トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

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 見切り発車で始まりました。
よかったら読んでいってくださいね。


序章 エキシビジョンマッチ

 6月某日、日本武道館。

満員の客席は興奮に包まれながらも――どこか、冷めていた。

 

「さーて、今年は『どっち』だと思う?」

 

「ここんとこずっと『記念』だったからな……そろそろ『ガチ』が来て欲しいよな」

 

 会場の片隅で、2人の男が話していた。

他の観客も、口には出していないが同じ気持を抱えていた。

 

「ま、なんにせよ『前座』だ。活きのいい挑戦者に来て欲しいよな」

 

「だな」

 

 男たちが語り終えたその時、会場の中央にスポットライトが当たる。

――そこには、四角いリングがあった。

 

 

 日本最大規模のウマ娘総合格闘技イベント、『U-1』

本日は、その『エキシビジョンマッチ』の日であった。

 

 『U-1』とは『サラブレッドウマ娘』『ばんえいウマ娘』と並ぶ第三勢力『格闘ウマ娘』の祭典。

様々な格闘技を修めた格闘ウマ娘たちが、その垣根を超えて雌雄を決し合う……そんなイベントである。

 

 その成立は古く、江戸時代まで遡るとされている。

戦乱の世が終わり、身を持て余した格闘ウマ娘たちが秘密裏に立ち上げた闇試合。

それを、第二次世界大戦後にとある名家が後ろ盾となって正式な大会へと昇華したものが『U-1』だとされている。

 

 禁じ手は、武器の使用と急所攻撃の禁止というアッサリしたものだ。

ヒトを遥かに超える膂力を持ったウマ娘の中でも、特に格闘へと特化したウマ娘たちのぶつかり合い。

その過激さと迫力で、毎年のテレビ中継は高視聴率をキープしている。

 

 

 大会スケジュールはこうだ。

その年の1月から6月にかけて予選リーグが行われ、それを勝ち残った選手が6月後半からの本選トーナメント戦へと移行する。

そして決勝戦は12月31日、大晦日に行われる。

 

 ――そう、『エキシビジョンマッチ』とは、その前座である。

専用トーナメントを勝ち抜いた『人間』と、本選トーナメントに出場する『ウマ娘』の……試合なのだ。

 

 

「おっ、きたきた……ウマ娘側のゲートが開くぞ!」

 

 観客の声に呼応するように、スポットライトが入場ゲートを照らす。

そこには、ガウンを羽織った人影が1つ。

 

『――長らくお待たせいたしました。エキシビジョンマッチを開始します!!』

 

 競バ実況経験もある有名アナウンサーが、よく通る声を張り上げた。

 

『――赤コーナーッ!カンザスが生んだ巨星ッ!!』

 

「っておい、この説明ってことは――」「ああ、運営もわかってんじゃん!」

 

 観客が色めき立つ。

 

『鋼鉄のタフネス!ボクシング出身のトータルファイターッ!!』

 

 スポットライトの中に立つウマ娘が、ガウンを脱いで勢いよく放り投げた。

光りの中に、その鍛え抜かれた体が浮かび上がる。

 

『――スタアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!ラッシュううぅうううううううううううッ!!!!!』

 

「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」

 

 割れんばかりの歓声に、両手を上げて応えるウマ娘。

『カンザスの巨星』の異名で知られる格闘ウマ娘、『スターラッシュ』

去年の『U-1』において、『王者』に一歩及ばずも健闘した有力選手である。

 

 浅黒い肌と、ベリーショートの金髪を持つ……美しいウマ娘だ。

 

『ウマ娘』の例に漏れず、『U-1』の選手たちは誰もがみな目の覚めるような美女である。

それもまた、この大会が人気な理由の1つだ。

 

「ハーイ!みんな愛してるよォ!!」

 

 スターラッシュは2メートル近い長身を弾ませ、観客に投げキッス。

さらに、客席のボルテージは上がっていく。

 

『そしてェ!青コーナーッ!!』

 

 スポットライトが動き、反対側のゲートを照らす。

 

『ヒューマントーナメントを危なげなく通過した!年齢、経歴、容姿、全てが謎に包まれた、今回の挑戦者――!!』

 

「おい、見ろよ!」

 

「やったぜ!今回は――『ガチ』だッ!!」

 

 観客が、再度色めき立った。

 

『USC……ウマ娘総合警備保障所属ッ!!』

 

 スポットライトに照らされる男性。

空手に酷似した胴着を着用した、その男は。

 

無名(むみょう)オォオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』

 

 顔面を、黒いマスクで覆っていた。

マスクから覗く両目が、ぎらりと鈍い輝きを放っている。

 

 身長は。スターラッシュに少し劣る程度の長身。

190前後だろう。

だが、体重はおそらく彼女よりも重い。

胴着越しにも、隆起した筋肉の厚さが窺い知れる。

 

「USCってヒトも雇ってんだ?」

 

「そりゃ、男性用の警備員だろ?結構見かけるぜ?」

 

「オレならウマ娘ちゃんに警護されてえけどなー」

 

 無名、と呼ばれた男はゆっくりとリングに向かう。

陽気なステップを踏み、今まさにリングへ跳び上がったスターラッシュとは対照的だ。

 

「どこまでやれっかなあ、アイツ」

 

「体つきは格闘経験者だし、かなりガタイがいいけど……まあ、なあ?」

 

「「人間だもんなあ?」」

 

 先にリングへ上がり、ウキウキとした様子で無名を待つスターラッシュ。

その目線を意に介さないように、彼はリングへ上がった。

背後のセコンドはウマ娘……それも、かなりの長身と筋肉量……おそらくばんえいウマ娘だろう。

彼女もまた、その顔をマスクで隠している。

 

「セコンドの方が選手っぽいな!」

 

「なーんか、あの娘見たことあんだよなあ……」

 

 リングの上で、両者の視線がぶつかった。

スターラッシュは楽しそうに。

無名は……何の感情も見せずに。

 

 審判が、両者のボディチェックをする。

凶器の持ち込みがないか確認しているのだ。

だが、たとえ刃物を持っていても……格闘ウマ娘の肉体に通じるかどうかは、微妙な所だが。

そしてウマ娘の方も……凶器など用いずとも、人間の体は容易く破壊できる。

 

「顔隠してるし、『ガチ』だよな!」「2年振りだぜ!テンション上がるなァ!」

 

 

 観客の誰もが口にする『記念』と『ガチ』

 

 『記念』とは、読んで字のごとく『記念参戦』のこと。

ハナから勝利を捨て、いかに観客を楽しませ――自らをアピールするかを目的としている選手のことだ。

あるものは、自身の経営する道場や団体のアピールであり。

あるものは、ただ承認欲求のために出場する。

だが、いかに『記念』とはいえ……正規のトーナメントを勝ち抜いた、ヒトの上澄みではあるのだが。

 

『人間は、ウマ娘に勝てない』

 

よく知られるこの言葉が示す通り、ヒトとウマ娘の種族差は……絶対的なモノなのだ。

 

 そして、『ガチ』

これもまた読んで字のごとく『本気で勝利を目指す』選手のことである。

身に付けた技術を発揮し、ヒトの身でありながらウマ娘の打倒を目指す……そんな、現代の求道者たちだ。

 

 観客が無名を『ガチ』だと推測したのは、マスクをしているからだ。

『記念』であれば、宣伝の為に顔を隠すハズがないのだ。

 

 『ガチ』の選手は、数年に一度現れる。

どの選手も、『人間としては』トップ層。

『記念』の選手とはモチベーションも違う。

彼らは、『勝利』するために参加しているのだ。

 

 だが――この『U-1』の歴史において。

否、恐らく原始の時代から現代に至るまで。

『ヒト』が、素手による殴り合いで『ウマ娘』に勝利した記録は――皆無である。

 

 

『レフェリーが戻り、試合――開始です!!』

 

 かあん、と。

試合の開始を告げるゴングが鳴った。

 

 スターラッシュがまず動く。

すっと、軽いフットワークでリングの中央へ。

そして――止まった。

 

「うわっ!やっぱり今回も『アレ』やるんだ!」「魅せてくれんねえッ!!」

 

 リングの中央で停止したスターラッシュは、両手をだらりと下げた。

そのまま、彼女は無名の方を見……

 

 にやり、と笑ったのだ。

 

『出た!スターラッシュお決まりのルーティーン!!』

 

 彼女が、試合開始前に決まってやる行動。

『どこでもいいから殴ってこい』と、相手選手に示すのだ。

そして、その一撃を甘んじて受け――その上で、完膚なきまでに勝利する。

それが、彼女だ。

スターラッシュだ。

 

 自身のタフネスに絶対的な自信を持つスターラッシュだからこそ実行可能な、強者ゆえの行動。

それは、ヒト相手でも変わらないようだ。

 

「――来なよ、色男サン。イイのをよろしくね!」

 

 対する無名は、自然体の構え。

ゆるりと踏み込み、スターラッシュの前で止まる。

 

「――いいのか、俺が……勝っちまうぜ、ねえちゃん」

 

 低く、重い声がマスクの下から漏れる。

それは――何の気負いもない、事実を述べる声色だ。

 

「ふふ、それならそれでイイよ」

 

「そう、か」

 

 2人は、短く会話を交わした。

 

 

『両者!リング中央で睨み合いの体勢ッ!無名選手はどう出ますかね、小次郎さん!』

 

 実況者が、傍らの解説者へ問う。

解説者は、自身もこのエキシビジョンマッチに参戦した経験のある格闘家だ。

なお、その際の戦績は――開始15秒でのTKO負けである。

 

『どっちにせよやらなきゃならんでしょうね、無名選手の力量はわかりませんけど……どの程度のものか気になります』

 

『さあ!スターラッシュ選手、いつものように余裕で耐えるのか!それとも――恐らくは歴史始まって以来!無名選手の!人間による!ジャイアントキリング成るかッ!?!?』

 

 実況の、煽りとも取れる発言。

だが、会場内の誰もが……いや、中継越しに、配信越しにこの試合を見ている誰もが。

無名の『敗北』を確信していた。

 

 ――人間は、ウマ娘に勝てないのだから。

 

 

「――すぅ、う、ぅ」

 

 無名が、息を吸う。

吸いながら、間合いに踏み込む。

身を、右に横に捻りながら。

 

「っ―――!」

 

 スターラッシュが身構えた。

無名の狙いが、顔面だと看破したようだ。 

 

 わかっていれば、耐えられる。

同じ格闘ウマ娘の攻撃ですら、耐えられるのだ。

ヒトの攻撃なら、猶更だ。

 

 観客もまた、後の展開を確信する。

いつものようにスターラッシュが耐えて、勝利するのだ。

 

 無名の上半身が、ブレた。

 

 

「――破ッ!!!!」

 

 

 無名が発した裂帛の気合。

それと同時に、異音が響いた。

 

 ばがん、もしくは、ぱがん、だろうか。

とてつもなく重いものが肉に衝突するような、異音。

 

「おい」「嘘」「なんっ」

 

 観客たちが、口々に声を漏らす。

目にしたものを、信じられぬように。

 

 

「っか、は――ッ!?」

 

 

 ――おかしい。

スターラッシュはそう思った。

 

 何故、視界が斜めになっているのか。

何故、視界がこうも揺れているのか。

痺れの残る脳で、そう思っていた。

 

『――だっ、っだ……』

 

 実況がしばし絶句し、自らの職責を思い出して声を絞り出す。

 

 

ダウウウウウウン!?す、スターラッシュ、なんとダウンしたああああああああっ!無名選手の攻撃に、たまらずダウウウウウウウウウンッ!!!!!』

 

『今、のは、右ストレート……、です、かねえ?なんとも、驚きです』

 

 

 リング中央。

スターラッシュが、両手をリングについている。

信じられない、といった表情で。

 

「っな、なん……、なに、が」

 

 混乱の嵐が、彼女の思考を圧迫している。

なにをされたか、わからない。

何を、何の攻撃をもらったのかも、わからない。

 

「ワン!トゥー!スリー!――」

 

「っは!?」

 

 レフェリーのカウントに、彼女は我に返る。

とにかく、立たなければ。

 

「ファイブ!シックス――」

 

 スターラッシュが、立ち上がる。

腰から下が、鉛のように重い。

呼吸が若干苦しいのは、口内に血が溢れているからか。

 

「目を見せて!」

 

 レフェリーがスターラッシュの目を覗き込み、戦う意思を確認した。

 

「――ファイッ!」

 

 レフェリーの手が振られる。

試合が、再開した。

 

『スターラッシュ選手、口元から出血しているが闘志は十分ッ!!無名選手、次はどう出るのかッ!!』

 

「――ッ!!」

 

 背筋に冷や汗をかきながら、彼女はファイティングポーズを取る。

大丈夫……一撃は貰ったが、まだ戦える。

相手を人間だと思って油断をし過ぎた。

 

 何をされたかはわからないが――この相手は、『ウマ娘』に届きうる刃を持った『敵』だ!

 

「――すぅう、う」

 

 無名の、呼吸音。

スターラッシュに向け、地面を滑るように踏み込む。

 

「――ッシ!」

 

 スターラッシュ、迎撃の左ストレート。

空気を切り裂いて、人間のそれとは比べ物にならない速度で拳が放たれた。

 

 ――それが、空を切った。

 

 スターラッシュの左ストレートは、無名のマスクを掠って後方へ抜ける。

 

 ――まずい!腰の動きが鈍くて速度が乗り切らなかった。

すぐに引き戻して右を――!

 

 

 ――スターラッシュの意識は、それきり闇に落ちた。

 

 

 会場が、静まり返っている。

観客も、実況も、解説も。

目にした光景を、誰もが信じられない。

 

「セブン!エイト!ナイン!――テン!!!!」

 

 レフェリーだけが、己の職責を全うしていた。

カウントが終わり……ゴングが、鳴り響いた。

 

 スターラッシュは前のめりに倒れ込み、身じろぎもしない。

完全に、意識を失っていた。

 

「マジ、かよおい」

 

「に、人間が……人間がッ!!」

 

「ウマ娘に……勝った!?勝ったァ!!!!」

 

 観客が、現実に復帰し始める。

 

『――なっ!なんということでしょう!!スターラッシュ選手が、負けました!!1ラウンド、僅か二撃で―――敗北!カンザスの巨星、日本武道館に堕つッ!!!!

 

『録画!録画見せて録画ッ!!』

 

 実況席が騒がしくなるにつれ、観客席もまた揺れ始める。

 

「う、うおおおおおおおおおおおおおっ!すっげえええええええええええええッ!!」

 

「なんだアイツ!ウマ娘が化けてるんじゃねえのかよッ!?」

 

「それにしたってすげえだろ!?あのスターラッシュを二発でやっちまったんだから!!」

 

「無名!!」「無名!!」「無名!!」

 観客は興奮し、誰もが諸手を上げて勝者を称賛した。

 

『歴史が!歴史が動きました!!U-1始まって以来の快挙ォ!!エキシビジョンマッチで、初の人間側の勝者ッ!!!!』

 

『USC所属、無名ッ!!なんっという選手だ!!とんでもないヤツが出てきてしまったァ!!!!』

 

 

 リングの上。

倒れたスターラッシュを見下ろす無名。

 

「一撃で、いけるかと思ったんだが……予想以上だったよ、ねえちゃん」

 

 小さく呟き、無名は倒れたままの彼女に……深々と頭を下げた。

そして踵を返し、セコンドの待つ方へ。

 

「――俺も、ギリギリだった」

 

 僅かに体をふらつかせながら、コーナーへ。

 

「――パイセ……、ムミョウ!大丈夫っスか!?」

 

 コーナーに戻った無名に、セコンドが声をかけた。

 

「――駄目だ、死ぬほど痛ェ。頬にも、たぶんヒビが入ってる」

 

「マジすか!?大丈夫なんスか!?」

 

「だから、駄目だって言ったじゃねえかよ……正直、ちょっと泣きそうだ」

 

 セコンドのウマ娘が、無名の腕と頬をアイシングする。

痛みに顔を顰めながら、無名の口元が笑みの形に歪んだ。

 

「……『紫電(しでん)』で倒しきれねえ、かよ。やっぱり、強ェなあ……ウマ娘。へへ、へへへへ……」

 

「うあー!ムミョウがおかしくなったッス!?」

 

「――ちっとはひたらせろよ、バぁか。あ、いでで」

 

 

『小次郎さん、どうですか!?』

 

 意識を失ったスターラッシュが担架で運び出される中、解説は食い入るようにモニタを眺めている。

 

『――肘、です』

 

 冷や汗を滲ませ、解説が答えた。

 

『無名選手は、初撃でスターラッシュ選手の顎に……右肘を叩き込んでいます。彼女の出血は、その際のダメージによるものでしょう』

 

 会場の大型モニタ。

そこで、スロー再生されるVTR。

上体を鋭く回した無名の右肘が、すくい上げるような軌道でスターラッシュの顎を捉えていた。

 

『これによってスターラッシュ選手はダウン。そして仕切り直しの際、無名選手は彼女の左ストレートを躱しつつ踏み込んで――また、肘を』

 

 鬼気迫る表情で左ストレートを放つスターラッシュ。

攻撃が外れたことを認識し、目を見開く。

その顎を――初撃とほぼ同じ軌道で、再び右肘が撃ち抜いた。

 

 そして、スターラッシュは白目を剥き。

前のめりにリングに沈んだ。

 

『……とんでもない精度の打撃です。人体で最も硬い部位である肘を、正確に顎に叩き込めば……理論上は、ウマ娘をも倒しきれる、ということでしょう……相手がスターラッシュ選手でも、これです。人間相手なら、初撃でケリがついていた程の攻撃ですよ、これ』

 

『な、なるほど……』

 

『相手がウマ娘だから、この程度で済んでいます。人間が同じ打撃を受ければ……粉々でしょうね、顎は』

 

『うお……』

 

「――肘だってよ、肘」

 

「マジ?そんな簡単に……」

 

「なに言ってんだよ、肘のリーチはパンチの半分以下なんだぞ?簡単なワケあるかよ」

 

 会場で、テレビ越しで、観客の心に驚愕が広がっていった。

人間が、ウマ娘を素手で打倒した……という事実に。

 

 

「――騒がしくなりそうだ、帰るぞ」

 

「うぇ?ヒーローインタビューはしないんスか?」

 

「社長から聞いてただろ?今回はナシだ……ホレホレ、行くぞライ」

 

「う、ウッス!」

 

 周囲の驚愕をよそに、無名とセコンドはリングを下りて歩き出した。

そのまま、よどみない足取りで会場から去っていく。

あまりにも堂々としていたので、観客はしばらくそれに気付かなかったほどだ。

それほど、先の試合は衝撃的だったのだ。

 

 

『あれ、無名選手へのインタビューはないんですか?』

 

『そうなんですよ……一応、これはエキシビジョンマッチですから。代わりに、USC代表から『無名選手が勝利したら』という約束で声明が届いていますので、それを読み上げさせていただきます』

 

 実況が残念そうに言った。

彼とて無名にはとても興味があるのだが、勝利するとは全く思っていなかったのだ。

それが、毎年のことだったから。 

 

『えー……いや、これはあらかじめ無名選手から伝えられていたメッセージのようです。勝利した際に、読み上げて欲しいと』

 

 その言葉に、会場が静まり返った。

あの劇的な勝利を収めた、謎の選手。

それが、一体何を言うのか。

誰もが固唾をのんで注目していた。

 

『「――この勝利を機に、我が流派の名を世に出す。先人が練り上げ、代々受け継いできたその、流派を」』

 

 無名の技。

あれは、どこかの流派のものだったようだ。

それを、出す……という。

つまり、今まで一切世の中に知られていなかったと、そういうことだろう。

 

『「討マ流……それが、名だ」』

 

 ウマを、討つ。

故に、討マ流。

そういう、ことだろうか。

 

 その名に秘められた意思の強さに、誰かが固唾を飲んだ。

 

『「これをもって、俺はU-1に挑戦する」!?そんな、しかしこれはエキシビジョンマッチで……いや、まさか!』

 

 実況が、手元のルールブックを確認する。

ページはどんどんとめくられ、最後に近い部分でその手が止まった。

同時に、実況の背後回ったカメラがその手元を映し出す。

 

 そこには、こう書かれていた。

 

 

 U-1オフィシャルルール

第32条『特記事項』

・エキシビジョンマッチの勝者が人間選手だった場合、当該勝者は、本選トーナメントの出場者として扱うものとする。

 

 

『こ、れは……大変なことになりましたよ!』

 

 実況に続き、会場の至る所から声が上がり始めた。

 

「うおおおおおおっ!!すっげえ!!マジか!!」

 

「今年は荒れるぜ!!」

 

「い、いやいやいや、マグレだろ!?次はどうなるか――」

 

「はァ?マグレでやられるほど格闘ウマ娘は甘くねえって!!」

 

 試合は終了――しかし、この興奮は……まだまだ収まることはなさそうだ。

 

 

・・☆・・

 

 

 東京都府中市、日本ウマ娘トレーニングセンター学園、通称『トレセン学園』

 

 国民的スポーツ・イベントである、『トゥインクル・シリーズ』への出場と、その勝利を目指して日々アスリートウマ娘たちが切磋琢磨する……日本において最高水準の教育機関である。

 

 時刻は、早朝。

未来のスターウマ娘を夢見る少女たちが、寮での朝食を終え校舎へ向かっている。

 

「ねー、昨日のエキシビジョンマッチ見た!?」

 

「見た見た、ビックリだよね!まさか人間が勝っちゃうなんて!!」

 

 アスリートたる少女たちも、普段は年相応。

その話題は、昨晩のセンセーショナルなニュース一色だった。

誰もが友人たちと顔を突き合わせ、興奮して語り合っていた。

 

「な!超カッケーよな!バキーッってさ!!自分よりでっけえ、しかもウマ娘をさ!!」

 

「はいはい、それでそんなに赤い目してんのね……授業中に寝るんじゃないわよ?」

 

 そんな少女たちが歩いて行く、校舎。

寮の真正面にある校門を抜けるとすぐの場所だ。

 

 その門の前に……人影が、3人。

1人は、緑色の制服を着こなした理事長秘書、『駿川たづな』

門を通る生徒たちに、にこやかに挨拶をしながら手を振っている。

 

「たづなさん、おはよ~!」

 

「はい、おはようございます。今日もいい天気ですね」

 

これは、彼女の朝のルーティーンだ。

 

 そして、彼女の傍らに……警備員が、2人。

制服の胸には『USC』、ウマ娘総合警備保障のワッペンが付いている。

1人は、身長2メートル近い長身のウマ娘だ。

まだ幼さが残る顔に、人のよさそうな笑顔が浮かんでいる。

胸の名札には『ライデンオー』と書かれていた。

 

「おはよう、警備員さん!」

 

「は~い、おはよッス~!今日も頑張ってくださいッス、みなさん~!」

 

 もう1人は、身長190センチほどの男性警備員。

警備員らしく鍛え上げた体は、ウマ娘と並んでも何ら遜色はない。

目深に被った帽子の下から、鋭い眼光が覗いている。

年齢は『ライデンオー』よりも何歳か上……20代後半といったところであろう。

こちらの名札には『山田』と書かれている。

 

「お、おはようございます……?」

 

「はい、おはようさん」

 

 女性警備員程ではないが、それでも挨拶をされている。

だが、生徒たちは何故か引き気味である。

 

 そんな彼に、走り寄る足音が1つ。

ピンク色の髪をポニーテールにした、元気のよさそうな少女だ。

 

「けーびいんさん!おっはよ~!」

 

 桜色の目を輝かせ、朝から元気いっぱいな少女。

彼女は、『ハルウララ』といった。

 

「おう、おはようさんウララ。今日も朝から元気だなァ」

 

「わわーっ!?ど、どうしたのけーびいんさん!?」

 

 ハルウララは、彼の様子を見て血相を変えて走り寄った。

その理由は、彼の格好だ。

 

 目深に被った帽子の下……正確に言えば右頬には、大きなガーゼが巻かれている。

そして、右腕には固定装具が装着されていた。

どう見ても、重傷である。

 

「怪我したのっ!?だいじょうぶ!?」

 

 先程までの元気は消え、ハルウララの目元に涙が浮かんだ。

それを見て、男性警備員は笑って答えた。

 

「いやァ~……ハハハ!マンションの階段から転がり落ちちまってなァ。ちょいと飲み過ぎちまったぜ」

 

「そーッスよ、飲み過ぎっス!ウチが送っていくって言ったのに1人で帰るから罰が当たったんスよ~?……ウララちゃんは大人になっても先輩みたいなアホになっちゃ駄目っスよ~?」

 

「え?えぇ~?」

 

 男性警備員は、無事な方の左腕で力こぶを作った。

 

「だが、安心しなウララ!俺ァ最強だからな、片腕でも仕事は超できる、最強だからなァ!」

 

「そ、そっかあ……でも無理しちゃ駄目だからね~!」

 

「おう、任せときな!なんなら左手だけで高い高いしてやろうか!?」

 

「だから無理しちゃ駄目だってば~!もうっ!」

 

 ――トレセン学園の朝は、いつも通り賑やかに過ぎていった。

 

 

・・☆・・

 

 

「(……マジで大丈夫なんスか、パイセン)」

 

「(正直、有給使いてぇよ……痛み止め切れたら発狂するかもしれねえ)」

 

「(結局ウララちゃんを高い高いしといて今更何言ってんスか。アホっス)」

 

「(むぐぐ……)」




討マ流、打ノ型『紫電』

 ・相手の攻撃に合わせ、カウンターで肘を急所に叩き込む技。
  人間相手であれば必殺の威力だが、ウマ娘相手ではタイミングと体捌きがなにより重要。
  それをしくじれば、身体の防御力の差で自滅する。
 
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