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「見えました、主。あれが武装国家ドワルゴンです」
シリウスに乗って颯爽と大地を駆け抜け、涼しい風に身を晒しながら広大な世界の景色を眺めていたあなたに、忠犬シリウス公がそう声を掛ける。
大きな壁の向こうに見えるあの都市こそ、あなたとリムルが目指した目的地―――ドワーフによって統治される国、ドワルゴンである。
武装国家ドワルゴン。1000年という長い歴史を持つその王国は、ドワーフだけでも5000万、他種族を含めれば1億にもなる巨大人口を有している文字通りの大国だ。
あなたとリムルが寄り、そして結果的に暮らす事となったゴブリン達の村。拠点を作ることが出来たのは良かったものの、しかし残念な事にそこは衣食住のうちの衣と住が安定していない。
ノースティリスの冒険者であるあなたには食事は大して必要ないし、ベッドさへあればその場で寝る事など造作もないのだが、ゴブリン達はそうはいかないし、何よりあなたも家があるなら家で暮らしたい。
大工スキルを有してはいるものの、しかしあなたは大工スキルを伸ばしてはいない。冒険者でありながらもはや大工も同然なあなたの友人とは違い、あなたは大工スキルをそこまで育てていないのだ。
作れるものと言えば強固な柵くらいのものだ。ノースティリスとは勝手が違う以上、スキルの育成も出来るか怪しいこの世界では、正直に言えば役立たずである。
そんな理由もあって、あなたは先遣隊として―――リムルから許可は出ていないし、ほぼ勝手に出たと言っても過言ではない―――ドワルゴンを目指し、そして3日という時間を経て到着したのだ。
「しかし、主。リムル様達を置いてよかったのですか? あの村の主導は、リムル様が担っている筈ですが」
シリウスの言い分は尤もだ。あなたも、村の主導はリムルに一任している。自分には統率力など無いことは重々承知しているのだから。
だが、あなたは冒険者だ。未知があるなら向かわずにはいられない。未知なる世界の未知なる国、そこにあるであろう家具や武器……想像するだけで心が踊るというものだ。
先遣隊として良い結果を持って帰ろう。あなたはそう言って列の後方へと並び始めた。
「はっ。では、御用があれば何時でもお呼びください。私は常に主の影に居ります故」
そう言って、シリウスはあなたの影の中へと潜り、その姿を消してみせた。相変わらず羨ましい能力だと、あなたは思いながら自分の影を撫でる。
影に入る能力。シリウスに限らず、
これがあるだけで、かなり戦術の幅が広がるだろうし、武器や家具の収納にも役立つ。というか、あなたにとっては後者が大半の理由を占めている。
冒険者であるあなたにとって、重量を気にする必要がないのは実に素晴らしい事だ。これがあれば核爆弾だって容易に持ち運ぶ事が可能である。
あとは食べ物が腐らないかの確認もしたい。もし食べ物が腐らないのであれば、まさしくクーラーボックス要らずだ。影収納万歳。
これがあるだけで、信仰する神への供物にどれだけ楽が出来た事か……。
もうミノタウロスを周回するのは勘弁だ。巻物だって有限なのだ。
まぁ、
『主、少し確認したい事が』
影の中に居るシリウスが、あなたに話し掛けてきた。
『入国するとなれば、やはり入国料が発生します。主は異世界からの住人、この世界の金銭を持っていないのでは?』
そう言われて、あなたはハッとする。
そうだ。あなたはノースティリスの冒険者、イルヴァの人間である。この世界の金貨など持っていないのだ。
これは由々しき事態だ。お金が無ければ入国する事が出来ない、入国出来なければ見る事も叶わない。
どうしたものか……と考えて、あなたはすぐに答えを出す。
丁度あなたは最後尾だ。目の前には商人らしき人間が居る。窃盗するには持って来いではないか。
あなたはバッグから適当な布袋を取り出し、それにノースティリスの金貨を幾つか入れてそれを前の商人の隣へと放り投げる。
「ん?」
どさっ、という音に釣られて横に視線を移した瞬間、あなたは『窃盗』を用いて商人の布袋を掠め取り、それを素早くバッグへと収納した。
「後ろの人。これ、落としましたよ」
商人は優しい人間だったのだろう。穏やかな表情を浮かべながら腰を落とし、金が入った布袋を拾って真っ直ぐあなたへと手渡してくれた。
ありがとうと感謝を伝えながら、あなたは待ち時間も暇なので商人と話す事にした。
「えぇ、ドワルゴンにはよく訪れていまして。今年は良い出来の生地が出来たんですよ。そういうあなたは、冒険者様ですか?」
この世界の冒険者ではないが、ノースティリスの冒険者ではあるので、商人の言葉には首肯で答える。
とある村の復興の為に、家具や武器などを見に来たのだと伝えると、商人は優しい御方なのですねと感心していた。
「見た所、その剣も相当な業物に見えます。さぞ名のある冒険者なのでしょうね」
お目が高い、とあなたは愛刀を撫でる。愛刀に目を付けるとは、この商人は中々に分かっている。
そうして話に華を咲かせていると、商人の番が来た。だが、商人の入国料となる金銭が入った布袋はあなたが持っている。
あなたは中にある幾つかを取ってから袋を取り出し、商人の肩を叩いて、自分のを取ってくれた時に落としたと伝えて手渡した。
「おぉ、ありがとうございます。やはりあなたは御優しい人だ」
なに、お互い様だ。何日か滞在する予定なので、暇があれば生地を見に行くと伝えると、商人は嬉しそうな顔をした。
「えぇ、是非とも寄って行ってください」
そうして、あなたはこの世界で一人の商人と良い関係を築き、リムル達より一足先に武装国家ドワルゴンへと入国したのであった。