ。
その他にも、エーテル製なのでそもそものエーテル病が進行し、様々な症状が発症してしまうが、そこは抗体のポーションなどを飲んで厳選である。
あなたは面白半分で、愛刀を抜こうとしたが、愛刀が鍔を鳴らした。どうやら嫌らしい。
それもその筈だ。例え効果がプラスであると言っても、症状を抑えられると言っても、自分の主人が病に侵されるのはあまり良い気分ではないだろう。
それに、もしエーテルの翼が彼らに影響を及ぼしてしまったら元も子もない。あなたは愛刀に諫められた。
あなたは苦笑して謝り、柄を撫でた。再び鍔が鳴った。許してくれたらしい。
『傍から見たら凄いよな、これ。武器と会話してるんだぜ?』
「己が武器と心を通わせておられるとは…やはり凄まじい御方ですな」
当然である。あなたと愛刀は一心同体だ。比翼連理と言っても良い。
愛刀が取られたらあなたは死ぬ。絶対に死ぬ。確実に死ぬ。NTRとか滅んでしまえ。
『そんなに!? てか最後のめっちゃ私情じゃねぇか!』
よく考えてほしい。自分の最愛の人が何処の馬の骨とも知らない奴に取られるなぞ、悍ましいったらありゃしない。
想像してみろ。あなたならば寝取った者と自分の不甲斐なさによる殺意で村全体が覆われ、村人達の気分を下落させる確信がある。最悪の場合は核の使用も辞さない。
あなたはNTRの嫌悪者だ。取る側も取られる側も両方嫌いだ。如何なる理由があっても他人の最愛の人を寝取る時点で論外だし、取られた側の男も絶望するだけで復讐しないので腹が立つ。
まぁ、愛刀の場合は取られそうになった瞬間にエーテル病を凄まじい勢いで進行させるので扱う間もなく相手が息絶えるのだが。
『えぇ…こわ』
まぁ、
あなたは改めて、任せろと頼みを快諾した。
「おぉ…!」
『うん、まぁ、知ってたけど。勿論俺も協力するよ。けど、その前に確認したい。俺達がお前達に協力するメリットは何だ? お前達は俺達に何を差し出せる?』
二匹は考える。
そう、依頼の果てに待つのは報酬だ。冒険者なれば、やはり報酬にこそ目が行くものだ。
『本当は、見返りなんて欲しい訳じゃないんだ。ただ、体裁を取るってだけ。まぁ、コイツは分からんけど…』
リムルがあなたを見る。あなたは、自分もそれに異論はないと伝える。
あなたは別に報酬が目当て、という理由だけで頼みを快諾した訳ではない。単純に、この世界を楽しみたいが為という理由だってある。
真っ当な頼み事であれば、あなたもそれに応える。あなたは廃人の中でも比較的良識がある廃人だ。
そうしている内に、二匹は頭を下げてこう言った。
「私共は、
よし。この世界における最初の
あなたは頷いて、小屋の外に出た。
ゴブリン達があなたを見る。緊張と恐怖が入り混じった目だ。
あなたは愛刀を抜くべく、柄を握る。これは面白半分なんかではなく、彼らの士気を上げる為だ。彼らに勝利の自信を与える為に、翼を広げたいのだ。
あなたがそう伝えると、愛刀が鍔を鳴らした。それは呆れた溜め息にも似ていたが、許しでもあった。
鞘から刀身が曝け出される。青白い燐光を微かに放ち続ける一振りの刀に、あなたを追って出てきた三匹すら見惚れて固まっている。
天に翳す様に、愛刀を振り上げたその瞬間、あなたの背中に翼が生える。青白い燐光を放つ、どこか歪ながらも神々しい光の翼だ。
あなたは宣言する。
「うおォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!」
『だから、俺はペットじゃなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!』
ゴブリン達の歓声とリムルの絶叫が、青空の下に響き渡ったのであった。