トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

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日常回です。
なんか筆が乗ったので連続投稿。
だがこのお話は不定期連載です。


1話 警備員の朝は日によって早い。

「ふわぅ……ねみゅ、ねみゅぅ……」

 

 俺に半分もたれかかりながら、ライが寝ている。

勤務始まってから5分しか経ってねえんだぞ。

 

「おい、寝てんじゃねえよライ。こっちは怪我人なんだぞ」

 

「ねむ、眠いッスよォ……パイセン……」

 

 聞いているのかいないのか、ライは夢と現実を行き来しているらしい。

コイツ、俺より縦にデッカイから重くってしょうがねえ。

 

「昨日何してたんだよ、休みだったろ?」

 

「ちょっとのつもりでぇ、『スカイムリ』やってたらぁ……気が付いたら……朝になってた、ッスぅ……」

 

「自業自得じゃねえかよ。よりによってオープンワールドゲームの中でも一番エグい奴を……しっかりしろよ社会人」

 

 相変わらず学生みたいなメンタルしやがって。

あと、色々距離が近いんだよ。

嫁入り前の娘がはしたねえぞ。

 

「社会人ん……じゃぁ、パイセンが、社会人、らしくぅ、面倒見て下さいッスぅう……」

 

「このクソ後輩がよォ……」

 

 マジでコイツ、ばんえい競バの有名人だったのか?

上り坂の途中で寝てそうなダラケっぷりなんだが。

 

「はぁ……仕方ねえな。こんなアホ面を生徒に見せるわけにはいかねえか……一個貸しだかんな、ライ」

 

「あじゃじゃ、した~……」

 

 使い物にならねえから、ベンチに転がしとこう。

ここは死角だから、生徒に見られる心配もねえし。

 

「1時間はカンベンしといてやる……アラーム鳴ったら追いかけてこいよ、あと、昼飯奢れよな」

 

「うぇえ~……いぃ」

 

 まったく、甘いね俺も。

 

 軟体動物よろしくベンチに横たわるライを置き、制服のネクタイを締め直して歩き出した。

……っち、もう1週間だってのにまだ肘が治ってねえ。

 

 

・・☆・・

 

 

 『USC(ウマ娘総合警備会社)、日本ウマ娘トレーニングセンター学園内出張所』

それが、俺こと『山田一郎』の職場だ。

 

 勤務形態は三交代制で、本日の勤務は7時から15時まで。

勤務内容は『トレセン学園内の警邏・巡回』となる。

 

 ここで働き始めて結構経つので、もう慣れてきた。

知り合いも増えたしな。

 

 通常は2人1組で行動するが、俺の相棒『ライデンオー』ことライはあの通りポンコツになったので、しばらくは1人だ。

まあ、早朝はそこまで忙しくねえから構わねえけど。

……俺も、前に急に勤務代わってもらったりしたからな。

 

 今日は土曜日なので、学園内は静かだ。

授業はないので、いつものような賑やかさはない。

まあ、もうしばらくすりゃあ朝練だのなんだので少しは賑やかになるが。

 

 ウチの会社の詰所は、トレーナー寮に隣接している。

東大以上の難易度を突破した、一握りの超絶エリートたち……彼ら彼女らが住むそこを横目に、巡回ルートに沿って歩く。

このままグラウンドを一周し、校舎を回って校門方面に行く。

まずは、こう動く。

 

 朝の巡回は楽だし、気分もいい。

今日みたいな晴れの日なら、余計にな。

 

「お」

 

 グラウンドには、もう既にいくつかの人影がある。

さっすが日本屈指のアスリート養成校……休日でもしっかりしてんなあ。

 

 何人かは見覚えがある。

さすがに全校生徒2000人超を全て覚えるのは無理だが、付き合いがあったりすると覚えやすい。

例えば、ウララことハルウララとかな。

 

 高知から1人で上京してきた、底抜けに明るい子だ。

あの子がここに来て、すぐに知り合ったんだ。

スランプというか、明らかに変な体の使い方をしてたんで見かねてアドバイスしてやったら……なんか懐かれちまった。

トレーナーも決まったし、今じゃダートレースで活躍している。

……あの滅茶苦茶な走り方で、体を壊さなかった頑丈さが勝利の秘訣だろうか。

まあとにかく、生徒の中じゃよく話す部類だ、あの子は。

 

「あーっ!けーびいんさーんっ!!」

 

 ほら、こんな具合に俺を見つけたらすぐに駆け寄ってくる。

年の離れた妹ってよりも、カワイイワンちゃんって感じだ。 

 

「よー、おはようウララ。元気か?」

 

「元気だよ~っ!けーびいんさんはもう大丈夫?怪我、治った?」

 

「ああ、俺ァ最強だからな。あんなもん寝てりゃ治っちまうよ」

 

 ……嘘だ、あれから1週間経ったがまだ痛ェ。

特に肘がなァ……『次の試合』までにしっかり治るといいんだが。

 

「よかった~!ほっぺの絆創膏も取れたんだね!わたしもよく擦りむいちゃうんだぁ……」

 

「そっちこそ気をつけなよ。それで、今は朝練かい?」

 

 ウララは体操服を着ている。

少し汗をかいているので、軽く走ってきた後って所だろうか。

 

「うん、キングちゃんとね~……あれ、キングちゃんは?」

 

「ちょっと!ウララさん!いきなりどこへ――あら、山田さん!」

 

 ウララを追って、1人のウマ娘が走ってきた。

あの子はウララと同室で、同じトレーナーの担当だっていう友達の――

 

「キングゲイナー、おはよう」

 

「ヘ・イ・ロー!!キングヘイローよっ!!また性懲りもなく私をオーバーマン扱いしてっ!!」

 

 おおっと、そうだったな。

どうしても『キング』って聞いちまうとなァ。

あと、ツッコミのキレもいいし。

 

「今日はキングちゃんと朝練して、昼から街にご飯を食べに行くんだ~」

 

「おー、そりゃあいい。しっかり動いて、しっかり食べねえとなァ」

 

 ウマ娘ってのは恐ろしくよく食う。

何度かウララと一緒に飯を食ったが、この体のどこにそんなに入るのかってくらい食う。

……ライ?ありゃあそれよりも桁違いだ。

ばんえいウマ娘ってのは、胃袋に四次元ポケットが2つ以上入ってるらしい。

ライから聞いたが、オグリちゃんとかいうここの生徒が同じくらい食うって聞いた時は死ぬほど驚いたがな。

 

「けーびいんさんも、今日は『お稽古』するの?」

 

「あっそれは……」

 

「……お稽古?ウララさん、山田さんは何のお稽古を――」

 

 ウララ!それは秘密だって前に言っただろ!?

 

「筋トレだよ、筋トレ。俺の数少ない趣味なんだ……そうだよな、ウララ」

 

「あっ!そう!筋トレ!!筋トレのお稽古!」

 

 筋トレのお稽古ってなんだよ……

 

「勤務時間外にな、ここの施設をちょいと使わせてもらってんだよ。もちろんしっかり許可は取ってあるぜ?」

 

「あら、そうなの。確かに山田さん、凄い筋肉ですものね……」

 

 ……なんとか誤魔化せた、か?

 

 

 俺が『無名』としてU-1に出場してるってのは、勿論この学園の生徒には内緒だ。

ウチの社長やライは知ってるけどな、副業の申請もしてるし。

だが、学園側には何も伝えてない。

社長もそれで許してくれている。

 

 だってそうだろ?

格闘ウマ娘と正面から殴り合う男が、よりにもよってトレセン学園で警備員してるなんざまるで漫画だ。

ここの子たちに怖がられちまう。

更には『討マ流』なんて物騒な流派名だしな。

 

 それに、先日のエキシビジョンマッチのお陰で良くも悪くも『無名』は有名人になっちまった。

まあな、自分で言うのもなんだが世界規模の偉業だし。

ネットでは相変わらず、俺の『正体』についての考察、または陰謀論めいたものまでが飛び交っている。

この前ライが爆笑しながら見せてきたが、『無名は非合法反ウマ娘武装組織が送り込んだ殺し屋だ!』ってのもあった。

バッカじゃねえの?非合法武装組織が全世界ネット中継にホイホイ出るわけねえだろうが。

 

 そしてウチの社長曰く、正体に関してマスコミから恐ろしい数の取材申し込みが相次いでいるらしい。

社長は『取材料は1回1億円な』としか言ってないらしいが。

……さすが、元ばんえい競バの『絶対皇帝』だかってとんでもねえあだ名が付いいてるだけのことはある。

おっかねえ人だぜ。

 

 てなわけで、その件もあってバレたら学園に迷惑がかかる。

俺としても、このレベルの練習器具が揃っている職場から離れるのは嫌だし。

 

 ……ちなみにウララには、ライに頼んでミット打ちをしている所を見られたから咄嗟に『悪人と戦うためのお稽古』だって嘘をついた。

初めは喧嘩してるって勘違いされたからな、そう言うしかなかった。

まさか『格闘ウマ娘を正面から殴り倒す練習してます』なんて言えねえしな。

それで、『あんまり外に見せるもんじゃないからナイショにしといてくれよ~……』なんて、頼んだわけだ。

ウララが人を疑わない、そんないい娘で助かったぜ。

 

 

「じゃーね!けーびいんさん!」「ごきげんよう、山田さん」

 

「おーう、怪我しない程度に頑張れよ~」

 

 しばらく立ち話をした後、2人はグラウンドへ戻って行った。

軽くジョックして柔軟をし……また走るようだ。

トレーナーが作ったっていうメニューがあるらしいから、まあオーバーワークにはならねえだろう。

 

 さて、巡回巡回。

 

 

「土曜日だってのに元気だねえ」

 

 グラウンドのあちこちで自主練、朝練が行われている。

トレーナー付きもいれば、何人かで合同練習している子たちも。

ああそうか、休日には『教官』は出て来ねえんだな。

学校の部活動みてえだ。

部活ねえ……

 

「……そういえば経験ねえや」

 

 学生時代は帰宅部兼、道場通いだったからなァ。

空手や柔道に誘われたけど、物理的に不可能だった。

空手に関しちゃ1回助っ人に呼ばれたが……失格になっちまったし。

なんだよ、『過度な接触技』って。

普通に鳩尾に正拳入れただけじゃねえかよ。

相手が血反吐吐いたから失格ってなんだってんだ……フルコン空手って、ボコボコにしていいルールじゃなかったのかよ。

……まあいや、今更だ。

 

 広大なグラウンドの、丁度途中まで来た。

学校施設じゃなくてここの見回りって必要か?と思う奴もいるだろうが……絶対に必要だ。

何年か前に、4流ゴシップ誌が林に紛れて超望遠レンズで盗撮してたことがあったからな。

その記者は、先輩のウマ娘にグラウンドの中央まで投げ飛ばされて危うく死にかけたけどな。

裁判が超めんどくさかったって社長が言ってたっけ。

 

『――不審者・変質者に容赦はするな。殺さなければ必ず無罪を勝ち取ってやる』

 

って、その話を聞いた時に社長が言ったっけなあ。

ウチの会社、時々民間軍事会社かなんかだと思うことがある。

 

「――さま、あの、お、おじさま?」

 

 ウマ娘てのはどいつもこいつも美人揃いだからな。

そういう『被害』ってのは多いんだ。

まったく、男の風上にも置けない連中が多いもんだ。

 

「あぅう……や、やっぱりライスみたいな子は気付いてもらえないよね……うぅう」

 

「――おらァ!!」

 

 ――殺気!!

 

 身をかがめた頭上を、分厚いバインダーが回転しながら飛んでいき……木立に軽く突き刺さって止まった。

……角が鋭利過ぎるだろ、オイ。

こんなことをするのは『あの人』だけだろう。

 

 振り返ると、やはり思った通りの人間がいた。

そして知り合いのウマ娘も、1人。

 

「山田さァン……ウチの世界一かっわいいライスが話しかけているのに、何をシカトしてらっしゃるんですゥ……?」

 

 緩いウェーブのかかった黒髪を腰まで伸ばし、休日にも関わらずパンツスーツをビシッと着こなした女性。

薄いリムの眼鏡も相まって、THE・キャリアウーマンって感じの美女だ。

 

「ああ、すみません……少し、林の方が気になっていたもんで。ホラ、近所で不審者情報もあったことですし」

 

「ふゥん……まあ、そう言うことなら許して差し上げますよ、ギリギリねェ」

 

「おっ、お姉さま!バインダーさんを投げちゃ駄目だよ!おじさまに当たっちゃうよ……!」

 

 彼女は、今まさに涙目で抗議しているロングヘアのウマ娘……『ライスシャワー』の、専属トレーナー。

知り合いのトレーナーの中でも、屈指の変人だ。

 

 ……いや、屈指かなァ?

トレーナーって超絶エリート集団のはずなんだが、良くも悪くも癖が強すぎる連中ばっかりだ。

この人もウマ娘に劣らねえくらいの美女だが、その他の部分が残念過ぎる。

もとい、ライスが好きすぎる。

 

「いや、こっちこそすまねえなライス。ちょっと考え事しててよ……おはよう、今日も頑張ってるなァ、えらいぞ」

 

「え、えへへ……あ、ありがとう、おじさま」

 

 ライスは、大きなウマ耳をぴこぴこ動かして嬉しそうだ。

こんなに小さくてかわいいのに、これでとんでもねえステイヤーだってんだからなあ。

ウマ娘ってすげえや。

 

「ウチのライス、かわいすぎませェん……?これもう凱旋門賞も夢じゃないでしょォ……?いいえ、ライスこそが凱旋門じゃありませェん……?」

 

「エッフェル塔もビックリのかわいさだな、日本程度にはとどまらねえレベルだ」

 

「ふた、2人ともっ!ちょっと、は、恥ずかしいよ……!」

 

 もう知り合って大分経つが、この2人……いや、このトレーナーさんと初めて出会ったのはレース場だ。

 

 

 その日、ライスは大きな記録にリーチをかけたとあるウマ娘に勝っちまったんだ。

いや、俺に言わせりゃ勝つのは喜ばしいことなんだが……どうも一部のファンにはそうじゃなかったらしい。

 

 ――勝者のライスに向かって投げかけられたのは、称賛ではなくてクソッタレなブーイングだった。

 

 その時はライや同僚のウマ娘たちと一緒に観戦してたんだが、あんまりにも腹が立ったんで……そのブーイングをかき消す勢いで称賛を送りまくった。

いや、実際にかき消した。

 

 なにせ、俺は肺活量に自信はあったし……ライを始めばんえいウマ娘もそうだ。

何人かのアンチ連中はムキになってこちらを振り向き――身長190センチ超えの集団を見て目を逸らした。

こっちは全員殺気立ってたからなァ、さぞ怖かっただろう。

 

 んで、件のトレーナーさんなんだが。

 

 

『ゴルァアアアアアアアアッ!今ライスを馬鹿にした奴は私の前に出てきなさいよ!!勝ったのが気に入らないって私の前で言ってみなさいよォ!! 忖度せずに勝ったのが許せないって言いに来なさいよォオオオオオ!!!!前歯全部へし折ってやるからかかってきなさいよォオオオオオオオオッッッッ!!!!』

 

 

 ……俺達の誰よりもキレ倒し、大暴れしていた。

 

 あんまりな光景に、慌てて同僚がおとなしくさせていた。

それも、4人がかりで。

後で発覚したんだが、暴れすぎて手首が折れてたらしい。

精神が肉体を凌駕しすぎた例だな。

 

 ともかく、それが縁で俺とライスたちは知り合ったって訳だ。

自分が勝ったことに落ち込む彼女を、サンバカーニバルレベルで盛り上げたり……祝勝会で商店街をパレードしたりしたなァ。

事の発端になった相手のウマ娘のとりなしもあったりして、今ではその後ろ向きな性格も一定の改善を見せている。

 

 ……トレーナーさんだけは相変わらずなんだけどな。

ほんと、美人なのに勿体ない。

これも知り合いのトレーナーに聞いたんだが、合コンに参加してもライスの話しかしねえから毎回ドン引きされてるらしい。

それで本人は結婚願望があるって言うんだから、わけのわからねえ話ではあるが。

 

 

「それで、俺に何の用だいライス」

 

「あっ、あのね、ライデンオーさんに聞きたいことがあって探してるんだけど……おじさま、知らない?」

 

 ああ、ちなみに『おじさま』ってのは今更ながら俺のことだ。

知り合ってしばらくした後に、まず『お兄さま』って言われたんだが……そんな年齢じゃねえからやめてもらった。

なにより『兄弟枠が、私だけじゃなくなった……』って、この世の終わりみたいになってるトレーナーさんが哀れでな。

だから、『おじさま』になったってワケだ。

 

「ライか。ええっと……」

 

 時計を確認。

アイツをベンチにリリースしてからちょうど30分、か。

アラームが鳴るまで、もうちょいかかるな。

 

「今は別行動でな、あと30分くらいでこっちに合流すると思うんだが……」

 

 後輩の名誉のために、ゲームうんぬんは黙っておいてやろう。

一応、あんなんでも社会人だしな。

未来あるウマ娘に、変なお手本を見せちゃまずい。

 

「そうなんだ、えっと、じゃあライスも一緒に待ってていいかな?」

 

「まさか断りませんよねェ……?」

 

 トレーナーさんの圧が凄い。

 

「かまわねえよ、そっちこそトレーニングはいいのかい?」

 

「ウチのライスは完璧なんで。スケジュール調整なんてお茶の子さいさいですよ」

 

「お、お姉さま……恥ずかしいよ……」

 

 うーん、レースの時はそりゃあもうすげえ気迫なんだが、こうして見るとやっぱりかわいい女の子だな。

ここは超大規模な女子高みたいなもんだからな……やっぱり、不審者対策はしっかりしねえと。

 

 そう……不審者が死なないためにな。

俺やライ、同僚たちは手加減の仕方を心得ているが……この子たちはそこまでできない。

パニックになって体当たりでもしちまったら、人間なんざ交通事故レベルの大怪我しちまう。

そして、当のウマ娘の体にも反動でダメージが出ちまう。

アスリート人生を、そんなしょうもないことで棒に振らせることはできない。

 

 「――お~い、おぉ~い!!」

 

 ぬ。

聞き馴れた声だ。

 

「あっ、ライデンオーさん!」

 

 トレーナー寮の方から、ライが土煙を上げて走ってくる。

へえ、1時間待つつもりだったが……復活が早いな。

 

「さすがに最高速は劣るけど、凄まじいスタミナね……ばんえい出身、恐るべし」

 

 トレーナーさんが、まるでトレーナーのようなことを言っている。

いや、トレーナーなんだがな。

 

 地響きが聞こえて来るような、大迫力の疾走。

グラウンドで練習をしている生徒たちも、思わずと言った感じで注目している。

ダイナミックだもんなァ……色々と。

 

「……おっきいね、お姉さま」

 

「……アレは暴力ねェ、視覚の暴力」

 

 ……コメントは控える。

ウチの同僚、だいたいあんな感じだもんなァ。

 

 

「――パイセンっ!ライデンオー、完全復活ッスよ~! あ、ライスちゃんとトレーナーさんもおはよッス~!」

 

 しばし後、ライはこちらへ合流した。

あんだけ走ったのに息も乱れてねえ……さすがだ。

 

「おう、お疲れ」

 

「おはよう、ライデンオーさんっ!」

 

「今日もでっかいわねぇ……見てなさいよ、いつかライスが追いつくんだからねェ……」

 

 自分の体は諦めてんだな、トレーナーさん。

絶対に口に出さねぇが。

 

「あのね、ちょっと聞きたいことがあって……お耳、貸してくれるかな?」

 

「お~、いッスよ。ういうい」

 

 ライがしゃがみこむ。

身長差があるから、ほぼ座り込んでんな。

まるで母娘だ。

 

「ライスのヒソヒソ……ライスのヒソヒソ……」

 

 怖ぇよ、トレーナーさんよ。

 

「ほほう……なるほどなるほど」

 

 内緒話が終わると、ライはにやりと笑って……ライスをひょいっと持ち上げた。

 

「わ、わわわっ!?」

 

「ちょっとォ!私の許可なくライスに触れるんじゃな――にゃあああああっ!?!?」

 

 そして、いきり立って向かって行ったトレーナーさんも。

都合、2人を米俵よろしく抱え上げている。

何ちゅうパワーだ。

俺でも無理だぞ、ライスだけならいけるが。

 

「パイセンパイセン!ウチ、昼休憩行ってきますッス!!」

 

「舐めてんのかお前まだ4時間先だぞ……まあ、用事なんだろ?朝だからそんなに忙しくねえし、行ってこいよ」

 

 おおかた、さっきライスに相談された件だろう。

男の俺がいちゃ、話せないような話題なんだろうな。

なら、首を突っ込むことじゃない。

 

「さっすがパイセン!愛してるッスよ~!!!!」

 

「わ、わわわわっ!?」

 

「せめて!せめて頭を前に持っていきなさぎゃあああああっ!?!?」

 

「はいはい、またの機会にお願いしますよ」

 

 妄言を吐き、ライがまた猛然と走り去っていった。

忙しねえ奴だ、まったく。

さて……特に異常はねえし、校舎方面への見回りに行くとするかね。

たまにそこら辺で寝てる娘がいるからな、気をつけとかねえと。

 

 

「……次の試合は、7月の最終週か」

 

 歩きながら、言葉が口を突いて出た。

周囲に人影は、ない。

 

 エキシビジョンマッチでの勝利により、俺はU-1本選トーナメントへの出場が認められた。

大会運営側では結構な悶着があったらしいが、流石にルールに明記されてることを反故にはできねえわな。

 

 そうそう、俺のドーピング疑惑まで出たらしいな、そういえば。

ソレに関しちゃ、偉い学者さんが『どんな薬物を投与すれば、人間がウマ娘に勝てるのか私に教えていただきたい。そんなものがあれば開発者はとうにノーベル賞をもらっているよ』って、粋なコメントを出してくれたがな。

 

「そんなつまらねえもん、使うかってんだよ――なァッ!!」

 

 左正拳が、朝の空気を切り裂いた。

 

「血反吐を吐いて身に付けた『技』と『業』でウマ娘に勝つ。それしかねえし、それだけでいいんだよ」

 

 他には、なにもいらねえさ。

 

「っふ!……あでで、右肘はまだ駄目だなァ」

 

 右正拳は、まだ本気で打てねえか。

だが、時間はたっぷりある。

 

 今度はエキシビジョンマッチと同じにはいかねえだろう。

俺が『ウマ娘を倒せる』ことは、もうバレちまってる。

対策だってされるだろうし、スターラッシュみてえにまずは一発殴ってみろ……って展開もねえだろうさ。

 

 こっちの攻撃は、クリーンヒットにクリーンヒットを重ねてやっとウマ娘に届きうる。

――だが、あっちはどうだ?

ラッキーパンチ一発で、容易に状況がひっくり返っちまう。

現に、腰の入ってねえ手打ちのパンチが掠っただけで……頬骨にヒビが入った。

一番、こっちにダメージが出ないような場所に叩き込んだ右肘だって同じだ。

人間の体の中で一番硬い部分でも、こうなんだ。

 

 それくらい、『人間』と『ウマ娘』の間には隔絶した身体能力の差がある。

そして、それが俺には――

 

「――ヒリつくねぇ、たまんねえぜ」

 

 涼しい朝の空気に似合わず、俺の体温は煮えるように高かった。




【ハルウララのヒミツ】
・実は、山田がしてくれる肩車が大好き。
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