トレセン学園警備員さんは、ウマ娘に勝ちたい。 作:秋津モトノブ
時刻は夜、日本武道館。
残暑も過ぎ去りつつあるのは外だけで、今夜もここは熱気に包まれていた。
『無名』対『ジャルワール』
今もなお底が知れない謎の男と、前回のトーナメントにおいて惜しくも3位を逃したウマ娘。
誰もが注目する一戦が、今まさに始まろうとしていた。
「んなぁあ~~~~!?!?」
そんな武道館の選手控室。
セコンドの『謎ウマ仮面』ことライデンオーが、珍妙な悲鳴を上げていた。
「頭に響くからやめてくんねぇか……」
マスクを被る前の山田が、その横で顔を歪ませている。
だがそんな声も耳に入らないのか、ライデンオーは入口へ向かって猫のように威嚇をしている。
その入り口には――
「押忍。お久しぶりス」
山田の2戦目の相手、巌流空手道のフドウギクが立っていた。
試合とは違い、私服に身を包んだ彼女が頭を下げている。
「にゃ、にゃにゃにゃ、にゃんの……何の用ッスかァ!?お、お礼参りッスか!? 大事な試合の前に……パイセンはウチが守るッスよォ!!」
電気ショック式の蠅叩きを両手に構え、完全に腰が引けた状態のライデンオー。
だが、それでも山田の前に出ている。
「待て待て待て、天下の巌流師範代がそんな事するかよ」
「信用ならねッス!だってパイセンが潰し――もごごご」
喚くライデンオーの口を抑える山田。
「すまねえな、フドウギク。その後調子はどうだ?」
「精密検査も問題なしス。稽古もできてまス」
「そうかい、そりゃあよかった……で、何の用だ?」
山田の声にも、目にも殺気はない。
フドウギクにその気がないことをすぐに察知したからだ。
「ぷはっ……ソッスソッス!お礼参りじゃないならなんなんッスか!?」
2人の問いかけに、フドウギクはもう一度頭を下げ――
「――押忍、来週から後輩になりますので、そのご挨拶に伺ったス」
そう言った。
「ジブン、USCに就職したス。中途採用ス」
「おー、そうか。よろしくなァ、後輩」
「押忍、よろしくお願いしまス。無名先輩」
軽い様子で会話を始める山田とフドウギク。
「無名はリングネームだよ。本名は山田一郎ってんだ」
「山田先輩スね、改めてよろしくお願いするス」
にこやかに握手を交わす2人の横で、ライデンオーだけが震えていた。
「(後輩枠が……後輩枠が増えたッス!う、ウチの、ウチのアイデンティティが……)」
「んなぁあああああああああああ~~~~~~~~!?!?!?!?」
ライデンオーの叫びが、再び控室に響き渡った。
「あの、こちらの先輩はどうかされたんスか?」
「気にすんな、カワイイ後輩ができて嬉しいってよ」
「……照れるス」
激励に来たアトヴァーガとスターラッシュがやってくるまで、ライデンオーの混乱は続くのだった。
いや、その後も『増えたッス!?』とさらに混乱したのではあるが。
・・☆・・
「いよいよか……今日も楽しみだぜ!」「おう!無名の3戦目……これに勝てばベスト8だ!」「人間がどこまで行けるのか、マジで楽しみでしょうがねえ……!」
今夜も、観客たちのテンションは高かった。
この先、トーナメントが進むにつれてどんどん高くなることは想像に難くない。
「そういえばまたいたよな『反ウマ』」「懲りねえよなあ……また即連行されてたけど」「無人島とかでデモ行進しとけってんだよな」
無名自身が『反ウマ思想』とは無縁、それどころか嫌悪感を持っていると発言してからもその波は止まらない。
むしろ、勝手に仲間だと思い込んでいた『反ウマ』陣営の反感を買う結果となっていた。
連日USC本社にはバッシングメールが届き、度が過ぎたものは法務部によって次々と訴訟の手続きが取られている。
まだ、この流れは続きそうだ。
そんな武道館のVIP席。
そこには、ムソウシンザンと連れたちの姿があった。
「遂にこの目でいち……無名選手の活躍が見られますわ~♪」
「オグリは残念やったな。まあ、遠征やからしゃーないけど……こないだまで忘れとったのは笑ったけどな」
「今頃向こうのホテルで見ているだろうさ。なんだかんだ言ってアイツもU-1に興味を持ったようだからな」
ムソウシンザンの娘、リョーガテンマ。
そしてトレセン学園のタマモクロスとナリタブライアンだ。
例によって、席の周辺には軽食が山と積まれている。
「社長、今回も奢ってもろてありがとうございます」
「気にするな、無名関連の訴訟で懐がすこぶる暖かいのでな……経済に還元せねば」
「喜んでいいのか悪いのか、判断に困るな……」
USCが誇る法務部は、社員への攻撃に決して容赦はしない。
軽い気持ちでバッシングをした犯人たちは、現在それを身をもって痛感していることだろう。
「あ、オグリからメールや……『試合を見ている。とても寂しい』……レースには勝ったのになんちゅうテンションや」
「それでもしっかり勝つのだから大したものだ、オグリキャップは」
「フン、アイツは私に黙って焼肉に参加していたからな。いい薬だろう」
憮然とした顔で、フライドチキンを齧るナリタブライアン。
「アレはタイミング的にしゃーないやんか……山田はんに聞いたけど、始めようとした時にはアンタ実家やったろ?それに次の日嬉しそうな顔して山田はんの弁当食っとったやんか、もう許したれよ……ちゅうかオグリ関係ないやんか」
「ち、違う!アレはヤマダがどうしても食えと言うから……」
「あら!いよいよ選手入場ですわ~♪」
顔を赤くして反論しようとしたナリタブライアンを、リョーガテンマの声が遮った。
選手入場口が開き、照明が落ちた。
『さあ!いよいよ開幕です!!』
実況の声が響く。
『U-1トーナメントも遂に1つ目の佳境!!本戦をもってベスト8の選手が出揃い、2週間後に組み合わせが発表されます!!』
スポットライトが点き、2人の選手が浮かび上がる。
『激戦を制し、この先へ進むのはどちらかッ!?』
まず歩き始めたのは、無名。
『今年のU-1の注目はなんと言ってもこの選手!人間選手がエキシビジョンを勝ち抜き、本戦に挑戦……しかも勝利するとは誰が予想できたでしょうかッ!?』
「無理だろ」「友達に聞いたらほら吹き扱いする自信があるわ」「ネット掲示板が軒並みサーバーダウンしたもんな」
『流派名、『討マ流』ッ!!無名選手の入場だアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!』
「「「ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!」」」
歓声を背に受け、無名がリングへ上る。
「あれ、セコンド増えてね?」「うわマジだ!?あれってフドウギクじゃん!!」「え、なんで!?」
マスクを付けたライデンオーの横に、私服姿のフドウギクがいた。
『セコンドにつくのはいつもの『謎ウマ仮面』さんに加え、USC社員となったフドウギク選手です!』
「新入社員!?」「え、フドウギクって巌流の道場で働いてたんじゃ……?」「スカウトじゃね?ムソウシンザン社長ってよくソレやるって話だぜ?元騎バ隊の社員とか多いってどっかで聞いたぞ」
ざわめく観客をよそに、スポットライトが動く。
『そしてェ!前年度U-1トーナメントにおいて大活躍した記憶も新しいでしょう!変幻自在の動きで相手を翻弄する……美しき選手!!』
スポットライトに照らされたジャルワールが、上着を勢いよく脱ぎ捨てた。
褐色の彫刻とでも言うような、その肉体美が露となる。
「うお、すっげ……やっぱすげえわ」「あんなに筋肉あんのにデッかいの、なんかのバグだろ」「それで何か問題ある?」「なぁい!!!」
『『雷帝』との敗戦と経て、彼女はどう変わったのか!!その答えが今日のリングで明らかになるッ!!』
ジャルワールが負けた相手こそ、前年度トーナメントの覇者であった。
その『雷帝』は、今年も問題なく勝ち進んでいる。
『人呼んで『漆黒の蝶』!!!ジャルワール選手の入場だアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
「「「ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」」」
万雷の歓声に、ジャルワールの笑みが深くなる。
「『ハーイ!ファンのみんなぁ!愛してるわよっ!!』」
彼女は両手を振ってそれに応え、何度も投げキッスの仕草。
そして軽やかなステップを刻みながら、リングを目指す。
その後ろからは、彼女の兄であるセコンドがゆっくりと続いている。
「『よっ……とォ!』」
そして、するするとコーナーポストへ上ると、そこから後方宙返りの形でリングへ入った。
彼女がいつもするルーティーンである。
それに合わせ、無名も中央へ進む。
近付くにつれ、ジャルワールの笑みがより一層深くなった。
「ムミョウ!『♯love mumyoを流行らせたのアタシだって知ってるゥ?』」
「……そーりー。あい、どんと、のう、ぽるちゅぎーす」
「オゥ、ワォ」
英語が不得手な無名こと山田。
ポルトガル語ともなれば、もはや未知の領域である。
なお、セコンドのライデンオーにも聞こえていたらしく『ウチ以外に魅力にいち早く気付いて……おにょれブラジリアン!!』と、小声で悶えていた。
「アー……イイシアイ、シタイ!デモ、アナタ!ブッタオス!!」
しばし考え込み、とりあえずジャルワールはつたない日本語でそう伝えた。
先程の発言は、勝負が終わった後に兄に頼んで翻訳しようと考えながら。
「へぇ……オブリガード(ありがとうよ)!」
無名もまた、知っているポルトガル語の中からそう答えて口の端を持ち上げた。
マスクから出ている彼の口が、獰猛な笑みを形作る。
「『……フゥン、いいじゃんいいじゃん!やっぱり素敵!!』」
ジャルワールもまた、獰猛に笑う。
そして、レフェリーが歩み寄った。
『チェック終了……そしてェッ!!』
無名にとって、4戦目のゴングが鳴り響いた。
『無名選手、自然体の構え……対してジャルワール選手、軽快なステップを刻んで隙をうかがっている!!』
ジャルワールは、腰を落とした独特の構えでステップ。
顔面を防御しつつ、攻撃の隙を窺う『ジンガ』という特徴的なステップだ。
カポエイラは、どのような体勢からでも技が出せる。
これほど腰が低い体勢でも。
「――ッシ!!」
小手調べ、とばかりにジャルワールの蹴りが放たれる。
地を這うようなそれを、無名が斜めに踏み込んで躱す。
「っふ!!」
躱しつつ、無名の右ミドルキック。
空気を切り裂いた右足を、ジャルワールは腹ばいになって躱す。
そして――両腕を器用に使い、ブレイクダンスめいてその場で回転、再び蹴りを放つ。
「っちぃ!」
ごう、という風切り音。
蹴りを放った状態で、無名が軸足を跳ね上げて後方へ跳躍。
辛くも蹴りを躱した。
「(カポエイラと戦うのは初めてだが――映像で見た以上に間合いと『起こり』がわかり辛ェ!)」
内心で驚愕する無名。
再び、ジャルワールがその周囲を不規則なステップで回る。
「(牽制の癖に、今の蹴りの迫力ったらないわね!アタシたちの領分に殴り込んでくるだけのことはあるわ!)」
ジャルワールも、その不敵な笑みに似合わない冷や汗が背中を伝う。
両者は、お互いを油断ならぬ敵と認めたのだ。
「先輩」
「おぉ?なんスか後輩」
リングサイドで、フドウギクがライデンオーに話しかけた。
当初は(ライの一方的な)わだかまりがあったが、ガチガチの体育会系であるフドウギクの対応に普段通りに話すことにしたようだ。
あまりにも後輩然としているので、意地を張るのがバ鹿らしくなったらしい。
「無名先輩って、なんであんなに強いんスかね」
「さあ……そいつはウチも知りたいッスよ。パイセンはいっつも『死ぬほど稽古した』しか言わないッスもん」
牽制の応酬をする両選手を見ながら、フドウギクが呟く。
「ジブン、負けるなら同じウマ娘だと思ってたス。人間に負けるなんて思わなかったス」
「普通はそうッスよねぇ」
「……だから、USCに勤めることにしたんス。ムソウシンザン社長にスカウトもされてましたし」
ぐ、とフドウギクの拳が握られた。
「無名先輩見てて思ったんス。ジブン、まだまだ強くなりたいんだなあ……って」
「……そッスか、うん、そりゃよかったッスね。パイセンはウマ娘に激甘だから絶対稽古付けてくれるッス」
「押忍、楽しみス」
フドウギクが、試合から目を離さずに……頬を染めて嬉しそうに微笑んだ。
「(これは……ラブかライクかどっちスかね?お願いだからライクの方で頼むッス!これ以上のガチ恋ステークス出走バはいらねえッス!!)」
そう考えるライデンオーの眼前で、試合はペースを上げて進行している。
『お互いに牽制の応酬ッ!いまだに有効打はありませんが、火の出るような攻防です!!』
『オーソドックスな立ちスタイルである無名選手に対し、変則的な立ち回りのカポエイラを使うジャルワール選手……対照的ですね。これから試合がどう動くのか、目が離せません』
無名の胴着は、ジャルワールの蹴りによっていくらか破れていた。
だが、体には何の傷もない。
「(リーチが長い……安全策を取った立ち回りだと有効打は無理、か。だろうなァ)」
ジャルワールは、左右に不規則なステップを刻みながらその様子を窺っている。
「(焦れてるわねぇ、ムミョウ……そろそろ我慢できなくなってきちゃったかなぁ?)」
ジャルワールが左にステップした瞬間。
無名が、動く。
「(来た♪予想通り――えっ)」
ジャルワールが想定したよりも、無名の踏み込みが速い。
否、というよりもむしろ――
「――じゃっ!!」
「っち!?」
無名の前蹴り。
それが、ジャルワールの肩を掠めた。
彼女はひりつく痛みを感じつつ、大きく距離を取った。
「(何、今の踏み込み!?おかしい……見た目の動きと、接近速度がズレてる!?)」
笑みが一瞬消えたジャルワール。
対して、無名もまた内心で舌打ちをする。
「(初見の『朧』に対応してみせる、かよ。さすが、トップ層!)」
討マ流、歩法『
大地を蹴らず、滑るように移動する体捌き。
体幹のブレを極限まで消したその動きは、正面から見るとより距離感を錯覚させる。
「(楽しく、なってきやがった!)――おおっ!!」
初見の技に対応されたという驚きが、無名の心を沸き立たせる。
そのまま、吠えつつ踏み込んだ。
「(今度は普通……連発は出来ないってワケ!)」
踏み込む無名に対し、ジャルワールが上体を低くしながら迫る。
「――ッシ!!」
ジャルワールが、迫りながら回る。
背中が見せつつ、斜めに移動しながらの下段蹴り。
足をへし折る勢いの、慣性が乗った凄まじい蹴りだ。
それに対し、無名は――踏み込みつつ、跳ぶ。
足先を、ジャルワールの蹴りが掠める。
「――ちぇえあっ!!」
蹴りを躱した瞬間、裂帛の気合。
下段を薙いだ状態の背中に向け、狙いすましたように奇妙な蹴りが放たれた。
足先を逸らした状態の、踵を先端にした蹴りが。
ごっ、という音が響く。
「ぐっ!?」
無名の踵が、真っ直ぐ脇腹に叩き込まれた。
ジャルワールの体内で、みしりと音が響いた。
「(エッグい、わね!)ッハァ!!」
背中に蹴りを喰らったジャルワールが、その勢いに逆らわずさらに回る。
「(受け流される!最後まで衝撃が『通って』ねェ!!)」
ジャルワールの背中が回り、蹴りが外れる。
慣性に従い、無名の体が着地の方向へ流れる。
「オ、カエシ!!」
脂汗を滲ませたジャルワールが、回転の途中で足を伸ばす。
まだ着地した瞬間の無名は、それに対応できない。
「が、あぁっ!?(この空間で、回し蹴り、かよ!?なんて、柔軟性ッ!?)」
回転の勢いを乗せた踵が、応報の一撃となって無名の脇腹に叩き込まれた。
その衝撃で、彼は大きく横へ吹き飛ぶ。
「(感触がおかしい……!前に見た試合みたいに骨を犠牲にした!?それに、超反応で跳ばれた!?)」
跳んだ無名は、受け身も取らずにリングに叩きつけらた。
『ダウウウウウウウウウウウウウウウン!!無名選手、強烈な蹴りに吹き飛ばされたァアアアアアアアアアアアア!!』
『いや、これは……自分で跳んだ、のか?しかし、一撃は入りましたね、彼のダメージが心配です』
「ワン!……トゥー!……」
レフェリーのカウント。
倒れたままの無名は、5カウントまで数えてすっくと立ちあがった。
「目を見せて!……ファイッ!!」
レフェリーが続行を指示。
「ふぅう、う……(跳んだが、肋骨2本持っていかれた……へへ、つくづく、とんでもねえ威力だ。格闘ウマ娘ってやつは、格上も格上、だねぇ……)」
息を吐く度、体内に痛みが響く。
だが、無名はこうするしかなかった。
格闘ウマ娘の一撃は、生半可な鍛練などそれこそ一発で無に帰す。
否、生半可な鍛練ではない。
『死ぬほどの鍛錬』でさえ、ろくな足しにはならない。
これは、そういう戦いなのだ。
針の先程の勝ち筋を、死に物狂いでつかみ取る為の。
「コオォオ……」
無名が一瞬目を閉じ、呼吸を整える。
「――っふ!!」
強く息を吐き出した時には、その両目には前と変わらぬ強い意志が宿っていた。
周囲を焦がすほどの、熱量を持って。
「(いいわ、いいわいいわいいわ!)」
その目を見たジャルワールの背筋を、歓喜が走り抜けた。
「(……こうなるとちょっと、ハッシュタグ流行らせたのは後悔しちゃうわね!)」
再びステップを刻みながら、無名を待つジャルワール。
彼女の目は、爛々と輝いていた。
「――っし!」
踏み込みつつ、無名が短く前蹴り。
その動きに、ダメージは感じられない。
「ハハッ!」
ジャルワール、それをサイドステップで躱しつつ体を捻る。
捻りつつ、後ろ回し蹴り。
回避、即攻撃。
『アルマーダ』と呼ばれる、変則の蹴りだ。
それが、蹴りを放ったままの無名に横から――当たらない。
「(また、あの動き!?)」
無名は『朧』で下がった。
下がりつつ、蹴りが通過した瞬間にまた踏み込んだ。
「――るぅう、あっ!!」
蹴りを放ったジャルワールの体目掛け、無名が右拳を放つ。
「(こん、のォ!!)」
蹴りを放った勢いで鋭く回転したジャルワールが、再度回し蹴り。
「っが!?」
無名の正拳突きは、ジャルワールの脇腹に。
「っぐ!?」
ジャルワールの蹴りは、無名の肩口を捉えた。
『両者ヒットォ!!ジャルワール選手、吹き飛んだァッ!!無名選手はこらえるッ!!』
『お互いの体勢の違いでしょうか、ダメージは五分五分……ですかね?あ、いやアレは!?』
無名の胴着。
その上腕部分が千切れ飛んでいる。
その下の、皮膚ごと。
インパクトの瞬間にしなったジャルワールの足指。
その、破壊力である。
『出血ゥッ!無名選手、左上腕を損傷ッ!!』
素早く跳び下がった無名が、傷を確認する。
「(骨と筋肉に影響はねえ、表面だけだ。……まるで鞭だぜ、おっかねえや)」
「ワン!……トゥー!……スリーッ!……」
一方、脇腹を打たれたジャルワール。
駆け寄るレフェリーの声を聞きつつ、倒れ込んで驚嘆していた。
「っが、はァ……!?(なに、これ……まるで、杭でも、打ち込まれた、み、たい……!!)」
ジャルワールは、震えつつもなんとかカウント5で立つ。
あの一瞬の交錯で、しっかりと無名の拳は衝撃を『通し』ていた。
「(知らない動き、知らない打撃……それが、こんなにも……楽しい!楽しくって……怖い!!)」
ジャルワールは、微笑んで前を向く。
そこには、片腕を血に染めつつある無名が立っていた。
「(だよなァ、来るよなあ……こんな程度じゃ、足りねえよなァ……)」
肋骨の痛みを無視し、無名が笑う。
歯を剥きだして、威嚇するように。
その目に宿る光は、いささかの衰えもない。
「(人間だとか、ウマ娘だとかじゃ、ないわ)」
ジャルワールもまた、笑う。
「(アタシは……)」「(俺は……)」
「「((――この『敵』に、勝ちたい!))」」
両者の思いが高まった瞬間。
踏み出しかけた2人を、ゴングが止めた。
1ラウンド目、終了。
・・☆・・
「あーあ、やんなっちゃう」
観客席の片隅で、アトヴァーガが大きく伸びをした。
傍らのスターラッシュが、怪訝そうに眉を潜めた。
「どした?」
「やんなっちゃうって言ったのよォ」
「いや、それは聞こえてたが」
拗ねる子供のように、アトヴァーガは頬を膨らませている。
「イチロウが戦うのを見るのは好きだけど、彼が戦えば戦う程……好かれちゃうわァ」
「……なにが?」
横目でスターラッシュを見、アトヴァーガは嘆息した。
「……アナタも薄々、わかってる癖にィ?」
「……なんのこったか、さっぱりだ」
スターラッシュが、乱暴にフライドポテトを貪る。
その頬は、少し赤くなっていた。
「――まあ、仕方ないわねェ……強いオスに惹かれるのは、種の本能だもの」
どこか嬉しそうにそう言い、彼女は乾いた唇を舌で湿らせた。