ジンとミラは事あるごとに喧嘩という名の手合わせをするようになった。戦い続けることでお互いを知ることもあったりなかったり……。
「くたばれジン!」
「フン!」
ミラは時々魔法を使わない素手での喧嘩を提案する時もある。ジンも剣を使わずに対等な条件でミラに対して遠慮なく拳を突き出す。あまり大怪我をするとマスターに怒られることもしばしば。
「ジン〜風呂入ろうぜ!」
時には一緒に風呂に入ったりもする。ナツとグレイとエルザも一緒に風呂に入ることが多いらしいので、子供時代の彼等にとってはあまり珍しくないのかもしれない。
「さ、最近ちょっと太ったからあまりジロジロ見るなよ……」
「あぁ、確かに少し太ったな」
「フォローしろよ!!」
デリカシーのかけらもない発言に間髪入れずに頭を叩かれ、バシン!!と良い音を鳴らす。ミラは顔を真っ赤にしながら怒鳴った。
「分かった。ミラ、全然太ってないぞ。あぁ、全然太ってない。太ってなさすぎて骨が見えるほどだ。俺には太ってないミラしか見えないぞ」
フォローしたつもりだったのに今度はもっと強めに叩かれた。
「言い過ぎッ!!」
「理不尽だな……」
またある日、ジンが拾った大きい卵をミラに見せた時、どっちが育てるかで揉めあった時もあった。
「俺が拾った。だから俺が育てる」
「私だって育てたい!ナツやジンばかりずるいって!」
「じゃあ二人で育てればいいんじゃない?夫婦になったつもりで」
仲裁に来たリサーナがそう言うと、ミラは顔から火が出るほど恥ずかしかったのか赤面しながら声を上げた。
「バッ……リサーナ!?何言ってんだ!?」
「そうか。どちらかじゃなきゃダメなルールは無い。よし…ミラ、俺と夫婦?になれ」
「うるさいバカッ!お前って本当にバカッ!!」
リサーナは二人のやりとりを見ていつも面白おかしく笑っていた。
二人が戦う時、普段は軽い手合わせ程度で済むが、時にヒートアップし過ぎて夜まで戦っている時もあったりする。
「へっ、これで31勝30敗で勝ち越し!」
「違う。まだお前の方が31敗だ」
「負け惜しみかよ」
「お前の記憶力が悪いだけだ」
戦い合い、言い合いの繰り返しで疲れた二人は大の字になって倒れ、夜空を見上げた。
「そろそろ帰らないとな……あっ、流れ星……」
偶然にも流れ星を見つけてミラは良いことがあるかもと、似合わないロマンチックなことを思い始め、ジンはどうなのかと横目で見てみる。
(コイツ無駄に顔が良すぎだって思ってたけど……偶にトンチキなこと言うからなぁ。黙ってればかっこいいのに……いや、普段は黙ってるんだけどさ……)
よく考えたらこっちが余計に話しかけるからジンも変なことを言うのだと少し反省する。見てるのを気づかれていないようなので、せっかくだから暫く観察しようとしていると……。
「バルファルク……」
「!」
ミラはジンの顔を見てハッとなる。ほんの一雫だが、ジンの目尻から涙が出るのが見えた。初めてジンが涙を流す所を見たので、声は上げずとも心の中で驚く。
(そ、そっか……確か聞いた話だとコイツに滅竜魔法を教えたドラゴンってのは彗星のような速さで空を翔るって言ってた……もしかして、今の流れ星でそのドラゴンの姿を思い出して……寂しがってる……ってことか!?)
その推測は合っており、思い出に浸るジンを見てミラは胸がキュンと鳴るのを感じた。
(か、可愛い〜……!!普段ムスッとしてんのに泣いちゃうとか……ギャップが堪らない……!!)
ミラがサディストなのは周知の事実であり、可哀想な男の子を見ると興奮するタイプであった。何だか愛おしいと思ったのかジンの側に寄ると頭を撫でる。
「何故急に頭を撫でてくるんだ?」
「いや〜……この純情可憐で完璧な美少女にも弱点があるってことよ。よしよし」
「……純情可憐?」
普段の様子を見ているとそんな風に思えないのか頭に疑問符を浮かべるジン。その瞬間、自分の頭を撫でていたはずの手が鷲掴みに変わってガッチリホールドされる。
「何か言った?ん?」
「イエ……ナニモイッテナイ」
万力のように掴む手を強め、ギョロッと鋭い眼光で睨むミラに何も言いかえせないジンはとりあえずミラを純情可憐と思うことにした。
▽
ある日、依頼をこなしたジンはギルド内でリサーナと食事を取っていた。
「あれからミラ姉と凄く仲良くなれたね」
「そうだな。ミラは良いやつだ。俺が飯を食う時、気を利かせて料理にタバスコをかけてくれてな。俺は辛い方が好きだから、その気遣いが嬉しかった」
(それ多分イタズラしただけだよ!!気づいて!?)
「それにアイツは怒っていても優しいんだ。頭を叩く力はそんな強くないからあまり痛くない。あれは相当手加減しているな」
「へ、へぇ……そうなんだ……」
(よくミラ姉が手を押さえて涙目になるのをよく見るけど……多分それ手加減してるんじゃなくて本気で叩いてるのにジンが頑丈すぎてカウンターを食らってるだけだよ……)
本当のことを言った方が良いのかもしれないが、ジンがあまりにも良い話のように語るので、真相を語りづらいリサーナは黙っておくことにした。
「でも、怒ってるってことは何かしたか、何か言ったんでしょ?」
「ああ、この前は『少し太ったな』って言ったら頭を叩かれたな」
「ジンは正直すぎるのを直した方がいいと思うな……」
「その後、ダイエットしたら元の体型に戻ったようだ。直後に理由もなくサタンソウルで反撃を許されずボコボコにされたんだが……何故なんだ……」
「恨みを晴らすかのような仕返しだね……サタンソウル全開のミラ姉とか相当だよ。はぁ、全くジンは乙女心を知らないんだから。今度も私がみっちり教えてあげるよ」
教師にでもなったかのような気持ちになるリサーナはどこか誇らしげにそう言う。そんなリサーナにジンは姿勢の向きを彼女へと向けた。
「リサーナ……ありがとう」
「ど、どうしたの急に?」
ジンはリサーナに軽く頭を下げながらお礼を言う。突然のお礼にリサーナは少し恥ずかしくなって頰を掻いた。
「マスターが俺を誘う時にギルドが家族だと言ってくれた。最初はよく分からなかったんだ。育ての親でもないのに、バルファルクと同じく接することができるのか不安だった。だが、リサーナのお陰で俺は……ギルドのみんなとも友になれた」
「そ、そんな大層なことじゃないって。みんなと仲良くなれたのは、最終的にジンが歩み寄ったからだよ。ジンの優しさや強さは私が証明したものじゃないもん」
「俺はこのもう一つの家族を失くしたくない。その為に……もっと鍛錬をして強くなる。ミラもリサーナもエルフマンも……みんなを守れるように」
リサーナは『ふぅん』と関心のあるようなないような態度を取ったかおもえば、今度はニヤニヤしながらジンに詰め寄る。
「ねぇジン。ジンはミラ姉のこと好き?」
「……?当然だ」
「……うーん、ジンはナツみたいなウブな反応見れなくてつまんなーい。まぁ兎に角……将来、私達は本当に家族になるかもしれないし、そこまで言うなら約束を忘れないように指切りしよ?」
ギルドだって家族なのに、本当の家族になるという意味が子供で無知なジンには分からなかった。
「指切り?」
「知らないの?これは約束を果たす為のおまじないだよ」
「なるほど……つまり約束を破ったら俺の指を切るということか?」
「違うよ!?なんでそんな物騒な発想になるの!?はぁ……ただ、お互いに約束を忘れないようにする為の儀式みたいなもの。別に代償とかないから。ジンが私達を助けてくれることを約束にするなら……私はミラ姉とジンを一生支えるよ」
「なんだか願掛けのようだな。……一生、か。まだまだ先のことのはずで何が起きるか分からないはずなんだがな」
ジンはただの儀式であっても、リサーナと指を交わすことで、何故か不思議とその願いが叶うような気になってしまう。
「リサーナはやっぱり何でも知っているな」
「これからも私の知ってることを沢山教えてあげる。だから、ミラ姉を幸せにしてね」
「あぁ……約束する」
ジンは現代では表情を出さない人で知られているが、この頃は満面とは言えなくとも口角を少し上げて優しく微笑むことがあった。
「へぇ……ジンってあんな感じで笑うんだ。なんか楽しそう」
「リサーナのお陰もあって、私達は大分ジンと打ち解けてきた。リサーナには感謝しないとな」
近くで見ていたカナとエルザはそう話し合う。マスターも後ろで『ウンウン』と静かに頷き、満足そうにしていた。
▽
それから3年後。つまり、現代からだと3年前の話になる。
「ジン、たまには私とクエストに行かない?今回受けようと思ってるクエスト……結構難しいかもしれないの。ジンがいてくれると助かるな」
「あぁ、いいぞ。アイルもいいか?」
「うん。勿論だよ〜」
アイルもハッピー同様卵から生まれたネコであり、いつもクエストではジンのサポートに徹していた。料理の才能があったようで、偶にギルドのみんなに料理を振る舞う時もある。
ジンはリサーナにクエストに誘われるが、その背後からマスターマカロフに声をかけられた。
「ジン、ちょっとええかの?」
「マスター、どうした?」
話の内容は、なんとS級魔導士昇格試験参加の通知だった。これには珍しくジンも驚いた。
「俺が……?」
「わぁ、凄いよジン!お祝いだね!」
「今日のご飯は腕によりをかけて作るよジン〜!」
「アイル、リサーナ……まだ俺はS級魔導士になっていないぞ。気が早すぎだ」
この時すでにミラとエルザはS級魔導士になっており、今年のS級昇格試験の選抜者はジンが指名された。3人は元々実力に大差がなかったため、選ばれるのも時間の問題と誰もが思っていたようだ。
「今回、お前さん1人だけの試験じゃが、毎回試験には監督役としてS級魔導士が1人つくことになる。それがなんと、これから『100年クエスト』に行く『アイツ』じゃ」
「ッ!?あの人が……!?」
100年クエスト。S級魔導士のみが受けられる特別なクエストであり、その難易度はまさに、依頼を出されてから100年間誰も達成出来なかったクエストである。
「やつも遠出をする前にギルドの誰かと手合わせしておきたいと言っておってな。ちょうど良いから試験に参加させることにした。どうじゃ?正直、難易度が高すぎて意地悪と言われてもしょうがないと思っておる。じゃが、S級クエストにおける合格条件とは単なる力だけではない。その者の精神、運、知恵……あらゆる要素を絡ませ、ワシらがそれを総合的に見て合否を判断する。絶対に合格できないわけではないことは誓って言える」
マカロフの言う『アイツ』とは、S級魔導士の中でも最強の魔導士である。合格をする条件はまだ明かされていないが、相当の難易度であることは間違いない。
そして、今回は本人の魔法の性質や精神における忍耐力を見極めるため、長期的な試験となり、場所も少し遠いところ行われるようだ。
「期間は1週間か。しかし今すぐ出発となると、リサーナとのクエストと被ってしまうが……」
「気にしないで行って来なよジン。こんなチャンス滅多にないんだから。あっ、開催場所が遠いならお土産よろしくね!私も買っていくから!」
「心配すんなジン!私やエルフマンもついていってやるからよ!」
「おう!ジン、安心しろ!昇格試験、漢なら絶対合格してこい!」
その話を聞いていたと思われるミラとエルフマンが、いつのまにかリサーナの隣にいた。
「そうか……分かった。難しいクエストのようだから、用心しろ」
「うん!お互い頑張ろ!」
晴れやかな雰囲気で別れるジン達。このまま時が流れ、ジンはS級
そうなると、誰もが思っていた。
結果、ジンは初めてのS級試験を受け落ちてしまった。健闘はしたものの、惜しくもS級合格には届かなかった。原因は直接伝えられてはいないが、地獄変を使って精神に異常をきたす行為を自ら多用したのが減点に大きく繋がったのではないかと自己分析する。
ジンの監督役として出た者は、ギルドに寄ることなく、そのまま100年クエストへと向かった。彼は落ちたジンに失望することはなく、むしろ今後を楽しみにしてそうな満足感のある表情で去っていったそうだ。
落ちてしまったものは仕方ない。反省を活かし、また来年挑戦しようと酷く落ち込むことなく、ジンはギルドに帰って来た。しかし
「……すまない。もう一度言ってくれないか」
帰ってきた際に重苦しい空気の中、エルザから聞かされたのは、訃報。リサーナが依頼遂行中に命を落としたという衝撃的な内容を聞かされたジンは酷く動揺したのか、力無く膝をついて放心状態となる。
嘘だと思いたかった。いくら時間が経とうと、これが現実なのだと突きつけられるのみで、ジンは目の前が真っ暗になる思いをした。
雨打たれる中、独りでリサーナのお墓の前に立つジン
「……もう、お前に色々と教えてもらうことは出来ないのか……」
自分にとっての最初の友達。ジンにとってリサーナは親として育ててくれたバルファルクと同じくらいの恩人だった。
「何故……いつも俺に教えを説いてくれる者は離れていく……?バルファルク……リサーナ……!!何故だ……何故なんだ……!!」
胸を押さえてその場にひざまづき、項垂れる。この痛みをどこにぶつければ良いのか分からず、
数週間後。ようやくギルドも落ち着いて来た頃。
ミラジェーンはリサーナの死を経て、ショックを受けたことで今の落ち着いた姿へと変わっていった。
ジンとミラはお互い数週間、ギルドに顔を見せなかった。そしてギルドに顔を見せ、感覚的には数ヶ月ぶりのような再会をしたジン達はお互いの姿を見て少し驚いた。
「凄く……変わったな、ミラ」
「ジン。あなたは……前よりもっと痩せたわね……。ちょっと、話さない?」
ギルドを出て、近くにあるベンチに座る二人。最初は少し沈黙が流れた。何から話せば良いのか迷っており、最初に口を開いたのはジンだった。
「……ミラ、エルフマンはどうだ?」
ジンはエルフマンのことも気がかりだった。今回の件、どうやらエルフマンが
ミラはエルフマンを責めることはなかった。彼ではなく、姉である自分が妹を守れなかったことに責任を感じている。
「未だに自分を責めてるわ。リサーナが死んだのは自分のせいだって。でも、何とか立ちあがろうとしてる。ギルドに復帰するのも遠くはないと思うわ」
「……そうか。それは……良かったな」
「ジン……ちゃんとご飯食べてる?」
「アイルの作る料理は食べてる……だが、あまり喉を通らないから前よりも量を減らしてもらっている……」
暫く沈黙が続く。
「ミラ、俺は決めた」
「えっ?」
「俺は……どんなに遠くても届く力が欲しい。二度とリサーナのような奴を出さない為に……力が、魔力が……!」
力を込めるジンは腕を押さえて何やら苦しみ始める。少し呻き声を上げたことにミラは怪訝な表情でジンの腕を取って袖を捲る。
「ジン……ッ!?あなた……この傷はッ!?」
古傷のようなものもあれば、まだ赤みのある癒えていない傷も多くあって、見れば見るほど痛々しかった。
「俺の魔法は自分が傷付けば傷付くほど強化される。生死の境を彷徨うときもあったが……そんなものはリサーナの死と比べれば取るに足らない苦しみだ。……気にするな」
その時、ミラはしっかりとジンの目を見た。彼の目は濁りも輝きもない虚無を思わせる瞳をしており、希望を失いかけていたのだ。
きっと、自分も同じような顔をしているはずだ。お互い、こんな顔は見たくなかった。特にミラは自分だけならともかく、最愛の彼にまでこんな思いをさせたことを懺悔した。
「ごめん……!ごめんね……ジン……!!」
彼は皆を守る為に自分が傷つくことを躊躇わなくなってしまうほどに、壊れてしまった。そんな彼を
「苦しみが大したことないなんて、あり得ないわよ!絶対に独りにしないから……!私は……絶対死なないから!だからお願い……これ以上自分を追い詰めないで……」
「……」
ミラは優しい人物だと分かっている。自分を慰めてくれていることも分かっていた。
しかし、この時のジンには何も感じなかった。安らぎも、喜びも、痛みも、苦しみも。ただの虚無を放ってジッとしている骸の存在であるかのようだった。
▽
「はぁ……はぁ……!」
昔の夢を見ていた。楽しかったこと、辛かったことが一気に押し寄せてきて、脳と心がそれを受け入れるのを拒む。
そうすると、自分の胸を締め付けられるような感覚に陥った。
彼女の名前を思い出す。そう、今は亡き彼女の名前を呼んだ。助けを乞うかのように。
真っ白な空間の中、苦しむ自分の横には、人の形をした黒い幻影が立っている。見覚えのあるシルエットを見て、ジンは更に胸が締め付けられる苦しみを味わう。
「……!……?……」
ボソボソと何かをジンに語りかける幻影。「悪意」、「恐怖」、「憤怒」、「憎悪」、「絶望」。そんな感情が渦巻いているのが分かる。
人が抱える悪意の権化とも言えるその黒い幻影は、ジンの横を通り、そのまま前へと進んでいく。まるで、ジンを置いていくかのように距離がすぐに離れていく。
「ま、待てッ!」
その時、ジンは夢から解放されて目が覚めた。自身の身体を見ると、自分が荒い息を吐き、嫌な汗が出ていたことに気づく。
「ジン!起きたのね。だいぶうなされていたわよ……大丈夫?」
ミラはジンの手をずっと握っていたようだ。相当心配していたのが見て取れる。
「ミラ……か。すまない……心配をかけた。もう、大丈夫だ」
息を整えて立ちあがろうとするジンだが、そのジンをミラは手で身体を押さえて止めた。
「そんなこと言って無理するのが、いつものあなたの悪い癖よ。なんとなく分かるけど……ちゃんと話して」
こうなっては逃げられないことがジンにはよく分かっている。元々、心配をかけたくないから自分から話したくはなかったが、仕方ないので重々しい口を開きながら彼女に聞かせた。
「時々……夢を見る」
「夢?」
彼は悪夢を見る時がある。その内容は決まっており、リサーナが黒い幻影となって自分の元に現れるというものだ。
『何で私は死なないといけなかったのか』、『なんで助けに来てくれなかったのか』と。リサーナの死がトラウマとなっていることから、彼女の声で語りかけてくるその言葉はジンの精神を抉るのに十分だった。
「そう語りかけてくるのはリサーナの言葉ではないことは頭では分かっている。しかし、俺は俺自身を許せないばかりか、心のどこかで必死に生を訴えかけるリサーナの幻影に囚われる」
ジンだってわかっている。勝手な想像を押し付けていることは。勝手にリサーナが言わないことを夢で言わせている自覚はあった。
だが、自分でもどうすることができなかった。自分を許さない限り、この鎖を引きちぎることはできないのだ。
「ジン、聞いて」
しかし、ミラは怒ることなくジンの目をまっすぐ見つめていた。
「あなたと同じように、私も自分が許せない時があった。あの場にいたのに、妹を守れなかった自分の弱さと愚かしさに嘆いた日々が続いた。……でも、そうしていくうちにリサーナが大切に想ってくれた姉の姿から遠のいていくことを理解していった」
「それは……どういう……」
「……昔、リサーナはジンがいない場所で言ってくれたのを思い出したわ。『ミラ姉とジンはお互いを引っ張っていける関係』って。確かにそういう関係になれるって私も思ってた。でも、あなたはリサーナが死んで以来、私達を守る為に自分の身を削ってまで強くなろうとしてる。引っ張るどころか、ひたすら私達の前を歩き、自ら的になろうと怪我をして、追い抜かせようとしない。
……バッカじゃないの!!」
「ッ!?」
怒りの怒号が部屋に響く。ジンの両肩を抑え、力を込めて拘束するミラは、いつもの優しい顔から冷え切った無表情に変わり、ジッと覗き込むようにジンの目を見る。
「そこにあなたの未来はちゃんとあるの?過去を振り返って後悔してばかりで、明日を生きれるの?ねぇ、ジン……あなたの目はちゃんと明日が見えるのかしら」
「……」
「ある日、自分が大怪我して帰ってきた時の仲間の顔を見たことはある?気にしたことないでしょ。マカオやワカバは酒やタバコを急に止めてあなたの元へ駆け寄った。レビィは慌てた様子で泣きながら氷の文字を作ってあなたの火照る身体を冷やそうとしてくれた。あのナツだって帰ってきた戦いを挑むことをせずに戦慄してた。ねぇ、知ってた?」
無言を貫くジン。その沈黙が答えのようなもので、全く知らなかったようだ。マカオ達が心配してくれたのは覚えているが、酒やタバコを中断してまでだったのは知らなかった。レビィは心優しい女の子で、まさかその時泣いてくれているとは思っていなかった。
「……俺は」
答えづらいのか目を逸らす。すると、次の瞬間
「テメェには、未来の仲間達の中に未来の自分がはっきり映ってるのかって訊いてんだッ!」
再び怒号が響く。しかも、昔の強気なミラジェーン・ストラウスの口調で怒鳴られ、ジンは驚いてハッとなる。
彼はリサーナが死んで以来……ずっと考えたこともなかった。何故なら、リサーナがいない今、自分が心の底から幸せそうに過ごせる未来が想像出来なかったからだ。
彼は仲間の未来を明るくしようとすることはできても、自分の未来に希望を持つことは出来なかった。それどころか、それを持つ必要がないと思っていたと考えられる。
本人にはその気はないと思っていた。だが、実は心のどこかで彼は『死』を望んでいるのかもしれないと自身に突きつけられる。
何故なら、過去にしか希望がない者が未来を生きていけるわけがなく、未来を生きて行こうなどと思うはずもなかったからだ。
昔のような雰囲気を取り戻したミラに気圧されながらも、ジンは自分の気持ちを吐露する。
「俺は今、欲しいものがない。あるとすれば、ただ返して欲しいんだ。リサーナとの時間を。昔過ごした時間は俺の宝物だった。…そうだ……俺は過去に縋っているだけで未来に恐怖する臆病者だ」
昔、彼は喉から手が出るほど欲しいものがいくつもあった。家族の温もり、友達、それらと共に過ごす時間。どれもがジンにとっては過去に全てを手に入れたものだ。
「何故なら俺の欲しい物は……既にお前達から貰っていたんだ。他に何も要らなかった。奪われるくらいなら未来に期待をしない方が良いと言い聞かせていた。
……しかしそれは、過ちだったんだな」
大切な時間をくれた。今を生きるための土台を作ってくれた。リサーナとミラジェーンは自分にとっめかけがえのない存在となり、だからこそ自分が未来を失うことでその時間をもドブに捨てることに気づいた。
自分が今成し遂げなければならないことは、ギルドの為に命をかけて燃やし尽くす
「嬉しいわジン。あなたにとって、私達がそこまで大きな存在だったこと。でもそれは逆も然り。あなたが強くなるって決めた時、私も同じように決めたのよ。絶対にあなたを助けるって。独りで堕ちていく度に、私は全力であなたを引き上げる。転んだなら引っ張って一緒に立ち上がる。そうやって生きていくのがリサーナが信じてくれてる私達の姿よ」
「俺は……もう一度、お前のように生きられると思うか?」
まだ、ジンの目は曇ったままで、完全に解決はしていない。しかし、その瞳の奥から微かな光が見えたミラは目を見開き、その問いに力強く頷いた。
「独りで出来ないなら、私が支えるわ。ジンが自分を許せる時が来るまで、私はあなたの心を癒す。楽しい時は共に笑い、悲しい時は共に泣く。前に進む勇気がないなら、私が背中を押してあげる。だって私達……友達じゃない。今度こそ絶対に約束よ。私達は幸せに生きること。それがリサーナの願いでもあるんだから」
ジンは小指を出して来たミラに、昔同じように笑顔で指を出してきたリサーナの姿を重ねる。
思い出し、自分も指を差し出した後、彼の口角が少し上がった。
(やはり……姉妹だな)
「あぁ、そうだな」
一歩、前進した二人の想い。それを陰からアイルは息を止めてその様子をジッと眺めていた。
(ちょーっと様子を見に来たら、なんか割り込んで入れない空気になってる〜……)
本当は自分もジンに言葉をかけてあげたい。彼には今、命の光を灯せる『心』が必要だと思っていた。
ずっと共にいたアイルから見て、リサーナが亡くなった後のジンは虚無に包まれたような感じで、その頃は心の中の希望を失っていた。
育て親である天彗龍バルファルクは突然姿を消し、孤独な旅をしてきたジンにとって、妖精の尻尾の仲間はまた一つのかけがえのない家族だった。二度目の別れはジンの精神に大きくダメージを与えたのだ。
徐々に精神は回復していったものの、未だにその死がトラウマとなって精神を蝕んでいることをアイルは知っている。
彼はそれを知ってるからこそ、今は出て行こうとする気持ちを必死に抑えた。
(僕は戦いで傷ついたジンを支えることはできるけど、心の傷を癒すことは出来なかった。僕は『体』。ミラは『心』を支える。そう、こういうのには役割ってものがあるのさ)
だからこそ、アイルはミラジェーンという『希望という炎を灯してくれる光』の存在に感謝しているのだ。
「この場には、僕は不要だね。…ふっ、相棒のアイルはクールに去るぜぇい」
巻き舌風に言葉を言い残すと、アイルは踵を返してその場を静かに去っていくのであった。