成り代わった相手が追放寸前のクソ野郎だったって話 作:米倉遠め
もううんざりだった。
「ブギィ!? ビギィ! バゥガゥ!」
「バギャギャギャギャ!!」
ゴブリンどもの醜悪な笑い声がダンジョン内をこだまする。
ぎょろぎょろとした瞳、てかてかと光る緑色の肌に、布切れ一枚では到底隠せない粗末なイチモツまで。
本当に不愉快すぎる。
最悪なことに、今は俺も奴らの仲間という。
辛い。
仲間みたいに思われて肩を組まれる。
本当辛い。
精神寄生生命体。
それが俺だ。
読んで字のごとく、生物の精神を乗っ取り、その身体を我が物とする生命体。
精神寄生の発動条件は対象に殺害されること。
元々もっと良い身体を乗っ取っていたのだが、寿命が近いこともあってダンジョンに来たところ、運悪く大外れのゴブリンに遭遇、即殺害、即寄生。
今に至る。
グギョガガガ。
これゴブリン語でうんちぶりぶりね。
嘘。
こいつらの言葉何も分かんない。
誰か助けてほしい。
知能までもが著しく低下しているような気がするの。
「グギ!? ギガ! ゴギギギギ!」
ダンジョンの天井のシミを数えていたところ、哨戒中のゴブリンの叫び声が聞こえてきた。
通路の奥には明かりが見える。火だ。あれは――松明の火! 冒険者たちがやってきたのだ!
「グゲー!」
適当にそれっぽく叫んだら「この空気で何言ってんだこいつ……」みたいな顔をされた。
あほ死ね。
「グギャー!」
死んだ。
オークの腕ぐらいぶっとい氷の槍に刺し貫かれて、通路の奥からゴブリンの死体が飛んできた。
それを見て周りのゴブリンたちも得物である棍棒や剣を手に取って通路の奥へと駆けていく。
今の魔法の威力、どうやら当たりらしいな……!
俺もまた近くにあった棍棒を握り、奴らの汚らしいケツを追っかけていく。
「――ゴブリンの大群です! リーダー級不在のグリーンゴブリンの群れですが、お気をつけて!」
叫んだのは金髪碧眼の少女。神官服に身を包み、仲間に対し防御魔法を唱えていた。
その魔力量、上玉も上玉だ。……とはいえアタッカーは別にいるようだし、殺されるならそっちの方が良いだろう。
前方のゴブリンどもが蹴散らされていく中、冒険者パーティの面々を見ていく。
「ああ、もう! 鬱陶しい、っての! 金にもならないくせに数だけは多いんだから!」
あれは前衛か。レイピアを器用に使いゴブリンどもを捌いていく。
赤髪で引き締まった身体をしていて、それにあの動きの速さ、技術だって伊達じゃない。
「キモイ臭い汚らわしいの3Kモンスターはあっち行けっての! うわぁ汁飛んできた! 何の汁!?」
黒髪の少女は魔法使い。
あの氷の槍も彼女のものか。
神官の少女と比肩するほどの魔力量。しかも無詠唱の使い手だ。
驚いたな、こんな浅い階層のダンジョンでここまでの一流冒険者に出くわすことができるとは!
さあ、どいつに殺されようか。
ゴブリンの数はものすごいスピードで減っていっている。
時間はそれほど残されちゃいない。
死体を壁にしながら、彼女たちの背後に回り込む。
そうして目標を見定めていたところ――
「チッ――邪魔だな」
「ギッ!?」
背後から衝撃。下を見下ろすと、俺の胸を刺し貫くナイフの刃が見えた。
まさか、まだいたのか――ぐえー! 蹴り飛ばされた!
地面に転がり、倒れる。顔を上げれば、黒装束の男の姿が刃についた俺の血液を見て嫌そうな顔をしている。
「ああ、クソッ、最悪……ゴブリン程度に背後取られるとかマジありえねえだろ――」
なにかをぶつくさ言っているようだが。
条件はクリアされた。
「ギギッ」
寄こせ、その身体を――!!
◇
「――さん、グナさん、ラグナさん! 起きてください、ラグナさん!」
「ッ!?」
暗がりの中にあった意識が急浮上する。
目を開けると、そこには綺麗な少女の心配そうな顔が。
俺が目を覚ましたのを見るや、ほっと一息をついて立ち上がる。
「良かった。急に倒れちゃいましたから……どこか痛いところはありませんか? 念のため治癒魔法をかけたいのですが……」
次第に頭にかかっていた靄が消え去り、今の状況を飲み込めるようになる。
そうか。
俺は、成功したんだな。
対象は俺が気づかなかった4人目だったが……彼女たちほどの実力者の仲間というだけで、ゴブリンと比べれば天と地の差。
両の掌を見てみる。グーパーを繰り返し、自分の身体であるという実感を抱く。
あたりを見渡してみると、ゴブリンの死体が夥しい数転がっているのが分かる。
俺の死体もそこにあった。
それから……仲間の姿。
赤髪の女と黒髪の女。
その二人は――どこを見ているんだあいつら?
気を失っていた仲間が目覚めたというのに冷たい奴らだな。
とにかく、人間の身体を手に入れることができた。
入れ替わりがバレないように、怪しまれないようにしないとな……。
「ごめん、ありがとう」
「「「!?!?!?!?!?!?」」」
ん?
なんだ?
3人が信じられないものを見るかのような目で俺を見てきた。
しまった。
何か間違えたのか?
クソ、この身体の本人の記憶は俺には分からない。
でも確かに、安易にありがとうを言うような奴ではなさそうだったな……じゃ、じゃあ、正解はこうか?
「……ふん、助けろと言った覚えはないぞ」
……どうだ?
「あ、えっと……すみません」
「……はぁ」
「助けられておいてそれかぁ……」
正解?
これ正解か?
険悪じゃないか?
「グギィ……」
「なんて?」
分かんなくてゴブリン語出ちゃった……。
「と、とりあえず、お怪我が無いのなら、良かったです。すぐに動けそうですか? まだ休んでいますか?」
「気にするな。らしくないヘマをした、それだけだ」
「あっ、いっ、いえ、気付かなかった私の責任です! い、一番後ろにいたのに、お二人のことばかりに集中してしまって……」
神官少女は優しい子だなと思ったが、なんかすごい怯えてないか?
俺は自分の格好を改めて見てみる。黒を基調とした革装備、動きやすさを重視しており、短刀のほかにピッキングツールなどが腰にかかっている。
シーフか。……うーむ、年若い少女をこき使う悪徳貴族様、という風には全く見えない。
「気にする必要はないわよ。私だって目の前しか見えてなかったし」
「アイリスは良くやってくれてたって」
何より俺が彼女たちの飼い主だったとするなら、ああも露骨に敵意の眼差しを向けてくるはずがない。
敵意……いや殺意? 入れ替わりに気づいてるわけじゃないんだよな? そのレイピアの柄を握るのをやめてもらえませんか?
「とりあえず、先を急ぎましょうよ。依頼の品を取ってきて、とっとと帰りたいから」
「そ、そうですね。あ、ラグナさん、立てますか?」
アイリスと呼ばれた少女から手を差し伸べられて、何も考えずにその手を取ってしまった。
「あっ……」
ラグナなる男なら手を振り払って自分で立ち上がるべきだったのだろうか。
今更手を離すのも不自然だったので、
「感謝はしない」
とか言って誤魔化しておいた。
アイリスはしゅんとしてしまった。
なんかごめんね……。
いかんな、乗り移った相手が外れ値すぎてエミュのしようがない。
どうやらこの冒険者パーティは依頼の途中の模様。この道程で、ラグナという男と、このパーティのメンバーについて知り尽くしていかなければ!
相変わらず空気は最悪だったが、俺が立ち上がったのを見て赤髪の女が移動を開始した。
先ほどまでああも笑っていたゴブリンどもの死骸の横を素通りするのは少しばかり心苦しかったが、心の中で弔うに留めた。
成仏しろよ。
グギョガガガ。