トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

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18話 嫌がっている相手にナンパをする気がしれない。

「ふむ……髪、ちょいと伸ばすかな」

 

 鏡に映る、見慣れた俺の顔。

右眉の上には、横一文字の傷。

赤くはなくなったからあまり目立ちはせんが。

 

「とりあえず、帽子持っておくか」

 

 仕事中も帽子はあるからな、深くかぶれば見えにくいだろう。

とりあえずはそうしておこうか。

 

「ま、とにかくオフだ、オフ。適当にぶらつくかねェ……この後はイベント目白押しだし」

 

 理事長にハテナを届けた2日後、そして休日だ。

顔の包帯はないし、これで気兼ねなく出歩ける。

ミイラ男状態だとハロウィン以外にゃ通報されちまう。

右肘にまだ痛みはあるが、試合は遠いし問題はない。

長袖を着ないといけないのが面倒臭いがな。

 

 俺は、マンションの玄関からウキウキ気分で外へ出た。

 

 ちなみに、ライは以前の帰省の関係で休みがズレた。

この世の終わりのような顔をしていた。

先輩離れしてくれまいか。

 

 

・・☆・・

 

 

「朝とはいえ結構混んでるなァ」

 

 基本的に警備員は1年365日が仕事だ。

なので、土日に休めるとは限らない。

いかにトレセン学園が教育機関とはいえ、土日は定休ではない。

今回はたまたまシフトの都合で土曜が休みになっただけだ。

 

 女子警備員は土日も決まって女子寮の警備があるが、当たり前ながら俺にはない。

男性トレーナー寮の夜警をすることはあるが、基本的に爺さん警備員の仕事だ。

座ってるだけだしな。

……たまーに、物凄くたまーにウマ娘が侵入しようとする事件が起こるらしい。

その場合は、全ての部屋が同時に施錠され、防火シャッター(という名の対ウマ娘用防御システム)が作動することになっている。

そして、ウマ娘の無力化・捕獲は女性警備員が全力で行う。

つまり、その場合もあまり俺の出番はない。

侵入者がガチの不審者だった場合は……うん、『殺さなければヨシ!』という許可を頂いている。

ウチの社長は話が分かるねェ。

 

 現在時刻は朝の9時半。

ちょいと遅いが朝飯にしようかな。

ラーメン……はウララ達とのお出かけに取っておこう。

じゃあ何にすっかな、ううむ。

 

「困ったら『梅や』だな」

 

 超巨大和食チェーン店。

都市部なら2キロ圏内に1軒の割合で存在する。

とりあえずはそこで済まそうか。

 

 

「和定食は正義だな」

 

 近所の店に入り、モーニングセットを注文する。

メニューは鮭の塩焼き、味噌汁、サラダと白飯、それにお新香。

こういうのでいいんだよ、こういうので。

 

「ちょいちょい見た顔が通るなァ」

 

 店内から街の往来に目をやると、私服のウマ娘が結構いる。

制服じゃないので確証は持てないが、たぶんトレセンの生徒だろう。

 

 俺のマンションは、トレセンまで車で20分程度の場所にある。

近所の土地は高いが、USCが借り上げているマンションなので補助がある。

ちなみにライのマンションも近所にある。

アイツはバイクで通っているので、たまに通勤がかち合うと笑顔で煽られる。

走れよ、ウマ娘なんだから。

いくらばんえいウマ娘っつっても、人間よりは大分速いんだから。

……まあ、引退したウマ娘ってバイク乗り率高いがな。

 

 白飯を味噌汁で流し込みながら、外を見る。

うーん……俺は向こうの顔を知らないが、向こうが俺の顔を知っているパターンがよくあるからな。

あの子たちも、休みの日にまで学校関係者の顔を見たくもなかろう。

 

「すいませーん、コーヒー1つ」

 

 幸いにも客は少ない。

もう少しここでゆっくりしようか。

特に予定はないし。

ああ、それか一旦家に帰って車で遠出するか。

そっちの方がいいな、そうしよう。

映画でも見に行くかなあ……

 

 

・・☆・・

 

 

 家から車で40分ほど走る。

複合型ショッピングモールにやってきた。

ここなら適当にブラブラできるだろう。

腹もいっぱいだし、とりあえず映画館に向かうかな。

 

 クソデカい駐車場を歩き、施設へ。

ここに来るのも久しぶりだなあ。

お、ウチとは違う警備会社……っていうか前の職場じゃねえか、懐かしい。

勤務地は違う都道府県だったから、さすがに知り合いはいねえだろうが。

 

「懐かしいねェ……」

 

 

 俺はそこそこの高校へ進み、そこそこの大学を卒業した。

その後、新卒で入社したのがあの警備会社だ。

『討マ流』の稽古ばっかりしてたせい、もといお陰で腕っぷしに自信があった俺には天職だった。

その頃にはもう、U-1エキシビションマッチに勝利して本戦に殴り込む目的があったから……自衛隊や警察はハナから就職目標にしていなかった。

自由が利きそうにねえからな。

というわけで就職し、陰で稽古をしながら機会をうかがっていたわけなんだが……ちょいとまずっちまった。

 

 その日は、とあるビルの夜警に入っていた。

同僚は50過ぎの気のいいおじさんで、何度か組んだことのある相手だった。

いつも通りに巡回し、日誌を書き……交代で仮眠を取ろうとした時のこと。

 

 警報が鳴り、異常を知らせてきた。

1階への侵入警報だ。

 

 慌てておじさんと駆けつけると……そこには、手に武器を持った不審者が、8人。

奴らは、周辺地域で頻発していた武装強盗団だった。

コッソリ侵入して盗みを……って感じの連中じゃない。

目撃者を全員ボコボコにして、時には殺してゆっくり盗みを働くカスの中のカスだった。

俺はおじさんに通報を頼むと……盛り場で半グレ連中を畳んだのと同じ類の『稽古』をすることにした。

 

 まずは相手が多かったので、備え付きの消火器を出合頭に噴射。

一番手前にいた奴2人を、空になった消火器でぶん殴って無力化。

そして、むせて混乱している連中に飛び込み……片っ端から素手でボコボコにした。

試合でもないし、何よりこれは仕事だ。

遊んでいる余裕はなかった。

 

 というわけで……警察が来るころには半死半生の強盗団が残された。

警察には『戦うんじゃなくて逃げろ』と説教されたが、まあいつものこと。

後で『……キミいくつ?大卒?警官に興味ない?』と聞かれたのもいつものこと。

 

 だが、いつものことじゃないことが一つ。

事後処理を終えた後、社長に呼び出された。

俺が今まで何回注意しても不審者や強盗をボコボコにしてたから、まあ、その、なんだ。

 

『君にはUSCが向いていると思う。紹介状を書くから、そちらに就職しないか?』

 

という、体のいい厄介払いだった。

一般警備会社では、戦闘力が高すぎる警備員は持てあますどころか邪魔らしい。

 

 そういうわけで、俺はUSCに就職することになったわけだ。

面接で社長が聞いてきた、『かなり鍛えているが、何の目的で?』という質問に、

 

『格闘ウマ娘と真正面から殴り合って勝つためです』

 

って答えが大ウケしたらしく、爆笑する社長にその場で合格を告げられた。

 

 その後、いきなりガタイのいいばんえいウマ娘を連れて来られて、『戦ってみろ』と言われたのは驚いた。

まあ、問題なく無力化したら『本気だったのか!ハハハハ!いいな!お前……いいなァ!!』って、恐ろしい形相で笑われたのがちょいと怖かったが。

 

 そして、何か所かの勤務経験を経て現在に至る、というわけだ。

今年U-1に参戦したのは、インタビューで言った通り『勝てる算段が付いたから』ってことだ。

こうして振り返ると、意外と波乱万丈かもしれんな。

 

 

 過去に思いを馳せつつ映画館を目指していたら、テナントの影から言い争う声が聞こえてきた。

 

「~~~!」「~~~?」「~~~!!」

 

 聞いた感じ、なんか男女の言い争いだな。

男が……3で、女が1、か。

うん、面倒ごとだな。

 

 警備員に丸投げしようと周りを見たら、悪いことに人気がない。

うーん……近くにいないんなら仕方ねえな。

寄って行って、マジでヤバそうなら首突っ込むか。

揉めてるのを知っちまったら、スルーして映画なんか見に行けねえもんな。

ワンチャン、タダの痴話喧嘩かもしれんし。

 

「いいじゃん、1人ってことは暇なんでしょ?」「俺さあ、ファンなんだよねぇ?」「俺も俺も!ファンは大切にしなきゃあ!」

 

 寄って行くと、どう見ても遊んでそうなチンピラ風の男が3人。

そいつらが、誰か……たぶん女の子を囲んでいる。

 

「……だから何?しつこいんだけど!どいてってば!!」

 

 お?この声は……

 

「おいおーい!ボウリョク反対だって~」「トゥインクルシリーズに出てるような子がさあ、人間に怪我させちゃまずいんじゃないの~?」「モンダイになるぜ、モンダイに~」

 

 ふうむ、近年珍しいほどの悪質ナンパ男だな。

男3人とはいえ、ウマ娘がどうこうされることはないだろうが……『あの子』が蹴りでもしたら、確かにえらいことになっちまう。

 

「やめてって、触んないで!」

 

「お~コワ、ちょっとファン交流しようぜ~なあ、タイs――」

 

 

「――おおおおおおおおおおおい!!タイシイイイイイイイイイイイイン!!!!」

 

 

 俺が大声を出すと、男3人がビクリと震えた。

 

「探したぞ!!迷子になったらダメだろ~?」

 

 わざと足音を立ててゆっくり近付くと――男がイラついたように振り返った。

 

「でけえ声出して……んじゃ……ね……」

 

 そして、わかりやすく威嚇の表情をしながら俺を視認し……ゆっくりと顔を青ざめさせた。

 

 そりゃあな。

身長190オーバー、筋肉ムキムキの男が満面の笑みで立ってるんだからビビるよな。

声かける前に上着と包帯をオミットしたから、今の上半身はタンクトップ一枚だ。

傷跡もバッチリ見えるし、さぞ迫力があるだろう。

 

「やあ僕ちゃん達ィ、俺の姪っ子に何の用だァ?」

 

 どすん、と音を立てて踏み出す。

ついでに、さりげなく両腕をパンプアップさせることも忘れない。

 

 サラブレッドウマ娘は可愛いし美人だが、人間より強い。

そうとわかっていても、見た目には迫力はない。

ばんえいウマ娘や格闘ウマ娘ならまだしもな。

 

 そこへ行くと、俺はどうだ?

わかりやすく『逆らったら殺される』って圧をかける外見をしていると思う。

人相も悪いし。

 

「あ、え、ええっと、その、俺達この子のファンでェ……」「さ、サインとか、貰おうかなって、思って……」

 

 しどろもどろの男たちを睨みつける。

そして、腹から声を出した。

 

「そうかいそうかい、それなら――その汚ェ手、離して……とっとと消えろォ!!!!」

 

 同時に、後で飲もうと思って買っていた缶コーヒーを、左手で握り潰した。

封をしたままの缶が潰れ、内容物が勢いよく噴出。

……無糖にしといてよかった、手がベタベタにならんし。

 

「っひ!」「は、はひ!」「すいませんっしたァ!!」

 

 3人は、泡を食って俺と逆方向へ逃げていった。

 

「まったく……昼間っから盛りやがって、猿共が」

 

 そして、そこには元々絡まれていたウマ娘だけが残った。

大きなウマ耳と、特徴的な前髪。

そして……タマと同じくらいのちっこい体。

 

「よォ、災難だったなあ……ナリタタイシン」

 

 ハヤヒデの友達の、ナリタタイシンがそこにいた。

彼女は掴まれていた手首をさすりつつ……目を丸くして俺を見ている。

かと思えば、ジト目になってこう言った。

 

「……アタシ、アンタみたいにでっかい親戚いないんだけど」

 

「だよなァ!はっはっは!」

 

 この子はハヤヒデともう1人、ウイニングチケットって元気な子と3人でいるのをよく見かかる。

全員タイプが違うが、だからこそ仲がいいんだろうな。

今までそんなに絡んだことはないが、何度か立ち話をしたことくらいはある。

 

「っていうか、別に助けてくれなくってもよかったし。なんとでもなるから」

 

 ふふん、チワワの威嚇の次くらいに怖いな。

……そのプルプル震えてる足さえなければな!

まあな、いかにウマ娘とはいえ女の子。

きったねえ男に下卑た態度で迫られたら、こうもなるよな。

まだ子供なんだから。

そして……それを言わない程度の良識は俺にも、ある!

 

「そんなもん100も承知だがなァ、お前はトゥインクルシリーズを控えてる大事なウマ娘なんだ。あんな人間以下の産業廃棄物にかかわって、トラブルにでもなったらそれこそ本当のファンが、いや俺が困る!!」

 

「……ふん、声でっか。もう夏も終わったのに暑苦しいね」

 

 しょうがねえだろ、性分なんだから。

 

「でも、一応お礼は言っとく。……ありがと、ヤマダさん」

 

「どういたしまして。将来のスターウマ娘の手助けになれて光栄だ」

 

「クッサ……本気で言ってんだね。ある意味凄いよ」

 

 そう言って、ナリタタイシンはくすりと笑った。

……やっぱり素直だ。

ブライアンといい、ウマ娘はみんな素直で可愛いと思う。

ちょっと癖があったりなかったりするだけだしな。

 

「……あの、すっごい傷あるんだけどマジなんだね。『カルガモの親子を助けて路面電車に撥ねられた』っての……ハヤヒデが心配してたけど、てっきり嘘だと思ってた」

 

 ……いつの間にかカモの種類まで設定されてんな。

噂には尾ひれがつきものだ。

このまま行くと最終的に戦車に轢かれたってことになるかもしれん。

 

「……そんなしょうもない嘘付かねえよ、うん。あー……で、今日は1人か?ハヤヒデとかチケットはいねえんだな」

 

 このままだと傷だらけの変態なので、いそいそと服を着る。

 

「アタシだって、いつも3人でいるわけじゃないし。今日は映画を見に来たんだ……せっかくいい気分だったのに、変なのに絡まれてサイアク」

 

「ありゃりゃ、そいつは本当に災難だったなァ」

 

 映画か。

ちょうどいい。

 

「まださっきの3バ鹿がいるかもしれんし、映画館まで一緒に行こうか。俺も映画見に来たんだよ」

 

「……いいよ」

 

 そうと決まればとっととここを離れようか。

人気もないし。

 

「ナリタタイシンは何見るんだ?」

 

「先週からやってるアクションもの……ねえ」

 

「おん?」

 

 並んで歩いていると、ナリタタイシンがちょっと不機嫌そうに話しかけてきた。

 

「『ハヤヒデ』に『チケット』で、なんでアタシは『ナリタタイシン』なワケ? 別に、仲良くなりたいってワケじゃないけど……なんでそんなに他人行儀?」

 

「……なんでだろうな?」

 

「質問に質問で返さないでよ」

 

「あー……じゃあナリタちゃん?」

 

「違う!ちゃんはいらないし、それだといっぱいいるじゃん……タイシンでいいよ、別にさっきだってそう言ってたじゃん」

 

 アレは親戚っていうロールプレイだったんだが……まあ、本人がいいならいいか。

 

「じゃあ……改めてよろしくな、タイシン」

 

「ん」

 

 こういう年頃の子たちとの距離感ってわからんなァ。

まあ、さすがに嫌われてはないとは思うんだが…… 

嫌われるようなことはしてないし。

警備員だし。

 

「アンタさ」

 

「うん?」

 

「今日は一緒じゃないんだね、ライデンさん。いっつもニコイチだからなんか、新鮮」

 

 人をお得商品みたいに言いよるわ。

 

「流石に休みの日までは一緒じゃねえよ。休みも合ってないし……シフトがよく一緒になるからそう見えるんかな」

 

「かもね。あの人ってさ、元気の塊みたいだから……見てるとちょっと、チケット思い出すんだ」

 

 チケットか。

ふうむ……

 

「……ジャンルがちょいと違うような気がするなァ?その、生き物の」

 

「っふ、何それ。ばんえいウマ娘もウマ娘でしょ」

 

 タイシンは思わずといった感じで笑った。

さっきもそうだが、笑うと年相応だなァ。

 

 ……だが俺にはわかる。

この子はタマと同じで『ちっちゃくて可愛い』ってのが逆鱗に触れるタイプだ。

そこだけは気をつけよう、そうしよう。

 

 そんなこんなで映画館に到着した。

さっきの連中はいなかった……あれだけ脅せばまあ、関わってこないだろうけどな。

一応、用心だけはしておかないと。

 

「着いたな。そんじゃ、ここで」

 

「ん。……あの、さっきはありがと」

 

「もう聞いたから気にすんな。あんなアホ共のことはとっとと忘れろよ、今度似たような事があったらダッシュで逃げるんだぞ」

 

「うん……それじゃ」

 

 ちょっとだけ仲良くなれた気がするタイシンと別れ、上映スケジュールを見に行くことにした。

さーてと、何の前情報も入れてねえからな。

何があるかな~っと。

 

『愛の飛越 ~ウラヌスの物語~』

 

『貴方と、どこまでも ~再会のキーストン~』

 

 おいおい、おいおいおい。

なんか……恋愛映画ばっかりじゃないか?

どういう狙いでこんなに恋愛映画ばっかりぶつけてくんだよ。

ま、まあ他にも映画はあるし……お、これは戦争映画か?

 

『白魔戦記 ~クリフジ、愛の決死行~』

 

 ……戦争モノの皮を被った恋愛映画じゃねえか!!

クリフジってアレだろ?恋人が捕まってた捕虜収容所をむっちゃ少人数でボコボコに破壊したウマ娘だろ?

恋人以外の捕まってた捕虜も全員助け出して、敵の兵器奪って逃げたっつう……歴史上の人物だよな。

……特撮部分に力は入れてるだろうが、恋愛は恋愛だもんなァ……

 

『戦火を越えた愛 ~キンチェムとフランキー~』

 

 ……おい!

日本映画以外に希望を見出したら、洋画も恋愛まみれじゃねえかよ!!

どうなってんだこの映画館!?というか上映スケジュールは!!

ええい、他にないのかよ!恋愛以外の映画は!!

 

『箒星からの物体Ω』

 

 お、おお!?恋愛映画じゃない!!

内容は……謎の箒星から地球に飛来したエイリアンとの戦い、か!

イイねイイね!

映像も凄そうだし、やっぱり金払って映画館で見るならこういうのだよなあ!!

お、もうすぐ上映開始で……むっちゃ空席ある!

これにしよう!

ポップコーンとコーラも買って、ご機嫌な映画鑑賞の始まりだぜ!!

 

 

「……これにしたんだ」

 

「……他にいいのがなくってよ、なんで恋愛モノばっかりなんだよ」

 

 チケットや諸々のものを買ってゲートへ行くと、タイシンに会った。

どうも、さっきぶりです。

 

「知らないの?アレ見なよ」

 

 つい、とタイシンが指差した先には……でっかいポスターが。

 

『残暑を吹き飛ばせ!心がキュンキュンする映画フェア!!』

 

……なるほどォ。

俺のリサーチ不足ってワケ、か。

 

「まあいい、気を取り直して映画を楽しもうか!」

 

「この映画、ゲームが原作なんだけど知ってるの?」

 

「……その情報も今知ったが?」

 

 別に何が原作でも面白けりゃいいだろ。

 

「ふふ、下調べゼロで映画見に来る人初めて見た」

 

「よかったなァ、貴重な人材だぞ」

 

「あはは!なにそのドヤ顔、ウケる」

 

 ……よくわからんが、楽しんでもらえて何よりだよ。

 

 そして中に入ったが、席はタイシンの後ろの列だった。

この子ちっちゃいから後ろからは見えんけど。

言ったら怒られるから言わないけど。

 

「タイシンタイシン、ポップコーン分けてやろうか?」

 

「いいの?じゃあ……ちょっと、待って待って!そんなにいらないってば!」

 

 ええ~、タイシンって小食なんだなァ。

この程度で足りるのかよ。

ライやオグリなら3口で食いそうな量だぞ。

タマもそうだが、小さいウマ娘は小食なんだなァ……あ、ライス、ライスは……イレギュラーだな!

 

 

・・☆・・

 

 

「むっ……ちゃくちゃ面白かった。特に後半、主人公のチームが宇宙船奪って大暴れするとこ」

 

「あんまり期待してなかったけど、確かによかった。久しぶりの映画もいいね」

 

 大満足の映画体験が終わった。

いやー……マジで来てよかった。

映像ソフトになったら買おう。

 

「うあ、サイアク」

 

 急にどうしたんだよ。

テンションジェットコースターか、キミ。

 

「え?嘘だろ……映画始まった時には晴れてたのに」

 

 外が見える窓の向こうは、暗い。

まだ時間は2時過ぎなのにだ。

しかも……土砂降り。

遠くの方が霞んで見えないレベルの雨だ。

 

「どうしよ……夕方から見たいテレビあるのに」

 

 このモールは、駅まで少し離れた所にある。

バスは出ているが、本数はさほど多くない。

止むまで待つにしても、この様子じゃ長引くだろうなあ。

 

「なあタイシン、嫌じゃなければ送ってやろうか?俺車で来たから」

 

「え?……いいの?」

 

「寮に帰るんだろ?俺の家もまあ近所だから気にすんなよ。で、どうする?」

 

 帰り道だからどうってことはない。

この状態のタイシンを置いて帰る方がちょっと、アレだしな。

また例のアホが湧くとも限らんし。

 

「ん……じゃあ、お願いしてもいい?」

 

「ノープロブレムデース!」

 

「なにそれ、タイキの真似?……なんか、今日は色々ありがと」

 

 感謝がしっかりできるいい子ですこと。

きっと親御さんの教育が良かったんだろうなァ。

 

「いいってことよ。用がねえならすぐに出発すっか?」

 

「あ、ちょっと待って。パンフレット買っていきたい」

 

 お、タイシンは買う派なんだな。

俺は『買い過ぎて部屋がえらいことになったから買わない派』だ。

 

「うーい、じゃあ映画館の入口で待ってるな。はぐれるなよ?」

 

「アンタみたいなデッカイ目印、見間違えないでしょ」

 

 確かに。

ホッカイドウトレセンにでも行かなきゃ、なかなか俺くらいの身長のやつは珍しいしな。

 

 

「コレが俺の愛車だ。ちっと古いが、中はしっかり掃除してるから安心しな」

 

「なんか、いいねコレ」

 

「お、見る目があるな!ナリタタイシンは大成するよ、それは間違いない」

 

「なにそれ」

 

 駐車場に戻り、車に乗り込む。

……車高が高くてちょいと乗り辛そうにしてたのは正直スマンかった。

タマも苦戦してたなァ。

 

「すげえ雨だな……安全運転で帰るぞ。音楽とかかけるか?」

 

「いい。雨音とごっちゃになるし」

 

「確かにそうだな」

 

 視界が悪い道をゆっくり走る。

周りは俺と同じ考えなのか、交通量は多いが速度は遅い。

 

「あー……最近どうだ?」

 

「子供とうまくいってないお父さんかなにか?」

 

 だって……沈黙が気になるんだよ。

 

「タイシンのとこはたしか、平取トレーナーだったな。うまくやってんのか?俺はたまに呑みに行くが」

 

 平取トレーナーは、オグタマの北井トレーナーと同年代のおじさんだ。

重量挙げの選手だったとかで、今でも結構筋肉質な体をキープしている。

元トレセン生の奥さんとの間に、なんと6人の子供がいる。

うち2人はウマ娘だ……なんで知ってるかって?呑む度に写真を見せられるからだよ。

 

「別に……声がデカくて暑苦しいけど、理不尽な感じじゃないから我慢してる」

 

「我慢か、はは。タイシンにかかっちゃ平取サンも形無しだなあ」

 

 そんなこと言っても担当が変わってないってことは……つまりは相性がいいんだろう。

理事長はウマ娘のことを第一に考えまくってるからな、もしもウマ娘にとって不利益とか悪影響をもたらすトレーナーなら即交代させられる。

今の理事長の代になった当初、それで結構な数のトレーナーが処分されたらしいからな。

名義貸しとか、金目当ての無理な出走登録とか……昔はアレなトレーナーが結構いたらしい。

 

「タイシン、なんか学園で困ったことあったらすぐに周囲に言えよ。今は変なトレーナーはいないとは思うから、主に不審者とかな」

 

「ウザ……子供じゃないんですけど?」

 

「俺より年下の未成年はすべからく子供だが?」

 

「わかった、わかったってば……変なのいたら言うよ、アンタに。ボコボコにしてくれるんでしょ?」

 

 お前なあ、そんな俺がいつも不審者をボコってるみたいに……

 

「ああ任せとけ、USCは攻撃的な不審者に対して容赦はしないからな。生まれてきたことを後悔する一歩手前くらいの目に遭わせてやるさ」

 

「ちょっと、目がマジなんだけど……」

 

 そりゃあ、マジだもんよ。

警備員だし。

 

 

・・☆・・

 

 

「学園に着いたら雨が止んだな。三女神様のご加護かな、こりゃ」

 

 ぽつぽつと話をしながら問題なく運転し、トレセン学園の駐車場まで帰ってきた。

地面は濡れているが、こっちの雨はもう止んでいる。

 

「……あの、これ」

 

 タイシンが、小さな紙袋に入った何かを鞄から出してきた。

中身は……キーホルダーかな?

 

「車代……みたいなもんだから、今日はありがと」

 

「おい、そんなに気にしなくても……」

 

 そう言うと、タイシンはドアを開けてササっと出ていった。

 

「アタシが気にするんだよ!……じゃあ、またね!」

 

「お、おう……お疲れ」

 

 そっぽを向いたまま呟き、タイシンは足早に去って行く。

 

「……やっぱ、ここのウマ娘ってみんないい子だわ」

 

 今日見た映画で俺が褒めていた宇宙船……それを象ったキーホルダーが、手の中で光っている。

こんないいもん貰っちまったらなぁ、頑張って警備するしかねえな!

 

 

「っぱ、ぱぱぱ、パイセンが!パイセンがタイシンちゃんと逢引きッス!?み、ミギャアアアアアアアアアアアアアアアア!?」

 

「キングちゃん!ライさんが変だよー!?」

 

「いつものことよウララさん。放っておけば治るわ」




【山田一郎のヒミツ】
・実は、最終的に『カルガモの大移動を助けるために、路面電車をタックルでひっくり返した』というレベルにまで噂が拡大した。
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