あなたが信じる神をクミロミに変更。
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夜が更けて、冷たい風が吹き始める中、あなたは防御を固めた村の入口の前で一人佇んでいた。
牙狼族は、既に此方に向かって駆け抜けている。それを目視し、あなたは堂々と待ち構えていたのである。
リムルが一応という事でちょっとした仕掛けを用意してはいるが、それもおそらく活用される事はないだろう。要する時間は一分にも満たず、文字通りの瞬殺によって終わってしまう事になるとあなたは確信している。
何故ならやると決めたから。依頼とあらば完璧に達成してこそ冒険者である。とは言えど、リムルからボスだけ殺せば十分だからと念を押されている為、殺戮まではしないが。
不満はある。かなりある。めっちゃある。あなたとしてはボスだけやってその他は適当に帰らせる、なんて中途半端な結果は御免被る所なのだ。
そもそもの話。敵に対して容赦してやる辺りがあなたには理解が出来なかった。此方を殺すつもりで来ているならば、此方は殺られる前に殺るくらいの気概で蹂躙するのが当然だろうに。
『俺は出来る限り争いは避けたいんだよ。平和に事が済むならそれに越した事はないだろ?』
分からないでもないが不満は不満だ。あなたにとって、敵とは殺すべきモノであり滅ぼすべきモノであり、それ以上でも以下でもない。敵対すれば皆等しく敵以外の何者でもありはしないのだ。
それは神すら例外ではない。あなたは信仰する神を敵に回した事はないが、少なくとも三柱の神を敵に回している。そして、その戦いでノースティリスで戦争を勃発させていたりもする。
風のルルウィ、地のオパートス、癒しのジュア。あなたはこの三柱と信者全員を敵に回し、世界大戦さながらの戦争を勃発させた過去を持っているのだが、それは語るべき過去ではない。
ちなみに、あなたの神は収穫のクミロミである。神の化身に匹敵する立場にあり、信仰も捧げ物も群を抜いている程度には信仰心が篤い。あなたが育てた野菜には父性と母性を兼ね備えた男の娘神もニッコリである。
それはそれとして、あなたは小さく舌打ちをして再び待ち構えた。
『お前今舌打ちやがったな!?』
していない。していないったらしていない。幻聴ではないだろうか。あぁ、それよりほら、良い夜だよリムルくん。月が綺麗ですね、心が安らぎます。
あなたは分かりやすく誤魔化した。だが、どうやらダウトだったらしい。なんという事だ、迫真の演技である自信があったというのに。何と目敏いスライムだろうか。
シラナイシラナーイ、とあなたが口笛を吹いて明後日の方を見ると、素早い足音が重なって近付いてきた。
あなたは直ぐに前を向き直し、腰を僅かに落として愛刀へと手を伸ばす。
牙狼族だ。灰色の体毛を持った、大きな体の狼を中心に群れている。数はざっと十数匹といった所だろうか。
『なんだ、あの柵は! あれでは時間稼ぎにもなるまいに』
ちんけな柵を見た、ボスと思わしき大狼が鼻で嗤った。それにはあなたも同意せざるを得ない。
確かにちんけな柵だ。あの軍勢が襲い掛かってきたならば、ものの数秒で壊されて一気に攻められるのは想像に難くない。大工スキルを有していても、元となる木材が少数ならばアレンジの仕様がないのだ。
しかし、即興にしてはよく出来た方だ。大工スキルを覚えておいて良かったとあなたは改めて思った。
愛刀を抜き、両手持ちにして鋒を向ける。
月光に照らされてさらに美しさを際立たせる我が愛刀。うーんこれは筆舌に尽くし難い。これこそまさしく神秘そのものではなかろうか。あなたがそんな事を思うと、小さく鍔が鳴った。また窘められてしまった、失敬失敬。
あなたは気を取り直し、リムルへと目配せした。出番だ、我が
『だからペットじゃねぇ! ったく…あー、大人しく退くなら攻撃しない! だが襲ってくるなら容赦はしないぞ!』
『何だと…? たかがスライム風情が、我ら牙狼族に口出しするな! 行け、人間諸共奴らを噛み殺せ!』
忠告役のリムルの忠告は、やはり聞き届く事はなかった。ボス狼が声を荒げた瞬間、その他の狼達が駆け出した。
あなたは、だろうなと肩を竦めて狼よりも疾く駆け出した。速度を上げる事もなく、あなたの姿がゴブリン達からも狼達からも消え去った。
あなたの姿が消え、戸惑い始める狼達。あなたは隙だらけの狼達の眼前に現れ、容赦なく愛刀を振り下ろした。
首が落ちる。体が裂ける。狼達は呆気なく死んでいく。
やはり脆い、この世界のモンスターは大した硬さを持たないのだろうか? あなたはこれから出会うだろうモンスター達の事を考え、少し落胆した。皆等しくこの程度なら張り合いがない、と。
分かりやすく溜め息を吐くと、ボス狼が激昂した様に背中を奮い立たせた。
『貴様ァ!』
どうやら弱さに呆れられたと勘違いしてしまった様だ。別にそんなつもりで溜め息を吐いたつもりはないのだが、自分から向かってくれるならその方が都合が良い。
大狼が草原を駆け抜ける。先の狼達よりも躯が大きいにも関わらず、より素早い。流石はボスだ、これくらいの速さであればゴブリン達は手も足も出ないだろう。
だが、あなたにしてみればそれは通常の域を出なかった。
風の様に素早く駆け、あなたの首元を噛み千切ろうと牙を剥いて飛び掛かった大狼は、しかしあなたに噛み付く事すら叶わず、時間が停止してしまったかの様に空中で機動を停止した。
『なっ、なんだこれは! 動けん…!』
『―――“粘糸”さ。どう足掻いても切れないよ』
リムルが有するスキルの一つ、『粘糸』を張り巡らせていたのだ。大狼はそれに見事に引っ掛かり、その身動きを完全に封じられた。
あの洞窟の中に居た蜘蛛のモンスターを捕食した際に手に入れたスキルらしい。モンスターを捕食する事でスキルが得られるのか! と、話を聞いたあなたは非常に興味を持った。これは是非とも試したいものである。
どうせ試すならやはりドラゴンか。或いは悪魔だろう。しかし、モンスターで得られるならば人間も可能なのか。色々と考えるだけで夜は眠れそうにない。
『今すっごい不穏な事考えただろ!? めっちゃ笑顔になってるぞ! それもすっごい不気味で凶悪な笑顔してる!』
どうやら顔に出ていたらしい。これは失礼をば。
あなたは表情を戻し、何事も無かったかの様に自然に吊り上げられた大狼の首目掛けて愛刀を振り上げた。
スッ―――と、刃は容易に肉を裂き、豆腐を斬る様に骨を断って大狼の首を斬り落とした。ごとっ、と地面に転がる立派な頭部をあなたは凝視し、鑑定する。
―――これは剥製ではない。
なら不要か。あなたは勝手に少し失望して、まだ残る狼達へと視線を移した。
少し怯えている。これなら、後はリムルに任せて良いだろう。どうぞご自由になさってくださいませ。
『いきなり投げやりになるなよ! 良いけどさ! お前がやると一匹足りとも逃さなそうだし!』
よく分かっているじゃないか。あなたは屈託のない笑顔で返した。
リムルがこのままあなたに全てを任せた場合、それはもうゴブリン達も狼に同情してしまう様な一方的で絶対的な殺戮と蹂躙が発生する。別の意味で終末が起こる。
あなたは敵を生かすつもりなど欠片もないのだ。ノースティリスの冒険者らしく、敵対存在は皆悉く滅ぼすのみである。鏖殺を行う以外の選択肢など有りはしない。
あなたは愛刀を鞘に納め、スタスタと戻って行ってリムルにバトンを渡した。
「ありがとうございます、旅人様…! やはり貴方様は凄まじいのですね…!」
村長だけでなく、他のゴブリン達が讃える様な目線を向けてる。あなたは大した事はしていない、と苦笑した。
正直、褒められる事には慣れてないのだ。
ノースティリスにおいて、廃人と化したあなたの事を純粋な心で褒めるのは仲間かエヘカトルぐらいのものだったし。
懐かしく味わう感情ではあるが、あまり心地良いものではない。あなたは忌避される目線や言動に慣れてしまっているのだ。
とは言え、この村に居座るのならばその懐かしい感情を何度も味わえるのだろう。あなたは少し憂鬱になった。
あなたは無遠慮に地面に座り込んで、あとはよろしくーとリムルに任せた。
『本当に全部ぶん投げるの!? 俺一人でこいつ等どうにかしなくちゃなの!?』
無論である。何匹も殺してボスも仕留めたあなたとほぼ見てるだけのリムル、どちらが後始末をするかは一目瞭然だ。
一応、危なくなったら出るのでそこは心配無用。なに、生きて帰る数が大幅に減少するか居なくなるかの二択になるだけだ、問題ない。
あなたがそう言うと、リムルはいそいそと説得を始めた。
その後は、リムルのボス捕食による演技も相まって、勝利ムードで夜を越す事となったのだった。
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夜を越えて、朝日は登る。
まだ微かに暗く、しかし暖かな陽が差し込まれる時間帯に、あなたはふと目を覚ました。
ゴブリン達に勝利をもたらすという宣言は無事に叶えたあなたとリムルは、ゴブリン達から讃えられ、そして彼らの忠誠を手に入れる事となった。彼らは皆、あなたとリムルに忠誠を誓う臣下となったのだ。
そして、牙狼族は敗北を認めてリムルへと下った。そこにあなたは含まれていない。けれど、あなたはそれに不満は持っていない。
牙狼族に慈悲を与えたのはリムルであって、あなたではないのだから。ボスをその手で討ち取ったあなたに牙狼族が下らないのは道理である。
そんなあなたは、何かの気配を察知して目を覚ましたのだが、
「……」
目の前には、一匹の牙狼族が座っていた。
暗い毛を持った狼だ。瞳は金色に輝いている。暗い毛は夜を、金色の瞳は月を表しているかの様だ。
それが、じっとあなたを見つめている。真剣に、あなたを見続けている。
あなたが起きるのをずっと待っていたのだろうか。それにしても、綺麗に姿勢を維持したまま座っている。まるで忠犬の様にも思えるが、この狼はあなたのペットではない。
「……わう」
一言、頼む様に。小さく一声を吠えると、その狼は僅かに頭を垂れた。
あなたは目を見開いて驚いた。まさかモンスターの方から、仕えさせてほしいと言われるとは。ノースティリスに居た時では決して経験出来ない事態である。
イルヴァの世界において、モンスターは捕獲する事で自分の
その為、基本的には冒険者がモンスターをボコす→HPを1まで残す→捕獲の流れが普通である。というかこれ以外の流れでモンスターを捕獲する方法をあなたは知らない。
あなたは驚きながらも、勿論だと狼の頼みを了承した。ポーチから錠剤を思わせる見た目のカプセルを取り出し、それを狼の額へと軽く押し付けようと手を伸ばす。
狼は動かない。あなたを受け入れる覚悟は既に終えている様だ。
カプセルが額に触れた瞬間、それに吸い込まれる様に狼の姿が消える。
☆《牙狼族の次元カプセル》
捕獲成功である。あなたがカプセルを放り投げれば、カプセルの中から牙狼族の狼が再び姿を現した。
「……」
クールな顔だ。これこそイケメンというやつだろう。だが、尻尾をしっかりと振っているので喜んでもらっているのは確かな様だ。
あなたもこの世界で初めてのペットを手にする事が出来てご満悦である。
これでリムルをペットに出来ないかもしれないという懸念も消えた、後は来たるべき時にペットするだけだ。
それはそれとして、あなたは狼の名前を考えて頭を捻らせていた。
捕獲したモンスターは基本的に名前を持たない。中には名前を持つモンスターも居るには居るのだが、どちらかと言えば種族名が名前として登録されているものの方が多いだろう。
だいたいの冒険者は適当に決めるのが多かったりするが、あなたは名前には拘る冒険者だ。古参のペット達の名前は全てあなたが懸命に考えたもので、彼らにとって大切な名前だと言ってもらえた時は感極まったのが懐かしい。
この世界で最初のペットだ、名前には勿論拘りたい。さて、どうしたものか…
暗い毛は夜の様、金色の瞳は月の様。となれば、夜を連想させる様な名前が良いだろうか。
うーん…と暫く悩んだ後、あなたは複数の案から一つを絞り、選定した。
そう名付けると、狼―――シリウスはウォンと、小さく、しかし力強く吠えて返事をした。尻尾をぶんぶんと振っている、どうやらお気に召した様だ。
そうと決まれば早速育成だ。流石にこのまま《終末狩り》をフルでさせるのはかなり厳しいので、取り敢えずは基礎から鍛えていこう。
あなたは立ち上がり、《携帯用シェルター》を展開してシリウスと共に入って行ったのだった。
それから暫くした後に、リムルが倒れたという報告を聞いたあなたは直ぐ様カプセルを持って向かったのだが、それはまた別の話。
作者はElonaではエヘカトル、Elona mobileではクミロミ信者。