トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

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12話 山籠もり、ブライアンを添えて。

「そうだ、山、行こう」

 

 トレセン学園、海辺の合宿所。

その宿直室……ここにいる男性警備員は俺しかいないので実質1人部屋……で、起きるなり無意識にそう呟いた。

……山?なんで山……?

 

 いや、よく考えればそれもいいかもしれん。

今日はオフだし、何より……

 

 ――発表されたからな、俺の……トーナメント2戦目の相手。

 

 

・・☆・・

 

 

 昨日の夜8時きっかりに、それは全世界同時に発表された。

 

 ライはよくわからんウェブ雑誌で、俺はU-1の公式サイトで確認した。

合宿所なので周りには生徒がいる。

俺の正体が開示されたのは、あくまで生徒会メンバーと理事長、それとたづなさんだけだ。

これ以上の大人数に正体がバレるのは不味い。

 

 なので、俺達はこっそりと警備員休憩室に集合した。

 

「パイセン、知ってるッスかこの人」

 

「ああ、名前くらいはな」

 

 タブレットに表示された画面。

そこには、マスクをつけた俺が……なんか無茶苦茶煽ってる感じのポーズで左側に。

 

 そして、右側には。

 

「ひええ、流派まで……いかつい名前っスねェ」

 

 黒髪を短めに切り揃えた、凛々しいウマ娘がいる。

眼つきは鋭く、引き締まった体には一切の無駄がない。

身長のデータは、俺と同程度。

 

(いわお)流空手道 フドウギク』

 

それが、次なる対戦相手の名前と流派だった。

 

「まいったね、どうも」

 

「ぅあ、パイセン的に自信ない感じっすか!?」

 

 自信?自信ねェ……

 

「んなもん、はじめっからねえよ」

 

「ぅえぇ~!?」

 

「当たり前だろ、人間がウマ娘と素手で戦うんだぞ?安牌な試合なんざあるもんか。スターラッシュも、アトヴァーガも……何かが1つでも狂ってたら、負けてたのは俺だよ」

 

 だが、それを念頭においても……

 

「巌流……こことはちいと因縁があってな。どんな流派かある程度は知ってんだよ……そもそもここは人間にもウマ娘にも教えてる流派だしな、道場も多い」

 

「因縁……アレすか、師匠をこう、殺されちゃった……とか?」

 

「バぁ鹿」「あひん」

 

 ライの額にデコピン。

 

「柔術黎明期じゃねえんだぞ、そんなもんはねえよ。師匠はまだ地元でピンピンしてらあ、この前ネット通話したしな」

 

「えぇえ、意外とハイテクッス。深い山奥にひっそり佇んでるんじゃないんすか、道場」

 

「映画の見過ぎだ。普通の地方都市にあるよ……まあ、表向きは普通の空手道場だがな、『貫水流』の」

 

 世界的に有名な空手流派……を隠れ蓑にしている。

俺も、触り程度には技を使えるがな。

 

「ほーん……それで、因縁って何なんスか」

 

「……道場、一個潰した」

 

 一瞬、沈黙が満ちた。

 

「はへぇ!?な、なんでそんな話になったんッスか!?」

 

「うん……まあ、そのな。簡単に言うとだ……武者修行の一環、だな」

 

 師匠から言い渡された、修行方法。

それは……

 

「評判が悪い道場にな、片っ端から道場破り仕掛けてた時期があったんだよ」

 

「パイセンの人生も十分映画じゃないッスか……」

 

 まあ、否定はしない。

 

「評判が悪いってことは、巌流がッスか?」

 

「いや違う、厳密には『その道場』が、評判悪かったんだよ。力を笠に着て暴れたり、近隣住民に迷惑かけたり、技を習ったチンピラがカツアゲしたりなあ」

 

「うげ、クソじゃないっスか」

 

「ああ、だから潰しても心が全く痛まなかった」

 

 今でも思い出す。

あの道場は『人間用』の巌流だった。

 

「普通は道場にかちこんでよ、一番強い奴をぶっ飛ばして終了だったんだが……そこの道場に踏み込んだ時にな、中学生くらいのガキを、寄ってたかっていたぶってたんだよ」

 

「うわ、ウチ生理的に無理っす」

 

 泣きわめくガキの頭を踏みつけ、ゲラゲラ笑っていた道場主。

 

 俺は――土足のまま道場に踏み込むと、まずその道場主に飛び蹴りをぶち込んだ。

道場主だというのに、何の反撃もできなかったそいつは即座に失神。

 

「その後はもう……滅茶苦茶だ。俺的にあいつらは『討マ流』を使用してもいい『人間以外の何か』だったからな」

 

 総勢15人。

全員の骨を折り、特にガキを痛めつけてた連中は関節を破壊した。

俺も相応の反撃を喰らったが……まあ、両拳と肋骨3本、それに鼻が折れたくらいだ。

 

「あの、もしかしてパイセンって前科者……ッスか?ウチ!そういうの気にしないッスから」

 

「気にしろアホ。大丈夫だよ、正当防衛が成立したからな」

 

 近隣住民の通報によって、俺は即座に拘束された。

かなりの騒ぎになったが、決め手は3つ。

 

 1つ、俺は『書類上』白帯で、相手は全員が黒帯だったこと。

 

 2つ、被害に遭っていたガキがそいつらの暴行を訴え、近隣住民もそれを目撃していたこと。

 

 3つ、最終的に向こうが武器を持ち出していたこと。

 

 以上の3つがうまい事作用し、俺は(まず警察を呼べと無茶苦茶、そして死ぬほど怒られたが)無罪放免になったわけだ。

 

「ほーん……じゃあパイセン、巌流相手には楽勝じゃないッスか」

 

「なワケあるかよ。あんな雑魚共、何の足しにもならねえって……技すらロクに使ってなかったし、向こうさんパニック起こして滅茶苦茶だったしな……」

 

 タブレットを持ち上げ、ウマチューブを起動。

 

「お、あったあった。これ見てみろ、これ……俺が潰したなんちゃってと違って、これが本来の巌流だ」

 

 『巌流 稽古風景』という動画をタップ。

再生が開始された。

 

「うわ、なんスかこれ……え、巌流ってマゾの集団かなんか……?」「お前無茶苦茶怒られるぞ」

 

 画面の中に映る、道場の光景。

そこでは……胴着を着込んだウマ娘を、四方八方から竹刀でぶん殴っていた。

 

「俺が潰した連中とは違うぞ、コレが上級の稽古だ。巌流ってのはその名の通り……『防御』を何よりも重視した流派だからな」

 

「えぇえ……なんちゅう原始的な稽古」

 

「よく見ろ、中央のウマ娘を。ただぶん殴られてるように見えるか?」

 

「ええ……んん?あ、なんか小刻みに動いてるッス!」

 

 画面中央のウマ娘。

彼女は、ただ打たれてはいなかった。

 

「『討マ流』と同じだな。打たれる瞬間に打点をずらし、限りなくダメージをカットしてる……そして」

 

『――ッシ!!』

 

「うひゃ!?」

 

 裏拳、肘、肩。

小刻みに動いた彼女は、人体の固い部分で竹刀を破壊した。

空中に、破片が散らばる。

 

「これが、巌流だ。突き詰めた防御はまさに五体を岩と化す、そしてその岩で……」

 

 続いて、運ばれてくるドラム缶。

 

『コォオォオオオオオ……』

 

 息吹。

一瞬の溜め。

 

『――ッチェリヤァアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』

 

 裂帛の気合と共に、まずは正拳突きがニ連打。

続いて、両足のコンビネーション。

右ハイ、そして左ロー。

最後に、もう一度溜めた右正拳。

 

「ひょええぇえ……」

 

 画面の中のドラム缶は、歪にへこんでいた。

 

「な?岩でぶん殴るんだからこうなっちまうわけだ……ありゃ、このねえちゃんってまさか……」

 

 カメラを振り向いた、ウマ娘。

さっきの写真よりかは幾分か若いが……フドウギクだった。

 

『押忍、お疲れ様ス。もう一本お願いするス』

 

 彼女はそう言い、カメラ越しに頭を下げた。

 

「きょ、強敵ッスね、パイセン」

 

 ごくり、とライが唾を飲む。

へえ、さすがに目が肥えてきたかよ、ライ。

 

「ああ、巌流のウリはなんといっても厚い防御。ただでさえ頑丈なウマ娘が、もっと頑丈になっちまうんだから――」

 

「――この女ァ!ウチとキャラが被ってるッス!!」

 

「……ああ、うん、そうだな」

 

 ライに期待した俺がバ鹿だった……。

 

 

・・☆・・

 

 

 というわけで、早朝。

 

「うし、行くか」

 

 荷物を満載した登山リュックを背負い、目の前の山を見上げる。

ここからは登山道だ。

 

 俺は、合宿所から車で10分ほど走った所にある……高くはないが広い山に来ている。

この前は海で稽古したから今度は山……というわけではないが、海よりも周囲の目がない山の方が都合がいい。

色々、試したいこともあるしな。

 

「えーと……ふむ、ふむ」

 

 駐車場に掲示してある地図を確認。

よし、調べた通りだ。

最適の立地だな。

 

「……ム、着いたのか」

 

「俺が言うのも何だがよ、よく眠れるよなお前……荷台で」

 

 愛車の荷台からむくり、と起き上がったウマ娘。

鼻の頭にテープを貼り、黒髪をポニーテールに纏めた……顔見知り。

 

 そう、朝出かけようとしたら何故か駐車場にいた……ナリタブライアンである。

なんか……『休みだからロードワークついでに来た』とか言って……ついて来ちゃった。

マイペースすぎるだろ。

コイツの合宿所、20キロは離れてるんだが。

 

「ヤマダ、荷物はこれでいいのか」

 

 荷台からもう一つのリュックを背負うブライアン。

 

「ああ、そうだが両方俺が持っていくつもりだから気にしなくても……」

 

「構わん。いい加重トレーニングになる」

 

「あっそう……」

 

 まあ、いいか。

それにしても……

 

「休日なんだから遊びに行きゃあいいのによ、花の女子高生」

 

「今日は姉貴と休みが合わなかったからな、予定がない」

 

「お姉ちゃん以外と遊びに行きなさいよ……ホラあの子、なんて言ったっけな……たまに一緒にいる……ま、マジンカイザー……?」

 

「……まさかとは思うが、マヤノトップガンか?」

 

「そうそう!マヤノちゃんだ!」

 

「アイツとはそんなに仲がいいわけじゃない……ヤマダ、アンタひょっとしなくても名前覚えるの苦手だろう?」

 

 な、なにを仰る。

俺はトレセン学園の敏腕警備員だぞ?

そ……そんなわけあるかよ。

 

「マヤノとよく一緒にいる、ツインテールのウマ娘の名前は?マーベラスマーベラスうるさい奴だ、知っているだろう?」

 

「あー……ま、マーベラスサタデー!」

 

「そら見たことか」

 

 えっ違うのかよ!?ちょっと、正解を教えてくれ!オイ!

呆れたように笑うブライアンを追い、登山道に足を踏み出した。

お前先に行くなよな!!

 

 あ、今更だがライは今日いない。

急な出張と言うか、俺と時間差で事情聴取の為に支社に呼び出されたんだ。

この世の終わりみたいな顔をしてバスに乗って行ったな……戻ってきたら美味いもんでも奢ってやるか。

 

 

 登山道を上ることしばし。

山の中腹にある、目的の場所に着いた。

ちょいとした川の近くにある、開けた場所だ。

川からも、山からも程よく離れている。

山全体として言えば、5合目って所かな。

 

「意外と早く着いたな」

 

 さすがはブライアン、息一つ乱すことなく俺と同じペースで歩いてたな。

サラブレッドウマ娘は持久力が苦手分野だというのに……これも才能という奴か。

 

「ヤマダ」

 

「おー?」

 

 荷物を下ろし、テントの準備をする。

今晩はここに泊まる。

明日は夜勤なので、時間に余裕があるのだ。

 

「私はまだ朝飯を食っていないんだが」

 

「ほーん……はぁ!?お前バ鹿!そういう大事なことは早く言えってんだよ!!」

 

「む、む?」

 

 慌ててもう一つのリュックをひっくり返す。

テントなんざ後だ、後!

 

「お前の飯の面倒は全部見てやるから、とりあえず適当な!乾いた!木の枝を!拾えるだけ拾ってこい!!」

 

「……言っておいてなんだが、随分本気で飯を食わしてくれるんだな、ヤマダ」

 

 なにちょっとびっくりしてんだよ。

 

「当たり前だろお前……将来有望なアスリートウマ娘だろうが。そんなウマ娘にひもじい思いをさせるわけにはいかねえだろ」

 

「う、お、おう……」

 

 なにか釈然としないような顔をしつつ、ブライアンは林の中へ消えていった。

まったくもう……飯を食わずしてコンディションが発揮できるもんかよ。

 

 河原に行き、よさげな石を適当に集める。

それを、テント予定地まで運び……竈を組む。

今回はうまいこと組めたのでこのままでいいな。

いいのがないと泥で隙間埋めたりしないといけないからなあ。

 

 師匠に適当な山に放り込まれまくっていたので、キャンプというかサバイバルには慣れっこだ。

今回みたいに準備万端なら、イージーモードだな。

 

「よっこいしょいー」

 

 食料品と調理器具を入れているリュックを開け、物色。

俺は、こういう場合にはちょいと遭難しても大丈夫なように余裕をみまくって物資を用意する。

ブライアン1人増えた所でビクともせんわ。

……オグリ2人くらいだと厳しいがな。

 

「とりあえず、キャンプの朝飯といえばベーコンエッグだな」

 

 あと、山盛りのキャベツ。

俺はそのまま齧ってもいいが、それだとブライアンは絶対食わない。

ハヤヒデに頼まれてるからな……しっかり野菜も食わさんと。

 

「ヤマダ、とってきたぞ」

 

 ブライアンが業者くらいの量の薪を持って帰ってきた。

さすがウマ娘、運搬能力がダンチだ。

 

「よーしえらいぞブーちゃん、褒美に秘蔵のベーコンを喰わせてやる」

 

「だから!その名で呼ぶな!!」

 

 やめろお前!鋭利な枝を投げるのはやめろや!!

正直すまんかった!!

 

 

「ホレ食えブライアン、山田特製ベーコンエッグ&キャベツサンドのセットだ。キャベツサンドもしっかり食え、美味いから」

 

「ン」

 

 テーブルを用意し、調理した朝飯を並べる。

ブライアンはおとなしく座っている。

やっぱ素直だろコイツ。

指摘したらキレそうだから言わんけどな。

 

「美味いか?」

 

「ン」

 

 リアクションは薄いが……俺にはお見通しだぞブライアン。

尻尾がブンブン動いているからな!

 

 さて、俺も食おう。

ブライアンとは違うメニューだが、仕込んでおいて助かった。

 

「んむ……ヤマダ、それはなんだ」

 

「あ?鶏ムネ肉のチャーシューと煮卵、それと山盛りのキャベツだけども……食うか?アッサリ目だけど」

 

「ン」

 

 チャーシューと煮卵を分ける。

山盛りのキャベツは……まあ、勘弁してやろう。

キャベツサンド食ったしな。

 

「美味いだろ?ハヤヒデにレシピ送っといてやるから作ってもらうといい」

 

「ン」

 

 コイツ食ってる時むっちゃ無口だよな。

だけど、食ってる姿がなんというか……真剣でとてもよい。

無限に飯を食わせたくなる。

 

 

「じゃあ、俺はずっとここにいるからな。寂しくなったいつでも戻ってきてもいいぞ」

 

 朝食後、片付けを済ませてしばし休憩。

お互いに別行動ということになった。

ブライアンもただぼーっとするのではなく、ちゃんとロードワークをするとのこと。

レース関係はマジメなんよなあ、コイツ。

 

「私を幼児か何かだと思っているのか?」

 

 俺をジト目で睨み、体操服のブライアンは登山道の方へ消えていった。

自分用のナップザック持ってるから、着替えはあるみたいだな。

水分補給用の水筒も貸したし、まあ大丈夫だろう。

 

「さてさて、稽古だ」

 

 ブライアンが消えたのを確認し、テントの中で着替える。

空手着に酷似した……というかほぼそのまんまの胴着へ。

 

 しかし、俺一人だけで来るつもりだったが……来たのがブライアンでよかった。

俺が『無名』だって知ってるし、気を遣わずにこうして稽古ができる。

この場所は穴場だし、今日は平日。

誰か来ることもないだろう。

 

「ふう、気持ちいい」

 

 ざぶざぶと川に入り、中頃まで歩く。

そこには、一抱えくらいの岩があった。

 

 しばし、そのまま待つ。

俺という異物が入って来て逃げ去っていた魚たちが、元の場所に帰ってくるまで。

 

「コォオオ……」

 

 ゆっくり息を吐き、右手を掌の形にして腰まで引く。

反対に、左手は突き出す。

 

「ふぅうう……ッハ!!」

 

 岩に向け、足先から螺旋の動きを連動させた掌打を放つ。

それが岩に触れた瞬間に、引きつつ左掌を突く。

 

 ぱぱぁん、といい音が川面に響いた。

 

「すぅうう……ッハ!!」

 

 もう一度。

 

「――鋭ッ!!」

 

 もう一度。

 

「――破ッ!!」

 

 同じ場所に、同じような威力で。

渾身の力を通すように、何度も何度も。

 

 『討マ流』の打撃、その基本形……『(とおし)』と呼ばれる技法だ。

 

 ウマ娘の、それも格闘ウマ娘の体は……人間のそれよりも当然ながら頑丈。

武器でぶん殴ったり、銃で撃つならともかく……素手で効果的なダメージを与えるのは難しい。

肘を使用する『紫電』などは通用するが、それも場所を選ばなければこちらが破壊される。

よって、衝撃を体の表面ではなく、『内部』へ『通す』必要がある。

それが、『通』だ。

中国拳法などでは『浸透勁』とも呼ばれる技術。

 

 べつに、魔法みたいに触れもせずに破壊を行うわけじゃない。

体移動と重心の力によって、相手の内部まで衝撃を届けるだけだ。

 

「……フドウギクがこの岩なら、楽なんだがなあ」

 

 当然ながら、戦闘においては自分も相手も動く。

こんな風にどっしり、ゆっくり準備ができるならいいが……実戦においてそれはあり得ない。

アトヴァーガに勝った時のように、疑似的に相手の体を止めてやらねばならない。

 

「巌流の攻撃をかいくぐって、なおかつそれを決められるか」

 

 次の試合は、それに尽きる。

他にも色々技を用意するが……苦しい戦いになるだろうなァ。 

 

 まあ、もっとも。

 

「苦しくない戦いなんざ、ねえが」

 

 自嘲しながら構え直し、再び打突の体勢に入る。

 

「ッハァ!!」

 

 再び、川面にぱぁんといい音が響いた。

 

 

「大漁だな」

 

「おー、お帰り」

 

 焚火で冷えた体を温めていると、少し疲れた様子のブライアンが帰ってきた。

しっかりロードワークを済ませてきたらしい。

 

 ブライアンは、焚火に当たる俺……ではなく、串に刺さってじゅうじゅう焼かれているヤマメに注目している。

その数、15尾。

 

「釣竿はなかったが、手掴みか?」

 

「アレめんどいんだわ。これはな、岩をぶん殴って気絶させたやつ」

 

「……それ、禁止されている漁法じゃなかったか?」

 

「お、詳しいなブライアン。ハンマーを使うガッチン漁はたしかに禁止されているが……『手で岩をぶん殴る漁法』は禁止されていない!」

 

 想定してないだけだろうけども。

 

「アンタ以外はできないだろう、それ」

 

「どうだかなあ……少なくとも衝撃って意味なら、U-1の出場選手なら全員できるだろうな」

 

 純粋な破壊力でな。

当たらなかったが、スターラッシュのパンチはまさに『ハンマー』パンチだったし。

 

「そんなことよりブライアン、腹減ってないか?」

 

「減っている」

 

「だろうと思った。もう昼時だし、ヤマメ食うか?こっちがそのまんまのヤツ、こっちが味噌塗って焼いたヤツだ」

 

「食う」

 

「はいよ、とりあえずプレーンの方。熱いから気をつけな」

 

「ン」

 

 ブライアンはシートに座り、俺の渡したヤマメに背中から齧りついた。

 

「ンム……野菜」

 

「はらわたを抜いて、代わりに醤油で和えた玉ねぎを詰めたんだ。脂が沁み込んで美味いだろ?」

 

「マズくはない」

 

 はっはっは、正直な奴め。

 

「食え食え、たらふく食って強くなって、殿堂入り並の記録を作って……『俺ァあの娘に飯を食わせてやったんだ』って自慢させろよな~」

 

「ふん、勝手にしろ……ヤマダ、それは?」 

 

 煙を上げる段ボールが気になるらしい。

 

「こっちは仕込んでいる最中の燻製だ。中身はチーズとヤマメとウインナーだ」

 

「……今食えないのか?」

 

「これは晩飯なんだが……ああもうそんなにションボリすんなよ仕方ねえなァ……クーラーボックスに生ウインナーがあるから焼いてやるよ~」

 

「ン」

 

 まったくもう……末っ子気質が沁みついてやがんな、コイツ。

ま、いいけどよ。

 

「だがこの俺特製トマトジュースもしっかり飲むんだぞ」

 

「ンゥ……わかった」

 

 カリカリが気に入らない犬かお前は。

ウマ娘なんだかイヌ娘なんだかわからんなァ。

タイキとは別の意味のイヌ娘だ。

 

「あ、お前晩飯食ってたらさすがに遅くなるからな。持たせてやるから持って帰れよ?早めに出発すりゃ、俺のいた合宿所に明るいうちに到着するだろ」 

 

「……?」

 

 おい、なんだその顔。

お前まさか……

 

「……ここで泊まる気、か?」

 

 恐る恐る聞くと。

 

「いけないか?」

 

「駄目に決まってんだろお前アホか!テント!……は広いけど、寝袋!……の予備はあるけど……いやいやいや、そうじゃなくてだな!」

 

 俺の準備の良さが恨めしい!

 

「お前!女子高生!!俺!成人男性!!一緒のテントで寝るのは不味いだろうがよ!!」

 

「……???」

 

 お前その顔やめろや!!

なにコイツ、情緒小学生か!?

 

「ンギィイイイイ!!!!」

 

 山田、怒りの短縮発信。

しかる後、聞き馴れた声。

 

「『はい、ビワハヤヒデです』」

 

「――お姉ちゃぁあん!お前んちの教育どうなってんのォ!?!?」

 

「『や、ヤマダさん!?いきなりどうしたんだ!?』」

 

「どうしたもこうしたもあるか!俺はブライアンの行く末が心配でしょうがねえよ!!かくかくしかじかで――」

 

 状況をざっと説明する。

 

「『……ふむ、確かにそれは問題だ。男女間のソレはしっかりと教えておく必要がある』」

 

「だろォ!?っていうかそこは教えとけよ!小学生くらいの時に!!」

 

「『――しかし、世間一般の男性と違って……ヤマダさんなら問題ないと思うが』」

 

「アアアアアアアアアッ!!ビワータスお前もか!?」

 

 俺に対する全幅の信頼はなんなんだよ!?!?

俺を聖人君子か何かだと思ってらっしゃる!?!?

 

「そうだぞ姉貴、ヤマダはサラブレッドウマ娘が好きで好きでどうしようもない男だからな。私に変なことはしないだろう」

 

「『フム、自明だ』」

 

「フムじゃねえよお前……頭いいのにポンコツかよお前」

 

「『誰の頭が――』」

 

「デカくねえ!髪の毛がフワフワでボリューミーだからデカく見えるだけ!!むしろ比率的に言えばお前さんはモデル体型だよ!!ナイスバディだよ!!前にも言っただろ自信持て!!美人なんだから!!」

 

「『そ、そうか……その、ヤマダさん、ブライアンをよろしく頼む。そ、それでは少し忙しいので失礼するよ』」

 

「おい待て失礼すんじゃねェ!!ウッソだろ切りやがった!?」

 

 ……嘘でしょ。

それでいいんかよ、お姉ちゃん。

 

「な?大丈夫だったろう?では私は……そのピンクの寝袋を使わせてもらう」

 

「……おう、もう好きにしな、こうなったら死ぬほど食わせてやるからな、晩飯が入るようにしっかり運動しとけ」

 

「ン。それは楽しみだ」

 

 人の気も知らねえで、楽しそうなこったよ。

……仕方ねえなあ、もう。

 




【ナリタブライアンのヒミツ】
・実は、ビワハヤヒデより後で名前を覚えられていたことに少しイラっとした。
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