トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

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15話 トーナメント2戦目 フドウギク 後編

「無名ッ!!だ、大丈夫ッスか!?!?」

 

「――右手は駄目だ、それ以外はピンピンしてんぜ」

 

 コーナーサイド。

ライデンオーが座った無名の前に立ち、心配そうに呼びかけている。

 

「折れ……てはねえだろうが、筋を痛めた。感覚はあるが、曲がりゃしねえ」

 

「と、とりあえず怪我の止血するッス!……ひぇえ、皮が抉れてるッスよ、痛くないんスか!?」

 

「そこ以外が痛くってよ、わかりゃしねえ、がはは」

 

「がははじゃねえんスよッ!とりあえず休憩しといてくださいッス!!」

 

 

「フドウ、指を見せろ……これは、関節が折れて……脱臼もしているな」

 

 フドウギクのコーナー。

そちらでも、セコンドである同門の先輩ウマ娘が顔を青くしていた。

 

「押忍……脱臼は直したス、骨の固定をお願いするス」

 

「無茶をする……とにかく固定だ。難しいとは思うが、なるべく右拳は使うな」

 

 セコンドがテーピングを施す。

 

「右膝はどうだ?モロに喰らっていたが……」

 

「横から喰らったス。かなりの威力でした……踏み込みに難が出てるス」

 

 胴着をめくり、患部を見せるフドウギク。

 

「……ッ!目の前で見ていても信じられん、これが人間の蹴り、か」

 

「――違うス」

 

 息を呑むセコンドに、フドウギクが言う。

 

「人間だとか、そういう話じゃないス。無名サンは『敵』ス、ジブンを倒しうる、『敵』」

 

「そうか……強いな、彼は」

 

「押忍、ジブン……久しぶりにワクワクしてるス」

 

 フドウギクが立つ。

右膝の鈍痛が、彼女の気を引き締めた。

 

「いるんスね……強い男って」

 

 セコンドにふわりと笑い、フドウギクはリングへ。

前を向いた時には、その笑みは獰猛なモノへと変わっていた。

 

 

・・☆・・

 

 

『熾烈ッ!1ラウンドから波乱の展開ですッ!!そして、2ラウンド目はどうなってしまうんだァッ!?!?』 

 

『テーピングで見た感じは大丈夫そうなフドウギク選手に対して……ああ、やはり無名選手の右肘はかなりのダメージなようです……この試合中は封じられましたね、アレでは』

 

「恐ろし……恐ろしすぎるで、格闘ウマ娘の試合っちゅうんはこないに恐ろしいんか」

 

 VIP席で観戦しているタマモクロスが、青い顔でこぼす。

 

「タマ、山田さんは人間だぞ」

 

「わーっとるっちゅうねん!っちゅうか!あんなえげつない音する攻撃喰らいまくっとんのに、バンバン前に出る山田はんはなんやねん……」

 

 ぶるる、と自らの体を抱えて震えるタマモクロス。

オグリキャップは、湯気の立つ肉串を噛み千切って一言。

 

「――楽しいんだろうな。山田さんは」「はぁ?」

 

 ゴングが鳴り、リング中央に出る両者。

それを見ながら、オグリキャップが補足した。

 

「見てみろ、私やタマがレースをしている時と……同じ顔をしている」

 

「……せやな」

 

 2人の会話を聞きながら、ナリタブライアンが牛丼をかきこむ。

彼女は、1ラウンド目からリング上に釘付けだ。

 

「フン、まるで子供だな、ヤマダ」

 

「ふふふ、言い得て妙だな。本質をとらえている」

 

 ムソウシンザンが、大きな干し肉を食いちぎりながら歯を剥いて笑った。

 

「男はいつまでたっても子供なのだ、3人とも。ウチのダーリンやイチローを見ていると、それがよくわかるよ」

 

社長、旦那はんのことダーリンって呼んでますのん!?!?

 

 楽しそうに笑うムソウシンザンは、タマモクロスのツッコミにウインクで返した。

 

 

・・☆・・

 

 

『第二ラウンド開始ィッ!!両者、ダメージを感じさせない動きで前に出たッ!!』

 

『2人とも戦意が全く衰えていませんね、素晴らしいファイティングスピリッツです!』

 

「っしぃ!!」

 

 先手を取ったのは、フドウギク。

踏み込みつつ、左ローキックを放つ。

 

「っふ!」

 

 対する無名。

鋭く踏み込み、右脛でその打点をずらして受け止めた。

 

「っは!!」

 

 無名は受け止めつつ体を回し、左ローキックでフドウギクの軸足を狙う。

カウンター気味の蹴りが軸足に触れ――なかった。

 

 フドウギクは鋭く後方へバックステップ。

無名の蹴りを躱しつつ、すかさず横へ跳んだ。

跳んだ方向は、無名の右方面。

だらりと下がった腕の方向だ。

 

 会場のどこからか、『卑怯』という叫びが上がった。

それを、無名は鼻で笑う。

 

「(馬鹿言うんじゃねえや。相手の弱点を狙うってのは、戦いの定石じゃねえかよ)」

 

 それに、そういう戦法をとるということはつまり……相手にとって、無名が脅威だということを示している。

その事実こそが、むしろ彼の心を躍らせるのだ。

 

「(同格の敵扱いってのは、いいねえッ!それならこっちも『返礼』しねえとなァ!!)」

 

 『死角』ともいえる右手側に回り込むフドウギク。

 

「っし!!」

 

 そして、間合いに入るなり胴体へ向けて前蹴り。

右手が満足に利かない無名には、捌くことができない攻撃。

 

「――オオッ!!」

 

 普通なら避けるそれに、無名は踏み込んだ。

踏み込みんで――『右手』を振る。

 

「なっ――!?」

 

 肘が曲がらぬ腕を、さながら棒のように振り――蹴りの軌道を僅かにズラした。

その動きで、無名は左半身を連動して振る。

半身になった無名の胴着を掠め、蹴りが背後へ抜ける。 

 

「――しゃあッ!!」

 

 鋭く回った無名の左手が、裏拳の形でフドウギクの側頭部を打ち抜く。

 

「っが!?(遠心力で、威力を――!?)」

 

 側頭部へのヒット。

フドウギクの平衡感覚が、衝撃で揺らぐ。

 

「るぅ、あっ!!」「っぐ!?」

 

 動きを止めたフドウギクの右膝に、無名の鋭い下段蹴り。

すかさずバックステップし、フドウギクの反撃を躱す。

 

「(人間なら、さっきの風塵脚とこれで破壊できるもんだが……まだ無理か。頑丈だぜ、巌流)」

 

 軽く頭を振って構え直すフドウギク。

下がった無名を追って、踏み込む。 

 

「(――ッ!二撃で、膝の……動きが、鈍い!?)」

 

 踏み込んだ瞬間、フドウギクの顔が僅かに歪む。

ダメージが蓄積している証拠だ。

 

「(良し!……と言いたいところだが、ウマ娘が人間よりも優れているのは身体能力だけじゃねえ。回復力もだ……時間をかけすぎると、不味い!)」

 

 無名も応じて踏み込む。

 

「(――畳みかけるッ!!)」

 

 真っ直ぐ踏み込んだ無名が、フドウギクの前で左へ跳ぶ。

彼を追おうとするフドウギクだが、右膝の痛みで動きが鈍い。

それを確認しつつ、さらに回り込む。

 

「――っふ!」

 

 背後に回った無名が、しなりをつけた左足で蹴り。

空気を切り裂いた足刀が、ばずん、と左膝の裏に叩き込まれた。

 

「ッ!?(今度は、左膝ッ!?)――このォッ!!」

 

 左膝への攻撃に揺らぐフドウギクが、強引に背後へ向きながら裏拳を放つ。

轟音で振るわれたそれを、無名が沈んで回避。

 

 回避しつつ、さらに勢いをつけて沈む。

振り返ったフドウギクが見たのは、地面にほぼ横倒しになった無名の姿。

 

「(なんて、低い――ッ!?)」

 

「――らぁッ!!」

 

 地を這うような、無名の右蹴り。

それが、再び右膝へ。

 

「(入ッ――な、にぃ!?)」  

 

「――うあぁっ!!」

 

 フドウギクが、痛む膝を軋ませて前へ『跳ぶ』

それによって蹴りは外れ、脛に当たる。

 

「おお、おぉ!!」

 

 フドウギクが、溜めた拳を振り下ろす。

間合いはほぼ零、その狙いは――無名の、顔面。

 

「ぬう、あッ!」 

 

 蹴りを放った反動で、倒れた無名が身を捩った。

その捩った隙間を、拳が通った。

 

 どず、とリングが揺れた。

フドウギクの打ち下ろしの威力を感じ、観客たちが息を呑む。

 

「っちぃい!」

 

 地面を転がって、無名は離脱。

 

「お、おい!血!」「どっちのだ!?」「無名だよ、無名ッ!!」

 

 リング上に、点々と赤いものが付着している。

その道の先は、今まさに起き上がった無名だった。

 

 無名のマスク、その右目部分が破れている。

そして、その下の皮膚も。

フドウギクの正拳によって、一直線に裂けていた。

 

「(眉の上が切れたか、出血が多い……目が塞がるな)」

 

 無名の顔面に、ぬるりとした感触がある。

 

「(ある程度はマスクの布地が吸収するだろうが……あまり、時間はねえな)」

 

「ふぅう、う……」

 

 深呼吸し、構える無名。

利かぬ右手を前に出し、半身。

左拳は、握って腰に添えた。

 

 対するフドウギク。

 

「――押ォ忍ッ!!」

 

 気合を入れ直すように両手を胸の前でクロス。

勢いよく腰の位置へ。

 

『両者、闘志は衰えずッ!!気炎をあげていますッ!!』

 

『無名選手、出血が気になりますね……まだレフェリーストップがかかるくらいではないと思うのですが……』

 

 まず、フドウギクが前に出た。

膝のダメージ故か、その動きは遅い。

 

「(無名サン、遠からず目が塞がるス……だったら短期でケリをつけにくるハズ!なら……備えるッ!それにッ!!)」

 

 無名は、そのまま動かない。

息を整えながら、間合いを計っている。

 

「(雷迅は駄目だ、紫電も警戒されてる……やっぱ、一回見せた技は対応されちまうなァ)」

 

 心中を表に出さず、構えも崩さない。

 

 フドウギクが、じりじりと迫る。

それに対し、無名が――引いた。

間合いが重なるのを嫌がるように、じりっと下がった。

背後には、コーナーポスト。

 

『無名選手が引いたッ!!ダメージが残っているのかッ!?』

 

 それを好機と見たのか――フドウギクが、一気に踏み込む。

 

「――っせ!!」

 

 開いた間合いを一気に詰め、フドウギクが痛む右足で前蹴りを放つ。

もう無名はリングの端に近い、左右に逃げても対応できる。

 

「(――こ、こォッ!!)」

 

 その前蹴りに対して――無名が突っ込む。

防御でも、回避でもなく。

 

「おお、お!!」

 

 無名は、迫る前蹴りに――溜めた左拳を、掌の形で突き出した。

狙いは――フドウギクの蹴り足、その……足裏。

 

「(狙いは、そこスか!?……駄目、止められない!――ならその攻撃ごと、打ち抜く!!)」

 

 突進の勢いと、足裏から、腰を伝わる螺旋回転。

動きで発生する、全ての力を集約した掌底。

 

 

――破ァッ!!!!

 

 

 それが、轟音と共に打ち込まれた。

 

「――ッ!?!?」

 

『っふ、吹き飛んだァッ!?フドウギク選手、なんと吹き飛びましたッ!?!?』

 

『タイミングと、それと破壊力ですかね……それにしても、信じがたい光景です』

 

 フドウギクは、足を突き出した格好のまま後ろへ飛び、リングへ倒れ込んだ。

背中を打ち、肺の酸素が放出される。

 

「っが、っは!?(右足の、裏から――腰まで、電流が走った、みたいに――!?)」

 

 右足の動きが、おかしい。

足裏から『通った』衝撃が、痛んだ膝と関節に襲い掛かったのだ。

 

「――立てッ!!立てフドウギク!!無名が来るッ!!」「――ッ!?」

 

 セコンドの叫びに、フドウギクが混乱から復帰する。

倒れたまま見れば、こちらへ滑るように踏み込む無名の姿。

彼女の右足は、まだ痺れている。

 

 レフェリーストップがかかるよりも、無名が辿り着く方が早いだろう。

 

「っぐ、く!」

 

 フドウギクは起きることを諦め、その場で横回転。

 

「――ッチェアッ!!」

 

 その勢いを利用し、無名の足を払う軌道で下段を薙ぐ蹴りを放った。

 

「(そう、くるよ――なァッ!)」

 

 無名の頭が、冷える。

極限の集中力が発露し、疑似的に時間の流れが鈍化する。

 

「(相手は、格闘ウマ娘!――それも、最上級のッ!!)」

 

 フドウギクの蹴りが、地表を薙いで無名に迫る。

そのまままともに喰らえば、彼の足はなすすべもなく破壊されるだろう。

 

「(『使って同格』――ああ、その通りだ!)」

 

 無名の足が、一瞬止まる。

そして――

 

「(――だからここで……ここで『使う』ぜ、師匠ッ!!!!)」

 

 無名は、跳んだ。

斜め上方へ向かう軌道で、跳んだ。

跳びながら、体を折った。

――下に、向かって。

 

 蹴りを跳んで躱した無名の巨体は、前方宙返りの軌道をとったのだ。

 

「(躱されッ!?なに、その姿勢ッ!どんな技が――)」

 

 蹴りを空振ったフドウギクが見る前で、無名が回る。

――その空中で、足が伸ばされた。

 

「なんっ――」

 

 フドウギクの背筋を走る、悪寒。

予感めいた感情の動きに身を任せ、彼女は倒れたまま両腕を交差させ、頭上へ掲げた。

 

「――ルァアアアアアアッ!!」

 

 そこへ、無名の踵が落ちた。

宙返りの速度、そして遠心力で加速したその踵は――フドウギクの防御を弾いて突破。

そして――

 

 

 ごぎ、という異音。

 

 

 フドウギクの頭頂部に、無名の踵が突き刺さった。

 

「――ァッ……」

 

 その勢いのまま、彼女は息を漏らしてだらりと項垂れた。

 

 無名は着地し、後方に距離を取る。

構えは、まだ解いていない。 

 

 

 ――討マ流、打ノ型『(みずち)

前方宙返りの勢いを乗せ、加速した踵を脳天、または急所に叩き込む技。

しくじれば、自爆必至の博打技である。

 

 

「おい……」「なんだ、アレ」「すっげ……」

 

 会場は、凄絶な攻防に水を打ったように静まり返っている。

 

 レフェリーが慌てて駆け寄ったことを皮切りに、実況が息を吹き返した。

 

『っだ……ダウウウウウウウウウウウウウウウウウウンッ!!無名選手の、その、凄まじい踵落としがフドウギク選手の脳天に直撃したアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?!?』

 

『あの体躯で、なんて運動性能ですか……い、いや、これはフドウギク選手が心配です!いかに格闘ウマ娘といえども――』

 

「フドウギク選手ッ!フドウギク選手ッ!?」

 

 駆け寄ったレフェリーが、フドウギクに声をかける。

座り込んだまま、動かぬ彼女に。

 

「フドウギク選手ッ……!!」

 

 意識がないと断定し、TKOを宣告しようとしたレフェリー。

――その手を、フドウギクが掴んだ。

 

「ッ!?ふ、フドウギク選手、目を見せ――うぉっ!?」

 

 レフェリーの手を引き込み、フドウギクが立ちあがる。

荒々しく、獣のように。

 

『た、立ったァアアアアアアアアアアアアアアッ!?フドウギク選手ッ!!立ち上がりましたァアアアアアッ!!』

 

「うおおおっ!!いけっフドウギク!!」「せんせえ!がんばってぇ!!」「巌流魂見せてやれええええええッ!!!」

 

「……」

 

 応援団の声援を背中に受け、フドウギクが前に出る。

だが、その目には光がない。

相対した無名は気付いた。

 

「(無意識で動いてやがる……とんでもねえ、精神力だ)」

 

 先程の蹴りによって頭皮が破れ、鮮血が顔に滴っている。

だが、足取りは淀みない。

真っ直ぐ、無名を目指して歩いてくる。

 

「ふう、うぅう、う――ガアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 フドウギクが、吠えた。

吠えつつ拳を握り、踏み込む。

 

「(意識がねえのに、覚えてるんだな――何千何万と繰り返した、稽古を)」

 

 無名も、構える。

右半身を前に。

左拳を、掌の形で。

 

「オオオオオオオオオオオッ!!!」

 

 無名も吠え、前に出た。

お互いの距離は、瞬く間に零となる。

 

「ガアアッ!!」

 

 間合いに入るなり、フドウギクが右正拳。

それは、意識がある時となんら遜色のない速度だった。

 

 だが、そこには『駆け引き』がなかった。

 

「――ふうっ!」

 

 身を捩りながら、無名が拳を躱す。

前に、出ながら。

 

 

「――破ッ!!!!」

 

 

 クロスカウンターの形で突き出された無名の掌底が、フドウギクの顔面を捉えた。

衝撃が、彼女の頭部を貫通する。

 

「アッ……ァ……」

 

 脳を揺らした衝撃が、フドウギクのわずかに残った本能を消す。

弛緩した体は、前のめりに倒れ込んだ。

 

「おっと」

 

 それを、無名が抱き留めた。

フドウギクの体は重力に従ってずり落ち、膝をリングに突く。

 

「――楽しかったなァ、フドウギク」

 

 そう呟いた無名の横から、レフェリーが駆け寄る。

そして、彼女の意識がないことを確認すると――大きく、手を振った。

 

 ――TKOの、宣告である。

 

『っけ!決着ッ!!決着ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウッ!!フドウギク選手、意識消失により――無名選手のッ!!勝利ッ!!勝利ですッ!!!!』

 

「「「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」」」

 

 実況の絶叫に続き、会場が揺れる。

 

「ナイスファイトだった!フドウギク!!」「あんたもすげえよ無名!!」「いい試合だった!!最高だッ!!」

 

 巌流の応援団も、口々に声援を送っている。

 

『やはり今回も魅せてくれたッ!!USC所属、無名選手ッ!!!!そして――敗北したとはいえ素晴らしい戦いぶりを見せてくれたフドウギク選手ッ!!素晴らしいッ!!素晴らしい戦いでしたッ!!!!!』

 

「「「無名!!無名!!無名!!」」」

 

 リングに寝かされたフドウギクに頭を下げ、コーナーへ戻る無名。

その背中に、無数の声援と拍手が贈られていた。

 

 

・・☆・・

 

 

「ぶっはあ!?……う、ウチ、息すんの忘れとった……お、終わったァ……」

 

 VIP席で、タマモクロスが大きくため息をついた。

 

「むもも、むむ、も(凄い試合だったな、タマ)」

 

「オグリ!アンタはこういう時くらい食うのやめーや!!」

 

「むむ、めめむ、も(緊張するとお腹がすくんだ)」

 

 そのやり取りを聞きながらも、ナリタブライアンはリングだけを見つめている。

ビーフジャーキーを咀嚼しながら、ではあるが。

 

「……社長、ヤマダは大丈夫なのか」

 

「この試合が終わったら提携している病院に搬送する。今回は頭を殴られているからな」

 

 ホットサンドを噛み千切りながら、ムソウシンザンが返す。

 

「しかしまあ……ボロボロだというのに毎回楽しそうだな、イチロー」

 

 

・・☆・・

 

 

「パイセンっ!顔の血が止まらないッス!!」

 

「結構深かったか……そこの緑のチューブ塗ってくれ、瞬間接着剤だ」

 

「こんな時に冗談やめてくださいッスぅ!!」

 

「冗談じゃねえよ、そいつは医療用だ。血を拭き取ってから患部に塗って、ギューッと摘まんでくれ」 

 

 控室で喚くライデンオーに、山田が指示を出している。

 

「ふんぬぬぬ……ぱ、パイセン、痛くないスか……?」

 

「超痛ェけど慣れてる。修行で山に籠った時は麻酔無しで自分で縫ったからなァ、それに比べりゃなんぼかマシさ」

 

 そして、顔の出血はひとまず止まった。

 

「コレ腫れるだろうなァ……またウララに泣かれちまう。ライ、なんかいい嘘の怪我理由考えてくれ」

 

「パイセンがうっかりウチのお尻触って蹴られた……とか?」

 

「酔っぱらって虎に引っかかれたってことにすっかァ」

 

「うぇえ?気に入らないッスか?じゃあおっぱいにしときます?」

 

「じゃあってなんだよ、じゃあって。どっちも嫌だよアホ」

 

 いつもの漫才めいたやり取りをしていると、ドアが開く。

 

「イチロウ!」「よお、今回も勝ったね」

 

 アトヴァーガと、スターラッシュだ。

 

ウワアアアアアアアアアアッ!?増えた!!増えたッスゥウウウウ!!

 

 喚くライデンオーを尻目に、まずアトヴァーガが駆け寄った。

彼女は包帯が巻かれた山田の腕をそっと撫で、目を潤ませる。

 

「ああ、酷い怪我ね……ウチの団体が利用している病院を紹介するわ!車で送ってあげるから!」

 

「そいつはありがてぇがな、ウチの社長が用意してくれてんだ。気持ちだけ貰っとくぜ」

 

 その様子にハルウララを思い出し、山田はなだめるようにアトヴァーガの頭を撫でた。

 

「ピエッ!?な、なんて大胆……ッ!じゃ、じゃあ……またねぇっ!!」 

 

 アトヴァーガは顔を真っ赤にし、凄まじい勢いで控室から飛び出して行った。

 

「ウマイン、ちゃあんと返してよねっ!!」

 

 声だけが、開け放たれたドアの向こうから聞こえてきた。

 

「……誰だ、アイツ」

 

 一連の流れを見ていたスターラッシュが、幻覚でも見たかのように目を瞬かせた。

 

「信じられないことにアトヴァーガッス。試合が終わったら情緒が小学生レベルになるッス」

 

「……はぁあ、そうかい。カワイイお姫サマだ」

 

 肩をすくめた後、スターラッシュは山田を見た。

 

「アタシもトーナメントで勝ったよ。アンタと当たるのが楽しみさ」

 

「そうかい、おめでとうよ……俺も、楽しみにしてるぜ」

 

 山田の答えに、スターラッシュは歯を見せて笑った。

 

「嬉しいお誘いだね。それじゃ、元気そうだしアタシも帰るよ……おっと、そうだ」

 

 帰りかけたスターラッシュは、ふと足を止めた。

 

「……アタシのウマインIDも、登録しとくれよ」

 

 そして、少し恥ずかしそうにそう言ったのだった。

 

「ぱ、パイセンの良さがどんどん周知されていくッス……こ、ここは本妻のウチがどっしり構えとかないと……」

 

「お前のどこらへんぶん殴ったらマトモになるか、マジメに考えてるぞ俺ァ」

 

「……お尻、スかね?こう、平手で優しくしてほしいッス」

 

「手遅れだな、こりゃ」

 

 濡れタオルで顔を拭き、天井を見上げる山田。

 

「……まあ、なんにせよ……腹減ったなァ」

 

「病院終わったらパスタ行きましょ、パスタ。『ドンゲリア』行きましょ」

 

 USCが出資しているドカ盛りイタリアンの店名を出し、いそいそと帰り支度を始めるライデンオー。

 

「あ、今日オグリちゃんたちも応援来てくれてるらしいスから……予定が合えばみんなで行きましょ!」

 

「……いいけど、金足りるかなァ」

 

「USC社員とその家族は割引利きますし、パイセンとウチの子供たちってことにすればいッスよ!!」

 

「……帰りにATM寄るか」

 

「アレ?ウチの話聞こえてました?」

 

「無視してんだよ、バ鹿」

 

 ムソウシンザンの手配した病院への迎えを待ちながら、山田は苦笑いしつつ溜息を洩らした。

 

 

・・☆・・

 

 

 夏季休暇が終わり、通常の授業が再開したトレセン学園。

未だに暑い日差しの中、今日も生徒たちは元気に登校している。

 

 少し寝坊をしてしまったライスシャワーが、速足で校門を目指す。

 

「今日、おじさまが立ち番の日だよね、まだいるかな?……あれ、なんだろう?」

 

 慕う山田の姿を思いながら駆けていくライスシャワー。

その視線の先に、違和感を覚えた。

 

 校門の前に立っているのは……馳川たづな、ライデンオー、そして……

 

「た!たづなさん!ライデンオーさん!!」

 

「あら、おはようございます。今日は少し遅いですね、ライスシャワーさん」

 

「おはよッス!今日も暑いッスねぇ~」

 

 ライスシャワーが、真っ先にたづなとライデンオーの方へ走り込んだ。

 

「おはよう……じゃないよっ!?あ、あの、もしかしてこの人って……」

 

 恐る恐る、横を指差すライスシャワー。

 

 そこには、全身に包帯を巻かれた……山田と同じ背格好のミイラがいた。

顔は包帯に包まれて見えず、制服から露出した肌の部分も全て包帯が巻かれている。

 

「――よぉ、ライス。どうした?俺があんまりにもイイ男だったからビビっちまったか?」

 

「おっ!おじさまっ!?ど、どどどどどうしたのっ!?っきゅ、救急車!救急車さん呼ばないとっ!!」

 

 ライスシャワーが、慌てて山田に駆け寄る。

その目には、既に零れ落ちそうなほど涙が溜まっていた。

 

「(やっぱりこの嘘逆効果じゃねえかなあ……)大丈夫大丈夫だ、ホラっ!」「わ、わぁっ!?」

 

 山田は縋り付くライスシャワーを、左手一本で抱え上げた。

そしてそのまま、ひょいと肩の上に乗せる。

 

「どうだ、俺ァ最強だからピンピンしてるぜ。ちょっとその……カモの親子を助けようとして路面電車に撥ねられただけだ」

 

「カモさんを!?え!?路面電車さん!?ええ、ええぇぇええ!?!?」

 

 山田の肩の上で、ライスシャワーの混乱はさらに加速した。

だが、落ちないように山田の頭に回された腕……その後ろに見える尻尾はぶんぶんと嬉しそうに虚空を切り裂いていた。

 

「どういうことなの!?何あの……何!?」

 

「あ、けーびいんさんだ!……でもどうしたんだろ、ハロウィンはまだだよね?キングちゃん」

 

「えぇえ!?あれ、山田さんなのっ!?ウララさんはなんでわかるのよ……」

 

 寝坊したハルウララに付き合って、遅れて登校したキングヘイロー。

彼女の狼狽振りを遠くから見つつ、山田は心中で頭を抱えていた。

 

「(『怪我の程度で気付く勘のいい生徒がいるかもしれないから、いっそのこと全身包帯まみれにしちゃおう作戦』……失敗スかね?)」

 

「(う~ん……山田さんが生徒に好かれている率を低く見積もり過ぎましたね……皆さんかなり心配してらっしゃいましたし、正体云々よりもそちらの方が可哀そうですね)」

 

 わたしもー!と喜んで山田に駆け寄るハルウララを見ながら、ライデンオーとたづなは視線を合わせて苦笑するのだった。

 

 ――ともあれ、本日もトレセン学園は平和である。

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