トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。   作:秋津モトノブ

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22話 変則ハグと次なる対戦相手。

 トレセン学園、第二会議室。

そこに、俺と社長はいる。

 

「ムソウシンザン様、山田一郎様……本日はわざわざご足労頂き、誠にありがとうございます」

 

 大テーブルを挟んで向かいに立つのは、アイルランドSP隊の隊長。

そして、その左右にSP隊の皆様だ。

メイヴさんだけはなんとかわかるが、その他の方は全員クローンか何かに見える。

 

「いやなに、提携先の安寧の為だよ……そちらも座り給え、そう肩肘の張った話でもあるまい?」

 

「失礼します」

 

 社長の声に、SP隊は一斉に席へ着いた。

俺は軽く会釈して、社長の横に座る。

本日の仕事は社長の指示があるまで黙っておく、それだけだ。

積極的に発言する気もねえが。

 

「さて……隊長殿からの要望は、我がUSC社員、山田一郎についてだったな」

 

 社長がそう言うと、隊長さんがすっくと立ちあがった。

座ってすぐなのに……

 

「――はい。山田様、我々は……貴方のことを調べておりました、まずはそれについて謝罪いたします」

 

 そして、綺麗な一礼。

社長に視線を送ると、『待て』と口だけを動かされた。

はい、待ちます。

 

「ほう、それは驚きだな。何故かね?」

 

 白々しい社長の発言。

 

「……山田様の身体能力が、一般的な人間男性のソレを遥かに上回るものだったからです。我々は君命により殿下を守護する立場、ごく近い場所に不確定要素が存在することは避けたい、そう思っての行動です」

 

 まあ、そうだろうなと思ったこととだいたい同じだ。

俺の身体能力がアレなのは、俺が一番知っている。

そうなるように死ぬ気で鍛えたから、当然なんだが。

 

「ふむ、なるほど自明だな。警護対象の周囲から遠ざけておきたいのは当然のことだ、なあ?」

 

 社長がこちらを見る。

頷くだけに留めておいた。

 

「それで……調べた結果はどうだったかね?隊長殿」

 

「はい、在校生の皆様から聞き取り調査をしました。その結果……信じがたい情報が散見されましたが、それらも含めて全てが好意的な印象によるものでありました」

 

 ……信じがたい?何が?

別に学園内で何かやった覚えはねえんだが。

 

「具体的にどんなものが?」

 

「いくつか抜粋いたしますと……『ハルウララ様を肩車しながらグラウンドを爆走』『ライスシャワー様を乗せた状態で大型タイヤを曳いて移動』『メジロライアン様を背中に乗せて指立て伏せ』『ツインターボ様とビコーペガサス様を両肩に乗せてスクワット』あとは『伐採予定の木を蹴って破砕』などで――」

 

「わかったわかった、もういい、もういい……」

 

 社長が手で話を止め、俺をジト目で睨んできた。

『そんなことやってたのかお前……』みたいな意思を感じる。

……はい、全部心当たりがあります。

まさか見られていたとは……特にライアンの時は周囲に誰もいなかったハズなんだが……?

 

「ハァ……なるほど、それは目立つなあ、イチロー?」

 

 何も言えねえ。

学園内だしちょっと油断しすぎてた。

でもタイヤは桐生院トレーナーも曳いてたしいけるかなって……

 

「で、ですが山田様は本当にご評判がよく……我々も調べれば調べるほど申し訳がなくなってまいりまして……重ねて、誠に申し訳ございません!お2人に改めて謝罪いたします!」

 

 何故か隊長さんがフォローしつつまた頭を下げてきた。

いやまあ……別に……?

特に変なことはしてないし、言いがかりをつけられたわけでもないんだが……?

 

「はぁ……」

 

 社長は苦笑しつつ溜息。

 

「……まあ、貴族の警護をする上では仕方があるまいよ。私もイチローも謝罪を受け入れる……よな?」

 

 頷く。

元から喧嘩をする気はない。

 

「さて……山田一郎の、その特異な身体能力についてはこちらも答えることはやぶさかではない」

 

 社長が、さらに続ける。

 

「だがね、我々が危惧していることはその『情報』が貴君らの『上』まで伝わることなのだよ。共にトレセン学園に関わる立場として、友好的な関係を築いていきたいという思いはあるが、ね」

 

 『上』つまりはファインモーションの父上……つまりはまあ、王様だな。

さすがに、俺もこのタイミングで外国にまで正体がバレるのは避けたい。

……ライに言われて検索したが、マジでウマッターでは俺へのラブコールが大量にあったし。

王族経由で情報拡散されることはあり得んとは思うが……

 

「それは――」

 

 口を開き替えた隊長を、社長が制す。

 

「一生黙っていろ、というつもりはない。来年の1月まで『上』への情報開示を待っていただきたい……これが確約されれば、私は貴君らに情報を提供しよう……これは、山田一郎本人も納得のことだ」

 

 俺も横で頷く。

1月……つまりはU-1トーナメントが終了するまでだ。

これより先になんらかの形でバレると、トーナメント参加に悪影響が出るかもしれん。

正直、それが終われば別になんということもない。

 

 俺が一番恐れているのは、今回の『挑戦』が、何らかの『横槍』でナシになるってことだ。

俺がずうっと抱えていた『望み』が、パーになるのが一番怖いってことだ。

 

 今回の参戦はイレギュラー。

ルールの盲点を突いたようなもんだ。

U-1の運営がどんなレギュレーションに変更してくるかわかったもんじゃねえ。

危険だから『人間用特別ルール』を設定しよう、とかな。

――それは、ナシだ。

俺はフラットな状態でU-1に挑戦したいだけなんだ。

人間用のハンデルールなんざ作られてみろ、参加する意味が消滅しちまう。

 

「……犯罪に起因するようなことでは、ありませんか?」

 

「――それだけは、ない。USC社員に後ろ暗いものは、1人として、いない」

 

 隊長さんの質問を、社長が切って捨てた。

俺に前科は一切ないからな、これだけは胸を張れる。

……主に職務上でスレスレなモンがいくつかあるが、全て正当防衛で処理されている。

過去の修行?………………ひ、被害届は出てないから。

 

「……」

 

 一瞬、隊長さんは考え込んだ。

そして……

 

「――承知いたしました。私の権限において、この場以外への情報開示は来年1月まで決して行いません」

 

 サングラスを外し、社長を真っ直ぐ見つめてそう言った。

栗色の綺麗な瞳だった。

 

 周囲の隊員さんは少しだけ動揺したが、声を出す人はいなかった。

上意下達がしっかりしてんのな、信頼される上司ってワケだ。

 

「ふむ、ならば私からは何も言うまいよ。……よしイチロー、情報の開示を許可する」

 

 ……え、俺が言うの?

そこも含めて社長が言うんじゃ……うあ、睨まないでくださいよ、わかりましたってば。

説明苦手なんだがなあ。

 

「ええっと……じゃあシンプルに。私は、現在『無名』としてU-1トーナメントに出場しています」

 

 と、そう話し始めた。

 

「その為に……幼少の頃から比喩ではなく『死ぬほど』鍛え続けました。その結果が今です、コレについては一切の虚偽もごまかしもありません……私の身体能力については、そうとしか説明できませんね」

 

 必死で鍛え続けた結果、ようやく同じ土俵に立てた。

言葉で言うのは簡単だが、その過程は……思い出すと軽く寒気が走る。

師匠……感謝はしているが、アレ俺じゃなかったら死んでるぞ。

紐ナシバンジーとか、滝壺落下とか、野生動物100匹組手とかさァ。

 

「「「……」」」

 

 SP隊の皆様は絶句していらっしゃる。

思ってもいなかった答えが出てきたからのようだ。

 

「し、失礼いたします」

 

 メイヴさんがタブレットを取り出し、操作を始める。

やがて何かに行きついたのか、画面と俺を盛んに見比べ始めた。

隊長さんも含め、皆そうしている。

……アレ、U-1の公式ページかな?

 

「……た、確かに」「言われてみれば背格好も、目も……」「ニュースで目にしていましたが……まさか」

 

 そして口々に相談し合っている。

そんなに見つめないでくれよ、照れちまう。

 

「事実だ。USCがバックアップしてエントリーをしている」

 

 そして、社長の駄目押し。

まあ、ここまで来たら嘘言っても仕方ねえな。

 

「……なるほど、それで期限が『1月』ですか。それではこの前までの怪我も……」

 

 隊長さんが、衝撃から立ち直って言ってきた。

 

「まあ、『格闘ウマ娘に勝って怪我しました』よりかは納得できるでしょう?」

 

 かわいそうなカルガモも路面電車もいなかったからいいじゃねえか。

 

「……この『全てのウマ娘を愛しています』というのも……?」

 

 メイヴさん!なんで見つけちまうかな、そのページ!!

 

「……じ、事実です。その、私がエキシビションで勝ってから『反ウマ娘思想』のカス共が盛り上がったって聞きましてね……そんな人間性が放射性廃棄物の集団と、同じ穴の貉と思われては大迷惑ですから」

 

 つくづく、邪魔にしかならねえ存在だよ。

法律がなければ俺が1人ずつタコ殴りにしてやるんだがね。

 

「そうですか、同じような手合いは北欧でも活動しておりますから……嘆かわしいことです」

 

 マジかよ、隊長さん。

そっちにもいんのか……まあ、いるよな。

『反ウマ』、アメリカの次にヨーロッパで多いってどこかで聞いたから……大変だろうなあ。

 

「さて……隊長殿の疑念は晴れたかね? 私としても、山田一郎はウマ娘に危害を加えるような人間ではないと断言しておこうか。彼はホラ、筋金入りの『ウマコンプレックス』だからな」

 

 ちょっとォ!正式名称で説明すんのやめてくんねえか!?

ホラぁ!隊員さん達が揃って目を逸らしたじゃねえか!!

 

「え、ええ。それはもう……あの、よく理解、理解いたしました」

 

 隊長さん、納得したんなら目を見て話していただけまいか。

 

「加えて彼はなあ、『親元を遠く離れて頑張っているウマ娘』という存在に特に弱い。ハルウララ、タイキシャトルとかな……なあ、イチロー?」

 

「……まあ、否定はしません」

 

「そらな?つまりファインモーション殿下のことも同じように考えているハズだ。なにせ9000キロは離れているわけだし、な」

 

 いや、そりゃそうだけどあの子はこんなにSPが付いてるし……と、言うのはやめておこう。

問題がややっこしくなりそうだ。

 

「なるほど……よく、本当によくわかりました」

 

 隊長さんの言葉に、残りの全員も立つ。

 

「「「誠に申し訳ありませんでした!」」」

 

 うおお、一糸乱れぬ謝罪だ!

迫力がすげえ。

……が、これはこのまま放っておくとずっと謝られるな。

生徒会の時と同じだ!

 

「はい!謝罪は受け取りました!だからこの話はおしまい!おしまいで!!お互い半分トレセンの職員みてえなもんじゃないですか!?ね?ね?」

 

 慌てて立ち上がり、そう止める。

 

「しかし――」

 

「ね!社長!もういいですよね!?俺にも会社にも不利益にはならなかったので!?ね!」

 

 社長は座ったまま愉快そうに頬を歪めた。

……そうしてるとマフィアのドンに見えるしな。

 

「イチローは本当にウマコンだな。まあ、よかろう……USCとしてもSP隊にどうこうはない」

 

 ウマコン扱いはアレだが……いいだろう。

これからも長いこと一緒の空間で働くんだ、気まずいままだと困るしなあ。

 

「はい!隊長さん握手!握手しましょう!ホラ!」

 

「ほほう、そうやって美しいウマ娘の手を楽しむ魂胆か」

 

 社長の人聞きが悪い!!

 

「やめてくださいよ!だいたいねえ、ウマ娘ってのは皆さん大美人でしょ!!そんな当たり前のこと……」

 

「おーやおや、そうだったなぁ」

 

 なんだその顔は!!

 

「あ、あの、その……山田様」

 

「はい?なんですかメイヴさん……ああ、握手ですね」

 

 率先して近付いてきたメイヴさんが手を差し出してきた。

ああ、ありがたい。

 

「その、メイヴさん……これからもよろしくお願いします」

 

「ええ、よろしくお願いしますわ、山田様」

 

 その手は暖かかった。

これで丸く収まった……かな?

 

「あの、私も」「わたくしも」「お願いします」

 

 おおう、なんか全員と握手することになった。

まあ、いいか。

アイドルにでもなった気分だな。

ウララと同じダートウマ娘の……あれだ、ファイティングファルコンちゃんだっけ?あの子みたいに。

 

「よろしくお願いしますね、隊長さん」

 

「はい、よろしくお願いいたします、山田様」

 

 ようやく隊長さんと握手できた。

よかったよかった、丸く収まった。

 

 さっきまで地味にあった緊張感も消え失せたな。

いやあ、早めに解決して助かったなァ。

 

「よし、では親睦を深めようじゃないか。なあ隊長殿」

 

「はい、それでは」

 

 親睦?

なに言ってんの社長。

 

 ……ん?

何故そのほかの皆様は机を片付けてるんです……?

ああ、あっという間に広い空間が確保された。

 

「山田様、そ、それではその……親睦も兼ねまして先日のお約束を……」

 

 ……なんか約束したっけか?

先日……ああ、まさかアレか?

 

「では……ご無礼ッ!!」

 

 メイヴさんがやおら俺に向かってダッシュしてきた。

急は困るって急は!?

 

「――っふ!!」

 

 ウララよろしく正面から突っ込んできたメイヴさんを抱き留め、衝撃を横回転で受け流す。

……テンマよりは軽いから大丈夫かとは思ったが、スピードが速かったので念のためだ。

しかし、流石は直属の護衛……筋肉の付き方が均一でしかも強靭ときた。

……セクハラじゃねえぞ。

 

 何度か回転し、完全に勢いを殺して止まる。

ふう、なんとかなった。

 

「あの、これでいいんですか?どこか痛めた所は……」

 

「い、いいえぇ……(嗚呼、これが殿方に正面から本気で抱き留められた感覚なのですね……キンチェム様も、このようなお気持ちだったのでしょうか……)」

 

 おい大丈夫かメイヴさん。

なんかこう……心ここにあらずになってるけど!

このハグとも呼べねえ何かでどんな心境の変化があったんだよ!?

 

「あの、メイヴさん?」

 

「――お見苦しい所をお見せいたしました。自分は大丈夫であります」

 

「は、はあ……」

 

 何故か軍隊口調になり、メイヴさんはサッと離れた。

そして会議室の壁際まで下がると、隊員さんたちと一緒に話し込んでいる。

 

「いい匂――」「胸板――」「まるで岩――」「優し――」

 

 ……何の話だろうか。

表情の感じから、俺の悪口じゃないってのはわかるが。

 

「……フムン、帰ったら私もダーリンにああしてやろうか」

 

 社長が恐ろしいことを言っている。

あの、旦那さんが死んじゃうと思うんで勘弁してあげてくれませんか……?

いや待て、ひょっとしたら社長が俺の役をやるのか?

ああ、まあそれなら大丈夫か。

 

「山田様、次はわたくしが……」

 

 新しい隊員さんが進み出てきた。

……えぇ!?これ全員分やるのかよ!?

怪我させないようにしとかねえとな……

 

 結局、隊員全員を2回ずつ変則ハグすることになった。

地味に疲れたぜ……後半は向こうも遠慮なく飛び込んできたしな。

……よくわからんが、これでよかったんだろうか?

社長はニヤニヤしていたが、よかったんだろうか……?

 

 

・・☆・・

 

 

 SP隊との和解?も終え、通常の勤務に戻った。

 

「今日はSP隊とイチャ付いてたんスかぁ~?」

 

「今日はってなんだよ。俺ぁ毎日誰ともイチャついてねえぞ?」

 

「ウチとは毎日イチャイチャしてるッスよ~?」

 

「はいはい、そうだね」

 

「塩対応も最近癖になってきたッスねぇ……」

 

 そして、いつも通りのライと巡視をしている。

本日は日勤也。

 

「今日は合同授業が多いから賑やかッスねえ」

 

 ライが言うように、グラウンドにはホッカイドウトレセンの生徒も多い。

外向けの交流行事は終わったが、あの子たちはここにあと2日いるしな。

お互いのことをよく知れるように、授業も交流仕様になる。

今は……たぶん中等部だ。

だってテンマがいるし。

 

 ソリに見立てたクソデカタイヤにサラブレッドウマ娘を数人乗せ、ばんバが曳いている。

おー……すげえすげえ、大迫力だ。

俺はあそこまでの質量は無理だな。

精々ウララとライスくらいじゃねえと。

 

「そういえばパイセン、対戦相手の発表もうすぐッスね」

 

「ああ、今日の昼過ぎだな」

 

 時が経つのは早いもので、俺の次の試合まで残り二週間となった。

 

「次に勝ったらいよいよベスト8ッスよ、パイセン!」

 

「だなぁ、思えば遠くに来たもんだ」

 

 そこまで行けば、例年ならトーナメントの組み合わせが可視化される。

もう少しだなァ。

 

「ま!どんな相手でもパイセンならパパパっと畳めるっスよぉ!」

 

「お前の自信は一体どこから来るんだよ」

 

「パイセンへの信頼感ッスかね~?」

 

 調子のいいこと言いやがって、全く。

だがまあ……俺も負ける気はない。

勝負は始まってみなけりゃわからんが、ハナから負けるつもりで戦う奴はいねえだろう。

俺も、そうさ。

 

「とりま、祝勝会の店決めるッス!焼き鳥食いましょ焼き鳥!『バードオブリージュ』行きましょ!」

 

 コイツが選ぶ店、デカ盛りばっかじゃねえか。

味はいいから文句はねえがよ。

 

「今回はテンマの奴、来れるのかねえ」

 

「さすがに補習おかわりはないっしょ……ないッスよね?」

 

「俺に聞くな」

 

 アイツ、競技の方は申し分ねえが勉強がなあ……

ここほどじゃないが、一応ホッカイドウトレセンも『文武両道』だからな。

高等部になって留年しなきゃいいんだがよ。

社長もさすがに泣くぞ。

……いや、あの人も補習常連だったとかいつか言ってたな。

なら大丈夫……か?

 

「あ、テンマちゃんが曳いてるッス」

 

 見れば、タイヤの上にウララやキングヘイローを乗せてテンマが走っている。

まるでアレだ、ラッセル車だ。

北海道を思い出すぜ……

 

「それにしても対戦相手ってどんな人ッスかねえ……」

 

「さてなあ、始まった当初はトーナメントも組まれてたのにな。こういう形になったのは……なんでだっけ」

 

 俺が学生の頃は雑誌で『全選手特集!!』とか組まれてたよな。

社会人になるちょい前くらいに今の形になったような気がするが、理由まではとんとわからん。

 

「アレッスよアレアレ」

 

「どれだよ……」

 

 俺は代名詞で会話が成立する人間じゃねえんだぞ。

 

「えーっと……ホラ、『ビリオンクロック』選手の襲撃事件ッス!アレで非公開になったんスよ!」

 

「ああ、アレかあ……痛ましい事件だったな」

 

 ビリオンクロック、たしかボクシング出身の選手だった。

何があったかは知らんが、本国にいる時に襲撃されたんだよな。

例によって『反ウマ』の連中に。

『ウマ娘がいい気になってんじゃねえ!』的な犯行声明が出てたっけ、そういえば。

 

「ほんとッスよ!アレでビリオン選手は現役引退ッスから!カス!人間のカスッス!!」

 

 ライが怒っている。

おい、生徒が見てんぞ音量下げろ。

 

「まあ、現役引退っつても、なあ……」

 

「はん!刑が重すぎるんス!!なぁんで逮捕されちゃうんスか!被害者なのに!!」

 

 ……ライが言うように、ビリオンクロック選手は逮捕された。

罪状は日本で言う所の『過剰防衛』だ。

 

 武器を持った15人の人間を、ビリオンクロックはバンテージを巻いただけの拳で片っ端から殴り倒した。

暴徒の1人が、離れて暮らす家族を傷つけるような発言をしたのが引き金だったらしい。

まず3人が顔面を破壊され、そいつらの戦意は消失した。

だが彼女は逃走を許さず、最後の1人まで追い回して……命乞いをするそいつの胸をぶん殴って肋骨どころか肺を破壊した。

ソイツらはギリギリ助かったが……彼女は警察に逮捕、収監されることとなった。

全世界から届いた嘆願書によって大幅に刑期は短縮したがな。

それでも『リング以外で拳を振るった自分には、もう選手たる資格はない』といってキッパリ引退。

現在は故郷でジムを開き、何人もの有名格闘家を排出している。

……あ、そういえばスターラッシュもそこ出身じゃねえか。

 

「ストイックだよなァ、リング以外で云々なら俺ァとっくに廃業だよ」

 

「いいんすよパイセンは。気に入らない不審者はぶん殴っていいんスよ」

 

「人を蛮族みてえに言うのやめてくんねえか?400年以上前の日本でしか通用しねえぞ、それ」

 

 俺とライを見つけてタイヤの上で手を振るウララ。

それに手を振り返しつつ、俺達は再び巡回を再開した。

 

 

・・☆・・

 

 

「ハイ山田さん、B定食の普通ね。ライちゃんはAの大盛りよ~」

 

「ありがとうございます」「あざッス!」

 

 B定食……鶏ささみフライ定食を受け取る。

今日は梅肉ソースの気分だ。

ちょいとカレンチャンを思い出すがな。

ライの方は大盛りオムライスだ。

例によってケチャップに混じってタバスコがかかっている。

 

「食うッス食うッス!」

 

 ライが先にテーブルにつく。

 

「そしてテレビッス!」

 

 すかさずテレビをつけるライ。

そんなに気になるか……まあ、俺も気になるが。

しかし、いくらそろそろだって言っても都合よくテレビで紹介されているとは……

 

『U-1トーナメント、注目の次戦カードが発表されました!』

 

……都合いいなあ。

そしてメンツもいつもの実況と格闘家だ。

 

『まずは無名選手!何と言っても今トーナメントの目玉選手です!』

 

『前回のフドウギク選手との戦いは圧巻でした。討マ流……本当に底の知れない流派です』

 

 画面の左に俺が表示される。

もうちょっといい写真使えよ、なんで出血した時の顔なんだよ。

血で目が見えないからいいけどよ。

 

『そして対するは……『漆黒の蝶』こと『ジャルワール』選手!!』

 

 右側に対戦相手が映る。

 

「ひゃあ、エキゾチック美人ッス!」

 

 ライが言うように、そこには褐色肌のウマ娘がいた。

編み込み……ドレッドヘアがよく似合っている。

 

「この唇は強敵ッスよ……」

 

「どこに着目してんだよお前」

 

『ジャルワール選手と言えばカポエイラの達人として知られていますね』

 

『ええ、無名選手と同じくまるでアクション映画のようなダイナミックな立ち回りが人気です』

 

 カポエイラか……

 

「ポ〇モンにいましたよね?どんな格闘技なんス?」

 

「足技主体の格闘技だ。ホレ見てみろ」

 

 俺のフドウギク戦に続き、彼女のハイライトが紹介された。

相手選手のハイキックを地に伏せつつ躱し――鋭く軸足を払った。

 

「ひええ、すげえっス」

 

 そして、倒れた相手選手に対し……手を使って地面をもう一回転。

 

「はわわ」

 

 遠心力で加速した足刀が、起き上がろうとした選手の顔面を捉えた。

顎先を蹴り抜かれ、相手選手はそのままマットに沈む。

 

「今みたいに低い蹴りも、逆立ちするみてえな高い蹴りも自由自在だ。体幹もすげえからどんな体勢からでも十分に威力の乗った蹴りが出せる……難敵だよ」

 

「まるで台風ッス……」

 

 次の相手も強敵だな。

ま、トーナメントなんだ。

後になればなるほど強い相手がいるのは当然だなァ。

 

「やれることをやるだけさ、怪我も治ったしなァ」

 

「さっすがウチのパイセンッス!頼もしすぎてハートがドルンドルンッス!!」

 

「お前の心臓v8か何かか?」

 

 KOが宣告され、両手を上げて飛び跳ねるジャルワール。

それを見ながら、俺はささみフライを噛み千切った。 




【歴史のヒミツ】
・不世出の名バであるキンチェム。
そのトレーナーでありパートナーでもあったフランキーは、走り込んできた彼女を正面から抱き留めることができたという。
ブダペストのキンチェム競バ場では、その光景を再現した全長10メートルの銅像が有名である。
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