トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

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13話 猪は物理で殺せる、豆知識な。

「では、行ってくる」

 

 昼飯を食い、満足した様子のブライアンが再び山へと向かっていく。

 

「おう、行ってこい行ってこい。うんと腹減らして帰ってこいよな」

 

「ン」

 

 もう知らん、こうなったらもう知らんぞ俺は。

肉親の許可?も取れたし……これ以上考えないことにする。

 よく考えたら、トレーナーと宿泊するようなもんだな。

……そう思おう。

 

「さて、晩飯はどうしてやろうかな」

 

 燻製だけじゃ絶対足りないし、こうなった以上はしっかりした飯を食わしてやろう。

調味料や薬味は山ほどあるし……魚をもっと調達すべきかな。

ここら辺のヤマメは、いいサイズを取りつくしちまったからな……下流に向かうか。

さほど急角度じゃないので、川に沿って下山方向へ向かおう。

こうなってみると、釣竿の一つでも持ってきたらよかったな。

 

『~♪』

 

「む」

 

 携帯に着信。

なんだ、ハヤヒデか?

 

「はいもしもし、山田です」

 

『山田さん、私だ』

 

「お前は……シンデレラグレイ!」

 

『オグリキャップなんだが?』

 

「うんわかってる。で、どうしたんだ?」

 

 珍しいな。

てっきりライあたりが泣き言電話してきたんかと思ったぞ。

 

『今、宇摩山の駐車場にいるんだが』

 

 ……ここじゃねえか。

 

『山田さんの車が停まっているのに気が付いたんだ。遊びにきているのか?』

 

「ああ、休日なんでキャンプをな。そういうオグリはどうしたんだ?ここって結構合宿所から離れてるんだが」

 

『私も今日は休みなんだ。だが、特に用事もなかったので……散歩がてらロードワークをしているんだ』

 

 はー……ウマ娘の散歩ってスケールでけえよな、みんな。

ブライアンも20キロ走った後に山登りしているし。

 

「俺は山の中腹にいるんだよ、テント貼ってるからすぐわかるぞ。もしも登山でロードワークするんなら、休憩所にしていいぞ」

 

『いいのか?』

 

「いいよいいよ、昼飯のヤマメが残ってるから腹減ったら食ってもいいぞ」

 

『――すぐに向かう』

 

 即断即決が凄い。

まあいいか、別に。

今更だ。

稽古はヤマメを獲りに行くときにやろう。

おっと、胴着から普通の服に着替えておこうか。

 

 しばらく待っていると、地響きに似た足音が聞こえてきた。

急ぎ過ぎだろ、そんなに腹減ってたのか。

 

「……来たぞ、山田さん」

 

 ゼイゼイ言ってるじゃねえかよ、子供か。

……うん、年齢的には子供だな。

 

「おう、らっしゃい。ホレ、冷やしニンジンと麦茶」

 

「ああ、ありがとう!」

 

 いい顔するじゃん、やっぱりウマ娘には笑顔だな。

嬉しそうな顔をするもんで、無限に飯が食わせたくなるんだよなァ。

特に困っていないが。

 

 火が残っているので、ヤマメを温め直しておく。

 

「オグリ、こっちが塩だけの方……んで、こっちが味噌な。この段ボールは仕込み中の燻製だからまだ食うなよ、腹壊すぞ」

 

「とてもいい匂いがする……残念だ」

 

「そうだろうそうだろう、燻製以外は遠慮せずに食えよ。今から追加を捕まえてくるからな」

 

「わかった!」

 

 いいお返事。

素直でいいねえ、ブライアンも素直だし……トレセンの子たちはみんな素直ないい子ばっかりだ。

 

「あ、俺は川に行ってくる。山の方にはブライアンもいるから、会ったら仲良くしなよ」

 

「めめむ、もも、も(ああ、わかった)」

 

 食い始めるのが早ェなあ。

頭から丸ごとか……無駄のない食い方だ。

 

「じゃあな、何かあったら電話してくれ」

 

「もごごごご」

 

 無心にヤマメにかぶりつくオグリを見つつ、川の方へ向かうことにした。

 

 

・・☆・・

 

 

「まあ、こんなもんかなあ」

 

 川に沿って下山し、淵のような場所を見つけたのでそこで魚を獲った。

やり方はさっきと一緒、手ごろな岩をぶん殴って衝撃を『通し』て気絶させる。

……ちょっとやり過ぎて岩が欠けちまったが、まあ許容範囲だろう。

 

 獲ったヤマメはナイフではらわたを取り除き、笹の葉に通してまとめた。

それを何個か作り、合体させて……流されないように岩に固定して川の水に晒しておく。

これで生臭さも取れて鮮度も保てるってもんだ。

 

「さて」

 

 獲るものも獲ったので、淵の中央に進む。

深さは、俺の胸あたり。

 

「コォオオオ……」

 

 軽く腰を落とし、水中で拳を握る。

 

「ッハァ!!」

 

 右正拳。

 

「ッセィ!!」

 

 左正拳。

それを繰り返す。

突き出した拳圧が、水面に波を立てる。

 

 水中での鍛錬は効果的だ。

圧力があるので筋力のトレーニングにもなるし、地上よりも体にかかる反動は小さい。

 

 懐かしいなあ……師匠に足腰に重りをつけられて滝壺に沈められたなあ。

……全然いい思い出じゃねえ!!

死にかけたのまで付随して思い出しちまった!!

 

 その後も、手技を繰り返す。

正拳、裏拳、貫き手、手刀、肘打ち。

ほぼ水中にいるにも関わらず、顔から汗が噴き出す。

 

 しばし続け、休憩。

大きく何度か深呼吸し……足を進める。

深い部分へ踏み込み、頭も沈んだ。

 

 水中で薄く目を開き、無呼吸で連打を放つ。

息が続かなくなる、ギリギリのタイミングまで。

 

 これは、どちらかというと精神的な鍛練だ。

戦闘中に息が苦しくなったからといって、相手は待ってくれない。

それどころか、それを攻め所として嬉々としてかかってくるだろう。

だから、耐える。

根性で、殴る。

技術や駆け引きを越えた最後の部分……それが、根性だ。

 

「ぶはぁっ!!」 

 

 ちょっと頑張り過ぎて死にそうになったので、岸へ帰還。

クールダウンだ。

 

「はー……」

 

 河原に腰を下ろし、森の空気を吸い込む。

ああ、いい時間だ……

いつもみたいに賑やかなのも嫌いじゃないが、こうして1人で腰を落ち着ける時間も大事だな。

 

 巌流……さて、どう戦ったものか。

あの映像の中の、今よりも若いフドウギクでさえ……かなりレベルの高い防御性能だった。

もちろん、格闘ウマ娘特有の頑強さもある。

その、鉄壁の防御をどう突破するか。

目を閉じ、イメージトレーニングをする。

 

「俺の取れる手段は3つ、いや2つだな……『断頭』からの『鷲羽』はレギュレーション的に絶対駄目だ」

 

 あっぶね、1つは禁じ手フルコースだった。

使った瞬間に反則負けが決定するわ。

となると、2つだな。

『通す』か、それとも……『壊す』か。

 

 どちらにせよ……『楽しい試合』になりそうだ。

 

 河原に寝転び、しばし休憩。

目を閉じると、様々な音が耳に届く。

マイナスイオン、万歳だ。

 

 川のせせらぎ。

 木々のざわめき。

 鳥の声。

 そして悲鳴。

 

「……んん!?今のなんだ!?」

 

 明らかに人間の……女の悲鳴だ。

こんな明るいうちから心霊現象もないだろうし……

 

 ――耳を澄ます。

 

「~~~!!~~~~ッ!?」

 

 やはり聞こえた!

これは、生きてる人間の悲鳴!

 

 跳び起きて、周囲を見渡す。

悲鳴は……林の奥!登山道の方向!!

それを確認し、茂みに向かって飛び込んだ。

 

 

「にゃああああああっ!?こっ!こっち!こっち来んなやアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」

 

 林を真っ直ぐ突っ切り、登山道に出た。

すぐ下の方から、聞き馴れた声が聞こえてくる。

 

 悲鳴と、足音……それに続いて、人間とは違う、四足獣の足音!

 

「――タマモクロスッ!そのままこっちへ全速力で逃げてこい!!」

 

 姿は見えないが、もう近くまで来ている。

俺の目の前にある、曲がり角の向こうだ!

 

「はひゃあっ!?やま、山田はん!?」

 

 いつもと違い、半泣きの声が返ってきた。

 

「大丈夫だ落ち着け!人間ならともかく、ウマ娘の走力なら問題ないはずだッ!!」

 

 言いつつ、構える。

この山に……この地域に熊はいない。

鹿は、人間をこんなにまで執拗に追わない。

野犬は、基本的に群れで行動する……あの足音は単騎だ。

だから……導き出される答えは、猪。

 

「山田はぁん!!」

 

 曲がり角から、タマモクロスが飛び出してくる。

顔面は蒼白、必死の形相だ。

 

「――俺の後ろへ抜けろッ!!」

 

 怒鳴りつつ、半身で構える。

 

 猪……猪突猛進という言葉があるように、直線の軌道で爆走する生き物だ。

だが、急停止もできる。

性格的に、直進することが多いというだけだ。

 

「アカンて!人間がどうこうできるモンやあれへんっ!!」

 

「うるせえっ!子供がいらん気回すんじゃねえッ!!」

 

 俺の立ち方を見て何をするか悟ったんだろう、タマモクロスの速度が緩む。

 

「速度を落とさず走り抜けろバ鹿!!突進をまともに喰らったら、ウマ娘の足でもへし折れるぞッ!!」

 

「せ、せやけどォ!?」

 

 タマモクロスに遅れること、数秒。

 

「ブキィイイイイイイイイッ!!」

 

 彼女を追って、やはり猪が姿を現した。

――でかい、しかもオスか!!

まだ発情期には早いってのに、一体なんでこんなに興奮してんだ!?

 

 まずいな……ビックリしただけの猪なら、何度かやり過ごせば落ち着いて逃げていくが、ありゃ無理だ。

口元から泡を吹いている。

極度の興奮状態だ。

 

「山田はんっ!逃げてェな!!」

 

「――走り抜けても止まるな!俺のことは気にしなくていいっ!!」

 

 その小さい体からは想像もできない速度で、タマモクロスが横を走り抜ける。

 

「俺はなァ――ヒグマと戦ったこともあるんだぜッ!!」

 

 止まった俺と、走る猪。

時速40キロ以上で走ることもある猪に、これくらいの距離は零に等しい。

瞬く間に、体当たりの間合いに入るだろう。

 

「ブギィイ!!ピギィイイイイイッ!!」

 

 息を、吸い込む。

 

「―――来いやあアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 威嚇にもひるまず、猪は俺への直撃コースをとる。

見た所、体重は100キロ前後……大人のオス。

俺ならば突進を躱すことはできるが、そうするとタマモクロスがまた追われるかもしれん。

そうなった場合、俺の、人間の足では追いつけない。

タマモクロスの足なら振り切れるだろうが、パニック状態では追いつかれてしまう恐れがある。

 

 猪の牙は鋭く、皮膚を容易く突き破る。

噛む力は、指くらい簡単に噛み千切る。

そして突進の威力は……車を半壊させるほどだ。

あの子を追わせるわけには、いかん。

 

 ――猪よ……お前には悪いが、死んでもらうぜ。

 

「コオォオオオ……」

 

 息を吐き、タイミングを計る。

 

 猪や熊の頭蓋骨は、固い。

角度によっては銃弾を弾くほどだという。

真正面からバ鹿正直にぶん殴れば、当然人間が負ける。

格闘ウマ娘でも、どうかという所だろう。

 

「ブギイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!」

 

 どけ、と言っているのだろうか。

口から泡を飛ばし、猪が吠えた。

もう、距離はない。

 

 猪が身を低くし、弾丸のように突っ込んでくる。

 

 それに対し、俺は――僅かに左へ身を躱して踏み込み。

 

「――じゃッ!!」

 

 その前足の膝関節に、踏み折る軌道で右の下段蹴りを叩き込んだ。

 

「ブギャアアアアアアアアアッ!?!?!?」

 

 自身の加速力と、俺の蹴り。

その力が一点に集中した結果――関節は逆方向に折れ曲がる。

悲鳴を上げ、地面に倒れて滑る猪。

それを追いかけ――

 

「――るぅう、あっ!!!!」

 

 横倒しになった猪の目の下に、もう一度下段蹴り。

衝撃に、首が下がる。

 

「お、おおおおっ!!!!」

 

 地面を踏み切って跳び、その首に右膝を落とした。

跳躍と、俺の体重。

それらが、首の一点に集中する。

 

 ごぎ、と嫌な感触が足を通じて俺に伝わった。

そのまま、足を外さずに押さえつけ続ける。

首に致命的なダメージを受けても、しばらく猪はもがき続けた。

 

「ッギィ!?……イィ、イ、ィ……」

 

 しばらくそうしていると、猪の動作が緩慢になり……やっと動きを止めた。

目から、光が消える。

 

 ……死んだ、な。

 

「ッシ!!」

 

 駄目押しに、離れながら首に蹴り。

……もう動かないな、良し。

 

「ふぅうう……しんど」

 

 息を吐くと、全身に汗が噴き出した。

川の水に浸かって冷えていたハズの体が、かなりの熱を持っていた。

 

「っや、山田はん!山田はーん!!」

 

 俺の言いつけを守って遠くまで逃げていたタマモクロスが、走って戻ってきた。

おお、速い速い。

 

「よお、タマモクロス。災難だったなァ……なんでこんなのに追われてたんだ?」 

 

「そ、それがウチにも何が何やらわかれへんねや!!オグリがここにおるっちゅうたから見に来たんやけど……登山道を登り始めてすぐに、いきなりコイツが脇から出て来よって……」

 

 ありゃりゃ、そいつは本当に運が悪かったんだなァ。

 

「ホンマ、死ぬかと思ったわ……あ、あれ?」

 

 タマモクロスは俺の前まで来ると、不自然にストンとしゃがみ込んだ。

いや、これ……腰が抜けてんな。

 

「う、うせやろ、立たれへん……なんでェ?」

 

「緊張が解けて、一気に安心したからだな。よく頑張って逃げたなァ、えらいぞタマモクロス」

 

 しゃがんで、頭をポンと叩いた。

 

「う、うん……」

 

 今になって怖さがやってきたのか、顔色が悪い。

ここに置いとくわけにはいかんなあ。

 

「ホレ、とりあえず俺のテントまで連れてってやる……おぶさりな。ここからならすぐだ」

 

「う、うん……おおきに」

 

 タマモクロスが肩に手をかけたので、ひょいと背負う。

 

「ひゃわ、わ」

 

「かっる、お前軽いなァ。もっと飯食え、飯」

 

 まだ震えるタマモクロスをおんぶする。

 

「山田はん、ほんま……おおきに」

 

「なんのなんの、俺ぁトレセンの警備員だからな。将来有望な生徒を助けんのは当り前さ……怖かったろうによく頑張ったなァ、えらいぞ~タマちゃん」

 

 小さい子にするように揺すって上にずらし、テントに向かって歩き出した。

 

「子ども扱いせんといてーな!」

 

「はっは、俺より年上になってから言うんだなァ」

 

「無理やんけ!」「はっはっは」

 

 

・・☆・・

 

 

「今度はウマ娘を捕まえて来たのか、ヤマダ」

 

「タマじゃないか、どうして山田さんにおんぶされているんだ?」

 

 テントまで帰ってくると、丁度登山道からブライアンとオグリがやってきた。

無茶苦茶汗かいてるな……競争でもしてたのかね。

 

「山に入ったとこで猪に追いかけられてしもてな……山田はんに助けてもろうたんやけど、腰が抜けて……」

 

「猪が出たのか!山田さんは大丈夫なのか!?」

 

「ピンピンしてらァ、俺ァ無敵だからよ」

 

 慌ててオグリが駆け寄ってくる。

 

「タマ、怪我はしていないか?」

 

「う、うん大丈夫や、ウチは逃げてただけやさかいに……むわーっ!?揉み過ぎや!ウチは餅とちゃう!!」

 

 おんぶされたままのタマモクロスを、オグリがペタペタ触っている。

そして、触り過ぎて怒られたようだ。

はは、そんだけ怒れりゃあ大丈夫だな。

 

「おっとオグリ、そのへんにしといてやってくれ。ブライアン、スマンが焚火の前にシートを敷いてくれないか」

 

「ン」

 

 ブライアンが敷いてくれたシートに、タマモクロスを下ろす。

……ふむ、少し顔色が戻ってきたな。

 

「落ち着くまでここでゆっくりしときな」

 

「う、うん……」

 

 頭を撫でてから、リュックを漁ってスマホを取り出す。

えーと、電話帳電話帳……

 

「オグリとタマモクロスって、北井トレーナーの担当だったよな?」

 

「む、そうだ」

 

 だよな。

ウマ娘は大量にいるが、トレーナーはそれより少ない。

覚えるのはちょっと楽だ。

 

 何度かコールすると、お目当ての人物が出た。

 

『北井だ』

 

 相変わらず渋い声だぜ。

北井トレーナーは、少々恰幅のいい壮年の男性だ。

かなりのベテランで、今までの教え子にはG1バも何人かいる。

見た目は迫力があって威圧感があるが、話してみると物静かだがいいおじさんだ。

 

「どうも、山田一郎です。北井トレーナー、実は……」

 

 手短に、今までの顛末を伝える。

あ、猪を殴り殺したことは改変して、避けたら崖下に転落して死んだ……ということにした。

嘘臭いが、『正面から足と首をへし折って殺しました』よりかは信憑性があると思う。

 

『タマは大丈夫なんだな?』

 

「ええ、少しショックを受けていますけど外傷はナシですよ。少し休憩したら元気になるでしょう」

 

『そうかそうか、そいつは重畳。手間をかけてすまんな、山田クン』

 

「お気になさらず、ウマ娘を助けるのは当然のことですので」

 

『相変わらずのウマコンぶりだなあ……しかし、本当にありがとう』

 

 おい!これスピーカーモードなんだから変な事言わないでくれよ!!

オグリたちの視線が痛いぞ!!

 

「……というわけなんで、こちらで面倒見ますね。飯とか食わせて帰しますので」

 

『何から何まですまんな、また改めて礼をする……申し訳ないが今は出張中でな』

 

 あ、北井トレーナーって合宿所にいねえのか。

忙しいねえ、トレーナーってのは。

 

『会議が終わったら、こちらから2人に連絡を取るよ。本当にありがとう、山田クン』

 

「いえいえ~」

 

 声の調子がかなり心配してたな、あの人もいい人だねえ。

俺のことウマコン呼ばわりするが、トレーナーって人種はほぼウマ娘のこと大好きだろ。

 

「山田さん、トレーナーが言っていた『ウマコン』というのは――」

 

「――オグリ!ブライアン!タマモクロスを頼んだぞ~!俺は放置していた諸々を取りに行ってくるからな~」 

 

 オグリの無垢な質問はキャンセルだ!!

それに……早くしないと『鮮度』が落ちる!! 

 

 

・・☆・・

 

 

「おーい、帰ったぞ~」

 

「おかえんなさい、山田は……うわでっか!?改めて見るとでっか!?」

 

 2時間ほど経ってテントに戻ると、すっかり元気になったタマモクロスが悲鳴を上げた。

まあ、俺の背負っているものを見たからだろうな。

 

 俺は、さっき仕留めた猪の……解体した肉を背負っている。

放血させて川で洗い、内臓や皮などの不要部分を除去したものだ。

肉屋の天井からぶら下がってる、あの状態だな。

寄生虫などがモリモリいるので、基本的に内臓は食わない。

 

 除去した部分は山に穴を掘って埋めてきた。

そこら辺に放置しとくと虫が湧いたりして大変だからな。

解体用の大型ナイフ、持ってきておいてよかった。

 

「おお!凄いな山田さん!!」

 

「猪か、食ったことはないが……美味いのか?」

 

 食う気満々だな、ブライアンよ。

 

「死んですぐに血抜き処理をしたからな。今は発情期でもないし……美味いぞ~、絶対」

 

「ほう」「そうなのか!」

 

 肉食系の2人は揃って目を輝かせた。

タマモクロスは少し複雑そうだな……まあそうか、目の前で死んだんだし。

 

「タマモクロス、こうなったらただの肉だ。食って供養すんだよ、んで、この肉でもっともっと強くなりゃいいんだ」

 

「……うん、せやな」

 

 ……あ、そういえば思いっきり戦っちまったな。

どうしよう……あの場合じゃ仕方ないとはいえ、普通の人間と言い張るには厳しいぞ。

……ま、なるようになるか。

無我夢中だったとか言い訳しよう、突っ込まれたら。

 

「オグリー、そっちのリュックから鍋出してくれ。ブライアンはもう一つのリュックから味噌のツボ出してくれ」

 

「わかった!」「ン」

 

 食い物……特に肉のこととなると素直だな、ブライアン。

オグリは平常運行だが。

 

「山田はん、ウチも手伝うで!」

 

「うーい、じゃあタマモクロスにはこのヤマメの群れに竹串を打ってもらおうかな」

 

「うわ多ッ!?えらいつかまえたなあ……まかしとき!あとタマでええで!!」

 

 こうして、俺達はそれぞれ動き出した。

 

 

「猪は野生動物だからな、そういう生き物を食う時はとにかく加熱しなきゃヤバい。というわけでナゴヤトレセン直伝の味噌を使って味噌鍋にした……オグリ!ブライアン!ステイ!お前ら5秒前の説明聞いてたか!?まだだっつってんだろアホ!!」

 

 夕方近くになり、鍋からはいい匂いが漂っている。

漂っているが、まだだ。

猪は美味いが、しっかり火を通さないとえらいことになるからな。

これが豚なら網焼きにするところだがねェ。

 

 コンニャクが欲しい所だったがさすがになかったので、他の具はキャベツとニンジン、タマネギと……それと大量に自生していた野草だ。

ちょいと癖があるが美味いんだこれが。

師匠に山に放り込まれまくってたお陰で、こういう知識だけはしっかりある。

夏は食える野草が少ないが、探せばそれなりにあるから助かる。

 

「山田さんはなんでもできるんだな……むむむ」

 

「できることしかできねえよ、そんな切なそうな顔すんなよオグリ……ヤマメ食っとけヤマメ」

 

「むももっむも(わかった)」

 

 許可を出した瞬間に食い始めやがった。

やるなコイツ。

 

 あ、忘れてた。

 

「ホレみんな、燻製もいい感じに仕上がってるから食え食え」

 

「ン」

 

「おおきに~……うっま!この卵うっま!?」

 

 ブライアンはソーセージに、タマは卵に舌鼓を打っている。 

あれから時間が経ったが、タマは俺が猪をアレしたことについて特に疑問に思っている様子はない。

ありがたい、そのまま飯食って忘れてくれ。

 

 ヤマメが絶滅するかしないかってあたりで、鍋には完全に火が入った。

よし、これだけ煮れば大丈夫だろう。

肉は薄切りにしたしな。

 

「どうだみんな、美味いか?」

 

「ン……豚肉よりも美味い気がする。この妙な草は……まあ、我慢できる」

 

「おいしい!猪はこんなに美味しいものだったのか……!箸が止まらない!」

 

「臭くもないし、やらこうて美味いなァ!」

 

 よし、評価は上々のようだ。

キャンプ飯ということもあって、いつもより美味く感じるのかもしれんな。

それとも、気心の知れた友達と食うからか……いや、全部だな、たぶん!

 

「食って片付けたら合宿所まで送ってやるよ、申し訳ないがタマ以外の2人は荷台に寝ててくれ。おまわりさんに見つからないことを祈ってな」

 

 たしか、厳密に言えば法律違反なんだっけか。

俺の車、ピックアップトラックだからそこしか人の乗るとこないんだよなあ。 

 

「では、私はここで寝ている」

 

「は?お前まだキャンプ続行するつもりでいんのか?他の猪がいるかもしれないんだぞ?」

 

 ブライアン、お前どんだけキャンプしてえんだよ。

 

「――大丈夫だろう、ヤマダがいるんだから。格闘ウマ娘を正面から殴り倒せる男がいるんだ、これ以上の警護はあるまい」

 

「ブーちゃんお前ッ!!お前オイ!!オイお前オイ!!!!」

 

 何言ってんの!?

お前、お前何言ってんの!?!?

なんでノーモーションで秘密をばらして……あ?

 

「せやんな」「そうだな」

 

 オグタマが動揺していない……だと。

え?な、なんで……?

 

 ブライアンが俺をジト目で睨んだ。

 

「やはりアンタ、私をトリ頭のバ鹿だと思っているだろう……ホラ、これを見ろ」

 

 差し出されたのは、スマホの画面。

これがなに……メール画面?

 

「『オグリキャップとタマモクロスならば、問題ない。イチローによろしく ムソウシンザン』」

 

 社長からのメールじゃねえか。

ブライアン、お前なんで……ああ、そういえば母親が知り合いだって言ってたな。

 

「タマモクロスがしつこく聞いてきたからな。おふくろ経由でそちらの社長に連絡を取ってもらったんだ」

 

「あー……そういうことかよ、肝が冷えた。そしてスマンなブライアン……猪ジャーキーが完成したら食わせてやるよ」

 

「言質取ったぞ」

 

「あの……」

 

「心配せんでもお前らの分もある。1頭丸々の肉があるんだからな」

 

「へ?ウチも?」

 

 タマが目を丸くした。

 

「当たり前だろ、タマもしっかり食って大きくなれ。具体的にはウチのライくらいでっかくなれ」

 

「種族変わっとるやんけぇ!!」

 

 ふむ、タマのツッコミは冴えてるなあ。

貴重な枠だ。

残り二人はボケ枠だし。

 

「ヤマダ、今失礼なことを考えただろう」

 

 勘の鋭いボケ枠だがな!

 

「おっと、ここに肉があるぞブライアン。ホレホレ」

 

「ン、ンン」

 

 おやいい食べっぷり。

素直でよかった。

 

 

・・☆・・

 

 

「寝袋もろうてえかったんか?」

 

「気にすんな、寝ろ」

 

「ヤマダもこっちで寝ればいいじゃないか」

 

「気にすんな、寝ろ」

 

「すぅ……すぅ……」

 

「寝……てるな、おやすみオグリ」

 

 何故か、3人ともここに宿泊することになってしまった。

オグリたちはあの後北井トレーナーと連絡を取り、これも何故か許可が出てしまったのだ。

さすがに一言言ったが、

 

『よく考えてみなさい山田クン、ナリタブライアンと2人きりで泊まるよりもそっちの方が対外的にも安全だろう?』

 

と、ぐうの音も出ない正論を言われた。

 確かにな……普通の人間ならウマ娘3人相手に何も出来んし。

 

『2人もそれを望んでいるし、重ねて申し訳ないが面倒を見てやってくれ。ただ、あまり変なものを食べさせるのは……、夕食は何を?……ふむ、ふむ、それなら何も言うことはない。さすがはウマコンだね』 

 

とも言われたがな。

北井トレーナー、信頼してくれるのはいいんだがよ……ウマコン認定は揺るがねえのな。

 

「はー……星が綺麗だぜ、ホント」

 

 焚火の横に吊った蚊帳の下で、満天の星空を堪能しつつ目を閉じる。

修行のころに比べたら、こんなもん高級ホテルと変わんねえや。 




【オグリキャップのヒミツ】
・実は、山田に故郷の世話焼きお婆ちゃんと同じオーラを感じている。
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